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第1話
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「ああ、わかった」と返事をしながら各務はペンケースから黒いペンを抜き出すと、キャップをくるくると回してはずした。
ねじ式のキャップ?
そして開いていた手帳に予定を書き込む。
一緒に話していた津川が「え、スケジュール、スマホに入れねーの?!」と驚いた声を上げていた。
そのペンは万年筆だった。
ペン先は金色。
黒い本体にキャップについたクリップは金色で先が小さな玉になっている。
そして書かれた字は黒かブルーブラックかと思えば、とても明るい青色で驚いた。
各務が使いそうな色じゃなかった。
「俺は手書きがいいんだよ。
で、日曜の9時に図書館でいいの?」
「市立図書館じゃなくて、うちの図書館だよ。
間違えんなよ」
「わかってる。
場所も書いておく。
それでいいだろ」
各務は手帳のマンスリーページに「@津川図書館」と書き加え、またくるくるとキャップを回し万年筆にはめた。
「ん、なに?」
各務が隣の席の俺を見た。
ガン見してたの、バレた。
「いや、それ、万年筆なんだなって」
「ああ、そう」
低い各務の声は普段からでも怒っているように聞こえる。
「いつも怒っているわけではない」というのは、中間が終わったあとの席替えで隣に座るようになってから知った。
同中でもないし、1年のときは離れたクラスだったからほとんど接点がなかった。
高2とは思えない落ち着きと高身長、低い声、強い目力、ちょっと人を寄せ付けないような印象。
だから女子たちは遠巻きにしていたけど、ファンの子も多かった。
何人かの女子に「鹿耳くんいいなぁ。席、替わってほしいぃ」と言われた。
「手帳のほうが好きなんだよ。
スマホは便利だけどネットにつながらなかったり、電池切れたら使い物にならないから」
あ、会話続いていた。
あれで終わりにされたと思っていたのに。
「ちょっと手帳に手を出したら、万年筆まであっという間」
「鹿耳、そのへんでやめとけよ。
各務の手帳と万年筆の話は長いぞ」
津川が茶化して言った。
「インクの色、綺麗だったよ」
「おまえが好きならいいけどさー」
津川は各務と同中だったから各務と仲ががいい。
ちょくちょく各務の席に来るので、俺とは顔見知り程度だ。
「あ、そうだ、鹿耳も日曜、暇じゃない?
バイトしない?」
「バイト?」
津川はぺらぺらと話し出す。
津川のおじいさんが趣味で小さな私設図書館を作っていて、その蔵書の点検だそうだ。
「人も来ないのに『知識は独占するものじゃない』とかなんとか言ってさー。
蔵書点検と言えば聞こえはいいけど、大半は虫干しだよ。
誰も使わないから」
津川はぼやいているけど、本気で嫌がってはなさそうだ。
「いいんじゃないの。
鹿耳なら本を手荒に扱いそうにないし」
「昼飯も出るよ。
唐揚げ弁当でいい?
バイト代もちょっとくらいは出るから」
「え、でも」
「正直、じいさんは座って口出しだけするし、人使い荒いし、各務と俺だけだと回らないところもあるし」
「小さいって言っても本、結構な量あるからなぁ。
鹿耳がいたら助かる」
「よし、俺がジュースも買ってやるよ。
鹿耳~、頼むよ~」
津川の頼みにどうしよう、と戸惑っていると各務は「なら、俺はお茶にしとくか。津川、ごちそうさん」と言った。
「なんでおまえのまでおごらなきゃならないんだ」
「いいじゃん、鹿耳にもおごるんだろ。
じゃ、鹿耳、俺たちは駅前に8時40分な。
場所、わからないだろ。
自転車で来いよ」
あ?
「そうか、ありがとな、鹿耳!
