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000. 僕のレークス
おいしいご飯さん・画(http://mecuru.jp/user/profile/gohannnnn)
*
プロトタイプ
***
僕の恋人はパティシエだ。
今日は休みだけど、エトコリアで掘り出し物の上等のはちみつが手に入ったといって、自分が食べたいお菓子を作っている。
仕事ではないのに、いつものようにぱりっとアイロンのかかった真っ白いコックコートを着ている。
「厨房に入るにはこれじゃないとね」
とゴージャスなウィンクを僕に寄越す。
黄金の瞳が光る。
さっきはちみつの瓶の蓋を開けたとき、この瞳は蕩けていた。
まず大きく濡れた鼻をぴくぴくとさせて、深呼吸をして肺いっぱいにはちみつの香りを吸い込む。
うっとりと幸せそうに微笑み、期待でわくわくした目になる。
そしてスプーンを瓶につっこみ、すくい上げると滑らかなはちみつはとろとろとスプーンから流れ落ちた。
「素晴らしい!キラキラしていてまるで妖精の羽根のようだ!」
もう一度スプーンをつっこみ巻きつけるようにはちみつを取ると、しずくが落ちないように大きな口を開けてぱっくんとスプーンを入れる。
「んんん!」
黄金の瞳の中の瞳孔がきゅっと細くなったかと思うと、ほわーんと緩み、顔全体が蕩けた。
目を閉じ、はちみつの余韻を全身で楽しんでいる。
「はちみつなのにはちみつじゃないみたい!
なんと表現したらいいのか…
千の花の香りもするし、お日様の温かさも感じるし、官能的な舌触りだし、甘さの中に爽やかな酸味にも似た…ふむ、これはなんだろう?
真人《まさと》も舐めてみないか?」
一緒に厨房に入って隅っこの椅子に座り、恋人がはちみつに悶えるのを見ていた僕にレネが言った。
「うん、少しね」
「真人の口は小さいからね、小さいスプーンにしてあげよう」
レネはカトラリーの棚からティースプーンを取り出し、たっぷりとはちみつをすくった。
「もっと少なく」
僕が「うん」というまでスプーンからはちみつを流し落とす。
「これくらいでいいの?
素晴らしい味なんだよ。
真人も大好きだと思うのに。
ほんとにこれっぽっちでいいのかい?」
レネが黄金の瞳を曇らせて、長く横に伸びる白いひげを震わす。
僕がうなずくとちょっぴりがっかりしたようだった。
甘いものは嫌いじゃないけど、レネの好き具合の程度は僕の限界を超えている。
つき合って間もない頃、レネに合わせて甘いものを食べていたが、ひどい胸焼けを起こし、二週間は甘いものを見たくなかった。
レネの周りには必ず甘いものがあるので、これは「レネと二週間は会わない」という意味で、そのときのレネの落ち込みようは目も当てられなかったとティグから聞いている。
それ以降、レネは自分のペースで僕に甘いものを勧めないようにしている。
「こっちにおいで、真人。
はちみつがとろとろでこぼれてしまうから」
僕が椅子から下りてレネに近づくと、大きくて分厚い手を僕の手にかけてエスコートしてくれる。
僕は男だからそんなのいらない、と言うとすごく悲しそうな顔をした。
甘いものにつき合ってあげられないので、僕はレネの甘い行為はできるだけ受けるようにしている。
レネの懐にすっぽり入ると、彼は満足そうに笑い、
「ほら、綺麗だろう?
味も素晴らしいんだ」
とティースプーンを僕の口元に差し出してくれたので、僕は口を開けてそれを含んだ。
「…ん」
なるほど!
レネが言葉にできない、と言ったのがよくわかる。
本当にはちみつなのにはちみつじゃないようだ。
花の女王たちが集まっているところに蜂の王たちがやってきてダンスをしている感じ。
優雅で美しいのに、他の者にはわからないような官能的な手つきで相手に触れることがある。
眼差しは柔らかなのに、どこか野性味が溢れていて、気を抜けばすぐにでも襲い掛かりそうなどすんとして欲望も含まれていて…
「真人、どうだい?」
あ。
トリップしていた。
「いろいろなものが交じって豊かで優雅。
そしてとってもえっち」
レネはうんうんとうなずいている。
「あとで詳しく聞かせてもらおう。
はちみつを舐めている真人の口も表情もとてもセクシーだったよ」
レネは大きな口で僕にちゅっとキスをした。
長いひげと顔の毛が頬に当たってくすぐったい。
「もう」
僕はレネのたてがみをかき分けて、彼の首に抱きつく。
「さて、このはちみつでなにを作ろうかな。
素敵なインスピレーションが浮かびそうなんだけど」
「最初はシンプルなのがいいな」
「ハニービスケットはどうかな」
「うん、いいね。
それから今度、フレンチトーストでも食べてみたいな」
「素晴らしい!
