6 / 61
本編
06. 酔いの原因 - ジュリアス
しおりを挟む
遅いな。
夜もだいぶ更けてきた。
窓の外を気にしてみるが、人の気配はない。
今夜、リノは伯爵の使用人仲間と飲みに行っている。
これまでにも何度かそういうところに行っていたようだが、俺とのことがあってから誘われても断っているらしい。
「新婚だから」とからかわれているだけだったが、「付き合いが悪くなった」とも言われているそうなので、俺はリノに飲みに行くことを勧めてみた。
男同士の飲みは、親しくなる機会でもあるので大事なのも知っている。
だが、まだ17歳。
最近、寝不足で疲れが溜まっているようなので、泥酔していないことを願う。
あまり酒は強くなさそうだ。
俺は手の中の本をめくっているが、頭にはあまり入ってこない。
リノが「字を教えてくれ」と誰かのおさがりのボロボロの、この文字の本を持って帰ってきた。
俺は小さな黒板と白墨を用意するように言い、夜、リノに文字を教えている。
今は小文字も大体覚えたので、俺が言った単語が書けるかどうか、試しているところだ。
出題するほうも、いきなり難しい単語を言うわけにはいかないので、暇があるとこの本を見ながらどの単語をどの順番で出していこうか考えている。
しかし、今夜は集中力が切れたらしい。
俺は足枷のおもりを引きずりながら棚に本を戻すと、また椅子に座った。
我が祖国スラークが滅ぼされた。
俺は騎士団の副団長だったが、捕虜となり、この南の国メリニャに連れてこられた。
王のピニャータについては悪評ばかり聞いてきた。
あざとくて残忍、そして悪趣味。
凱旋のとき、王都の中央広場で俺や仲間たちを自国の民にしながら、俺を「嫁にやる」と言い出した。
すらりとした美丈夫ならまだしも、大柄で強面で「赤熊」と呼ばれている俺を女のように嫁にする、と言っているのだ。
それにスラークでは事実としてあるものの、同性での結婚は法では認められていない。
この男はきっと、俺が侮辱と羞恥で怒りだしたり震えたりするのが見たいのだろう。
なにも感じなかった、と言えば嘘になる。
しかし、俺はできる限り無表情でいた。
ピニャータの悪趣味は続いた。
俺が赤い甲冑を身に着けていたから「花嫁衣裳も赤だろう」とばかばかしくなるほど赤い布を使った花嫁衣裳を作らせ、着せた。
そして婚儀の当日、「娶ってもらうのだから綺麗にしてやる」とピニャータ自らが、俺の顔に粉をはたきわざとはみ出して紅を引き、姿見で見るように強要してきた。
思わず目を背けると、さも面白そうに高笑いをし、王の側近や侍従なども一緒になって笑い、好奇の目を向けた。
花嫁衣裳で見えないように手枷足枷がはめられているので、どうすることもできない。
「赤熊が今日は子ウサギのようにかわいらしくなったかのう?」
ピニャータは脂ぎった顔をなでながら言った。
ここでも無心になりたかったが、訓練が足りなかったのか感情が表情として出てしまった。
「逃げたいか?
いいぞ、逃げても。
あの名誉な男は嫁をもらう前に逃げられたことになり、この街から、いやこのメリニャ国から消えてしまうかもしれないのう」
言いがかりをつけて、気の毒で莫迦な「俺の夫」になる男を殺しかねない。
それだけではないだろうな、この下品でいやらしく笑っているピニャータなら。
あの男も男だ。
あのタイミングで王と俺の前に転がり出てくるなんて、なんて莫迦な男なんだ。
婚儀の前、控え室で待っているとその男がこっそりと会いに来た。
そして、俺を見るなり平伏して「いつか必ず国に帰してやるから、今日はおとなしくしておくように」と言い出した。
よく見ると相当若くて驚いた。
まだ子どもだ。
なにができると言うんだ。
リノと名乗ったその男は俺の顔を見てぎょっとしたが、他の者に見られないように頭から白いベールをかぶせた。
その後の祝いの宴でも「俺はこの人の夫です。妻を守るのが俺の務めです」と言い出し、今度は俺がぎょっとした。
おまえ、自分が何を言っているのかわかっているのか?
