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第3話

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「おらっ、起きろ、三郎太!」

耳元で声がしたが、疲れ切ってぐっすりと眠っていた三郎太は毛布と羽毛布団の中でもごもごとしただけだった。

「クリスマス・イブにサンタ見習いが寝坊たぁ、いい度胸だな」

「は、はいっ、すみませんっ!!!」

低い恐ろしい声に、今度は一気に目が覚め、三郎太が飛び起きた。

「まずは飯を食え」

ルドルフは事務所から出ていった。
三郎太は昨日のうちに充電しておいたサンタ端末とモバイルバッテリーの様子を見て、正常に動いているのを確認してからダイニングに行った。

テーブルには山盛りのサンドイッチ、パスタ、サラダ、スープ、フライドチキンなどが並んでいた。

「自由に食え。さっさと食え」

「クロードさんは?」

「あのくそジジィはまだプレゼントの積み込みが終わっていない。しかたないから助っ人を遣っている。安心しろ」

「ルドルフさんは?」

「俺はもう一仕事してから、な。冷めないうちにしっかり食っておけ」

「はい」

三郎太はありがたくそれらを食べた。
もう昼近かった。
どこにそんなに入るのか、もぐもぐと食べた。
どれもおいしくて嬉しくなってきた。
最近は「ミスをした損失を補うため」と給料がどんどん引かれていて、ロクに食べていなかった。
目一杯、腹一杯に食べた。

食べ終わった頃、ルドルフが「身だしなみには気をつけろよ」とシャワーを浴びるように言われ、温かく動きやすい服を手渡された。
指示通りにし着替えて出てくると、今度は赤い上下の服を見せられた。

「見習いもしゃんとしないとな」

それは襟や袖に白いふわふわのついたサンタ服にそっくりのサンタ見習い用の衣装だった。
サンタとは多少見た目に劣るが、それでもどんな寒さからも守ってくれる丈夫な服だった。
昨日、サンタになることを一時的に諦めた三郎太は、まだサンタへの道がつながっていることがわかると心の底から嬉しくなった。

「ありがとうございます!」

「サンタバッジ、忘れるなよ」

「はい」

脱いだ服から外したサンタバッジを上着の襟もとに留める。
ルドルフもそれを確認すると「じゃ、仕事だ」と広い中庭に連れていかれた。

「こいつらのブラッシングと角磨き」

そこには8頭のトナカイがいた。

「向こうからブリッツェン、ドンダ-、キューピッド、コメット、ヴィクセン、プランサー、ダンサー、ダッシャーだ。残りの1頭はキリシマといってジジィの手伝いにいってもらってる」

それぞれは立派な角を持ち、首元にはふさふさの長い毛が生えていた。

「本物のトナカイのブラッシングをしたことがありません」

「はぁ?!おまえ、見習いとしてなにしてたんだよ」

「『おまえには本物のトナカイの世話なんてさせるわけにはいかない』と言われて模型ばかりいじってました」

木馬のようなものに、人工なのかなにかの動物のものなのかわからない毛皮が背にかけられ、それをぼろぼろのブラシで梳くくらいしか、三郎太はやらせてもらっていなかった。

「それに8頭も……」

「今回は10頭だ。中川、引田、梶のところからトナカイを連れてきたから合同チーム」

「10頭!!!」

三郎太が叫んだのも無理はなかった。
トナカイはおとなしそうだが、サンタトナカイに選ばれるものは自我が強く、集団行動を得意としない。
なので実力のあるサンタは4頭立て、そうでない場合は2頭立てでソリを引かせるのが常であった。

「昨日会ったばっかりだから俺もどれほどのヤツらかわからん。怒らせるなよ」

「え」

「ブラッシングが下手だと痛いし、気持ちよくないからイライラして怒り出すんだよ」

「うわ…」

「ったく、おまえも使えるようで使えねーな。仕方ない、まず俺でやってみろ」

ルドルフはブラッシングに必要なものが入ったかごを三郎太に渡すと、少し離れた。
三郎太が小首をかしげていると、ルドルフの形がどんどん変わり、首に白いふさふさの毛をまとった立派な角のトナカイになった。

「ル、ルドルフさん…?!」

「おら、早くやってみろ」

他の8頭のトナカイはそれを面白そうに眺めていた。
痛いほどの視線を感じながら三郎太はブラシを手に取った。




「弱いっ!それじゃくすぐったいだけだ!」
「強すぎるっ!痛ぇーだけだっ!」
「手を抜くなって言っただろっ!右後ろ脚の蹄から上3cm、ブラシが当たってない!」
「オイル垂らし過ぎっ!角がべとべとになっちまうっ!」
「もっと力を込めて磨けっ!全然光っていないじゃないかっ!」


ルドルフに怒鳴られ怒鳴られ、三郎太は懸命になってブラッシングをし角を磨いた。
終わったときには三郎太はへとへとになっていたが、ルドルフは自慢げにぴかぴかになった毛並みや角、そして大事な赤い鼻を他のトナカイに見せつけた。
そして「じゃ、あと9頭、頼むな」と言い、またマッチョな褐色の人型になると中庭から消えた。

他のトナカイからも文句を言われ注文をつけられながら、三郎太はブラッシングをしていった。
次第に慣れてきて、時間も短くなり不満も言われなくなった。

最後に「すみませーん、遅くなりましたー!」と小柄な若い男が入ってきた。
「キリシマと言います。よろしくお願いします」と三郎太に挨拶すると、彼もまた若いトナカイへと変化した。
三郎太は「はい!」と返事をし、10頭目のトナカイのブラッシングを始めた。





トナカイのブラッシングが終わり、建物の中に入るとよれよれになったクロードがバスタオルを持って立っていた。

「おはようございます、クロードさん…?」

「あ、おはよー、三郎太くん。プレゼントの詰め込み終わったからこれからシャワー浴びるの。その前にお腹空いちゃったなぁ。ダイニングに行ってみよう」

クロードに誘われ、三郎太もそのまま後について行った。

「ひゃっほー!!おいしいものいっぱい!!」

目をきらきらさせながら、クロードが叫んだ。
そしてバスタオルを放り投げ、一目散にテーブルに向かうとそばにあった皿にパスタを山のように取り、食べ始めた。

「おいしいよ、三郎太くん!一緒に食べよう!」

口の周りをバジルソースでべとべとにしたクロードが言った。
ちょうど小腹も空いた。
ここのテーブルの上のものは自由に食べてもいいとルドルフから言われている。
三郎太もクロードに習い、パスタを食べ「うまっ!」と声を上げると、クロードが嬉しそうに「ね!ね!」と赤い顔をもっと赤くして幸せそうにパスタを頬張った。


「だーれが飯食えって言ったっ、ジジィっ!!!」

バンっと大きな音を立ててドアを開け、ルドルフが入ってきた。

「まだシャワーも浴びていないのかよっ!飯食ってる場合じゃねーだろ。もう3時過ぎてるんだ。出発まで3時間切ってるのに!冬至の頃の日没は早いって何年サンタやってんだっ!」

三郎太もフォークを持つ手を止めた。
サンタは日没から一斉にプレゼント配りを始めるのを忘れたわけではなかった。

「俺たちもまだちゃんと飯食ってねーんだっ。走れなくなったらどうしてくれる!おまえはさっさとシャワー浴びてこいっ!こんな不潔なサンタ、嫌われるぞ」

「えー、でもまだ…」

クロードが名残惜しそうにテーブルの上を見つめる。

「さっさとしろっ!それともサンタ4人分のプレゼントが配れませんでした!って明日謝罪会見開くのか?」

「だめっ!それはだめっ!」

「なら早くしろっ!」

クロードはバスタオルをつかむとぴゅーーーーーっと走ってダイニングから出ていった。
入れ替わりに9人の体格のいいむきむきマッチョの男が入ってきた。

「おつかれー」

「つかれーッス」

中にキリシマを見つけて、三郎太は「もしや」とルドルフを見た。
ルドルフはうなずいた。
人型になったトナカイが10人もそろうとダイニングは狭く感じ、圧迫感があった。

「三郎太さん、お疲れ様です。先ほどはありがとうございました」

キリシマが三郎太ににこっと笑いかけた。

「お疲れサマです」

「しっかり食べましたか?このあとは多分、食事ができませんからね。食べてくださいね。おにぎり、どうですか?あっちにありますよ。インスタントの味噌汁も」

キリシマは三郎太の食事にも気を配り、てきぱきとおにぎりと味噌汁の用意をした。

「僕も2回目だから緊張しているんです」と言いながら、キリシマはもりもりとおにぎりを食べた。
つられるように三郎太も食べた。
他のトナカイも好き好きに食事をしている。
そして三郎太と目が合うと「弱音吐くなよー」「サンタのサポート頼むぞー」「これが終わったら休みだからな。倒れる気で働けよー」と好き放題言っていた。
ルドルフは黙ってそれを聞いていた。
どれだけハードなのか三郎太には想像できず、緊張が強くなってきた。

「三郎太、食事が終わったらルートの確認するから準備しとけ」

「は、はいっ!」

ルドルフに言われて、三郎太はおにぎりを頬張ると事務室に行った。
そして子どものリストと地図を持ってきた。
トナカイたちはそれを見ながらあーでもない、こーでもないと話し始めた。
不慣れたエリアまで走らなくてはならないので「特別勤務だよね?超過勤務の手当も出んの?途中で帰ってもいい?」と不満を言い出すトナカイもいた。
それをルドルフがまとめ、キリシマが最短ルートを見つけて提示し「ドンダーさん、この辺りは詳しいんですよね。このルートいかが思われますか?」と尋ね、ドンダーが得意げに話し始めると「わー、すごいなぁ。そのルートはこの地図からではわかりませんね」と持ち上げ、機嫌を取った。



そんなことをしていたら、「うわーーーーーっ!うわーーーーっ!ルドルフ、助けてーーーーー!!」という叫び声がした。





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