日曜、待ってるから」
気がついたら、俺は日曜日にバイトをすることになっていた。
日曜日、駅前で待ち合わせ、俺は各務と津川のおじいさんの私設図書館へ自転車で行った。
住宅街の外れの家を建てるには狭い敷地に、素っ気のない小屋が建っていた。
中はコンクリート打ちっ放しの広いワンルームで、薄暗い中にずらりとステンレスの棚が置かれ、ぎっしりと古そうな、そして今じゃ読まれなさそうな本が詰まっていた。
「今年は新入りがいるんだな」
津川のおじいさんは俺を見てそう言った。
挨拶をして、二人の真似をしてタオルで頭を包んで巻く。
俺は津川と各務に教えられたように着替えのTシャツとタオル数枚、それから飲み物を持ってきていた。
まるで引っ越しか土木工事をしそうな格好の3人になった。
「埃がすごいからな。ゴーグルかサングラスも持ってきたか」
「うん」
「鹿耳、これマスクな。
まだまだいっぱいあるから時々替えろよ。
それから軍手」
「ありがと、津川」
肉体労働だった。
虫干しは「日陰でやるもんだ」とおじいさんが言い、小さな裏庭にタープを張るところから始まった。
そしてブルーシートを敷き、棚ごとに順番を崩さないように本を運び出した本を並べる。
大きくて重いハードカバーの全集のようなものが目立つ。
運び出した本をおじいさんが傷んでいないかチェックする。
空になった本棚はきっちりと拭き掃除をする。
風通しが終わった本を棚に戻すときは、おじいさんがバインダーに挟んだ「蔵書録」でラベルの番号と書名を確認しながらだ。
このとき、一人はおじいさんにつききりで書名などを読み上げて戻していくので、あとの人が本の運び出しや拭き掃除をするしかない。
それを去年まではこれを津川と各務と交代でやっていたらしい。
そりゃ、大変だ。
図書館の古い本は今では見ないしっかりした装丁だった。
一冊、赤みの強いオレンジに金の活版でタイトルが印刷された本を抜き出してみた。
埃くさかったけど、ぱらぱらとページをめくるとインクの匂いがした。
しばらく本を読んでないな。
インクの匂い、久しぶりかも。
マスクをずらしくんくんと嗅いでいたら、めちゃくちゃくしゃみが出た。
「大丈夫か」
「うん、インクの匂い嗅いだら埃も吸っちゃったみたい」
「インクの匂い、いいよな」
「うん」
各務もインクの匂い、好きなんだ。
お昼に津川のおばあさんが車で唐揚げ弁当とおにぎり、飲み物の補充、お菓子を持ってきてくれた。
駐車場がないから食べ物を下ろすと、そのままおばあさんは帰っていった。
タープの下に別の敷物を敷き、4人で座る。
唐揚げは揚げたて熱々だった。
「今年は鹿耳くんがいるせいか早いな」
おじいさんも満足そうだった。
「ほんとだよ。
ありがとな、鹿耳。
来年も来いな」
津川が言うと、各務も唐揚げを頬張りながらうなずいている。
俺は津川のおごりのレモン味の炭酸を飲みながら聞いていた。
午後からはコツをつかんだのか、午前中よりスムーズに作業が進んだ。
途中で汗だくになったTシャツやタオル、真っ黒になったマスクを取り換えたり、スポドリを飲んだりする回数が増えたが、夕方になる前に全部を終えることができた。
「うあああ、身体ばっきばき!」
「明日、腕がぱんぱんになってるぞ」
「そうかも」
「ほら、ちょっとポテチ食ってみ。
塩が沁みるから」
「うーーーー、ほんとだあ。
塩、うめぇ」
3人でわいわいやっていると、おじいさんに呼ばれた。
「助かったよ、ありがとう」
ポチ袋を一人ずつもらう。
「ありがとうございます」
俺は頭を下げて受け取った。
津川はおじいさんと一緒に迎えにくるおばあさんの車で帰る、というので各務と俺は自転車で先に図書館を出た。
ねじ式のキャップ?
そして開いていた手帳に予定を書き込む。
一緒に話していた津川が「え、スケジュール、スマホに入れねーの?!」と驚いた声を上げていた。
そのペンは万年筆だった。
ペン先は金色。
黒い本体にキャップについたクリップは金色で先が小さな玉になっている。
そして書かれた字は黒かブルーブラックかと思えば、とても明るい青色で驚いた。
各務が使いそうな色じゃなかった。
「俺は手書きがいいんだよ。
で、日曜の9時に図書館でいいの?」
「市立図書館じゃなくて、うちの図書館だよ。
間違えんなよ」
「わかってる。
場所も書いておく。
それでいいだろ」
各務は手帳のマンスリーページに「@津川図書館」と書き加え、またくるくるとキャップを回し万年筆にはめた。
「ん、なに?」
各務が隣の席の俺を見た。
ガン見してたの、バレた。
「いや、それ、万年筆なんだなって」
「ああ、そう」
低い各務の声は普段からでも怒っているように聞こえる。
「いつも怒っているわけではない」というのは、中間が終わったあとの席替えで隣に座るようになってから知った。
同中でもないし、1年のときは離れたクラスだったからほとんど接点がなかった。
高2とは思えない落ち着きと高身長、低い声、強い目力、ちょっと人を寄せ付けないような印象。
だから女子たちは遠巻きにしていたけど、ファンの子も多かった。
何人かの女子に「鹿耳くんいいなぁ。席、替わってほしいぃ」と言われた。
「手帳のほうが好きなんだよ。
スマホは便利だけどネットにつながらなかったり、電池切れたら使い物にならないから」
あ、会話続いていた。
あれで終わりにされたと思っていたのに。
「ちょっと手帳に手を出したら、万年筆まであっという間」
「鹿耳、そのへんでやめとけよ。
各務の手帳と万年筆の話は長いぞ」
津川が茶化して言った。
「インクの色、綺麗だったよ」
「おまえが好きならいいけどさー」
津川は各務と同中だったから各務と仲ががいい。
ちょくちょく各務の席に来るので、俺とは顔見知り程度だ。
「あ、そうだ、鹿耳も日曜、暇じゃない?
