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明日の味噌汁(2)
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かちゃかちゃという音でシュウは目を覚ました。
ごそりと布団から起き上がると、「まだ寝てていいよ。できたら起こしてあげる」とアキラの声がした。
まだ完全に目が覚めきってなかったシュウはアキラの声に甘えて、布団にぱったりと倒れ、また寝始めた。
アキラに起こされると、昨日約束した通り、豆腐とわかめの味噌汁の朝食が用意されていた。
失恋して食欲はないと思っていたが、一口すすった味噌汁が五臓六腑に沁みた。
すると軽くだったがきちんと茶碗一膳のご飯を食べることができた。
食後のお茶を二人で飲んでいるとアキラが言った。
「今日、どうするの」
定休日だが特に予定はなかった。
掃除や洗濯が溜まってはいたが、一人の部屋に帰るのは少しためらわれた。
不思議とアキラの部屋は居心地がいい。
それはこれまでもずっと感じていたことだった。
「あ、帰ります。
ママもせっかくのお休みだし」
「そんなふうに言うってことは、予定がないってことね」
「はぁ、まぁ」
「じゃあ、晩ご飯も食べていきなさいよ。
唐揚げ作ってあげる」
「え」
アキラママは店では揚げ物をしない。
「揚げ物はできたてがいい」というのがアキラママの信条で、和装だが割烹着を着るのはイヤ!と言っているからだ。
油の飛び跳ねが激しいし、着物は汚したくないが割烹着は着たくないし、揚げ物の作り置きはしたくない。
よって揚げ物はなし。
なので、アキラママの揚げ物はレア中のレアだ。
「ママは揚げ物しないんじゃないんですか」
「着物のときはね。
でも今日は着物は着ないし、うちじゃ揚げ物はたまにするよ」
と、アキラは何かを思いついたようにシュウをきゅっと見た。
「別に夜じゃなくてもいいか。
昼ご飯にしよう。
日が高いうちからのビール、おいしい!」
「でも」
「なにか予定あるの?」
「いや」
「じゃあ、つきあいなさいよ。
んー、竜田揚げは?
やっぱり竜田揚げにする!
いい?」
「はぁ」
アキラはてきぱきと一方的に話を決めると、Tシャツにジーンズというラフな格好でシュウを連れて近くのスーパーに買い出しに行った。
アキラ手作りのにんにく醤油で鶏肉に下味をつけなじませている間に、ポテトサラダや三つ葉の胡麻和えも作っている。
手持ち無沙汰のシュウが声をかけると、「お米研いで」と言われた。
「じゃ、いくわよ」
下味のついた鶏肉に片栗粉をまぶし、アキラは熱した油に入れた。
他のおかずもリビングのローテーブルに盛り付けられている。
「早くビール!」
アキラに急かされ、シュウは買い足したビールがずらりと並ぶ冷蔵庫を開けた。
そしてプルタブを引いたビール缶をアキラに渡す。
「ありがと」
そう言って受け取ると、アキラは昨日と同じようにシュウの缶に小さくこつんと自分の缶を当て、「乾杯」と言った。
二人でごくごくと飲む、昼間のビールはうまかった。
肉が揚がる油の音がじゅわじゅわと楽しげに聞こえる。
「さあ、もうすぐよ」
揚げ物用の網をセットしたバットにリズミカルに竜田揚げを取り出していく。
「わー、うまそう」
「シュウちゃん、できたてを食べよ」
アキラは新しく鶏肉をフライパンに入れながら言う。
シュウは立ったまま取り皿に竜田揚げを入れ、「いただきます」と言ってかぶりつく。
「どう?」
「あふっ。
ほっ、ふっ。
うまっ!」
「ふふふ、そうでしょ。
俺も食べよ」
アキラは菜箸で取り皿に竜田揚げを入れると、食事用の箸に持ち替えて食べる。
「うまっ」
そしてビールをぐびぐび。
「やっぱり揚げ物はできたてがサイコー」
「はい!」
シュウはかなり早いペースでビールを飲みながら、竜田揚げや他の料理をつまんでいく。
アキラも揚げながら、飲みながら、つまむ。
そしてシュウをちらりと見る。
小柄で童顔なシュウだが、実はバリタチだ。
榎本に淡い想いを寄せているのはすぐにわかったが、相手はノンケだし、ネコになる確率は非常に低そうだった。
それに榎本が好きになった相手はどうやらかわいい系の大学生の男の子のようだった。
かわいさだけならシュウも勝負ができそうだったのが、ますますアキラを悲しくさせた。
「ママ、酔ってきました!」
結構な勢いでビールを飲み、竜田揚げを食べていたシュウがいつもは見せない酔っぱらった赤い顔をしてへにゃへにゃしていた。
「そうみたいだね」
「酔い、醒めたらちゃんと帰りますから」
「つぶれてもいいよ。
今夜もここに泊まってもいいから」
「彼氏さんに悪いです」
「今はフリーだって言ったじゃない」
「そうですか」
「そうよ。
ビールはどう?
まだ飲む?」
「うー」
シュウは飲もうかどうしようか迷っている。
「ご飯炊けたし、おにぎりにしようか。
小さいのだったら食べられるでしょ」
「朝の味噌汁あります?」
「残ってるよ」
「じゃあ、それと一緒で」
「ははははは、贅沢な注文!」
「だめですか?」
「だめじゃないよ。
具はなににする?
