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第4話 夏の山(4)
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「お目覚めでございますか」
たぬきの声がした。僕は目を開ける。
「よく眠っていらっしゃいました。ご気分はいかがですか」
「はい、元気です」
僕が布団から起き上がると、そこは昨日、ひとりでご馳走を食べたあの部屋だった。
ああ、もう遅い時間だ。
障子越しに入る日の光の加減で、すでに朝は終わっているのがわかった。
「朝風呂… だめだったか」
「お風呂でございますか。ご用意いたしましょうか」
「いえ、いいです。大丈夫」
朝風呂は「朝」に入るのがいいんだと思うんだ。入ったことないけど。
たぬきに言われるまま、身支度を整えると「主の元に参ります」と別の部屋に案内された。
やっぱり広いお屋敷だなぁ。
どこまで続くのかわからない廊下をあっち行きこっち行きし、広間に通された。
ここもお庭に面している。
上座には昨日会った各務様が座っていらした。
昼間見ると迫力あるなあ。
白から青のグラデーションの着物に、長い長い白髪。細い目は赤。
「おはようございます、各務様」
なんて言ったらいいかわからないので、とりあえず挨拶をしてみた。
「どこか具合の悪いところはないか」
「はい」
「昨日はすまなかった。まさかあんなことになるとは。我が弟ながら申し訳なく思っている」
「いいえ。びっくりしましたけど」
そこまで言ったところで、ごごごごごと音がして黒雲が立ち込めた。
そしてまた庭から黒雲に包まれた大きな黒い亀に乗って百貝様と、なんと今回は薊様まで広間に入ってきた。
「おおう、当麻。目が覚めたか」
「昨日はごめんねぇ。青嵐のところの狐ちゃん、まだ慣れてなくて。どう?気分は悪くない?ご飯食べた?」
「おはようございます、薊様、百貝様」
「おまえたち、なぜいつも庭から入るのだ。玄関があるだろう」
「そんなまどろっこしいことなんかできるかい。玄関から入ったらまめ吉が出てくるまで待たされるんだろう」
「侍従をもうちょっと増やしてもいいと思うわ。まめ吉ひとりじゃ大変だし」
たぬきがしどろもどろになって固まっている。
「あ、あの。僕は元気です。特に気持ち悪いところや痛いところもありません。さっき起きたばかりなので食事はしていませんが、そんなにお腹は空いていないし」
「本当か?」
え、っと思ったら百貝様に脇の下に手を入れられ、人形のようにぶらんぶらんと目の高さまで持ち上げられた。
そして右から左から後ろから、もちろん正面からもじろりじろりと金色の目で見られた。
「うむ、傷んでいるところはなさそうだ」
「よかったあ。あたしたち、あんたに謝りに来たのよ、当麻。梅酒のこともそうだけど、なんにも知らないあんたに先走っていろいろ言っちゃって。あ、百貝、なにしてるの。当麻を放しなさいよ」
僕は目視で異常がないか点検された後、なんとそのまま百貝様の膝に抱えられて、もふもふの中に埋まっていた。
薊様がわいわい言っても百貝様は聞こえないふりをして、そのままにしている。
あ、各務様は深いため息をついた。
「当麻は昼餉の後、里に帰す」
「え、もう?やだ、あたし、もうちょっと当麻といたい。そうだ、昨日のこと、覚えている?あたしの嫁になりなさいよ」
「待て」
「なんで。各務は当麻を嫁にしないんでしょう。ならあたしがもらってもいいじゃない」
「いや、僕、男なんですけど」
「それがどうした」
どうした?!僕は百貝様の言葉にびっくりした。
「男でも女でもかまいはしない」
「え、でもこういうときって子どもを産んだり」
「当麻、子どもが産みたいの?嬉しい!あたしとあんたの子どもならきっとかわいいわあ。大丈夫、もしそうしたいのなら神丹桃を食べればいいだけだから」
「俺は別に子どもがほしいわけではないが、当麻がそう望むならもうけてもいいぞ」
「待て」
