騎士が花嫁

Kyrie

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本編

03. 初夜 - リノ

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思ったよりばっしゃりと酒がかかっていた。
俺は風呂場に連れていかれ、とりあえず花婿の衣装を脱ぐことができた。
窮屈でたまらなかったので、助かった。
ふぅ、これで息が楽にできる。

桶に湯が張ってあったので、身体にかかった酒を拭った。

ペリヌさんからは「髪もしっかり洗えよ!」と言われた。
はいはい、洗いますよ。
あいつ、頭から酒をぶちかけやがって。


やっとさっぱりして、軽い服を着ると、一心地ついた。
ペリヌさんに連れられて、使用人がいつも使う屋敷の裏口に来た。
そこにはあのベールをすっぽりかぶった大きな男が、カーティさんと待っていた。

「一応、あんたんちも用意しておいたから」

他の使用人仲間も集まってきて、結婚式のときには言えなかった「おめでとう」の言葉を口々に言ってくれた。
めでたいのかどうか、もうわからなくなっていたけど、とりあえず「ありがとう」と答えた。

ベールの男はジュリアス様以外に考えられなかった。
また、足首まで隠れる女物の赤い外套をはおっていた。
ベールの下のひどい化粧顔を見て、女たちにひどいことを言われなかっただろうか。
それが心配だった。

「さあ、こっちから番人小屋に行きな」

ペリヌさんが裏口のドアを開けた。
俺はうなづいて出ようとした。
が、カーティさんが俺の肩をぐいっと引いた。

「え?なに?」

「あんた、花嫁を置いていく気かい?」

「?」

「もう遅くて暗いんだから、手ぇくらいつないでやるんだよ」

とペリヌさんも言った。

「あ。そうですね。
ベールをかぶっていたら、道がよく見えませんね」

俺って気が利かないなぁ。

俺は、ジュリアス様の手を取った。
肉厚の大きな手だった。
ごりごりと硬い。
以前、街で騎士学校に通う若君たちを見たことがある。
その人たちは剣だこがどれくらいできたかを自慢し合っていた。
このごりごりしているのは剣だこかもしれない。

「じゃあ、行きましょうか」

ベールが微かに動いた。
どうやらうなづいたらしい。

「リノ、これ持ってって!」

誰かが俺に紙袋を押しつけた。

「寝る前に開けてね」

「うん、ありがとう」

俺はジュリアス様ばかり気にしていたので上の空でお礼を言い、みんなに見送られながら外へ出た。





重い、おもりを引きずる音が静かな闇夜に響く。

俺は悲しくなりながら、一番短い道で番人小屋まで行った。

「ちょっと待ってください」

玄関でジュリアス様の手を離し、ドアを開け、燭台のろうそくに火をつけてテーブルに置いてから、またジュリアス様の手を引いた。
部屋がぼんやりと照らされた。

俺はテーブルのそばの椅子にジュリアス様を座らせ、玄関のドアを閉めると注意深く鍵をかけ、ほぉーーっと息を吐いた。
そこで気を抜きそうになったが、俺は気を取りなおしてジュリアス様の足元に駆け寄った。

「遅くなってしまって、すみません。
失礼します」

と赤い外套の裾を少しまくった。
そこにはあの音の原因があった。
金属の丸いおもりのついた足輪だった。
歩くたびに鎖がじゃらじゃら音を立て、重いものを引きずる音がする。
俺は首からかけていた鍵を足輪に挿し込み、それを外した。

手枷は外されたが、逃げないようにとおもりのついた足枷は両足につけられたままだった。
一応、夫だから、という理由で鍵を預かっていた。
しかし、「絶対に外すなよ」と言い含められている。

「血が出てます。
手当てをしなくちゃ。
そのまま、いてください。
そのままですよ!」

俺はテーブルのそばの小さな棚の手当の道具が入った引き出しを一つ、丸ごと抜き抜いてジュリアス様の足元に戻った。
それから清潔な布を水に浸して血を拭い取り、膏薬をつけたガーゼを両足首に当てると包帯で巻いた。

「痛かったでしょう。
本当に今日は申し訳ありませんでした」

俺はジュリアス様を見上げた。

あああああああっ!
ジュリアス様は白いベールをかぶったままだった。

「息苦しかったですね。
すいません、今すぐベールを取りますよ」

そっとベールを取ると、赤毛と精悍な顔のジュリアス様が現れた。
よかった。
あの下手くそな化粧はされていない。
ジュリアス様も湯を使ったのか、さっぱりした表情だった。

「足枷は俺がうちにいるときは外せますが、外に行くときにはつけなければなりません。
すみません」

「いいのか。家でもつけておくように言われていただろう?」

「構いません。
俺がしたくないです。
こんなひどいことを…」

思わず泣きそうになってしまったが、泣いている場合ではなかった。

実のところ、めちゃくちゃ疲れた。
今日1日で1週間過ぎた気がする。
きっとジュリアス様もお疲れに違いない。

「疲れましたね。
明日と明後日とはお休みをもらっているんです。
ゆっくりできます。
今日はもう寝ましょう」

俺は燭台ともらった紙袋を持ち、ジュリアス様をうながした。

「寝室はこっちです」

寝室のドアを開け、燭台で中を照らした。


「わあああああああああああああああっっっ!」

な、なに?
なにこれ?