俺としてはただ好機を狙っている。
この男や周りの人たちの生命がどうなってもいい。
時が来れば逃げ出し、同士を集めようとも考えている。
それまでは従順な「妻」でいればいい。
おとなしくしておけば監視の目も緩むし、リノなら一発でのすことができる。
外で足音が近づいてきた。
俺はごりごりと足枷のおもりを引きずりながら、ドアを開けた。
そこにはひょろりとした酔った若い男が真っ赤な顔をしたリノを背負っていた。
「旦那様!」
「リノを責めないでやってくれよ」
男は面倒臭そうに言った。
「早くこいつを受け取ってくんない?」
「申し訳ありませんが、このままベッドまで運んでいただけませんか?」
「は?」
「私にもできますが、おそらく私が運んだとなれば旦那様は気分がよくないと思います」
「はん…わかったよ」
男は俺をギロリと睨むが、俺はそれを無視して寝室に案内しリノのベッドに下してもらった。
靴を脱がせ、襟元を緩めてやると薄い上掛けをかけた。
真っ赤な顔をして酒臭い。
あとで頭を冷やしてやろう。
「ありがとうございました」
「なぁ、水を一杯くれない?」
男も少し苦しそうで、椅子に座って言った。
俺は器に水を汲むと男に差し出した。
男はそれをごくごくと一気に飲み干し、器を差し出す。
もう一杯、水を汲んでやると、今度は少しずつ飲んでいった。
「いつもはあんなになるまで飲まないんだけど」
男は寝室のほうに顎をしゃくってみせた。
「あんたのことでからかわれてさ。
オレたちが止めるのも聞かずにずっとあんたのことを悪く言うヤツは許さない、とどんなにいい嫁なのかの嫁自慢を泣きながら延々と」
俺は黙って聞いている。
「これまでもからかわれたり、絡まれたりしていてみんなで心配してたんだけどよ。
ついでに言うと、あんたのことも気になっていたんだけど」
男は最後の一口を飲むと器をテーブルに置いた。
「リノが大切にされているようで、安心した」
そう言って立ち上がり、男は帰っていった。
俺は濡れた布を持って寝室に入った。
リノの顔を拭いてやり、別の濡れた布を額に載せた。
少し身を起こして水の入った器を口につけると自分で水を飲み始めた。
飲み終わるとまた寝かせ、上掛けをかけ直した。
もろもろの片づけをして、明かりを消し、俺も自分のベッドに入った。
夜もだいぶ更けてきた。
窓の外を気にしてみるが、人の気配はない。
今夜、リノは伯爵の使用人仲間と飲みに行っている。
これまでにも何度かそういうところに行っていたようだが、俺とのことがあってから誘われても断っているらしい。
「新婚だから」とからかわれているだけだったが、「付き合いが悪くなった」とも言われているそうなので、俺はリノに飲みに行くことを勧めてみた。
男同士の飲みは、親しくなる機会でもあるので大事なのも知っている。
だが、まだ17歳。
最近、寝不足で疲れが溜まっているようなので、泥酔していないことを願う。
あまり酒は強くなさそうだ。
俺は手の中の本をめくっているが、頭にはあまり入ってこない。
リノが「字を教えてくれ」と誰かのおさがりのボロボロの、この文字の本を持って帰ってきた。
俺は小さな黒板と白墨を用意するように言い、夜、リノに文字を教えている。
今は小文字も大体覚えたので、俺が言った単語が書けるかどうか、試しているところだ。
出題するほうも、いきなり難しい単語を言うわけにはいかないので、暇があるとこの本を見ながらどの単語をどの順番で出していこうか考えている。
しかし、今夜は集中力が切れたらしい。
俺は足枷のおもりを引きずりながら棚に本を戻すと、また椅子に座った。
我が祖国スラークが滅ぼされた。
俺は騎士団の副団長だったが、捕虜となり、この南の国メリニャに連れてこられた。
王のピニャータについては悪評ばかり聞いてきた。
あざとくて残忍、そして悪趣味。
凱旋のとき、王都の中央広場で俺や仲間たちを自国の民にしながら、俺を「嫁にやる」と言い出した。
すらりとした美丈夫ならまだしも、大柄で強面で「赤熊」と呼ばれている俺を女のように嫁にする、と言っているのだ。
それにスラークでは事実としてあるものの、同性での結婚は法では認められていない。
この男はきっと、俺が侮辱と羞恥で怒りだしたり震えたりするのが見たいのだろう。
なにも感じなかった、と言えば嘘になる。
しかし、俺はできる限り無表情でいた。
ピニャータの悪趣味は続いた。
俺が赤い甲冑を身に着けていたから「花嫁衣裳も赤だろう」とばかばかしくなるほど赤い布を使った花嫁衣裳を作らせ、着せた。
そして婚儀の当日、「娶ってもらうのだから綺麗にしてやる」とピニャータ自らが、俺の顔に粉をはたきわざとはみ出して紅を引き、姿見で見るように強要してきた。
思わず目を背けると、さも面白そうに高笑いをし、王の側近や侍従なども一緒になって笑い、好奇の目を向けた。
花嫁衣裳で見えないように手枷足枷がはめられているので、どうすることもできない。
「赤熊が今日は子ウサギのようにかわいらしくなったかのう?」
ピニャータは脂ぎった顔をなでながら言った。
ここでも無心になりたかったが、訓練が足りなかったのか感情が表情として出てしまった。
「逃げたいか?
