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014. チョコレート・キッス
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1年2月
***
年明けのお正月気分が抜けると、レークスはチョコレート一色になった。
毎年この頃からヴァレンタイン・デーの2月14日まではチョコレートのものしか置かないらしい。
金曜日、いつものようにレークスに行ったら、すべてがチョコレートケーキ。
ティグのシフォンケーキもパウンドケーキも焼き菓子も全部チョコレートだった。
もちろん、こってりとしたチョコレートケーキだけではなくて、フランボワーズなどの酸味の強いものと合わせたさっぱりしたものや、チョコレートムースとオレンジを使った軽やかなもの、甘さを抑えたビターなものまでいろいろあるけれど、とにかく一か月は「チョコレート」なんだそうだ。
レネはチョコレートが好きで、チョコレートのケーキも得意だと言い、秋口からうきうきしてアイディアやデザインを考えていた。
ヴァレンタイン・デーにチョコレートケーキをプレゼントするものかどうかはわからないが、「チョコレートを選んでいると自分も食べたくなるの!」とママが言っていた。
「だから、自分用にはすぐに食べちゃうケーキを買うのよ」、だって。
そんなもんかな。
まぁ、こんなに早くにケーキを買っても本番まで持たないもんね。
チョコレート一色になってお客さんが減るかと思いきや、そうでもなかった。
ビターチョコの小ぶりなケーキは「ブランデーにも合うんだ」と五つくらい買って帰る男性客もいるのだとレネが話してくれた。
そのケーキはこの時期しか売らないから、毎年、その人は買いに来てくれるんだって。
ブランデーとチョコレート、ねぇ。
僕には想像もつかない。
パパもそんな洋酒は滅多に飲まないから、よくわからない。
ヴァレンタイン当日、なんとレークスは夕方の5時半に店を閉めてしまった。
僕はレネに呼ばれて学校帰りにレークスに来ていたけど、早い店じまいに驚いた。
「ティグや私だってヴァレンタインを愛する人と過ごす権利はあると思うよ」
と、さも当然のように言い、ティグも僕のほうがおかしいことを言っている、というふうに僕を見た。
そうなの?
そういうものなの?
6時過ぎにはレネと僕はレークスを出た。
レネの車に乗り、彼の部屋に向かう。
実は今日も明日も平日なのに、レネの部屋に泊まることになっているので、僕はちょっと大きいバッグを持っている。
明日はレネの部屋から送ってもらって学校に行くことになっている。
部屋に行くとレネは「昨日から仕込んであるんだ」とホウロウの鍋で煮込んだポトフを温めてくれた。
僕はテーブルにマットを敷き、紙ナプキンと共にカトラリーを並べる。
熱々のポトフの中には大きい骨付きのソーセージが入っていた。
粒マスタードをつけて食べる。
ほかにもカリカリのクルトンを散らした水菜のサラダやピクルス、全粒粉のパン。
レネはもう車を運転する必要がないから、と僕に断りといれて赤ワインを飲んでいる。
僕はポトフがおいしくてがっついていた。
ふと視線を感じて顔を上げると僕を見ていた潤んだ金色の目とぶつかった。
「おいしいかい?」
「うん」
ただそれだけなのに、なんだか照れてきた。
だから俯いてポトフに集中するふりをしたら、レネがたてがみを振るわせて笑った気がした。
食後、僕たちはリビングのソファに並んで座った。
「真人、今日はなんの日か知っているね?」
「ヴァレンタインだろ」
「日本ではチョコレートを愛する人に贈ることになっているね」
「う、うん、まぁ」
あれって女の子が男の子にチョコを渡して告白するんじゃないの?
よく知らないけど。
毎年ママからしか、それもパパのついでみたいな感じででしかもらっていないのであまり関心がなかった。
「私からのチョコレートを受け取ってくれるかい?」
「うん」
隣できらきらした目でレネが見ている。
どんなチョコレートだろう。
レネのことだからきっと高級そうな箱に入っていて、ゴージャスなリボンがかけられているんだろうな。
「真人、目を閉じて」
ん?
目を閉じている僕に箱を手渡すの?
