僕のレークス

Kyrie

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013. 隣で眠らせて

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1年1月

***

なんだかおかしいとは思っていた。
でも、今日は金曜で一日頑張れば土日になるから大丈夫だと自分に言い聞かせた。
それにレークスに行ってケーキを買う日でもある。
僕はいつものようにバスで登校した。

具合が悪くなったのはすぐで、一時間目が終わった途端、気がついた靖友くんがやってきて、ふらつく僕を保健室に連れて行ってくれた。 
熱は38.4℃
すぐにママへ連絡が行き、僕はそのまま早退して迎えに来たママに病院に連れていかれた。
長い待ち時間の間、受付で渡されたマスクをし、ママのマフラーを借りてぐるぐる巻きにしても寒くてガタガタと震えてしまった。
やっと診察室に呼ばれ、金属の棒を鼻に突っ込まれインフルエンザの検査を受けた。
陰性だったが、点滴をすることになった。
飲み薬と熱が下がらないときのための座薬が処方され、タクシーで帰宅した。
帰ってパジャマに着替えると僕はベッドに入った。
身体が熱いのにゾクゾクして息が苦しい。
関節が痛い。
どうやっても気持ち悪い。
寝ているのにしんどかった。

うつらうつらはするが、不快感はなくならない。
静かな中、ママの声が聞こえる。

「そうなのよ、真人が熱を出して早退したから今日はレークスに寄れません。
ご心配をおかけしてはいけないと思って。
せっかくレネさんのケーキ、楽しみにしていたのに。
それにねぇ、私たち、明日から旅行に行こうと思ってたの。
それもキャンセルね」

そうだ。
パパとママは雪の白川郷が見たい、という長年の夢を叶えるため、一月の三連休のツアーに申し込んでいた。
明日出発なのに。
だから、明日の朝まで頑張れれば、と考えていたのに。

僕は途端に落ち込んだ。

なかなかパパとママのタイミングが合わなかったり、ツアーが人気で定員に達して断られたりして、やっとやっと今年行ける、と二人とも楽しみにしていたのに。


軽いノックの音がして、ママが入ってきた。

「真人、レネさんよ」

ママのスマホを耳に押し当てられる。
ひやっとして悪寒が背中を走った。

「真人?」

ああ、レネの声だ。

「……レネ…」

小さく掠れた声しか出ない。

「ああ、苦しそうだね。
かわいそうに」

レネは気の毒そうに、心配そうに言った。

「春子さんから聞いたよ。
春子さんと慎一さんは明日から旅行の予定なんだってね。
なぁ、真人、今夜からうちに来ないかい?
私も真人のそばでいろいろ手伝えるし、一人じゃないし、春子さんたちは旅行に行けるだろう?」

それは…いいかもしれない。
もう16だし、ママに甘えたり弱みを見せるのはちょっと抵抗がある。
レネなら心置きなく甘えられる。

「うん、レネ、そうしたい。
お願いしてもいい?」

「わかったよ。
仕事が終わったら迎えにいくから、それまでゆっくり寝ていて。
真人、愛してるよ。
じゃあ、また後でね。
春子さんに代わってくれるかい?」

「ありがと、レネ」

僕がママにスマホを返すと、ママはレネと話し始めた。
パパとママが旅行に行ける。
ほっとして、またうつらうつらし始めた。






夕方、目が覚めた。
汗をかいて気持ち悪かった。
動けなかったけど、この不快感には我慢できずベッドから落ちるように下り、脱ぎ捨てたパジャマもそのままにして新しいのに着替えた。
さらっとした感触は気持ちよくて、僕はまたベッドに戻り眠り始めた。







大きな手が額にふれた。
うっすら目を開けると、優しい金の目をしたライオンがいた。

「レネ…」

「真人、まだ熱が下がり切っていないね」

後ろからママと、そしてパパものぞき込んでいた。

「本当にいいんですか?」

パパがレネに聞いていた。

「春子さんからあとは寝て治すしかないと聞いています。
薬も効いているようですし、お二人は旅行を楽しんできてください。
真人もお二人がやっと白川郷に行けるのだと嬉しそうに話してくれていました。
ティグもいますし、私からも連絡をこまめに入れます」

「……パパ、ママ…行ってきて……
おみや…げ、よろしく」

「わかりました、よろしくお願いします」

パパとママは深々とレネに頭を下げた。
レネは慌ててそれを制し、持ってきた厚手のブランケットで僕をぐるぐる巻きにし、ママが用意した薬やお泊りグッズの入ったバッグを持って、僕を抱き上げた。

