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008. 雨宿り
1年9月
***
やられた。
9月も終わり。
僕は学校帰りに図書館に行き、そのあと少し離れた本屋に行った。
あてにしていた本がいつも行く店になくて、足を延ばした。
夏休み明けから本格的に自転車通学が始まり、行動範囲がぐんと広がった。
だから前はまた日を改めて出直していたようなことも、すっとできてしまう。
しかし、今回は失敗。
まだ持つだろうと思っていたのに、空は黒い雲で覆われ、雨が激しく降ってきた。
天気予報は今夜遅くから雨、って言ってたのに。
ペダルを力を込めて踏むが、雨はどんどんひどくなってきて僕はみるみるうちに濡れていく。
そして、冷たい。
このままじゃ、風邪をひいてしまいそうだ。
それに荷物も濡れてしまう。
せっかく買った本を1ページも読まずに濡らしてしまうなんて。
僕はここから一番近い、レネの部屋に行くことにした。
エントランスで滴を落としている僕を見て、コンシェルジュの雨宮さんは驚いていた。
僕が床を不必要に濡らしてしまったことを詫びると、それより早く温かくするように言ってくれた。
レネの部屋に入ると玄関で、靴と靴下を脱いだ。
そして鞄の中のものを床にぶちまける。
教科書は端が少し濡れたくらい。
買ったばかりの本は店のビニール袋に入っていて無事。
スマホも問題ない。
レネ、ごめん。
僕はつま先立ちでバスルームに向かった。
きっと床には僕の濡れた足跡がついてる。
水滴も落としているかも。
でも、僕はそれを気にする余裕がなかった。
冷たい雨に濡れて、身体ががたがた震える。
中に入るとコックをひねってシャワーのお湯を出した。
しばらくは温かい湯が出ないので、そのまま放っておき脱衣所に戻って制服を脱いだ。
水を吸って重たくなってしまった制服を脱ぐのは厄介だった。
身体を動かすたびに、ぐしょっぐしょっと音がする。
手がかじかんでボタンを外すのもやっとだ。
やっと服を全部脱いだとき、全身は鳥肌が立ちぶるぶると本気で震えていた。
まずい。
僕はバスルームに飛び込んで、すっかり温まった湯を頭からかぶった。
温かい。
ちょっとほっとした。
シャワーヘッドを外し、冷たくなった足や腰などに湯をかける。
バスタブにお湯を張ったほうがよかったのはわかってる。
でも、そんなのは待っていられなかった。
身体の表面は温まった。
これ以上シャワーを浴びていたらのぼせそう。
身体の芯はまだ寒い感じだったが、僕はシャワーを止めた。
脱衣所にあるふかふかの大きいバスタオルを拝借して身体を拭く。
あ、なに着よう…
制服は無残な形で籠に入っている。
せっかく温まったのに、今はさわるのも嫌だ。
とりあえずバスタオルを身体に巻き付け、体温が奪われないようにしてドライヤーで髪を乾かした。
それからそのままの格好でまたつま先立ちをしながらレネの寝室に向かった。
「レネ、ごめんなさい」
僕はそっとレネのクローゼットを開ける。
以前、彼がTシャツを取り出していた引き出しを開けた。
そこにはきちんと畳まれたTシャツが並んでいた。
僕は無難そうな真っ白なTシャツを抜き取ると、すぐに引き出しをしまい、クローゼットも閉めた。
罪悪感を持って勝手に服を取り出したので、さっさと閉めてしまいたかった。
僕はバスタオルをベッドのそばのチェストの上に置き、Tシャツを頭からかぶった。
「ぶかぶかだ…」
想像していたとおりとはいえ、ぶかぶかすぎる。
首回りは開きすぎて、気をつけないとずれて肩が出てしまうほど。
レネ、大きいと思っていたけど、本当に大きいんだ。
改めてレネの大きさを確認したとき、「へっくちんっ!」とくしゃみをしてしまった。
うー、やっぱりまだ寒い。
身体の芯が温まっていないんだ。
僕は目の前のベッドに潜り込んだ。
実は下着を履いていない。
制服のズボンの水分を吸って、下着も濡れていた。
あれを履く気にはなれなかった。
ちょっとすーすーするけど、仕方ない。
僕は手や足先をこすり合わせ、自分を温めた。
雨に濡れるとやたらと身体がだるくなる。
僕は次第に温まっていくベッドの中で、レネの匂いに包まれたままことんと眠っていった。
カチャ
「……と?
……さ…?」
「ああ、私だ」
「そのことだ」
「7時前に来たんだね」
「ありがとう。
それが確認したかった」
「もしもし、藤堂さんですか?
レオーネです」
「はい、どうやら真人さんは雨に遭ってうちに7時前に来たようです」
「ご心配おかけします。
うちで軽く食事をして車で送ります」
「いえ、そんなことはないですよ。
あとで真人さんに連絡するよう伝えます」
「真人、真人」
んぁ……
大きな手が僕の肩を揺り動かす。
誰?
「真人、頭は痛くないかい?
寒くはないかい?」
「……え」
僕がうっすら目を開けると、そこにはライオンの顔が間近にあった。
ぎゃあっ!
僕は一瞬で飛び起きた。
「真人、起きたかい?」
「………あ、レネ……」
驚いた。
本気で驚いた。
心臓がどきどきする。
心底驚いた。
ライオンに食べられるかと思った。
「具合はどうだい?」
レネは心配そうな温かい目をして僕を見下ろしている。
ああ、そうか。
僕は平静さを取り戻した。
雨に遭って、レネの部屋に雨宿りに来たら寝てしまったんだっけ。
「ちょっとだるいけど、大丈夫」
「そうか。
春子さんが心配していた。
連絡をしてあげて」
「え、ママが?」
レネが僕のスマホを手渡してくれた。
僕は起き上がって、それを受け取り確認した。
うわっ、もう8時過ぎてる。
メッセージが山ほど。
着信履歴がいっぱい。
全部、ママからだ。
僕はママに電話をかけた。
レネが連絡を入れてくれていたので、今はそんなに怒られることはなかった。
帰ったら、いや明日、パパとママとに怒られるかも。
仕方ない。
僕はママにひたすら謝りながら、突然の雨のことを話した。
ママは最後にレネにきちんとお礼を言うように、と言うと電話を切った。
「怒られたかい?」
レネは僕を心配そうに見ながら言った。
僕は首を振り、
「大丈夫。
それよりごめんなさい。
勝手に雨宿りして」
と謝った。
レネはベッドの縁に座り、僕を抱き寄せて言った。
「頼りにしてくれて嬉しかったよ」
「ありがとう」
僕はレネの胸に顔を埋めてお礼を言った。
なんだか雨に濡れた後、心細くなってしまっていた。
理由はわからない。
なかなか温まらない身体を丸めてベッドに入りながら、僕はずっとレネに抱きしめてもらったことを思い出していた。
今はすっぽりとレネに包まれている。
嬉しい。
レネが僕を抱きしめてくれた。
レネも僕の肩に顔を埋める。
濡れた鼻が肩口に当たってちょっぴり冷たい。
白いひげも顔の短い毛も肩に当たってくすぐったい。
あ。
僕は慌てて開きすぎている首元に手をやり、襟ぐりをたぐりよせた。
そうだった。
これぶかぶかシャツで、レネは露わになった僕の肩に顔を埋めていた。
「私のシャツがよく似合っているよ、真人」
「ぶかぶかだよ」
からかいを含んだレネの言葉に僕は少しつんとして答えた。
「さ、真人、お腹が空かないかい?
私はぺこぺこだよ。
温かいものを食べよう。
そのあと車で送っていくからね」
レネが掛け布団をめくった。
「だ、だめっ!」
僕は必死に布団の縁をつかんだ。
「真人?」
「あの、着ていたもの全部濡れてしまって、今、下になにもつけていないんだ」
レネは「ああ」と言い、クローゼットを開けると白いバスローブを取り出し、僕の肩にかけた。
僕は前を合わせると、ようやく安心してベッドから下りた。
長い。
僕がレネのバスローブを着ると、着物状態だ。
僕が呆然としているとレネは腰ひもを結んでくれた。
「さすがに私の下着だと、大きすぎるだろう?」
レネは面白そうにウィンクをして、僕を片腕で抱え上げた。
「ちょ、ちょっと?!」
「バスローブをひっかけて転んではいけないからな」
僕はレネの首にしがみついた。
たてがみに顔を埋める。
レネ…
焦っているふりをして、僕はレネを抱きしめる。
レネ……
ずっと内側で名前を呼んでいた。
レネは僕をキッチンに連れて行き、僕の定位置の椅子に座らせた。
「さあ、手早く温かいものと言えば、これだな」
そしてキッチンの内側に入り、パントリーにしている棚の扉を開いた。
取り出したのは、カップラーメン。
「んー、私は二個食べようかなぁ。
真人はどうする?」
と鼻歌交じりに聞いてくる。
「ぼ、僕は一個で」
レネがカップラーメン?
あの「味にこだわって洗練されたものしか食べません」というレネがカップラーメン???
レネは黄色いケトルに水を入れ、湯を沸かし始めた。
その間、どの味を食べるかを決めた。
僕はシーフード。
レネは普通のとカレー。
ビニールを破り、線までふたを開けて、中のかやくの袋を切って中身を容器に入れる。
作業をしながらも、僕はぽかんとレネを見たままだった。
「どうした?
私がカップラーメンを食べるのが面白いかい?」
「あ、いや……うん」
僕が言いよどんでいると、レネが沸いた湯を三つの容器に線まで注ぎ、ふたをしてお箸をおもし代わりに置いた。
そして残ったお湯でカモミールティを淹れてくれたので、飲んだ。
「私だってカップラーメンぐらい食べるさ」
そうだ。
僕とのデートでファーストフードでハンバーガーを食べたこともある。
ファミレスに行ったことも、コンビニ弁当を買って公園で食べたこともあった。
甘いものやレストランで食べるとき、レネはすごく素材に関心を払って食べる。
だからカップラーメンなんて食べない、って勝手に思ってた。
三分が経つ頃、レネはグラスにミネラルウォーターを注いでくれた。
僕がスマホでセットしていたタイマーが鳴り、僕たちは手を合わせてカップラーメンをすすった。
食べているときは無言だった。
ずるずると麺をすする音だけが響く。
汁も残さず飲み干すと、満足した。
水を飲む。
レネも二つ分を食べ終わり、同じように水を飲んだ。
すっかり身体が温まった。
落ち着いた。
僕はレネににっこりと笑いかけた。
食べ終わると、僕たちは僕の鞄の中身を拾い集め、レネからもらった紙袋に入れた。
ぐっしょり濡れた制服や靴などはそれぞれビニール袋に入れた。
そして僕にすっぽりとタオルケットをかぶせ、ぐるぐる巻きにしてマトリョーシカ人形にした。
「レネ?!」
「バスローブ姿で帰すわけにはいけないからね。
誰かとすれ違ってもいけないし」
レネはさっきみたいに僕を片腕で抱き上げ、もう一方の手で僕の荷物を持つとのっしのっしと歩き出した。
そのまま駐車場に行き、僕を助手席に座らせシートベルトをする。
そして慣れたように僕の家へ車を走らせた。
車の中で僕が連絡を入れたので、家ではパパとママが出迎えてくれた。
二人はレネにお礼を言っている。
「真人、明日の朝、迎えに来る。
さすがに自転車は持ってこられなかったからね。
私のところから自転車で学校に行くといい」
「うん、ありがとう」
レネの言葉にうなずいて、僕もお礼を言った。
レネは僕を見て、いつものように抱き寄せると「おやすみ。いい夢を」と言いながらこめかみにキスをした。
「おやすみ、レネ。
今日は本当にありがとう」
レネは帰っていった。
次のデートの日、レネが「どうしても見せたいものがある」と言って、彼の部屋に招いてくれた。
僕が部屋に入ると、そわそわしながら「こっちだ」とロフトに上がっていく。
僕がついていくと、そこには小ぶりなチェストが置いてあった。
中を見るようにレネが目で訴えるので、僕はうなずいて引き出しを開けた。
あ。
そこには長袖や半袖のTシャツやスウェットの上下、楽なコットンパンツが入っていた。
それも全部、僕のサイズ。
レネを見ると、彼は嬉しそうに言った。
「ほら、真人。
これならいつでも雨宿りできるよ。
急な泊まりだってできる。
もう下着なしでいなくても大丈夫だよ」
よく見ると、未開封の下着も入っていた。
そしてこの間僕が勝手に着た白いTシャツも。
僕は猛烈に恥ずかしくなって、顔から全身がぶわっと赤くなるのを感じながら俯くしかなかった。
***
やられた。
9月も終わり。
僕は学校帰りに図書館に行き、そのあと少し離れた本屋に行った。
あてにしていた本がいつも行く店になくて、足を延ばした。
夏休み明けから本格的に自転車通学が始まり、行動範囲がぐんと広がった。
だから前はまた日を改めて出直していたようなことも、すっとできてしまう。
しかし、今回は失敗。
まだ持つだろうと思っていたのに、空は黒い雲で覆われ、雨が激しく降ってきた。
天気予報は今夜遅くから雨、って言ってたのに。
ペダルを力を込めて踏むが、雨はどんどんひどくなってきて僕はみるみるうちに濡れていく。
そして、冷たい。
このままじゃ、風邪をひいてしまいそうだ。
それに荷物も濡れてしまう。
せっかく買った本を1ページも読まずに濡らしてしまうなんて。
僕はここから一番近い、レネの部屋に行くことにした。
エントランスで滴を落としている僕を見て、コンシェルジュの雨宮さんは驚いていた。
僕が床を不必要に濡らしてしまったことを詫びると、それより早く温かくするように言ってくれた。
レネの部屋に入ると玄関で、靴と靴下を脱いだ。
そして鞄の中のものを床にぶちまける。
教科書は端が少し濡れたくらい。
買ったばかりの本は店のビニール袋に入っていて無事。
スマホも問題ない。
レネ、ごめん。
僕はつま先立ちでバスルームに向かった。
きっと床には僕の濡れた足跡がついてる。
水滴も落としているかも。
でも、僕はそれを気にする余裕がなかった。
冷たい雨に濡れて、身体ががたがた震える。
中に入るとコックをひねってシャワーのお湯を出した。
しばらくは温かい湯が出ないので、そのまま放っておき脱衣所に戻って制服を脱いだ。
水を吸って重たくなってしまった制服を脱ぐのは厄介だった。
身体を動かすたびに、ぐしょっぐしょっと音がする。
手がかじかんでボタンを外すのもやっとだ。
やっと服を全部脱いだとき、全身は鳥肌が立ちぶるぶると本気で震えていた。
まずい。
僕はバスルームに飛び込んで、すっかり温まった湯を頭からかぶった。
温かい。
ちょっとほっとした。
シャワーヘッドを外し、冷たくなった足や腰などに湯をかける。
バスタブにお湯を張ったほうがよかったのはわかってる。
でも、そんなのは待っていられなかった。
身体の表面は温まった。
これ以上シャワーを浴びていたらのぼせそう。
身体の芯はまだ寒い感じだったが、僕はシャワーを止めた。
脱衣所にあるふかふかの大きいバスタオルを拝借して身体を拭く。
あ、なに着よう…
制服は無残な形で籠に入っている。
せっかく温まったのに、今はさわるのも嫌だ。
とりあえずバスタオルを身体に巻き付け、体温が奪われないようにしてドライヤーで髪を乾かした。
それからそのままの格好でまたつま先立ちをしながらレネの寝室に向かった。
「レネ、ごめんなさい」
僕はそっとレネのクローゼットを開ける。
以前、彼がTシャツを取り出していた引き出しを開けた。
そこにはきちんと畳まれたTシャツが並んでいた。
僕は無難そうな真っ白なTシャツを抜き取ると、すぐに引き出しをしまい、クローゼットも閉めた。
罪悪感を持って勝手に服を取り出したので、さっさと閉めてしまいたかった。
僕はバスタオルをベッドのそばのチェストの上に置き、Tシャツを頭からかぶった。
「ぶかぶかだ…」
想像していたとおりとはいえ、ぶかぶかすぎる。
首回りは開きすぎて、気をつけないとずれて肩が出てしまうほど。
レネ、大きいと思っていたけど、本当に大きいんだ。
改めてレネの大きさを確認したとき、「へっくちんっ!」とくしゃみをしてしまった。
うー、やっぱりまだ寒い。
身体の芯が温まっていないんだ。
僕は目の前のベッドに潜り込んだ。
実は下着を履いていない。
制服のズボンの水分を吸って、下着も濡れていた。
あれを履く気にはなれなかった。
ちょっとすーすーするけど、仕方ない。
僕は手や足先をこすり合わせ、自分を温めた。
雨に濡れるとやたらと身体がだるくなる。
僕は次第に温まっていくベッドの中で、レネの匂いに包まれたままことんと眠っていった。
カチャ
「……と?
……さ…?」
「ああ、私だ」
「そのことだ」
「7時前に来たんだね」
「ありがとう。
それが確認したかった」
「もしもし、藤堂さんですか?
レオーネです」
「はい、どうやら真人さんは雨に遭ってうちに7時前に来たようです」
「ご心配おかけします。
うちで軽く食事をして車で送ります」
「いえ、そんなことはないですよ。
あとで真人さんに連絡するよう伝えます」
「真人、真人」
んぁ……
大きな手が僕の肩を揺り動かす。
誰?
「真人、頭は痛くないかい?
寒くはないかい?」
「……え」
僕がうっすら目を開けると、そこにはライオンの顔が間近にあった。
ぎゃあっ!
僕は一瞬で飛び起きた。
「真人、起きたかい?」
「………あ、レネ……」
驚いた。
本気で驚いた。
心臓がどきどきする。
心底驚いた。
ライオンに食べられるかと思った。
「具合はどうだい?」
レネは心配そうな温かい目をして僕を見下ろしている。
ああ、そうか。
僕は平静さを取り戻した。
雨に遭って、レネの部屋に雨宿りに来たら寝てしまったんだっけ。
「ちょっとだるいけど、大丈夫」
「そうか。
春子さんが心配していた。
連絡をしてあげて」
「え、ママが?」
レネが僕のスマホを手渡してくれた。
僕は起き上がって、それを受け取り確認した。
うわっ、もう8時過ぎてる。
メッセージが山ほど。
着信履歴がいっぱい。
全部、ママからだ。
僕はママに電話をかけた。
レネが連絡を入れてくれていたので、今はそんなに怒られることはなかった。
帰ったら、いや明日、パパとママとに怒られるかも。
仕方ない。
僕はママにひたすら謝りながら、突然の雨のことを話した。
ママは最後にレネにきちんとお礼を言うように、と言うと電話を切った。
「怒られたかい?」
レネは僕を心配そうに見ながら言った。
僕は首を振り、
「大丈夫。
それよりごめんなさい。
勝手に雨宿りして」
と謝った。
レネはベッドの縁に座り、僕を抱き寄せて言った。
「頼りにしてくれて嬉しかったよ」
「ありがとう」
僕はレネの胸に顔を埋めてお礼を言った。
なんだか雨に濡れた後、心細くなってしまっていた。
理由はわからない。
なかなか温まらない身体を丸めてベッドに入りながら、僕はずっとレネに抱きしめてもらったことを思い出していた。
今はすっぽりとレネに包まれている。
嬉しい。
レネが僕を抱きしめてくれた。
レネも僕の肩に顔を埋める。
濡れた鼻が肩口に当たってちょっぴり冷たい。
白いひげも顔の短い毛も肩に当たってくすぐったい。
あ。
僕は慌てて開きすぎている首元に手をやり、襟ぐりをたぐりよせた。
そうだった。
これぶかぶかシャツで、レネは露わになった僕の肩に顔を埋めていた。
「私のシャツがよく似合っているよ、真人」
「ぶかぶかだよ」
からかいを含んだレネの言葉に僕は少しつんとして答えた。
「さ、真人、お腹が空かないかい?
私はぺこぺこだよ。
温かいものを食べよう。
そのあと車で送っていくからね」
レネが掛け布団をめくった。
「だ、だめっ!」
僕は必死に布団の縁をつかんだ。
「真人?」
「あの、着ていたもの全部濡れてしまって、今、下になにもつけていないんだ」
レネは「ああ」と言い、クローゼットを開けると白いバスローブを取り出し、僕の肩にかけた。
僕は前を合わせると、ようやく安心してベッドから下りた。
長い。
僕がレネのバスローブを着ると、着物状態だ。
僕が呆然としているとレネは腰ひもを結んでくれた。
「さすがに私の下着だと、大きすぎるだろう?」
レネは面白そうにウィンクをして、僕を片腕で抱え上げた。
「ちょ、ちょっと?!」
「バスローブをひっかけて転んではいけないからな」
僕はレネの首にしがみついた。
たてがみに顔を埋める。
レネ…
焦っているふりをして、僕はレネを抱きしめる。
レネ……
ずっと内側で名前を呼んでいた。
レネは僕をキッチンに連れて行き、僕の定位置の椅子に座らせた。
「さあ、手早く温かいものと言えば、これだな」
そしてキッチンの内側に入り、パントリーにしている棚の扉を開いた。
取り出したのは、カップラーメン。
「んー、私は二個食べようかなぁ。
真人はどうする?」
と鼻歌交じりに聞いてくる。
「ぼ、僕は一個で」
レネがカップラーメン?
あの「味にこだわって洗練されたものしか食べません」というレネがカップラーメン???
レネは黄色いケトルに水を入れ、湯を沸かし始めた。
その間、どの味を食べるかを決めた。
僕はシーフード。
レネは普通のとカレー。
ビニールを破り、線までふたを開けて、中のかやくの袋を切って中身を容器に入れる。
作業をしながらも、僕はぽかんとレネを見たままだった。
「どうした?
私がカップラーメンを食べるのが面白いかい?」
「あ、いや……うん」
僕が言いよどんでいると、レネが沸いた湯を三つの容器に線まで注ぎ、ふたをしてお箸をおもし代わりに置いた。
そして残ったお湯でカモミールティを淹れてくれたので、飲んだ。
「私だってカップラーメンぐらい食べるさ」
そうだ。
僕とのデートでファーストフードでハンバーガーを食べたこともある。
ファミレスに行ったことも、コンビニ弁当を買って公園で食べたこともあった。
甘いものやレストランで食べるとき、レネはすごく素材に関心を払って食べる。
だからカップラーメンなんて食べない、って勝手に思ってた。
三分が経つ頃、レネはグラスにミネラルウォーターを注いでくれた。
僕がスマホでセットしていたタイマーが鳴り、僕たちは手を合わせてカップラーメンをすすった。
食べているときは無言だった。
ずるずると麺をすする音だけが響く。
汁も残さず飲み干すと、満足した。
水を飲む。
レネも二つ分を食べ終わり、同じように水を飲んだ。
すっかり身体が温まった。
落ち着いた。
僕はレネににっこりと笑いかけた。
食べ終わると、僕たちは僕の鞄の中身を拾い集め、レネからもらった紙袋に入れた。
ぐっしょり濡れた制服や靴などはそれぞれビニール袋に入れた。
そして僕にすっぽりとタオルケットをかぶせ、ぐるぐる巻きにしてマトリョーシカ人形にした。
「レネ?!」
「バスローブ姿で帰すわけにはいけないからね。
誰かとすれ違ってもいけないし」
レネはさっきみたいに僕を片腕で抱き上げ、もう一方の手で僕の荷物を持つとのっしのっしと歩き出した。
そのまま駐車場に行き、僕を助手席に座らせシートベルトをする。
そして慣れたように僕の家へ車を走らせた。
車の中で僕が連絡を入れたので、家ではパパとママが出迎えてくれた。
二人はレネにお礼を言っている。
「真人、明日の朝、迎えに来る。
さすがに自転車は持ってこられなかったからね。
私のところから自転車で学校に行くといい」
「うん、ありがとう」
レネの言葉にうなずいて、僕もお礼を言った。
レネは僕を見て、いつものように抱き寄せると「おやすみ。いい夢を」と言いながらこめかみにキスをした。
「おやすみ、レネ。
今日は本当にありがとう」
レネは帰っていった。
次のデートの日、レネが「どうしても見せたいものがある」と言って、彼の部屋に招いてくれた。
僕が部屋に入ると、そわそわしながら「こっちだ」とロフトに上がっていく。
僕がついていくと、そこには小ぶりなチェストが置いてあった。
中を見るようにレネが目で訴えるので、僕はうなずいて引き出しを開けた。
あ。
そこには長袖や半袖のTシャツやスウェットの上下、楽なコットンパンツが入っていた。
それも全部、僕のサイズ。
レネを見ると、彼は嬉しそうに言った。
「ほら、真人。
これならいつでも雨宿りできるよ。
急な泊まりだってできる。
もう下着なしでいなくても大丈夫だよ」
よく見ると、未開封の下着も入っていた。
そしてこの間僕が勝手に着た白いTシャツも。
僕は猛烈に恥ずかしくなって、顔から全身がぶわっと赤くなるのを感じながら俯くしかなかった。
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