僕のレークス

Kyrie

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002. スウィート・デート

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1年5月

***

なんだか自分でもよくわからないけど、パティシエのレネとつき合うことになった。
彼から告白されて、「よろしくお願いします」と返事をしたのは僕だ。
そのとき自分を見失っていた、通常の状態ではなかった、などと言うつもりはない。
自分でしっかり決めたはずだし、自分の中でとても自然な流れだった。
なのにまだ、目の前の現実が信じられない。

堂々とした体躯のライオン頭のレネがあの繊細なケーキを作り、そして僕の恋人である。

これだけで、「どうしてこうなったんだろう?」とツッコみたくなるポイント満載じゃないか。



あの告白のあと、すぐの土曜日に僕たちはデートをした。
レークスは土日定休という強気な営業をしている。
気になって聞くと、ティグが

「俺たちだって、甘いものが楽しみたいんだよ。
甘いものの素敵なイベントって、土日にあることが多いだろ」

と、うっとりしながら言っていた。
横でレネが大きくうなずいている。
いや、君たちがそれでいいならいいんだけど。

待ち合わせ場所の駅前の噴水に現れたレネは、当然ながらコックコートではなかった。
ざっくりとしたVネックのサマーウールにジーンズを履いている。
たったそれだけなのに、内側から出ているフェロモンのせいか色気がむんむんしていた。
何人もの人が振り返り、彼を見る。
僕は誰かが「ライオンだ!」と言わないかと耳をそばたたせるが、まったく聞こえなかった。
やっぱり、僕だけがライオンに見えているんだろうか?

「おはよう、真人。
制服じゃない君を初めて見たよ。
素敵なピンクのシャツだね、すっごく似合っている」

僕はあっさりとしたピンクのシャツとジーンズで来た。
ピンクの服は何枚か持っているけど、デートで着ると浮かれているように見えたかな?
レネは僕を蕩けるような目で見て、抱き寄せ、こめかみにちゅっとキスをすると手を繋いで歩き出した。
その動作がとてもスマートだ。
慣れている、というか、それが日常だというか。
なんの違和感もなく、僕はエスコートされていた。
あの、何度も言うけど僕は男なんでエスコートはいらないんだけど。
僕の内心には気づかず、レネは嬉しそうに歩いていく。
いつか機会があったら、言ったほうがいいかな。
嫌じゃないけど、なんだか女性扱いされているのが気になる、っていうか。


レネは「私のことを真人によく知ってもらう」と張り切っている。
そして連れてこられたのは、ケーキショップのカフェ。

「わあああああ、素晴らしい!
ケーキの種類が沢山あって選べないよ。
どれにしようかな。
最初だから三つにしておこうかな」

え?
サイショダカラミッツニシテオコウカナ?

メニューを開いて目をキラキラさせたり、うるうるさせたり忙しい。
そうしながらも、僕にメニューを見せながら話しかける。

「真人はなにがいい?
これなんかどうかな、この花束みたいなケーキ!
可憐な君にぴったりだよ」

「………」

「あっ、すまないね。
興奮しすぎてしまった」

レネはしょんぼりとひげを下に向け、メニューを手渡してくれた。
僕は可憐じゃないと思う。
レネに比べたら小さいが、身長は168cmはあるんだ。
これからどんどん伸びる!

僕はレネのお勧めではないケーキを選んだ。
ちょっと意地悪かもしれないけれど、僕は自分が食べたいケーキが食べたい。
でも、一応レネがオーダーしていないケーキから選んでみた。
僕のを味見できれば、レネは四つのケーキが味わえるはずだ。

オーダーを終え、レネはテーブルの上に置いていた僕の手に自分のふかふかの手を重ねて、話し出す。
いつも週末は大好きな甘いものを食べに行ったり、自分の好きなことをするんだそうだ。
リフレッシュにもなるし、刺激されて新しいケーキのアイディアが湧くこともあるんだって。

「なんと言っても私とティグは甘いものを愛しているんだ」

と、うっとりした口調で言う。
ふっと僕の頬が緩む。
本当に二人が甘いものを愛して止まないのが感じられるから。

ティグも休みの日には同じように甘いものを楽しんだり、自分の好きなことをしているらしい。
彼は紅茶やコーヒーなどの飲み物にも関心が高くて、飲み物に合わせて甘いものを考えていくのが好き。
たまに二人で甘いものを食べに行くのだという。
「目立つでしょう?」と聞くと、