梅干し?」
「なしで。
でも海苔はほしいな」
「はぁい」
リビングで食べていたアキラは立ち上がり、キッチンへ行った。
「ママ」
「なに?」
「ありがとうございます」
「珍しいシュウちゃんが見られて俺も嬉しいよ」
アキラの言葉にシュウはくふんと笑うと壁にもたれかかって、ぬるくなったビールを飲んだ。
おしまい
ごそりと布団から起き上がると、「まだ寝てていいよ。できたら起こしてあげる」とアキラの声がした。
まだ完全に目が覚めきってなかったシュウはアキラの声に甘えて、布団にぱったりと倒れ、また寝始めた。
アキラに起こされると、昨日約束した通り、豆腐とわかめの味噌汁の朝食が用意されていた。
失恋して食欲はないと思っていたが、一口すすった味噌汁が五臓六腑に沁みた。
すると軽くだったがきちんと茶碗一膳のご飯を食べることができた。
食後のお茶を二人で飲んでいるとアキラが言った。
「今日、どうするの」
定休日だが特に予定はなかった。
掃除や洗濯が溜まってはいたが、一人の部屋に帰るのは少しためらわれた。
不思議とアキラの部屋は居心地がいい。
それはこれまでもずっと感じていたことだった。
「あ、帰ります。
ママもせっかくのお休みだし」
「そんなふうに言うってことは、予定がないってことね」
「はぁ、まぁ」
「じゃあ、晩ご飯も食べていきなさいよ。
唐揚げ作ってあげる」
「え」
アキラママは店では揚げ物をしない。
「揚げ物はできたてがいい」というのがアキラママの信条で、和装だが割烹着を着るのはイヤ!と言っているからだ。
油の飛び跳ねが激しいし、着物は汚したくないが割烹着は着たくないし、揚げ物の作り置きはしたくない。
よって揚げ物はなし。
なので、アキラママの揚げ物はレア中のレアだ。
「ママは揚げ物しないんじゃないんですか」
「着物のときはね。
でも今日は着物は着ないし、うちじゃ揚げ物はたまにするよ」
と、アキラは何かを思いついたようにシュウをきゅっと見た。
「別に夜じゃなくてもいいか。
昼ご飯にしよう。
日が高いうちからのビール、おいしい!」
「でも」
「なにか予定あるの?」
「いや」
「じゃあ、つきあいなさいよ。
んー、竜田揚げは?
やっぱり竜田揚げにする!
いい?」
「はぁ」
アキラはてきぱきと一方的に話を決めると、Tシャツにジーンズというラフな格好でシュウを連れて近くのスーパーに買い出しに行った。
アキラ手作りのにんにく醤油で鶏肉に下味をつけなじませている間に、ポテトサラダや三つ葉の胡麻和えも作っている。
手持ち無沙汰のシュウが声をかけると、「お米研いで」と言われた。
「じゃ、いくわよ」
下味のついた鶏肉に片栗粉をまぶし、アキラは熱した油に入れた。
他のおかずもリビングのローテーブルに盛り付けられている。
「早くビール!」
アキラに急かされ、シュウは買い足したビールがずらりと並ぶ冷蔵庫を開けた。
そしてプルタブを引いたビール缶をアキラに渡す。
「ありがと」
そう言って受け取ると、アキラは昨日と同じようにシュウの缶に小さくこつんと自分の缶を当て、「乾杯」と言った。
二人でごくごくと飲む、昼間のビールはうまかった。
肉が揚がる油の音がじゅわじゅわと楽しげに聞こえる。
「さあ、もうすぐよ」
揚げ物用の網をセットしたバットにリズミカルに竜田揚げを取り出していく。
「わー、うまそう」
「シュウちゃん、できたてを食べよ」
アキラは新しく鶏肉をフライパンに入れながら言う。
シュウは立ったまま取り皿に竜田揚げを入れ、「いただきます」と言ってかぶりつく。
「どう?」
「あふっ。
ほっ、ふっ。
うまっ!」
「ふふふ、そうでしょ。
俺も食べよ」
アキラは菜箸で取り皿に竜田揚げを入れると、食事用の箸に持ち替えて食べる。
「うまっ」
そしてビールをぐびぐび。
「やっぱり揚げ物はできたてがサイコー」
「はい!」
シュウはかなり早いペースでビールを飲みながら、竜田揚げや他の料理をつまんでいく。
アキラも揚げながら、飲みながら、つまむ。
そしてシュウをちらりと見る。
小柄で童顔なシュウだが、実はバリタチだ。
榎本に淡い想いを寄せているのはすぐにわかったが、相手はノンケだし、ネコになる確率は非常に低そうだった。
それに榎本が好きになった相手はどうやらかわいい系の大学生の男の子のようだった。
かわいさだけならシュウも勝負ができそうだったのが、ますますアキラを悲しくさせた。
「ママ、酔ってきました!」
結構な勢いでビールを飲み、竜田揚げを食べていたシュウがいつもは見せない酔っぱらった赤い顔をしてへにゃへにゃしていた。
「そうみたいだね」
「酔い、醒めたらちゃんと帰りますから」
「つぶれてもいいよ。
今夜もここに泊まってもいいから」
「彼氏さんに悪いです」
「今はフリーだって言ったじゃない」
「そうですか」
「そうよ。
ビールはどう?
まだ飲む?」
「うー」
シュウは飲もうかどうしようか迷っている。
「ご飯炊けたし、おにぎりにしようか。
小さいのだったら食べられるでしょ」
「朝の味噌汁あります?」
「残ってるよ」
「じゃあ、それと一緒で」
「ははははは、贅沢な注文!」
「だめですか?」
「だめじゃないよ。
具はなににする?
梅干し?」
「なしで。
でも海苔はほしいな」
「はぁい」
リビングで食べていたアキラは立ち上がり、キッチンへ行った。
「ママ」
「なに?」
「ありがとうございます」
「珍しいシュウちゃんが見られて俺も嬉しいよ」
アキラの言葉にシュウはくふんと笑うと壁にもたれかかって、ぬるくなったビールを飲んだ。
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