僕は素直に目を閉じた。
「わっ?!」
しゅるっと衣擦れの音がしたかと思うと、ふんわりと僕の目がなにかで覆われ、頭の後ろで何度かしゅっしゅっと音がして結ばれた。
なに?
僕が手を伸ばしてさわると、どうやらそれはシルクのネクタイのようだった。
「いやだったらすぐに外してもいい。
でもチョコレートを食べるとき、集中してもらいたいんだ。
どうかな?」
目隠ししてチョコレート?
……あれ?
視覚が閉ざされているせいか、他の感覚が鋭敏になっている気がする。
いつもならあまり聞きとらないレネの息の音が大きく聞こえる。
僕のそばにいるせいか、長いひげが僕の顎をひどくくすぐる。
「いやかい?」
「ううん、いいよこのままで」
「真人は感覚が鋭いから、もっと鋭くしてチョコレートを楽しんでほしかったんだ。
四種類のチョコレートを食べてもらうよ。
去年の2月から一年間、私が試して美味しいと思ったチョコレートを厳選したものだ」
「ふふふ、面白いね。
レネが選んだ四つ、というのは相当なんだろうな」
僕が笑うとレネは僕を抱き寄せて、こめかみにキスをした。
顎まわりの短い毛がちくちくした。
そして大きな手で僕の顔をなぞり、親指で僕の唇を二三度なでた。
いつもより敏感になっているせいか、身体がびくんと跳ねた。
「じゃあ、最初の一つ。
いいかい?」
「うん」
僕は口を開けてチョコレートを待った。
レネはそっとチョコレートを滑り込ませた。
ん、苦い。
ビターチョコだ、僕の好きな。
カカオなん%だろう?
「どうだい?」
「ビターチョコレート?
カカオは70%以上かなぁ。
苦いんだけど、奥のほうでおいしい甘さがあるよ。
僕、好きだな。
そしてとっても滑らか。
口当たりがよくて、なんていうんだろ、薄っぺらな感じがしない。
後であの甘さが余韻として残るんだね。
ずっと舌の上で舐めて余韻を楽しんでいたいかな」
「ああ、素晴らしいね。
カカオは80%だよ。
あれだけの苦さがあるのに、私もこの後味のほんのり残る甘さが気に入ったんだ」
口の中のチョコレートがすっかりなくなると、レネは次のチョコレートを入れた。
噛むと中からナッツのクリームがとろりと流れ出た。
「うわ、なんだろう、このナッツのクリーム。
濃厚。
その分、チョコレートも強いよね。
甘さのバランスが絶妙。
あと少しでも甘いと、僕には甘すぎて気持ち悪くなりそうなのに、ぎりぎりのところでほろ苦い。
すごい、鼻に抜けるときのナッツの香りが香ばしい。
カリッとした感じが気持ちいい」
ふふふ、とレネは低く笑った。
「面白いね。
私もこの香ばしさに感動したんだよ。
クリームなのにカリカリにローストしたナッツを食べている感覚。
クリームの存在感とそれに負けないチョコレート。
私はこのこってりした感じが好きだから、幾つでも食べられるよ」
僕はくすくすと笑った。
そうだ、レネならこのチョコレートを一気に10コくらい食べても平気そう。
きっとうっとりして、それから金の目の色がちょっと濃くなって「ああ」と言葉にならない声を上げるんだ。
「そんなに面白いかい?」
「うん。
このチョコレートはレネが好きそうだな、と思って」
そんな顔をしてチョコレートを食べているレネが見たいな。
早くこの目隠しを外したい。
レネが甘いものを食べているときは、いつにもましてセクシーだ。
特に「チョコレートは媚薬だよ」と艶めかしい視線を僕に送って、ぱっくりとチョコレートを口に含む姿はぞくぞくしてしまう。
「次、いいかい?」
「うん」
僕はまたチョコレートに集中して口を開けると、ふわっと甘酸っぱい香りと一緒にチョコレートが入ってきた。
「うわぁ!
オレンジピール?
噛んだらねっとりとピールが歯と舌に絡みついてくる。
すっごく香りが高いね。
爽やかなのに、やっぱりチョコレート。
でも、なんだろう。
とにかくオレンジの香りが高くてびっくり!