「さあ、よくはわからないが声はたくさんかけられるし、私たちが食べているケーキが売れることはあるみたいだね。
でも、本当に素晴らしいのはそのケーキなんだよ。
甘いものは人を幸せにするんだ」

と、にっこりと笑った。
すると背後でカラーンと何かが落ちる音が何回かした。
振り返ると何人もの人がスプーンやフォークを落とした音らしい。
店員さんが慌ててやってきて、新しいカトラリーを渡したり、床に落ちたのを拾ったりしている。
「ああ、レネのスマイルにやられたな」と、僕は素直に思った。



オーダーしていたものがテーブルの並ぶと、レネの金の目はピンクがかって見えた。
ひげは上向きになり、頬が一気に緩む。

「ああ、なんて素敵なんだ…!」

レネは大げさに両手を広げて、感動や嬉しさを表現している。
それが嫌味じゃない、っていうのがすごい。
僕がやっても同じにならない。

会話の間中、ずっと手を包まれていた。
それを離して喜びを表現した後、レネはまた僕の手を取って僕を見た。

「大好きな甘いものを大好きな恋人と一緒に楽しめるだなんて、とても幸せなことだよ。
ありがとう、真人」

「う、うん。
食べてみようよ」

僕はフルーツタルトにフォークを入れた。
今の時期、苺がメインに使われているフルーツ盛りだくさんのケーキだ。
カラフルな果物は見た目も華やかだ。
僕は果物が好きなので、これにした。
中のカスタードと果物の酸味が心地いい。
そこにタルト生地のサクサクとして食感が楽しめる。

「美味しい」

「どんなふうに?」

「うーん、果物が、特に苺が甘いんだけど、気持ちいい酸味があってそれがすっごく主張しているんだ。
もし、この苺だけ食べたらもしかしたらほんの少しだけ酸っぱいかもしれない。
それを他の甘みの強い果物とカスタードが包んで、バニラビーンズの香りがふわっと鼻に抜ける。
そこにタルトのサクサクした食感が交じって、甘酸っぱいだけじゃない食べ応えのあるしっかりとしたケーキになってる。
見た目も綺麗だし、軽いんだけど満足する重さもある。
美味しいよ。
レネも一口食べてみる?」

あ?
レネの動きが止まっている。
普段なら僕はケーキを食べて感じたことは、思っていても言葉にしない。
だってできないじゃないか、たまにけしからんことも感じているし、両親の前じゃ恥ずかしいし。
レネの促しでつい言っちゃったけど、言いすぎたかな。

「あ、ごめんなさい。
僕、しゃべり過ぎてしまったみたい」

「違うよ、真人。
私はとても感動しているんだ。
君はなんて素晴らしい!
君も甘いものを愛している人なんだね。
嬉しいよ。
さ、君のタルトを私に食べさせて」

と、大きな口をがぱーっと開ける。

うわっ!

正直に言おう。
恐いっ!
めちゃくちゃ恐い!
このまんまぱっくり僕が食べられるんじゃないの?
尖った歯がずらりと並び、大きな牙が上顎から二本、伸びている。

多分、手が震えていたと思う。
大きめに切り分けたタルトをびくびくしながら口元に持って行くと、ぱっくん!と大きな音がしそうなくらいの勢いで食いつき、目を丸くしている。

「君の言う通りだよ、真人!
メインの苺が踊っている!」

レネは自分のケーキもしっかり味わい、感想を言いながら食べ、そうして僕にも大きな一口を食べさせて感想を言わせる。
そのたびに、「素晴らしいよ、真人!」を連発している。

「ああ、ケーキも真人も愛してる」

と甘い言葉でケーキを食べ終えた。



「じゃあ、次に行こう」

僕たちはまた手を繋ぎ、街を歩く。
着いた先は、高級ホテルのカフェ。
「今度は四つくらい頼もうかな」とレネは鼻歌交じりでメニュー表を覗いている。
ヨッツ?!
結局、選びきれなくてレネは五つもケーキをオーダーした。
僕はレアチーズケーキにした。
そしてそこでも僕に自分のケーキも食べさせては感想を言わせる。
ここはケーキだけじゃなくて、紅茶がとても素敵だった。
ティーポットでサーヴされ、濃く出すぎたときに足すお湯もついてきた。



ホテルも出て、次に行ったのはチョコレート専門店のカフェだった。
正直、僕の限界は来ていた。
ホテルではケーキを一つしか注文しなかったけれど、レネは比較的大きく切り分けて「あーん」と僕に食べさせた。
それもどれも重いもの。
濃厚なブルーチーズが効いたのとか、チョコレートのどっしりしたのとか、紅芋を使ったねっとりしたのとか、ドライフルーツを強いお酒とシロップで煮て漬けたのがたっぷり入っているとか、ナッツがこれでもかと香ばしく香るのとか。

僕は甘いものは好きだけど、普段は一回につきケーキは一つで十分だ。
なにかあったら二つは食べるけど、それ以上になると胸焼けがしそうになる。
今はケーキを四つくらい食べたような気分だ。
そんな僕を知ってか知らずか、レネは今まで以上に目を輝かせている。

「私はチョコレートケーキが大好きでね。
もちろんチョコレートも大好きなんだ。
ここでも五つ食べようかなぁ」

僕は申し訳程度に小さなカップケーキを頼んだ。
しかし、それを少しかじっただけになってしまった。
ようやく僕の異変に気がついたレネが心配そうに僕に近づくが、僕はそれを押しのけた。

「ごめん、レネ。
君の甘いにおいが、もう、だめだ…」

僕は相当青い顔をして脂汗もかいていたらしい。
お店の人が呼んでくれたタクシーでなんとか家に帰りつくと、気持ち悪くてずっとベッドに倒れたままだった。

パパやママもなにもしゃべれないほど気持ち悪がっている息子を心配したが、トイレで吐くわけでもないので、とりあえず水を運んでくれてそのまま放っておいてくれた。
聞かれても、口を開くだけでなにか出てきそうなので話せなかった。
スマホにはメッセージが届いた音が何度も何度もしていた。
が、それにも対応できず、結局、日曜日の夜までずっと寝込んでいた。

少し胃の辺りがすっきりしたので、ママが炊いてくれたお粥を食べた。
横でママがチョコ菓子を食べようと封を切った途端、なにかこみ上げるものがあった。
気づけば、僕は甘いにおいだけでなく、甘いものを見るだけでも吐き気が襲ってくるようになっていた。



月曜日、ふらふらしながら家を出た。
登校中のバスの中、僕はレネとティグにグループメッセージを送り、今の自分の状態を簡単に説明した。
しばらくレークスの前も通れないな。
レネにも会えないかも。
あのお店は窓が大きくて中のケーキが見えるし、甘いにおいがしている。
それにレネの周りにはいつも甘いものがある。

レネからひどく気にしてくれているメッセージがたくさん届いている。
ごめんね、心配かけて。
でも、どうやってこの大量のメッセージに答えたらいいのかわからなかった。
ティグが気を利かせてくれて、

「レネのことは俺がなんとかするから、心配いらない。
落ち着いたらまた、レークスに来てくれ!」

と、かわいいトラのスタンプを送ってくれたので、笑った。
レネもティグもかわいいものが好きなんだ。





それからたっぷり二週間が過ぎた。
ようやく僕の感覚が平常に戻ってきた。
靖友くんのおやつのチョコバーを見ても匂いを嗅いでも、吐き気はこなかった。
僕は意を決して、金曜日の放課後、久しぶりにレークスに行った。

先週はまだ無理で僕がケーキを買って帰らない、と宣言したのでママが職場近くの美味しいと噂のケーキを買ってきた。
僕に隠れてこっそり食べてくれたけど、とても不満そうだった。

「やっぱり、レークスのケーキじゃなくちゃダメなの!
美味しかったんだけど、なにかが違うのよ。
満足できない。
早く良くなってよ、真人」

「無茶言うなよ。
自分で買いに行けばいいじゃないか」

「いやよ!
息子が買ってきてくれるケーキを食べる、というのもお楽しみの一つなんだから!」

僕はパパと顔を見合わせ、「そうなの?」と聞いてみる。

「僕には娘がいないからよくわからないけれど、もし娘がいたら自分が買ったケーキより娘が買ってきてくれたケーキのほうが嬉しいかもしれないな」

あー、はいはい。

そんなやりとりがあったので、ママのためにもレークスのケーキを買って帰りたかった。




レークスに近づくと、店からコックコートのレネが勢いよく飛び出してきた。

「ど、どうしたの?!」

聞いている間に、僕はレネにぎゅうううっと抱きしめられた。

「真人っ!
よく来てくれたね。
さ、入って!」

レネの身体から香るバニラビーンズのとろんとした香りも、ちょっと気だるいリキュールの香りも、香ばしい中に濃厚な妖艶さが残るチョコレートの香りも、どの甘い香りを嗅いでも、僕は平気だった。
レネは僕の肩を抱えるように手をかけると、エスコートしてレークスに連れて入ってくれた。

「久しぶり、金曜日少年!」

ティグが大きいウィンクをくれた。

「ご心配をおかけしました」

僕が頭を下げると、にっと笑って丸い耳をぴくぴくさせながら、楽しそうに接客を始めた。
そして改めて、レネを見上げて言った。

「心配をかけてすみませんでした」

「それで、もう、いいのかい?」

「はい、今レネの匂いを嗅いだけど特に何も変わったことなありません。
むしろ、懐かしいな、って感じで」

レネはまた僕をぎゅうううっと抱きしめた。
ちょっと。
周りには客がいっぱいいて、この店は窓が大きいから外から店内がよく見えるんだよ。
僕は何か言おうとしたけれど、止めた。
レネがどれだけ僕のことを心配して落ち込んでしまったのか、実はティグがメッセージで教えてくれていたからだ。

レネの甘いものへの愛情は相当なもので、ティグでもたまにスイーツ巡りに最後までつき合えないそうだ。
デートの日は有頂天になっているメッセージがレネから届いたので、ティグは「ほどほどにしておけ」と釘を刺したらしい。
しかし、レネはすっかりそれを失念したそうだ。
僕がタクシーで帰ってからレネはティグのところに行き、僕のケーキの感想がいかに素晴らしいのか、事細かく話し、そして「自分のことしか見えてなかった」と落ち込んだそうだ。
そして、僕が甘いものを嫌いになってしまい、二度とレークスに来てくれなくなったらどうしようか、と不安になっていたらしい。

「私こそ、本当にすまなかった。
申し訳ありませんでした」

「レネ」

僕はおずおずと彼の背中に腕を回した。
でかっ!
なに、この身体の厚み。
僕の手は絶対背中まで届いていない。
それでもできるだけの力でレネに抱きついてみた。

「真人、私のためになにかを我慢するのはもう止めてくれ。
嫌なことはしっかり言ってほしい」

「うん。
僕もごめんなさい」

僕も限界が来たことをもっと早くに言えばよかったんだ。

「さあ、顔を見せて」

レネは僕から身体を離し、両手でふかっと僕の顔を包んだ。
金色の目が優しく輝いて、ほっと安心した様子だった。

「今日はどのケーキにするんだい?」

そしていつものように僕の肩に手をやって、ショーケースまでエスコートしてくれた。
このとき、僕は思った。
レネと一緒に甘いものを食べるのは全部つき合えないけれど、その代わり、彼の甘い言葉や甘い行動は受け入れてみよう。
レネの甘さに溺れてみよう。

僕はケーキを三つ選んだ。
そのうち一つは苺のショートケーキにした。
僕が食べるためだ。

デートで食べたケーキはどれも美味しかった。
けれど、僕の中の官能を呼び起こすのはやっぱりレークスのケーキだけだ。
そして今までで一番えっちだったのが、最初に食べたこのショートケーキだ。
僕がレネに溺れる覚悟の印のために、今夜これを食べるんだ。

「レネはね、ケーキを二つしか買わないんじゃないかと心配してたんだよ」

と、ティグがそっと教えてくれた。

「もう大丈夫だよ」

僕も小さく囁いた。
ティグはにっと笑ってくれた。

レネの手から恭しくケーキの箱が渡される。
僕は注意深くそれを受け取って、店を出た。







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