うわ。各務様の二度目の「待て」だ。
さすがお兄ちゃんなのか、お二人がちょっと静かになる。
「当麻は我が次郎山の客だ。勝手なことを言うな。それに私は子どもを成すためだけに嫁をもらうわけではないし、生贄を欲しているわけではない」
だけど、えっちしないと暴走しちゃうって。
「暴走はしない。由紀女に疫がかかることはない」
由紀女とは祖母の名前だ。おばあちゃんは各務様に会ったことがあるんだろうか。
「確かにかつては里から人を送らせていたが、もう200年も前のことだ。多少は今の人間の様子も知っている。誰かをさらったり強引に嫁にしたりはしない」
各務様は僕をまっすぐに見て言った。
「まめ吉に昼餉を用意させよう。それを食べたら帰りなさい」
「はい」
僕が素直に言うとたぬきが…、もといまめ吉さんがずいずいと出てきて言った。
「主様、当麻様はもう一度お風呂をご所望されております」
え、もう言わなくてもいいよ。
「風呂?」
各務様が怪訝そうな顔をして、僕を見た。
「あの…朝風呂というのに入ってみたくて。いつかどこかの温泉でしようと思っていたんですけれど…」
すみません。こんなこと言っちゃって。
「たやすいことだ。風呂の準備をさせよう」
「いいえ。朝に入るのが重要だそうでして」
まめ吉さん、すっごく強く出ましたね。まぁ、朝風呂は早朝に入りたい。
「じゃあ、もう1泊すればいいじゃないか。それともあたしのところに来る?うちにも温泉あるわ」
「俺のところにもある。赤い熱い湯だ。気持ちいいぞ」
薊様と百貝様が口を開くと、各務様がぎろりと睨んだ。
「いえ、もういいんです。祖母にもなにも言っていないし、心配かけたくないから」
僕の言葉を聞いて薊様は「おほほほほほほほ」と高らかに笑い出した。
「そんなの、あたしたちにかかれば造作もないこと。もう1泊したって里に戻るのは今日の昼過ぎにできるわよ」
「なんなら7日いてもかまわん」
「二人とも。勝手に話を進めるな」
各務様がまた、僕をまっすぐに見た。
「二人が言っているのは本当だ。ここと人里とでは時間の流れが違う。当麻が望むのならもう1泊して明日の朝、風呂に入って昼餉を食べ里に戻っても、里では今日の昼過ぎになっている」
「いいんですか」
「ああ。昨日の詫びだ」
「じゃあ、あたしもお詫びを」
「俺も」
「二人はもう帰れ」
「そんなこと言って、当麻を独占しようったってそうはいかないからね」
「当麻は次郎山の客人だ」
各務様がきっぱりと言い切ると、お二人ともしゅんと黙ってしまった。
「特別だぞ」と各務様は僕が持ってきたフルーツゼリーを一つずつ、薊様と百貝様に持たせた。
「明日、見送りにくるからな」
「そうよ。それくらいはいいでしょう」
「好きにするがいい」
お二人はまたお庭から亀に乗って出ていき、各務様も奥の部屋に籠られた。
僕はまたまめ吉さんの案内で元の部屋に戻った。
ぽつんとひとりになった。文庫本がはかどった。
夕方、温泉に入り、またご馳走を食べた。
夜は静かだった。
次の朝早く、僕は念願の「朝風呂」に入った。
ちょっとひんやりした山の空気の中の温泉は気持ちよかった。夕方入ったときとはまた違って、いい。
朝食と昼食を食べ終わり、支度、といっても懐中電灯と文庫本くらいの荷物をそろえていたらまた庭から黒い亀に乗って薊様と百貝様とが入ってきた。
そして「もう帰るのか」、「もっとここにいたらいい」、「うちの山に来ないか」、「山菜おこわを用意しよう」、「いいヤマメが手に入った。焼いてやろう」などと口々に言いながら、僕をもふもふに埋めたり、朱鷺色の着物で包んだりした。
僕は人形じゃないんだけど。
「また庭から来たのか」
各務様の声がした。怒ってはおらず、ちょっぴり呆れたような口調だった。
僕はお二人から解放してもらい、お礼を言った。
「朝風呂はどうだったか」
「はい、とても気持ちよかったです。また入りたいです」
「気に入ったか」
「はい、とても!」
「また来るがいい」