僕、これ好きだなぁ」
「これはオレンジピールを煮るときに、みかんのはちみつが使われているから花の香りもするんだ。
繊細な香りだろう?」
「ああ、それでかぁ。
みかんの花の香りって線が細そうで、しっかりしているもんね。
チョコレートのほうも繊細。
まるでレースみたいだよ。
壊れそうで儚い感じでとても美しくて綺麗だ。
見ていないのに、綺麗ってヘンだけど」
「視覚を奪ってしまってすまない。
本来なら、目でも楽しむものなのだが、真人にはどうしても舌で味わってほしくて」
「うん、構わないよ」
「さ、次にいこうか」
「うん、これで最後だね」
僕はまたそっと口を開けた。
ころんとチョコレートが入ってきた。
ココアパウダー?
噛んでみるとしっとりと柔らかい。
「これってトリュフ?」
僕はしっかり噛みしめる。
「今までのと違うね。
これまでのってなんていうんだろう、硬質的な、ぱっきりした硬い感じのチョコレートだったのに、これはとても柔らかい。
ほんのり洋酒が効いていて、そして……………あっ」
もしかして、これ……
いつもの。
よく知っている。
僕の中でイメージが広がる。
胸元がばっと開き、ウェストをぐっと締め、レースをたっぷり使ったチョコレート色のドレスを着た令嬢。
同じくチョコレート色のレースの扇子で顔を半分隠しながら、チョコレートを食べている。
その細いウェストを抱き寄せるのは、ライオン頭のレネ。
いつか見たスーツを着こなし、そっと扇子を横によけると令嬢の首筋をべろりと舐める。
令嬢は目を閉じて恍惚の表情を浮かべ扇子を手から落とし、その身をレネにすべて預ける。
「これって、レネのチョコレート…?」
「わかるのか?」
「うん……」
そう、レネが作った甘いものを食べると、僕はなぜか官能的なイメージが広がる。
甘いものによって現れる女性は違うけれど、必ずレネは優しくその女性を抱き寄せ、あの大きくて分厚い手で愛撫する。
それを気持ちよさそうにどの女性も目を閉じながら受けるのだ。
僕は頭に手をやり、目隠しのネクタイをほどいて、レネを見た。
レネの金の目が濡れていた。
僕は目を閉じて顔を上げ、ちょっぴり唇を突き出す。
ほどなく、レネが僕にキスをしてきた。
すぐに大きな舌で僕の唇をノックし、僕が唇を少し開くとするりと中に入ってきた。
そして僕の口の中のチョコレートを舐め取るようにキスをする。
僕もその舌を追いかけるように舌を絡める。
レネが僕を抱き寄せ、頭の後ろに手を回して痛くないように守りながら、ソファに押し倒した。
その拍子に舌が僕の口から出て行ってしまったが、レネは幅の広い舌で僕の顔をべろりと舐め始めた。
ざらりとした感触を頬に感じる。
べろり
べろり
べろり
ライオンのせいか、舐めるのは上手い。
顔中を舐められる。
長いたてがみが僕の顔に落ちてきて、それもくすぐったい。
「レネ、セックスしよ」
途端、レネがぴたりと動きを止めた。
なんで?
「真人、それはわかって言っているのか?」
「わかる、ってなにを?」
「いろいろ」
「多分」
レネは笑いながら、また顔中を舐め始めた。
「真人はわかっていないな。
今はその時ではないのに」
「試験のこと?」
レネはうなずく。
そう、僕は学年末試験を目前に控えていた。
今日、ここに来て泊まることだって事前に僕は必死に勉強してパパとママを説得して、レネも試験には影響させない、と直接二人に話をして許可をもらったんだ。
ちぇっ、つまらないな。
「じゃあ、その時がきたらセックスしようよ」
僕は引き下がらずに言った。
「いいよ。
愛し合う二人が身体を重ねるのはとても自然なことだ」
「ねぇ、最初の桜が咲いた時にしない?」
僕もレネの顎を舐めた。
うーん、毛が口の中に入る。
舐めるのは別のところがいいなぁ。
顔周りはキス止まりにしておくか。
「桜?」
「そう、レークスの三軒先に桜の木がある家があるでしょ?
