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Kyrie

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第3話

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若宮の指示に従い、ゲオルグは椅子に浅く座った。
背もたれに背中を触れることはせず、背筋はあくまでもまっすぐだ。
若宮は立ち上がり、眼鏡のブリッジを軽く押し上げた。

「やっとやる気になったかね、若宮くん」

「他に必要なものはあるかい。
鞭もあったんじゃないかな」

「まさか。ご心配には及びません。
私は彼に直接触れるつもりはありませんから。
それに」

若宮は言った。

「肌を傷つけてはいけないんでしょ」

「はい。もしそのような行為がございましたら、その男は店に出ることができませんから傷が治るまでの保証と当店の損害として別料金が発生いたします」

アルベルトが淡々と告げると、若宮は頷いた。

「そんな乱暴なことはしません。
このお店のコンセプトは理解しているつもりですが、傷つければいいというものではありませんよね。
彼らにも尊厳はある」

若宮はそう言い放つと4人の男を見た。
男たちはばつの悪い思いをした。
これまで自分は客でどれだけ虐げても構わない、と莫大な額になったが追加料金を支払い店の男たちを傷つけてきたからだ。
しかしすぐに若宮は腰抜けだと思い直して、若宮の視線を跳ね返した。
それに若宮は関心を示さず、

「では、始めましょうか」

と言った。





椅子に座った大きな男の真正面に若宮が立った。

「お名前は」

「ゲオルグです」

ドイツ語なまりの日本語。

「私は若宮です。よろしくお願いします」

自己紹介を始めるとは思わず、4人の男はこそこそと耳打ちをする。
しかし若宮はその4人が存在しないもののように、次の言葉を投げかける。

「私の問いにはすべて『はい』で答えてください」

「Ja.」

ゲオルグがドイツ語で答えるが、若宮はそれを無視をした。

「日本語で『はい』ですよ、いいですか」

「はい」

渋々といった様子でゲオルグが答えた。
ひょろりとした若宮をゲオルグも軽く見ているのがわかった。

「貴方も気の毒ですね。
私のような世の中を知らない若輩者の相手をしなければならないなんて」

ぴくりとゲオルグの眉が動いた。
発音はともかく、この店の外国籍の男たちはしっかりとした日本語の教育を受けている。
なので、ここで「はい」と返事をすればどういう意味になるのかもゲオルグは理解している。
若宮のコマンドには従うが客への返答としてはそぐわない。
ちらりと若宮を見ると涼しい顔をしてこちらを見ていた。
ゲオルグは奥歯を噛みしめ、

「はい」

と答えるしかなかった。

「そうだ。もう一つ、貴方を拘束するつもりはありませんが、私がいいと言うまで椅子に座っておいてください」

「はい」

若宮は軽く頷いた。

「昨日も出勤でしたか」

ゲオルグは少し考えたが、首を横に振った。
ほう、と若宮は思った。
本来ならばすべての問いに「はい」と答えるべきなので若宮のコマンドには従っていない。
しかし動いてはいけない、否定をしてはいけないとは言っていないので、若宮はゲオルグの否定表現を容認することにした。
必要ならば「首を横に振ってはいけない」とコマンドを出せばいいだけのことだ。



「お休みだったのですね」

「はい」

「自慰はしましたか」

「……はい」

「そうですか。いつか見てたいですね」



たったそれだけのことだった。
ゲオルグは上着とシャツの下の乳首がつんと立ったのを感じた。
どうしてかわからなかったが、平静を装う。

「でも実際に見ることはできませんから、少し教えてくれませんか」

「はい」

「夜、寝る前に?」

「はい」

「シャワーを浴びた後で?」

「はい」

「貴方の体臭は流されてしまったのですね」

ゲオルグは若宮に申し訳ないような気分になった。

「けれど、ボディソープの素敵な匂いがするんでしょうね」

そう言われて、ゲオルグはほっとした。
申し訳なさが少し和らいだ。

「なにも想像せずにしますか?」

首を振る。

「では、なにかを想像するんですね」

「はい」

「好きな人のことですか」

首を振る。

「今は好きな人はいないんですね」

「はい」

「そうですか。こんなに素敵なのに」

ぴくんとまた乳首が立った。

「動画は見ますか」

ゲオルグは「はい」と首を振るの両方で答えた。

「それはときどき、という意味ですか」

「はい」

「昨日は見ましたか」

首を振る。

「では、素敵な人との経験を思い出しながらしたのかな」

「はい」

体温が少し上昇したが、詰襟、丈の長い上着、編み上げのロングブーツ着用のため、発散することができず、中で熱が籠った。

「どこからさわるのか、教えてもらいましょうか。
すぐにペニス?」

「はい」

「それだけ?」

首を振る。

「胸かな」

「はい」

「両方を一度に刺激されるのが好きなんですね」

「はい」

きゅっと股間も少し反応した。

「昨日は優しく?」

首を振る。

「そう、激しかったんですね」

「はい」

ますます熱が籠る。

「他にはさわらないんですか。
首とか太腿の内側とか」

首を振る。

「そうですか。
ゲオルグは敏感だから、きっと気持ちいいと思いますよ」

頭の中で、以前抱かれたことを思い出した。
その男はロープで拘束し、ゲオルグに優しい刺激だけを与え身体中が敏感になるように教え込んだ。

「おや、いいんですか。蕩けた顔になっても。
お仕事中ですよね」

「はい」

我に返ったゲオルグは表情を引き締めた。

「返事と座ること以外、私のコマンドはないので構いませんけど。
貴方のかわいい顔をここで晒してしまったら、つまらないでしょ」

若宮は手袋をはめた手のマッサージを始めた。
黒い薄い革に覆われた手が動くたびに、あの手で触れられたらと思わず想像してしまった。

「そうだ、アナルは?
アナルも刺激しますか?」

ちょうどアナルも疼きそうになっていたので、身体が反応してしまいそうになるのを堪えた。

「はい」

「指で?」

首を振る。

「じゃあディルドだ」

「はい」

「家にあるんですね」

「はい」

「ふーん」

若宮は手のマッサージを続ける。
ゲオルグはその動きに反応しそうになる。

「貴方、本当はとてもかわいらしい人じゃないんですか」

首を振る。

「アルベルト、どうなんですか」

「ゲオルグは、そうですね。
なかなか態度や表情を崩さないのが魅力だとおっしゃってくださるお客様もいらっしゃいます」

なかなか服従しないから加虐し甲斐がありそういう意味では人気がある、ということだろうか。

「そうなんですか」

若宮は乾いた声で言った。















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