くずちゃん

Kyrie

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後編

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床の掃除が終わるとどっと疲れを覚え、寺島は葛饅頭をいつもの棚の定位置に置くと、シャワーを浴びて寝た。



翌日帰宅し、今日もコンビニ弁当を平らげ、梅酒晩酌に移ると昨日のようにうっかり落とさないように注意深く手に取り、葛饅頭の入ったグラスもテーブルの上に置いた。
昨日のことが確かめたかった。
アルコールが回りきる前に、グラスの内側に恐る恐る人差し指を挿し込んでみた。
中に異変はなかった。ただ指先が水面に届く直前、ねっとりとしたものが触れた。

間違いじゃないのか。

寺島は思い切ってグラスの中の葛饅頭をすくい取って、掌にのせてみた。すると葛饅頭はまたすりすりと寺島の節の目立つ指にすり寄ってきた。

手を上に持ち上げ、顔を近づけ、寺島はまじまじと葛饅頭を見てみる。
相変わらずつるんぷるんとして、弾力があり、そしてちょっぴりもっちりと吸い付くようなねっとり感がある。それがじゃれるように寺島の指にまとわりついてぷにゅんぷにゅんと震える。




その夜から晩酌の時に寺島は葛饅頭を掌にのせるようになった。
感情が表れるだけでもなく、冷静になれば不気味なものだったのだが、あのすりすりしてくるのが、たったそれだけのことが寺島をとらえてしまった。
思えば大学卒業してしばらくは彼女はいたが次第に疎遠になった。次に好意を持った女性は「社内恋愛はしないことにしてる」という言葉で告白する前に失恋した。それからはこれだと思う人は現れなかった。
休みの日に会っていた友達とも次第に疎遠になった。休日は眠りを貪りたいし、会っても共通の話題がない。ぽつりぽつりと結婚報告もやってくるようになった。嫁のノロケ話や余裕ある様子で「おまえも早くいい人見つけろよ」と言われるのにも辟易した。

手ざわりがいいものをさわると癒される、という話を聞いたことがあるが葛饅頭はまさにそれだった。指にまとわりつかれながら、ぷにゅぷにゅという感触を味わうのは気持ちよかった。それもまるで寺島に好意を持っているようにすり寄ってくる。それが人間の勝手な思い込みでもよかった。
にゅるんとした葛饅頭の感触を楽しみながら、淡く酔っていくのは心地いい。
自分は寂しかったんだな、と内心自嘲していたが、「だからなんだっていうんだ」と開き直り、葛饅頭のねっちょりした柔らかさに酔っていく。
寺島は職場の飲み会の誘いも断るようになり、仕事が終わるとさっさと退勤するようになった。




***

この日もまた、掌に葛饅頭をのせていた。
金曜日なので少々深酒をしてもいい。
そんなことを思いながらくにゅくにゅと動く葛饅頭を寺島は見ていた。おかわりの梅酒ソーダ割りを作ろうと、一旦葛饅頭を毎日水を換えているグラスに戻そうとしたとき、つるんと葛饅頭が寺島の掌から落ちてしまった。

「わっ!」

驚いた寺島が慌てて葛饅頭を拾おうとする。しかし、こともあろうに葛饅頭はなにがどうなったのか、首元がのびのびになっただらしないTシャツの襟から内側にちゅるんと入ってしまった。
濡れたひんやりぷにゅぷにゅとした感触が首筋から胸元にかけて広がる。慌てて寺島はTシャツの裾をまくり上げてみた。
葛饅頭は見たことのない形になっていた。まるで壁に思い切り投げつけられたようにぺちゃんこに広がっていた。寺島は血の気が引いた。生きているのかどうかも定かではない葛饅頭だったが、最近はずっと「生き物」と接していた。預かりものを殺してしまったのではないかと考えたからだ。
恥ずかしくて口に出すことはしなかったが、内心「くずちゃん」と呼んでかわいがっているつもりだった。ご丁寧に「くずちゃんのくずはクズ野郎じゃなくて、葛だからな」と言い訳も欠かさなかった。

寺島の心配はすぐに不要になった。
くずちゃんはこれまで見たことのない速さで形を変えながら動いていた。

「くずちゃん、動いてた…」

安堵のあまり思わず葛饅頭を「くずちゃん」と呼んでしまったのにも寺島は気がつかなかった。
くずちゃんに小さくて柔らかな角が生えた。いつもの癖でその角をつついてみると、変わらずぷにゅんぷにゅんとした弾力だった。それが人差し指に巻きつき、いつもよりたっぷりと甘えてきた。
「かわいいな」と寺島は思った。