あそこの桜の一番最初の花が咲いたとき」
そう答えながら、僕の頬をなでていたレネの手を取り、中指にちゅっとキスをして、そしてレネを見ながらゆっくりとそれを口に含んだ。
レネは面白そうに僕を見ている。
くちゅりと僕は指を口の中で舐めた。
彼の太くて長い指はいつもセクシーだ。
いつも短く切りそろえられた爪。
ちょっと節くれだった関節。
この手が、あの素敵なケーキを作って、今日は僕のためのチョコレートを作る。
滑らかな爪を丹念に舐めてみる。
「どうして桜なんだい?」
レネはうっとりとしながら聞いた。
僕は一旦レネの指から口を外し、答えた。
「僕、レネと出会ったのが桜の季節だから、まためぐってきた桜の季節にレネとセックスすると素敵かな、と思って」
「4月じゃなくて?」
「そんなに待てない」
今度は舌を出し中指と人差し指つけ根から舐め上げて、また二本を口に含んだ。
「いいね。
素敵なアイディアだ、真人」
よかった。
春になるの、楽しみ。
「けれど、そろそろキスをさせてくれないか?
私の指が甘いわけではないだろう?」
レネは僕の口から二本の指を引き抜いた。
「うん、キスしよ」
僕は笑いながら答え、そして落ちてくるレネのキスに応えた。
レネのキスがこんなに気持ちいいんだもん。
きっと彼とのセックスも気持ちいいに違いない。
早く春にならないかな。
楽しみ。
お互いの舌使いが激しくなる。
思わずレネのシャツにしがみついたら、チョコレートの匂いがした。
ああ、まだ2月か。
甘いキスの2月。
***
年明けのお正月気分が抜けると、レークスはチョコレート一色になった。
毎年この頃からヴァレンタイン・デーの2月14日まではチョコレートのものしか置かないらしい。
金曜日、いつものようにレークスに行ったら、すべてがチョコレートケーキ。
ティグのシフォンケーキもパウンドケーキも焼き菓子も全部チョコレートだった。
もちろん、こってりとしたチョコレートケーキだけではなくて、フランボワーズなどの酸味の強いものと合わせたさっぱりしたものや、チョコレートムースとオレンジを使った軽やかなもの、甘さを抑えたビターなものまでいろいろあるけれど、とにかく一か月は「チョコレート」なんだそうだ。
レネはチョコレートが好きで、チョコレートのケーキも得意だと言い、秋口からうきうきしてアイディアやデザインを考えていた。
ヴァレンタイン・デーにチョコレートケーキをプレゼントするものかどうかはわからないが、「チョコレートを選んでいると自分も食べたくなるの!」とママが言っていた。
「だから、自分用にはすぐに食べちゃうケーキを買うのよ」、だって。
そんなもんかな。
まぁ、こんなに早くにケーキを買っても本番まで持たないもんね。
チョコレート一色になってお客さんが減るかと思いきや、そうでもなかった。
ビターチョコの小ぶりなケーキは「ブランデーにも合うんだ」と五つくらい買って帰る男性客もいるのだとレネが話してくれた。
そのケーキはこの時期しか売らないから、毎年、その人は買いに来てくれるんだって。
ブランデーとチョコレート、ねぇ。
僕には想像もつかない。
パパもそんな洋酒は滅多に飲まないから、よくわからない。
ヴァレンタイン当日、なんとレークスは夕方の5時半に店を閉めてしまった。
僕はレネに呼ばれて学校帰りにレークスに来ていたけど、早い店じまいに驚いた。
「ティグや私だってヴァレンタインを愛する人と過ごす権利はあると思うよ」
と、さも当然のように言い、ティグも僕のほうがおかしいことを言っている、というふうに僕を見た。
そうなの?
そういうものなの?