バイトしない?」
「バイト?」
津川はぺらぺらと話し出す。
津川のおじいさんが趣味で小さな私設図書館を作っていて、その蔵書の点検だそうだ。
「人も来ないのに『知識は独占するものじゃない』とかなんとか言ってさー。
蔵書点検と言えば聞こえはいいけど、大半は虫干しだよ。
誰も使わないから」
津川はぼやいているけど、本気で嫌がってはなさそうだ。
「いいんじゃないの。
鹿耳なら本を手荒に扱いそうにないし」
「昼飯も出るよ。
唐揚げ弁当でいい?
バイト代もちょっとくらいは出るから」
「え、でも」
「正直、じいさんは座って口出しだけするし、人使い荒いし、各務と俺だけだと回らないところもあるし」
「小さいって言っても本、結構な量あるからなぁ。
鹿耳がいたら助かる」
「よし、俺がジュースも買ってやるよ。
鹿耳~、頼むよ~」
津川の頼みにどうしよう、と戸惑っていると各務は「なら、俺はお茶にしとくか。津川、ごちそうさん」と言った。
「なんでおまえのまでおごらなきゃならないんだ」
「いいじゃん、鹿耳にもおごるんだろ。
じゃ、鹿耳、俺たちは駅前に8時40分な。
場所、わからないだろ。
自転車で来いよ」
あ?
「そうか、ありがとな、鹿耳!
日曜、待ってるから」
気がついたら、俺は日曜日にバイトをすることになっていた。
日曜日、駅前で待ち合わせ、俺は各務と津川のおじいさんの私設図書館へ自転車で行った。
住宅街の外れの家を建てるには狭い敷地に、素っ気のない小屋が建っていた。
中はコンクリート打ちっ放しの広いワンルームで、薄暗い中にずらりとステンレスの棚が置かれ、ぎっしりと古そうな、そして今じゃ読まれなさそうな本が詰まっていた。
「今年は新入りがいるんだな」
津川のおじいさんは俺を見てそう言った。
挨拶をして、二人の真似をしてタオルで頭を包んで巻く。
俺は津川と各務に教えられたように着替えのTシャツとタオル数枚、それから飲み物を持ってきていた。
まるで引っ越しか土木工事をしそうな格好の3人になった。
「埃がすごいからな。ゴーグルかサングラスも持ってきたか」
「うん」
「鹿耳、これマスクな。
まだまだいっぱいあるから時々替えろよ。
それから軍手」
「ありがと、津川」
肉体労働だった。
虫干しは「日陰でやるもんだ」とおじいさんが言い、小さな裏庭にタープを張るところから始まった。
そしてブルーシートを敷き、棚ごとに順番を崩さないように本を運び出した本を並べる。
大きくて重いハードカバーの全集のようなものが目立つ。
運び出した本をおじいさんが傷んでいないかチェックする。
空になった本棚はきっちりと拭き掃除をする。
風通しが終わった本を棚に戻すときは、おじいさんがバインダーに挟んだ「蔵書録」でラベルの番号と書名を確認しながらだ。
このとき、一人はおじいさんにつききりで書名などを読み上げて戻していくので、あとの人が本の運び出しや拭き掃除をするしかない。
それを去年まではこれを津川と各務と交代でやっていたらしい。
そりゃ、大変だ。
図書館の古い本は今では見ないしっかりした装丁だった。
一冊、赤みの強いオレンジに金の活版でタイトルが印刷された本を抜き出してみた。
埃くさかったけど、ぱらぱらとページをめくるとインクの匂いがした。
しばらく本を読んでないな。
インクの匂い、久しぶりかも。
マスクをずらしくんくんと嗅いでいたら、めちゃくちゃくしゃみが出た。
「大丈夫か」
「うん、インクの匂い嗅いだら埃も吸っちゃったみたい」
「インクの匂い、いいよな」
「うん」
各務もインクの匂い、好きなんだ。
お昼に津川のおばあさんが車で唐揚げ弁当とおにぎり、飲み物の補充、お菓子を持ってきてくれた。
駐車場がないから食べ物を下ろすと、そのままおばあさんは帰っていった。
タープの下に別の敷物を敷き、4人で座る。
唐揚げは揚げたて熱々だった。
「今年は鹿耳くんがいるせいか早いな」
おじいさんも満足そうだった。
「ほんとだよ。
ありがとな、鹿耳。
来年も来いな」
津川が言うと、各務も唐揚げを頬張りながらうなずいている。
俺は津川のおごりのレモン味の炭酸を飲みながら聞いていた。
午後からはコツをつかんだのか、午前中よりスムーズに作業が進んだ。
途中で汗だくになったTシャツやタオル、真っ黒になったマスクを取り換えたり、スポドリを飲んだりする回数が増えたが、夕方になる前に全部を終えることができた。
「うあああ、身体ばっきばき!」
「明日、腕がぱんぱんになってるぞ」
「そうかも」
「ほら、ちょっとポテチ食ってみ。
塩が沁みるから」
「うーーーー、ほんとだあ。
塩、うめぇ」
3人でわいわいやっていると、おじいさんに呼ばれた。
「助かったよ、ありがとう」
ポチ袋を一人ずつもらう。
「ありがとうございます」
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津川はおじいさんと一緒に迎えにくるおばあさんの車で帰る、というので各務と俺は自転車で先に図書館を出た。
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