レネの車の中はむんむんと暖房が効いていた。
僕は助手席に乗せられ、シートベルトを締められ、パパとママに見送られて、レネのマンションに向かった。





マンションの寝室も暖房が効いていた。
「効きすぎて暑い」と言うとレネが温度を調節してくれた。
冷たい水とぬるいお湯を飲んだ。
レネの匂いがするベッドに寝かされると、僕は本当にほっとした。

レネ

声に出して呼んでいないのに、レネが僕のほうを向いてくれた。
僕は安心して、またとろとろと眠りに入った。








***

目を開くと小さくて丸く黒い耳の後ろの白い丸の模様がぴくぴくと動いていた。

「違う違う、そっちじゃなくて経口補水液。
あとは体温計買った?
それからマドレーヌ。
えええ、いいじゃん、俺のおやつ。
じゃ、頼んだよ」

トラの耳の後ろってかわいいんだよね。
あんなに怖い顔してるのに、耳の後ろの白い丸の模様があって。



「……ティグ?」

「お、目が覚めたかい、真人」

窓のほうを向いてしゃべっていたスマホでの通話が終わり、トラ頭のティグが振り向いた。
僕の額に大きく分厚い手を載せる。

「うーん、まだ熱があるな」

「レネは?」

「買い物!
あいつ、朝イチで電話かけて『病気になったことがないからなにを準備したらいいかわからない!』って言うんだぜ」

え……

「春子に薬飲ませて寝かせておけばいいし、熱が下がらなかったら座薬を入れればいい、と言われてそれなら自分にもできる、と思ったらしいけど、いざ熱でうなされている真人を見たら焦ったらしい。
この家には体温計もなにもないし、レネが『大事なものを買っていない!!』と騒ぐから来たの」

「ごめん…」

ティグは額同士をくっつけた。
額にトラの短い毛がもふっとふれてくすぐったい。

「それより早くよくなってほしいよ。
レネがうるさくて仕方ないし、元気がない真人は俺も心配だし。
なにか食べられそうかい?」

「ううん、まだお腹が気持ち悪い」

「そうか、ゼリー飲料はどう?
冷たくてつるんとしてるよ。
少し飲んで、薬を飲もう」

「ん」

ティグは手慣れたように僕にゼリー飲料を飲ませ、そのまま病院の薬も飲ませた。
薬が効いてくると、またひどい睡魔に襲われ、僕は眠ってしまった。







次に目を覚ますと、ひげを下にさげ、情けない顔のレネがそこにいた。
僕に気がつくと「オゥ、真人ゥ…」と気の毒そうに言い、がばっと僕に覆いかぶさりぎゅっとハグをした。
僕はレネのたてがみに顔を埋めた。
僕もぎゅっと抱き返したかったけど、腕に力が入らなかった。
ひとしきり抱きしめたあと、レネは僕から身を離し、まるで手品でもするようにウィンクしながら体温計を取り出してみせた。

「この家でも熱が計れるよ」

レネは慎重に買ってきたばかりの体温計を僕の脇に差し込んだ。
すぐに電子音が鳴り、レネが数字を読む。

「37.4℃。
だいぶ、熱が下がったね!」

レネは嬉しそうに言い、金色の目で僕を見つめた。

「レネ」

名前を僕が呼ぶとレネは顔を近づけた。
僕は腕を伸ばそうとするけど力が入らない。
そうしたらレネがまた抱きしめてくれた。

「もっとぎゅっとハグして」

レネはベッドの中に滑り込んできて、全身で僕を抱きしめた。
嬉しくなって、僕は大きく息を吐いた。

「しんどかっただろう、真人」

僕は黙ってうなずく。

「連れてきてくれて、ありがと」

レネのそばにいたかった僕は言った。
レネの家で、レネのベッドで、レネの隣で抱きしめ合う。
とても安心できる。

レネが僕にキスをしようとしたので、それは避けた。
しょんぼりした顔をしたが、代わりにこめかみにちゅっとキスをした。
風邪を移したくないし、お風呂にも入っていないから抵抗があったんだ。
あとで話さないと。

「真人、いいもの持ってきてあげる」

レネは僕にウィンクを寄越し、寝室から出て行った。
ほどなくして戻ると、手にはガラスの器が載ったトレーがあった。

「熱が出たらこれを食べると聞いたんだ。
合っているかい?」

ぷんと甘い香り。
これは白桃の缶詰。
誰に聞いたの、レネ?
僕はおかしくなってにやっと笑った。

「食べさせてあげよう」

レネはフォークで一口大に切った桃を僕の口元に近づけた。
僕が口をあけると、ちゅるりと桃を滑り込ませる。
冷たく冷えた甘い桃。

「おいし」

「もっと食べる?」

僕は答える代わりに口を開けると、レネは嬉しそうに桃を食べさせてくれた。
食べ終わると、僕はレネに手をつないでもらった。
大きくて分厚いレネの手に安心できて、僕はまた寝ていた。