6時過ぎにはレネと僕はレークスを出た。
レネの車に乗り、彼の部屋に向かう。
実は今日も明日も平日なのに、レネの部屋に泊まることになっているので、僕はちょっと大きいバッグを持っている。
明日はレネの部屋から送ってもらって学校に行くことになっている。
部屋に行くとレネは「昨日から仕込んであるんだ」とホウロウの鍋で煮込んだポトフを温めてくれた。
僕はテーブルにマットを敷き、紙ナプキンと共にカトラリーを並べる。
熱々のポトフの中には大きい骨付きのソーセージが入っていた。
粒マスタードをつけて食べる。
ほかにもカリカリのクルトンを散らした水菜のサラダやピクルス、全粒粉のパン。
レネはもう車を運転する必要がないから、と僕に断りといれて赤ワインを飲んでいる。
僕はポトフがおいしくてがっついていた。
ふと視線を感じて顔を上げると僕を見ていた潤んだ金色の目とぶつかった。
「おいしいかい?」
「うん」
ただそれだけなのに、なんだか照れてきた。
だから俯いてポトフに集中するふりをしたら、レネがたてがみを振るわせて笑った気がした。
食後、僕たちはリビングのソファに並んで座った。
「真人、今日はなんの日か知っているね?」
「ヴァレンタインだろ」
「日本ではチョコレートを愛する人に贈ることになっているね」
「う、うん、まぁ」
あれって女の子が男の子にチョコを渡して告白するんじゃないの?
よく知らないけど。
毎年ママからしか、それもパパのついでみたいな感じででしかもらっていないのであまり関心がなかった。
「私からのチョコレートを受け取ってくれるかい?」
「うん」
隣できらきらした目でレネが見ている。
どんなチョコレートだろう。
レネのことだからきっと高級そうな箱に入っていて、ゴージャスなリボンがかけられているんだろうな。
「真人、目を閉じて」
ん?
目を閉じている僕に箱を手渡すの?
僕は素直に目を閉じた。
「わっ?!」
しゅるっと衣擦れの音がしたかと思うと、ふんわりと僕の目がなにかで覆われ、頭の後ろで何度かしゅっしゅっと音がして結ばれた。
なに?
僕が手を伸ばしてさわると、どうやらそれはシルクのネクタイのようだった。
「いやだったらすぐに外してもいい。
でもチョコレートを食べるとき、集中してもらいたいんだ。
どうかな?」
目隠ししてチョコレート?
……あれ?
視覚が閉ざされているせいか、他の感覚が鋭敏になっている気がする。
いつもならあまり聞きとらないレネの息の音が大きく聞こえる。
僕のそばにいるせいか、長いひげが僕の顎をひどくくすぐる。
「いやかい?」
「ううん、いいよこのままで」
「真人は感覚が鋭いから、もっと鋭くしてチョコレートを楽しんでほしかったんだ。
四種類のチョコレートを食べてもらうよ。
去年の2月から一年間、私が試して美味しいと思ったチョコレートを厳選したものだ」
「ふふふ、面白いね。
レネが選んだ四つ、というのは相当なんだろうな」
僕が笑うとレネは僕を抱き寄せて、こめかみにキスをした。
顎まわりの短い毛がちくちくした。
そして大きな手で僕の顔をなぞり、親指で僕の唇を二三度なでた。
いつもより敏感になっているせいか、身体がびくんと跳ねた。
「じゃあ、最初の一つ。
いいかい?」
「うん」
僕は口を開けてチョコレートを待った。
レネはそっとチョコレートを滑り込ませた。
ん、苦い。
ビターチョコだ、僕の好きな。
カカオなん%だろう?
「どうだい?」
「ビターチョコレート?