ぎゃっ、とすごい声が三つ聞こえた。薊様と百貝様とまめ吉さんの声だった。
「各務、あんた」
「どういう風の吹き回しだ」
「主様……」
各務様はとても優しく言ってくださった。しかし僕は首を振った。
「ありがとうございます。でも、ここは遠いし」
「なんで、里から歩いても大したことないじゃないの」
「いや、もうすぐ家に帰るから」
祖母の家への滞在ももうすぐ終わりだ。
「迎えをやる。心配ない。好きに風呂に入るがいい」
そう言って、各務様は乳白色の玉を懐から取り出し、僕のてのひらに載せた。
「あ、ずるいぞ。それなら俺も」と百貝様は黒い玉、「もちろんあたしも」と薊様は赤い玉、「そしてこれは青嵐の」と青い玉も僕の手に載せてきた。
「この玉を使って呼べば、迎えをやる」
各務様が静かに言った。
それから百貝様が自分の長い髪を数本抜き、それを軽く縒って薊様に渡すと器用に玉をひょいひょいと通し、僕の左手首に結んだ。
ごついパワーストーンのブレスレットをしてるみたいだ。
「それでは支障が出るだろう」と各務様が僕の左手首を両手で包むと口の中でなにやら唱え、手を放すとブレスレットはなくなっていた。
代わりにうっすらと赤いあざが手首をぐるりと巻くようにできていた。
「見えなくなっているだけで、そこにはまっている。安心しなさい」
「はい、ありがとうございます」
こうして僕は山を下りた。
山で2泊したのに、スマホやテレビで確認すると1泊しただけになっていた。
祖母にいろいろ聞きたかったが、どういうわけかうまく考えがまとまらず言葉にできなかった。
祖母も特別、なにも聞かなかった。
ほどなく、僕は家に帰った。
あの山での時間はなんだったのか、不思議に思う。あれは夢だったのか、と思うこともあるが、左手首には薄い赤いあざがぐるりとついていた。
本当にあったことなんだろう。僕はそう思い、祖母にフルーツゼリーを送った。事前に母には内緒にしておいてほしい、と伝えていたので、祖母からは僕のスマホに電話がかかった。短いやりとりで終わったが、祖母は白桃ゼリーが一番おいしかったと話していた。それが聞けて、嬉しかった。
たぬきの声がした。僕は目を開ける。
「よく眠っていらっしゃいました。ご気分はいかがですか」
「はい、元気です」
僕が布団から起き上がると、そこは昨日、ひとりでご馳走を食べたあの部屋だった。
ああ、もう遅い時間だ。
障子越しに入る日の光の加減で、すでに朝は終わっているのがわかった。
「朝風呂… だめだったか」
「お風呂でございますか。ご用意いたしましょうか」
「いえ、いいです。大丈夫」
朝風呂は「朝」に入るのがいいんだと思うんだ。入ったことないけど。
たぬきに言われるまま、身支度を整えると「主の元に参ります」と別の部屋に案内された。
やっぱり広いお屋敷だなぁ。
どこまで続くのかわからない廊下をあっち行きこっち行きし、広間に通された。
ここもお庭に面している。
上座には昨日会った各務様が座っていらした。
昼間見ると迫力あるなあ。
白から青のグラデーションの着物に、長い長い白髪。細い目は赤。
「おはようございます、各務様」
なんて言ったらいいかわからないので、とりあえず挨拶をしてみた。
「どこか具合の悪いところはないか」
「はい」
「昨日はすまなかった。まさかあんなことになるとは。我が弟ながら申し訳なく思っている」
「いいえ。びっくりしましたけど」
そこまで言ったところで、ごごごごごと音がして黒雲が立ち込めた。
そしてまた庭から黒雲に包まれた大きな黒い亀に乗って百貝様と、なんと今回は薊様まで広間に入ってきた。
「おおう、当麻。目が覚めたか」
「昨日はごめんねぇ。青嵐のところの狐ちゃん、まだ慣れてなくて。どう?気分は悪くない?ご飯食べた?」
「おはようございます、薊様、百貝様」
「おまえたち、なぜいつも庭から入るのだ。玄関があるだろう」
「そんなまどろっこしいことなんかできるかい。玄関から入ったらまめ吉が出てくるまで待たされるんだろう」
「侍従をもうちょっと増やしてもいいと思うわ。まめ吉ひとりじゃ大変だし」
たぬきがしどろもどろになって固まっている。
「あ、あの。僕は元気です。特に気持ち悪いところや痛いところもありません。さっき起きたばかりなので食事はしていませんが、そんなにお腹は空いていないし」
「本当か?」
え、っと思ったら百貝様に脇の下に手を入れられ、人形のようにぶらんぶらんと目の高さまで持ち上げられた。
そして右から左から後ろから、もちろん正面からもじろりじろりと金色の目で見られた。
「うむ、傷んでいるところはなさそうだ」
「よかったあ。あたしたち、あんたに謝りに来たのよ、当麻。梅酒のこともそうだけど、なんにも知らないあんたに先走っていろいろ言っちゃって。あ、百貝、なにしてるの。当麻を放しなさいよ」
僕は目視で異常がないか点検された後、なんとそのまま百貝様の膝に抱えられて、もふもふの中に埋まっていた。
薊様がわいわい言っても百貝様は聞こえないふりをして、そのままにしている。
あ、各務様は深いため息をついた。
「当麻は昼餉の後、里に帰す」
「え、もう?やだ、あたし、もうちょっと当麻といたい。そうだ、昨日のこと、覚えている?あたしの嫁になりなさいよ」
「待て」
「なんで。各務は当麻を嫁にしないんでしょう。ならあたしがもらってもいいじゃない」
「いや、僕、男なんですけど」
「それがどうした」
どうした?!僕は百貝様の言葉にびっくりした。
「男でも女でもかまいはしない」
「え、でもこういうときって子どもを産んだり」
「当麻、子どもが産みたいの?嬉しい!あたしとあんたの子どもならきっとかわいいわあ。大丈夫、もしそうしたいのなら神丹桃を食べればいいだけだから」
「俺は別に子どもがほしいわけではないが、当麻がそう望むならもうけてもいいぞ」
「待て」
うわ。各務様の二度目の「待て」だ。
さすがお兄ちゃんなのか、お二人がちょっと静かになる。
「当麻は我が次郎山の客だ。勝手なことを言うな。それに私は子どもを成すためだけに嫁をもらうわけではないし、生贄を欲しているわけではない」
だけど、えっちしないと暴走しちゃうって。
「暴走はしない。由紀女に疫がかかることはない」
由紀女とは祖母の名前だ。おばあちゃんは各務様に会ったことがあるんだろうか。
「確かにかつては里から人を送らせていたが、もう200年も前のことだ。多少は今の人間の様子も知っている。誰かをさらったり強引に嫁にしたりはしない」
各務様は僕をまっすぐに見て言った。
「まめ吉に昼餉を用意させよう。それを食べたら帰りなさい」
「はい」
僕が素直に言うとたぬきが…、もといまめ吉さんがずいずいと出てきて言った。
「主様、当麻様はもう一度お風呂をご所望されております」
え、もう言わなくてもいいよ。
「風呂?」
各務様が怪訝そうな顔をして、僕を見た。
「あの…朝風呂というのに入ってみたくて。いつかどこかの温泉でしようと思っていたんですけれど…」
すみません。こんなこと言っちゃって。
「たやすいことだ。風呂の準備をさせよう」
「いいえ。朝に入るのが重要だそうでして」
まめ吉さん、すっごく強く出ましたね。まぁ、朝風呂は早朝に入りたい。
「じゃあ、もう1泊すればいいじゃないか。それともあたしのところに来る?うちにも温泉あるわ」
「俺のところにもある。赤い熱い湯だ。気持ちいいぞ」
薊様と百貝様が口を開くと、各務様がぎろりと睨んだ。
「いえ、もういいんです。祖母にもなにも言っていないし、心配かけたくないから」
僕の言葉を聞いて薊様は「おほほほほほほほ」と高らかに笑い出した。
「そんなの、あたしたちにかかれば造作もないこと。もう1泊したって里に戻るのは今日の昼過ぎにできるわよ」
「なんなら7日いてもかまわん」
「二人とも。勝手に話を進めるな」
各務様がまた、僕をまっすぐに見た。
「二人が言っているのは本当だ。ここと人里とでは時間の流れが違う。当麻が望むのならもう1泊して明日の朝、風呂に入って昼餉を食べ里に戻っても、里では今日の昼過ぎになっている」
「いいんですか」
「ああ。昨日の詫びだ」
「じゃあ、あたしもお詫びを」
「俺も」
「二人はもう帰れ」
「そんなこと言って、当麻を独占しようったってそうはいかないからね」
「当麻は次郎山の客人だ」
各務様がきっぱりと言い切ると、お二人ともしゅんと黙ってしまった。
「特別だぞ」と各務様は僕が持ってきたフルーツゼリーを一つずつ、薊様と百貝様に持たせた。
「明日、見送りにくるからな」
「そうよ。それくらいはいいでしょう」
「好きにするがいい」
お二人はまたお庭から亀に乗って出ていき、各務様も奥の部屋に籠られた。
僕はまたまめ吉さんの案内で元の部屋に戻った。
ぽつんとひとりになった。文庫本がはかどった。
夕方、温泉に入り、またご馳走を食べた。
夜は静かだった。
次の朝早く、僕は念願の「朝風呂」に入った。
ちょっとひんやりした山の空気の中の温泉は気持ちよかった。夕方入ったときとはまた違って、いい。
朝食と昼食を食べ終わり、支度、といっても懐中電灯と文庫本くらいの荷物をそろえていたらまた庭から黒い亀に乗って薊様と百貝様とが入ってきた。
そして「もう帰るのか」、「もっとここにいたらいい」、「うちの山に来ないか」、「山菜おこわを用意しよう」、「いいヤマメが手に入った。焼いてやろう」などと口々に言いながら、僕をもふもふに埋めたり、朱鷺色の着物で包んだりした。
僕は人形じゃないんだけど。
「また庭から来たのか」
各務様の声がした。怒ってはおらず、ちょっぴり呆れたような口調だった。
僕はお二人から解放してもらい、お礼を言った。
「朝風呂はどうだったか」
「はい、とても気持ちよかったです。また入りたいです」
「気に入ったか」
「はい、とても!」
「また来るがいい」
ぎゃっ、とすごい声が三つ聞こえた。薊様と百貝様とまめ吉さんの声だった。
「各務、あんた」
「どういう風の吹き回しだ」
「主様……」
各務様はとても優しく言ってくださった。しかし僕は首を振った。
「ありがとうございます。でも、ここは遠いし」
「なんで、里から歩いても大したことないじゃないの」
「いや、もうすぐ家に帰るから」
祖母の家への滞在ももうすぐ終わりだ。
「迎えをやる。心配ない。好きに風呂に入るがいい」
そう言って、各務様は乳白色の玉を懐から取り出し、僕のてのひらに載せた。
「あ、ずるいぞ。それなら俺も」と百貝様は黒い玉、「もちろんあたしも」と薊様は赤い玉、「そしてこれは青嵐の」と青い玉も僕の手に載せてきた。
「この玉を使って呼べば、迎えをやる」
各務様が静かに言った。
それから百貝様が自分の長い髪を数本抜き、それを軽く縒って薊様に渡すと器用に玉をひょいひょいと通し、僕の左手首に結んだ。
ごついパワーストーンのブレスレットをしてるみたいだ。
「それでは支障が出るだろう」と各務様が僕の左手首を両手で包むと口の中でなにやら唱え、手を放すとブレスレットはなくなっていた。
代わりにうっすらと赤いあざが手首をぐるりと巻くようにできていた。
「見えなくなっているだけで、そこにはまっている。安心しなさい」
「はい、ありがとうございます」
こうして僕は山を下りた。
山で2泊したのに、スマホやテレビで確認すると1泊しただけになっていた。
祖母にいろいろ聞きたかったが、どういうわけかうまく考えがまとまらず言葉にできなかった。
祖母も特別、なにも聞かなかった。
ほどなく、僕は家に帰った。
あの山での時間はなんだったのか、不思議に思う。あれは夢だったのか、と思うこともあるが、左手首には薄い赤いあざがぐるりとついていた。
本当にあったことなんだろう。僕はそう思い、祖母にフルーツゼリーを送った。事前に母には内緒にしておいてほしい、と伝えていたので、祖母からは僕のスマホに電話がかかった。短いやりとりで終わったが、祖母は白桃ゼリーが一番おいしかったと話していた。それが聞けて、嬉しかった。
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