次に目が覚めると、夜になっていた。
随分身体が軽くなった。
レネはベッドのそばでうつらうつらしていた。
僕が目を覚ましたのに気がつくと、部屋の明かりをつけてくれた。

「汗をかいているね。
着替えようか」

そうレネが聞いてくれた。

「身体がべとべとしているから、シャワーが浴びたい」

僕が言うと「お風呂のほうが温まるから、そっちにしなさい」とお湯をために行ってくれた。
準備ができると、「倒れてはいけないからね」とレネも入ってこようとした。
僕はそれを必死で止めた。

「どうしてだい、真人?
愛する人にふらついているのに、どうして助けてはいけないんだ?」

「だって、お風呂に入るんだよ。
恥ずかしいじゃないか」

「全然恥ずかしくないよ。
身体を洗ってあげよう」

「だめーーーーっ!」

僕が悲鳴のような声をあげて、ようやくレネは諦めてくれた。

お風呂にはハーブの香りのするバスソルトが入っていて、身体が内側からぽかぽかになった。
どうかな、と思ったけど気持ち悪かったので髪も洗った。

お風呂から上がると籐のかごには、見たことのないネルのパジャマと新しい下着、そして分厚いソックスが入っていた。
僕は素直にそれらを身につけるとバスルームから出た。
そこには待ってました!とばかりにレネがひかえていて、暖房が効いたリビングに連れていかれた。
そこでカーディガンを僕に着るように言い、レネは新しいタオルとドライヤーの準備をした。

「よく似合ってるよ、真人」

白いネルのパジャマは気持ちよかったし、ソックスはメリノウールが使われているのだのレネが言った。
紺色のカーディガンは少し長めで、お尻の下まですっぽりと包み込むようだった。

レネはわしわしとタオルで髪を拭くと、鼻歌を歌いながらドライヤーで僕の髪を乾かし始めた。
熱が出たあとのお風呂はなかなか体力を使うらしく、ふらふらしていたので僕はおとなしく髪を乾かしてもらった。


それが終わると、ティグが作ってきてくれたかぼちゃのポタージュスープを飲んだ。
レネもティグが作ってくれたサンドイッチをぱくついている。
そのときにレネは今朝の買い物について話してくれた。
ほとんど病気をしたことがないレネのうちには体温計もなくて、ティグに頼ったこと。
そして汗をたくさんかく僕を着替えさせようと、ロフトにある僕の服が入っている小さなチェストを見たら冬物がまったくなかったこと。

「これは大変だ!と思って、ティグにここに来てもらって真人のパジャマを買いに行ったんだよ。
他にも冬に着る服も少し買ったからね」

「ティグのお留守番の理由ってそれなの?!」

「だって必要じゃないか」

「昨日、うちから持ってきたバッグの中に替えのパジャマも入っていたよ」

「オゥ…」

「今度会ったら、お礼とお詫びを言うよ。
せっかくのお休みなのに、悪かったなぁ」

「私もそうする」

行儀が悪いと思ったけど食事の途中で席を立ち、落ち込むレネのそばに行くと、僕はぎゅっと抱きしめた。

「レネ、ありがとう。
そばにいてくれて、熱があって不安だったとき安心できたよ。
本当にありがとう」

本当にそうだ。

レネは僕を抱き上げ、膝の上に乗せると覆いつくすように僕を抱きしめた。

「熱が出るのがあんなにつらそうなものだと、知らなかったんだ。
もう熱を出さないで、真人。
代わってあげたくてもどうにもできないよ」

「ん」

しばらく抱き合っていたけど、スープも僕も冷める、とレネに促され、僕は席に戻りスープを飲み干すと、薬を飲んだ。



風邪を移したくないからゲストルームで寝ていいか、と聞いたら、「見えないほうがいやだ」とレネが言い、僕はレネに抱かれて彼のベッドで眠った。
レネの隣はなんて気持ちいいんだろう。







夜中、なぜだか目が覚めた。
レネは僕を守るように丸くなって寝ていた。
彼の掛け布団は全部僕にかけてあった。

ああ、暑くて目が覚めちゃったんだ、僕。

僕はレネに布団をかける。

レネは風邪ひいちゃいやだよ。
僕もすぐに元気になるから。

僕も丸くなり、横になった。
まるで小鳥の巣の中のようにレネに寄り添う。
これから先もレネの隣で眠りたいな。
心地よいレネの温もりに僕はすぐに眠りに落ちた。





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