いいぞ、逃げても。
あの名誉な男は嫁をもらう前に逃げられたことになり、この街から、いやこのメリニャ国から消えてしまうかもしれないのう」
言いがかりをつけて、気の毒で莫迦な「俺の夫」になる男を殺しかねない。
それだけではないだろうな、この下品でいやらしく笑っているピニャータなら。
あの男も男だ。
あのタイミングで王と俺の前に転がり出てくるなんて、なんて莫迦な男なんだ。
婚儀の前、控え室で待っているとその男がこっそりと会いに来た。
そして、俺を見るなり平伏して「いつか必ず国に帰してやるから、今日はおとなしくしておくように」と言い出した。
よく見ると相当若くて驚いた。
まだ子どもだ。
なにができると言うんだ。
リノと名乗ったその男は俺の顔を見てぎょっとしたが、他の者に見られないように頭から白いベールをかぶせた。
その後の祝いの宴でも「俺はこの人の夫です。妻を守るのが俺の務めです」と言い出し、今度は俺がぎょっとした。
おまえ、自分が何を言っているのかわかっているのか?
俺としてはただ好機を狙っている。
この男や周りの人たちの生命がどうなってもいい。
時が来れば逃げ出し、同士を集めようとも考えている。
それまでは従順な「妻」でいればいい。
おとなしくしておけば監視の目も緩むし、リノなら一発でのすことができる。
外で足音が近づいてきた。
俺はごりごりと足枷のおもりを引きずりながら、ドアを開けた。
そこにはひょろりとした酔った若い男が真っ赤な顔をしたリノを背負っていた。
「旦那様!」
「リノを責めないでやってくれよ」
男は面倒臭そうに言った。
「早くこいつを受け取ってくんない?」
「申し訳ありませんが、このままベッドまで運んでいただけませんか?」
「は?」
「私にもできますが、おそらく私が運んだとなれば旦那様は気分がよくないと思います」
「はん…わかったよ」
男は俺をギロリと睨むが、俺はそれを無視して寝室に案内しリノのベッドに下してもらった。
靴を脱がせ、襟元を緩めてやると薄い上掛けをかけた。
真っ赤な顔をして酒臭い。
あとで頭を冷やしてやろう。
「ありがとうございました」
「なぁ、水を一杯くれない?」
男も少し苦しそうで、椅子に座って言った。
俺は器に水を汲むと男に差し出した。
男はそれをごくごくと一気に飲み干し、器を差し出す。
もう一杯、水を汲んでやると、今度は少しずつ飲んでいった。
「いつもはあんなになるまで飲まないんだけど」
男は寝室のほうに顎をしゃくってみせた。
「あんたのことでからかわれてさ。
オレたちが止めるのも聞かずにずっとあんたのことを悪く言うヤツは許さない、とどんなにいい嫁なのかの嫁自慢を泣きながら延々と」
俺は黙って聞いている。
「これまでもからかわれたり、絡まれたりしていてみんなで心配してたんだけどよ。
ついでに言うと、あんたのことも気になっていたんだけど」
男は最後の一口を飲むと器をテーブルに置いた。
「リノが大切にされているようで、安心した」
そう言って立ち上がり、男は帰っていった。
俺は濡れた布を持って寝室に入った。
リノの顔を拭いてやり、別の濡れた布を額に載せた。
少し身を起こして水の入った器を口につけると自分で水を飲み始めた。
飲み終わるとまた寝かせ、上掛けをかけ直した。
もろもろの片づけをして、明かりを消し、俺も自分のベッドに入った。
22
あなたにおすすめの小説
厄介な相手に好かれてしまった。
みゆきんぐぅ
BL
西暦2xxx年。
性の多様化の観点から同性でも子供を授かることができる様になり、結婚の自由が当然になった世界。
主人公の湯島健(ゆしまたける)21歳(大学3年)の元恋人も友達の延長で男性がだった。
そんな健のバイト先のカフェの常連客に大財閥の御曹司である、梁山修司(はりやましゅうじ)32歳がいた。
健が働く日は1日2回は必ず来店する。
自分には笑顔で接してくれる梁山に慕われているのはわかっていた。
健は恋人がいる事を仄めかしていたのだが、梁山はとんでもない行動にでた。
父と息子、婿と花嫁
ななな
BL
花嫁になって欲しい、父親になって欲しい 。すれ違う二人の思い ーー ヤンデレおじさん × 大学生
大学生の俺は、両親が残した借金苦から風俗店で働いていた。そんな俺に熱を上げる、一人の中年男。
どう足掻いてもおじさんに囚われちゃう、可愛い男の子の話。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます
天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。
広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。
「は?」
「嫁に行って来い」
そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。
現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる!
……って、言ったら大袈裟かな?
※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
左遷先は、後宮でした。
猫宮乾
BL
外面は真面目な文官だが、週末は――打つ・飲む・買うが好きだった俺は、ある日、ついうっかり裏金騒動に関わってしまい、表向きは移動……いいや、左遷……される事になった。死刑は回避されたから、まぁ良いか! お妃候補生活を頑張ります。※異世界後宮ものコメディです。(表紙イラストは朝陽天満様に描いて頂きました。本当に有難うございます!)
黒に染まる
曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。
その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。
事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。
不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。
※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる