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第4話

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みんなで叫び声がしたシャワールームに行くと、クロードが床に転がりごろごろと身を動かすが起き上がれず、泣きながらわめいていた。

「どうした、クロード!」

「ル、ルドルフぅ…… どうもサンタの服がちっちゃくなったみたいなの」

「は?」

「ズボンを履こうと思ったら入らなくて転んじゃって、ズボンは脱げないし、立てないし。どうしたんだろう、不思議だねぇ。服が縮むだなんて」

「……ばっ、ばっっっっっかかっ!!!!!」

ルドルフは激怒した。

「おまえが太りすぎて、服が入らなくなってんだよ、このどあほっ!だからあれほど食うな、って言っていたのに、昨日も駄菓子を食べながら歩いていて迷子になりやがってっ!!」

三郎太も他のトナカイも呆然と笑うに笑えない、けどオカシイ2人のやり取りを見ていた。

「あ、そうなの?服が縮んだんじゃないんだ。どんな魔法なんだろうってドキドキしちゃった」

えへ、と笑っているクロードの足にひっかかっているズボンを抜き取り、ルドルフは血管が切れそうになりながら低い唸り声を上げた。

「で、どうするんだ。今年のサンタは赤い衣装なしでプレゼント配るのか?それとも三郎太にサンタをやらせるのか?」

「む、無理ですっ。オレ、見習いだからサンタサークルが扱えないし」

情けない声で三郎太も叫ぶ。

「ルドルフさん、至急、大きいサイズの服を転送してもらいましょうよ。きっと中四国エリアの真木さんならなんとかしてくれるはずです!」

キリシマはそう言うとルドルフのアイコンタクトを受け、走り出した。
特別回線の電話で話をし、本来ならば子どもあてのプレゼントを瞬時に送ったり受け取ったりする転送装置を起動させた。
すぐに巨大なサンタスーツが届いた。


「うわーーーん!うわーーーーん!ズボンが長いよう!ジャケットの丈も長いよう!!」

まんまるく球体のようなクロードに、新しいサンタスーツはぎりぎりウエストのサイズが合うくらいだった。

「誰か、ミシン使えないの?」

コメットが言った。

「プレゼントを配ってるときって暗くてよく見えないから、とりあえずちょん切っちゃえばいいよ。ジャケットは適当にして太いベルトで隠しちゃえばいいんじゃない?」

しかし、誰も名乗り上げる者はいなかった。
クロードがより一層大きな声で「うわーん!うわーん!!」と泣き始めた。



「ジーンズの裾あげなら、やったことあります」

三郎太がこわごわ言った。

「三郎太、とりあえずやってみろ!おい、ジジィ、いつまで泣いてんだ!ミシンはどこにあるんだ?」

「……きっとプレゼント工房」

「三郎太、こっちだ!コメット、おまえも来てくれ!」

「ルドルフ、残りのルート確認しておこうか」

「そうしてくれるとありがたい、ドンダー。頼めるか」

「了解。キリシマ、サポートを頼む」

「承知しました!」

8人のトナカイはルート確認のためダイニングに戻り、ルドルフはぐしゅぐしゅと泣いているクロードとぼんやりしている三郎太、そしてサンタスーツを抱きしめているコメットを連れてプレゼント工房に向かった。



プレゼントは本社のプレゼント大工場から運ばれてくるものが多いが、国や地域によっても需要が異なるので日本にもいくつか工場がある。
検品はきちんとされているものの、サイズの微調整や細かなオーダーに応えるために工房があった。
しかしクロードの工房には人がいなかった。
さっさと仕事を仕上げ、もう休みに入っているという優秀な技術者たちだった。

中に入りルドルフと三郎太がミシンを探していると、先に裁縫道具を見つけたクロードとコメットがなにやら騒いでいる。

「はーい、クロード、このへんでいい?」

「はーい、いーでーす!」

ジョキっ、ジョキジョキっ

「袖はどうかな」

「このへん!このへん!」

「そうだね。オッケー!」

ジョギジョギジョギっ



「ミシンありました!電源入れてみます」

「おう!」

「針も糸もあります。でもちょっと自信がありません……」

「使えるものは全て使う!なんとかしろ。裾上げはできるんだろ」

「それとこれとは全然違うけど……」

「サンタ4人分のプレゼント未配達で記者会見するか?」

「ミシン、やってみます!」

三郎太がダメ元でやろうと決心して、振り向いたときだった。

「あああああああっ!!!!!」

三郎太の叫び声にきょとんとしたクロードとコメットがサンタスーツをジョギジョギと切ってパーツで遊んでいたのを止めた。




「採寸はっ?待ち針は?え?え?どういうこと?」

パニックになった三郎太を一喝したルドルフはびくびくと怯えるクロードとしれっとしているコメットを睨みつけていた。

「ちょっとでもお手伝いしたくて……」

「どうせ切るんでしょ。テキトーに縫っちゃえばいいじゃない。直線縫いできるんでしょ。なんなら代わりにやってみようか。ミシン初めてだけどなんとかなるでしょ」

2人の言い分を聞いて三郎太は慌てて「オレがやります!」と言った。
そしてコメットに手伝ってもらいながらパーツを集め、クロードに着せて待ち針を打った。

「あとは、一人で大丈夫です」

「あまり時間がない」

「わかりました」

硬い声で三郎太は返事をした。

「三郎太くん、ごめんね」

クロードは三郎太の両手を取って小さな目をうるうるさせて縋るように見上げた。

「……いいですよ。他の準備、よろしくお願いします」

三郎太はぎこちなく笑い、やがてひとりになった工房で静かにミシンをかけ始めた。






半年ぶりにミシンをさわったとき、三郎太の心身共に硬くなり、胃がぎゅっと痛んだ。

高校を卒業して三郎太は若年層をターゲットにしたアパレルショップで働いていた。
学生の時とは違い、急に社会に放り出されて何度も失敗したが、社員やバイトも若い人が多く、気のいい先輩が面倒を見てくれた。
その先輩が「早いうちにジーンズの裾上げできるようになっておいたほうがいいぜ」と、三郎太にやり方を教えてくれた。

その先輩に対しては淡い気持ちはあったかもしれないが、特別にどうにかしたいなりたいということはなかった。
憧れと、仕事のできる先輩として慕う気持ちがほとんどだった。
しかし、一体どこから伝わったのか、高校生のときの「三郎太は同性愛者」という噂がショップまで広まってきた。
同僚たちがちょっと距離を置き始め、先輩は三郎太を避け始めた。

その日、先輩も三郎太も遅番のシフトだった。
仕事を終え、更衣室で2人きりになる場面があった。
三郎太はとにかく早くそこから出ようとして着替え始めた。
先輩はぼそっと言った。

「早くしろよ。おまえの前で着替えなんかできるか。いつ襲われるかわからないからな」

「そ」

「ずっと黙ったままで俺のこともヘンな目で見てたんじゃないの」

「ちが」

「仕事がやりにくくて仕方ないんだよ。空気読めよ」


それが決定的となった。
翌日、三郎太は辞表を出した。
店長は急な辞職に困ったふうにしていたが、ほっとした顔をしたのも三郎太は見てしまった。



その後すぐ、サンタ見習いの仕事のことを知り、面接を受けて入社した。
三郎太の性嗜好について中川の噂は知っていたが、アパレルショップの人たちの対応に憤り三郎太を慰め、そしてハジメテを捧げる流れとなっていった。



そんなことを思い出し、にじむ涙を拭きながら、三郎太はもくもくとミシンを動かした。










「できました!」

目をしょぼしょぼさせて工房から出ると待っていたルドルフはスーツをキリシマに渡し、三郎太をダイニングに連れていった。

「なにか腹に入れておけ。もう食べられないぞ。紅茶でも飲むか。あと10分で出発する」

三郎太は口を火傷しないぬるめの紅茶をいれてもらい、ビスケットをつまんだ。
そして自分もサンタの見習いとしての衣装を身につけ、編み上げの黒いブーツを履き、縁に白いふわふわのついた赤い帽子を被った。
首を振ると帽子の先の白いボンボンがふわふわと揺れた。

サンタ見習いとして仕事ができる!

三郎太の気持ちが高ぶってきた。


「ねーねー、見てみてーーー!」

三郎太が丈を詰めたサンタスーツを着たクロードがくるりと一回りして見せた。
口の周りにはこんもりと白いつけひげがあり、顔もよくわからなくなっていたが、サンタらしさが増した。

「ありがとうね、三郎太くん。でもね、お腹きつきつなのに無理矢理キリシマとヴィクセンがぶっといベルトをはめるんだよ。はぁ、これじゃ息も苦しい」

と言い終わると「はっ!」と両手を頬に当てた。
そして「キリシマー!キリシマー!ヴィクセンーーー!これ、脱がせてーーー!」と走り出した。
三郎太が驚いているとクロードが叫んだ。

「おしっこーーーーー!もれちゃうーーーー!!!」

「えええええっ!」

「だから先に行っておいてくださいって言ったでしょ!」

「だってあのとき出なかったんだもん」

「どうでもいいから、早くしろっ!あと3分48秒で日没だっ!」

キリシマとヴィクセンが慌ててサンタスーツを脱がせるとクロードはあったかアンダーウェア姿でトイレに駆け込んだ。






中庭にはたくさんのプレゼントと積んだ巨大な白いソリが出されていた。
そこには10人のトナカイとサンタクロースと見習いが集まる。

「それじゃあ、みんな、準備をして~!」

次々に人型からトナカイの姿になると自分のポジションにつき、ソリを引く留め具を自分で固定した。

「さぁ、ボクらも行こう、三郎太くん」

クロードは手袋をした手で三郎太の手を引っ張った。

「そうだ、これ。なくしたらいけないから、三郎太くんが持ってて」

差し出されたのは黒いサンタバッグだった。
三郎太はうなずき、斜め掛けするとクロードと一緒にソリに乗り込む。

クロードは手綱を持ち、叫んだ。

「先頭のルドルフ、ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド、ドンダ-、ブリッツェン、キリシマ!それから三郎太くん!子どもたちにプレゼントを届けに行こう!」


ひゅんと音がして手綱が動かされた。
それを合図にトナカイたちが走り出す。
ふわりとソリは宙に浮き、そして暮れていく空を駆け始めた。


3分遅れで出発した。







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