じゃあ、明日の朝はそれにしよう。
今日はビスケット!」
レネはたてがみを揺らし僕に椅子を勧めると、嬉しそうに鼻歌交じりで材料の粉やバターの準備を始めた。
レネは獣頭だ。
首から上はライオンで、身体は人間。
「お菓子づくりは結構力仕事なんだよ」と教えてくれたことがある。
そのせいかどうかわからないが、2m以上ある身体でがっちりとした体格をしている。
もちろん市販のコックコートは入るはずもなく、全部オーダーメイドだと聞いた。
胸に綺麗なフォントでレオーネの「L」が刺繍されている。
首から上は立派なライオンで、黄金に輝いている。
「王様」という言葉がぴったり。
たっぷりとしたたてがみはつやつやと輝いていて、風格がある。
金の瞳はいつも優しく穏やかで奥が深い。
顔の周りの長く白いひげは横にピンと伸びているけど、レネの気分で上に向いたり下に下がったりする。
大きな口の中にはレネ自慢の立派な牙がある。
甘いものが好きだからオーラルケアには気をつけている、と鼻息荒く言っていたのはかわいかった。
レネを最初見たとき、すっごくびっくりして周りのお客さんを見たけれど、誰もなにも言わなかった。
驚いているのは僕だけ。
だって、ライオン頭のパティシエが洋菓子店にいるんだよ!
驚いて当然じゃないか。
レネは優しい接客をしていた。
ケーキや焼き菓子を扱う手はとても紳士的だし、なにを買っていいかわからないお客さんには上手に話を聞いてぴったりのお菓子を勧める。
お釣りを渡す手もふんわりとしていて、思わずさわりたくなったもん。
登校途中の道にできた気になる洋菓子店にふらりと入って、夢見心地でケーキを買った。
家で家族と食べたら、すっごく評判でそれからしばらく毎週金曜日にケーキを買うお使いをしていた。
母さんは、「週末のご褒美、って感じ!」とうっとりと食べ、父さんもそんな母さんを見ながらにこにことケーキを食べていた。
何回か友達に頼んで一緒に店に行ってもらったけど、友達も驚いた様子もなかった。
僕だけ?
レネがライオンに見えるのは僕だけ?
金曜日ごとにケーキを買っていたせいか、レネは僕のことをすぐに覚えてくれた。
そして今、僕の恋人である。
ハニービスケットが焼き上がる頃、休みなのにティグも店にやってきた。
「わー、うまそうな匂い!」
と言い、レネに勧められてはちみつの瓶を開け、同じように香りに酔って白いひげをぴんと上に向け、舐めると飛び上がって驚いていた。
「さすが妖精王御用達のはちみつ!」
「だろう?」
二人はこれ以上のない笑顔で顔を見合わせていた。
「俺、紅茶いーれよ!
真人は?」
「うん、僕も紅茶」
「レネはコーヒー?」
「ああ、頼む」
「あいよ」
ちなみにティグも獣頭だ。
彼は黒い縞が美しい金色のトラだ。
真っ黒な耳の後ろに丸く白い毛が生えているのがかわいい。
レネより少し背は低いけど、それでもやっぱり2mは越えている。
ティグのほうがどっしりとしているけれど、無駄なものがない身体はレネと同じで美しいばかりだ。
ティグはマドレーヌやパウンドケーキなどの焼き菓子が得意。
そして紅茶やコーヒーを淹れるのがうまい。
僕はコーヒーが苦手だったけど、ティグの淹れたコーヒーを飲んで初めて「コーヒーは美味しい!」と実感できた。
今でも他では飲まないが、ティグのコーヒーなら飲む。
ちなみにティグは紅茶が好き。
レネはケーキや生菓子、そしてチョコレートの扱いが得意だ。
飲み物はコーヒーが好き。
チョコレートに合うコーヒーをいつも探している。
「なんでも合うんじゃないの?」と言うと、
「違うんだよ、真人。
コーヒーとチョコレートの油分のバランスがあるんだ。
それがうまくいっていないと、どちらもとても美味しくなくなるんだよ」
と悲しそうな顔をして語り始める。
そして次第にどこそこのチョコレートとどこそこのコーヒーの組み合わせが絶品だったんだ!と話が進む頃には、その時のことを思い出してうっとりして幸せな顔になったので、僕はほっとした。
休みの日の昼下がり、二人の店「レークス」にはコーヒーと紅茶、そして素敵なはちみつの香りが漂った。
この時間がとても好き。
ビスケットをかじったレネとティグが楽しそうにお菓子談義を始める。
このビスケットにナッツを入れたらいいんじゃないか、とか、このはちみつを生かすお菓子はなにか、とか、そんなことを話している。
夢中になって話している幸せそうな二人を見てるのが、好き。
かじったビスケットの中のはちみつは熱が加わったせいか、マイルドな甘さに変わっていた。
ティグの紅茶とよく合う。
「ああ、真人、すまない」
レネが僕のほうを向く。
二人は自分たちの話に夢中になっていて僕をほったらかしにしていたと思って謝る。
そんなことないのに。
そしてすぐにまた二人の会話になるのはいつものこと。
僕はそれをのんびりと見ている。
二人の姿を見ていると紫色のガウンを着たライオン王とトラ王の二人が愉快そうに会話しているように見えてくる。
とってもゴージャスでセクシーな二人の頭に王冠が光る。
王様たちはお菓子を愛し、王様たちが作ったお菓子が愛されているのも、僕も嬉しい。
大好きだよ、僕の王様《レークス》。
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