寝室にはジュリアス様と一緒に暮らすようになるから、と俺のベッドの他に大き目のベッドももう1台入れていた。
その両方のベッドの上には赤い花びらが散らされていた。

「初夜だな」

「しょ、初夜ぁ~?!」

ボンっ、と音が出そうなほど顔から火を噴いた。
ちょちょちょちょっと、待ってください、ジュリアス様。

「婚儀が終わったあとの夜は初夜だと思いますが、なにか?」

いやいやいやいやっ!
いや、それはそうかもしれませんが。
いやいやいやっ!

急に口調を変えるのもやめてください。

一応、俺が夫だけど、どう見てもこの身長差。体格差。経験値差。
どうやっても俺が「抱かれる側」でしょう。
それは掘られる、というわけで、それは断固として拒否したいわけで。
かと言って、俺が「スラークの赤熊」と異名を取るジュリアス様を抱く?!
想像できない!

俺があわあわしているのを平然とした顔をで見ながら、ジュリアス様はしれっと言った。

「私は男でも女でも、抱くのも抱かれるのも対応できますが、いかがなさいますか?」

やーーーーめーーーーてーーーーっ!!!
無理!
どれも無理!

「私は妻なので、抱かれるんでしょうかね?」

「い、いや、それは…」

「そうは言っても、私ではその気になれないと思いますので、旦那様が花街に行かれても私は見ないことにしておきます」

「は、花街?!
あの色っぽいなおねいさんがたくさんいるという、アレ…?」

ジュリアス様はさも「当然」というふうにうなづく。

「ばっ!
俺、そんなところに行きませんっ!
そんなお金はないし。
逆じゃないんですか?
ジュリアス様のほうが溜まって困ったことになったら、俺が花街の女性にここに来てもらうようにしますからっ!
その日は飲みに出かけて一晩中、帰ってこないようにしますから、それでしばらくなんとかしてくださいっ!」

はっ!
俺は頭に血が上ったとはいえ、今、なに言っちゃったんだ?!
ジュリアス様が呆れたように俺を見ている。

「旦那様は…」

な、なんだ?
思わず唾を飲み込む。
ごきゅっ、と大きな音がする。

「私に不貞を働けとおっしゃるのですか?」

「ちーがーいーまーすぅぅぅぅっ!!!」

「ではそんなことは必要ありません。
旦那様には不自由をかけますが、よろしくお願いします」

深々と頭を下げるジュリアス様に一瞬、殺意を覚えた。
俺をからかっているだろ、絶対…!!!



ハァハァと上がる呼吸で、少し酸欠状態。
燭台置きに燭台を置くと、俺は花びらをつぶさないように、そっとベッドに腰かけた。
と、手に紙袋を持っていたことを思い出す。
寝る前に見ろ、と言われたっけ。
俺はがさがさと袋から中身を取り出した。
小瓶?

「なんだろう?」

燭台に透かしてみると中にはとろりとしたものが入っていた。

「潤滑油です」

「じゅ…?」

「男同士の場合、孔をほぐすのに」

「だめえええええええええええっ!
それ以上、言っちゃだめええええええっ!!!」

な、なに言い出すんだ、ジュリアス様っ!

「あ、あんた、花嫁だろっ!
そんなこと言っちゃだめえええええええっ!」

「使い方はご存知なんですね」

ばかあっ!!

「お、俺、もう寝ます。
ジュリアス様もお疲れでしょうから寝てください。
あ、外套がしわになりますね」

俺はジュリアス様がまだ赤い外套を着たままなのに気づいた。
脱いだ外套を受け取ろうとして近づくが、ジュリアス様は動かない。
仕方なく、俺は精一杯背伸びをして、外套の首元のリボンをほどき、脱がした。

「でええええええええええええええええっ!!!」

が、外套の下は…




すけ


すけすけの寝衣……

盛り上がる鍛えられた筋肉。
胸には立派な胸毛。
太い腕。
しなやか腰。


「積極的ですね、旦那様」

「あんた、なに着てんだっ!」

俺はがばっと外套を着せ直す。

「私にどんな服を着るかの選択権はありませんでした」

「あ…」

俺は俯いた。
そうだった。

「すみません」

止まってしまった俺にジュリアス様は言った。

「カーティさんからは、これで旦那様を悩殺するように言われ」

「わーわーわーわー!
何も聞きませんっ!
聞こえませんっ!
む、向こうの部屋にジュリアス様の服が届いていました。
そこから寝衣を探して着替えてください。
俺は先に寝ます。
おやすみなさい。
あ、終わったら燭台の火は消しておいてください」

叫ぶように一気にまくしたてると、俺はそそくさとベッドにもぐり込み、ジュリアス様のベッドに背を向けた。

ちょちょちょちょっと、カーティさんっ!
明日、問い詰めるからねっ!
なに言ってんですかっ!

あ、明日休みだ、俺…


明かりが揺れる気配がした。
燭台を持って、ジュリアス様が隣の部屋に移動したようだ。
うまく寝衣が見つかったかどうか、聞いてみるつもりだったけど、ジュリアス様が戻ってくる前に俺は気を失ったように眠っていた。





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