***
「くずちゃん、止めろっ」

くずちゃんは大きくなっていた。角は増えてどんどん伸びていく。1本1本それぞれが意思を持っているようにそれぞれの動きをしてる。そして今寺島が見ているものは見たくないものだった。
くずちゃんの伸びた角は寺島の胸から腹を這い回り、じゃれついていた。そのうち何本かは面白い玩具を見つけたかというように寺島の乳首により力強くこすりついてくる。そんなところをいじられるのは初めてだったが、寺島の乳首は反応してぷっくりと膨らんでいる。くずちゃんは透明なので、そのぷっくり具合も丸見えだ。卑猥な自分の乳首なんて見たくない。
寺島は叫んでみるが、くずちゃんはもちろん聞くはずもない。より一層、角を増やし伸ばし動き、にゅるにゅると寺島の身体にまとわりつく。首筋を這い、細くなって耳の穴にそっと入ろうとし、脇腹を柔らかくぶにゅぶにゅと震えながらなでる。

「や、くずちゃん、だめだ!」

寺島は叫ぶだけだった。動けなかった。くずちゃんに拘束されているわけではない。もしこれで乱暴にくずちゃんを扱って殺してしまっては、山村になんと説明すればいいのかわからなかった。なので下手に手出しができない。





***

夜も遅いのに、インターフォンが鳴った。

「寺島、いるか。山村だ」

ああ、助かった!!!

寺島はべとべとの身体のまま、自分が今どんな格好になっているか考える余裕もなくよたよたと、それでも走ってドアの鍵を開け、U字ロックも外した。が、あっという間にくずちゃんに足を取られ倒れてしまう。フローリングの床に激突しなかったのは、ぐにゅぐにゅと増殖したくずちゃんの伸びたたくさんの角をクッションにしたからだった。
自分の上に倒れてきた寺島をやったー!とばかりにくずちゃんは寺島攻略を進めた。黒のスウェットパンツの上から入り込もうとする角。足首のところから入り込もうとする角。背中も腹も胸も寺島はくずちゃんに覆い尽くされていた。


「いい眺めだな、寺島」

冷たい半眼で見下ろしていたのは山村だった。

「見てないで、なんとか、しろ」

「なんで」

「なんで?!」

「で、なんでこうなった?俺でさえここまで増殖させたことないぞ」

「知るわけないだろ」

「じゃ、勝手にこうなった?まぁ、それでもいいか」

「早く」

ドアの鍵がかかる音がした。

「まぁ、待て。楽しそうじゃないか」

「はぁっ?!」

「ほら」

卑下た薄笑いを浮かべ、山村が投げた視線の先には盛り上がった寺島の股間があった。
この短い時間の間にくずちゃんは無事にスウェットパンツの中への侵入を果たしていた。ぺちょぺちょとウェストと足首の両方から入ると、中でも角が枝分かれしているのだと思われる。ねっちょりとした感触が下半身を包むのはあっと言う間だった。

「どれ、見せてみろ」

山村がスウェットパンツのウェストに手をかけた。寺島はそれを止めようとした。するりとくずちゃんの何本かが寺島の口の中にも侵入した。

「……んぐ」

「ははははは、なかなか賢いんだな、この触手は」

山村がスウェットパンツをずらすと無数のくずちゃんに絡まれたり、すりすりとすり寄られたりしている寺島の下半身が見えた。反応している股間には我先にてっぺんを目指そうとするくずちゃんがにゅるにゅると絡まりながら伸びたり縮んだりしている。
一方で口の中のくずちゃんは舌に頬ずりするようにすりすりとしながら、他のくずちゃんは上顎の裏をなぞり、また歯と歯茎の境目をにゅるんにゅるんと這い回る。

「透明だから、よく見えるよ、寺島」

涙目の寺島は眉根を寄せて山村を睨んで見せるが、迫力はまったくなかった。





くずちゃんは寺島のありとあらゆるところにすり寄り、じゃれる。そしてまだどこか他に侵入できるところはないか探す。その動きに気づいた山村が寺島の両足を割り、侵入経路を晒してやる。くずちゃんはぷにょんねちょんと這い、すぐに侵入を開始した。驚いた寺島がさすがに動こうとするが、寺島が気づかないうちにくずちゃんに拘束されていたので身動きが取れないようになっていた。

「へぇ、孔の中も見えるねぇ。赤っぽいピンクでかわいいな、寺島」

「ぐ……う……ん」

「触手、噛み切るなよ。こいつに痛覚があるかどうかは知らんが、中からなにが出てくるのかわからん。さすがに俺も触手を切り刻むことはまだやっていない」

「うーっうーっ」

口の中でも増殖したくずちゃんが寺島の口の中からこぼれている。

「俺も自分のことは大概だと思っているが、寺島も同じだな。こんな状況で感じているんだから」

複数同時責めに遭っている寺島の雄は高々と勃起していた。

「こいつらがなにを考えているのか、そもそも俺たちの言う知能があるのかどうかはわからないから、おまえをイカせられるかどうかは知らないな。でも、つらそうだ」

山村は寺島に顔を近づけた。

「俺ならイカせてやれるぜ。ちょうど俺も溜まっていたところだ」








<了>









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