カカオは70%以上かなぁ。
苦いんだけど、奥のほうでおいしい甘さがあるよ。
僕、好きだな。
そしてとっても滑らか。
口当たりがよくて、なんていうんだろ、薄っぺらな感じがしない。
後であの甘さが余韻として残るんだね。
ずっと舌の上で舐めて余韻を楽しんでいたいかな」
「ああ、素晴らしいね。
カカオは80%だよ。
あれだけの苦さがあるのに、私もこの後味のほんのり残る甘さが気に入ったんだ」
口の中のチョコレートがすっかりなくなると、レネは次のチョコレートを入れた。
噛むと中からナッツのクリームがとろりと流れ出た。
「うわ、なんだろう、このナッツのクリーム。
濃厚。
その分、チョコレートも強いよね。
甘さのバランスが絶妙。
あと少しでも甘いと、僕には甘すぎて気持ち悪くなりそうなのに、ぎりぎりのところでほろ苦い。
すごい、鼻に抜けるときのナッツの香りが香ばしい。
カリッとした感じが気持ちいい」
ふふふ、とレネは低く笑った。
「面白いね。
私もこの香ばしさに感動したんだよ。
クリームなのにカリカリにローストしたナッツを食べている感覚。
クリームの存在感とそれに負けないチョコレート。
私はこのこってりした感じが好きだから、幾つでも食べられるよ」
僕はくすくすと笑った。
そうだ、レネならこのチョコレートを一気に10コくらい食べても平気そう。
きっとうっとりして、それから金の目の色がちょっと濃くなって「ああ」と言葉にならない声を上げるんだ。
「そんなに面白いかい?」
「うん。
このチョコレートはレネが好きそうだな、と思って」
そんな顔をしてチョコレートを食べているレネが見たいな。
早くこの目隠しを外したい。
レネが甘いものを食べているときは、いつにもましてセクシーだ。
特に「チョコレートは媚薬だよ」と艶めかしい視線を僕に送って、ぱっくりとチョコレートを口に含む姿はぞくぞくしてしまう。
「次、いいかい?」
「うん」
僕はまたチョコレートに集中して口を開けると、ふわっと甘酸っぱい香りと一緒にチョコレートが入ってきた。
「うわぁ!
オレンジピール?
噛んだらねっとりとピールが歯と舌に絡みついてくる。
すっごく香りが高いね。
爽やかなのに、やっぱりチョコレート。
でも、なんだろう。
とにかくオレンジの香りが高くてびっくり!
僕、これ好きだなぁ」
「これはオレンジピールを煮るときに、みかんのはちみつが使われているから花の香りもするんだ。
繊細な香りだろう?」
「ああ、それでかぁ。
みかんの花の香りって線が細そうで、しっかりしているもんね。
チョコレートのほうも繊細。
まるでレースみたいだよ。
壊れそうで儚い感じでとても美しくて綺麗だ。
見ていないのに、綺麗ってヘンだけど」
「視覚を奪ってしまってすまない。
本来なら、目でも楽しむものなのだが、真人にはどうしても舌で味わってほしくて」
「うん、構わないよ」
「さ、次にいこうか」
「うん、これで最後だね」
僕はまたそっと口を開けた。
ころんとチョコレートが入ってきた。
ココアパウダー?
噛んでみるとしっとりと柔らかい。
「これってトリュフ?」
僕はしっかり噛みしめる。
「今までのと違うね。
これまでのってなんていうんだろう、硬質的な、ぱっきりした硬い感じのチョコレートだったのに、これはとても柔らかい。
ほんのり洋酒が効いていて、そして……………あっ」
もしかして、これ……
いつもの。
よく知っている。
僕の中でイメージが広がる。
胸元がばっと開き、ウェストをぐっと締め、レースをたっぷり使ったチョコレート色のドレスを着た令嬢。
同じくチョコレート色のレースの扇子で顔を半分隠しながら、チョコレートを食べている。
その細いウェストを抱き寄せるのは、ライオン頭のレネ。
いつか見たスーツを着こなし、そっと扇子を横によけると令嬢の首筋をべろりと舐める。
令嬢は目を閉じて恍惚の表情を浮かべ扇子を手から落とし、その身をレネにすべて預ける。
「これって、レネのチョコレート…?」
「わかるのか?」
「うん……」
そう、レネが作った甘いものを食べると、僕はなぜか官能的なイメージが広がる。
甘いものによって現れる女性は違うけれど、必ずレネは優しくその女性を抱き寄せ、あの大きくて分厚い手で愛撫する。
それを気持ちよさそうにどの女性も目を閉じながら受けるのだ。
僕は頭に手をやり、目隠しのネクタイをほどいて、レネを見た。
レネの金の目が濡れていた。
僕は目を閉じて顔を上げ、ちょっぴり唇を突き出す。
ほどなく、レネが僕にキスをしてきた。
すぐに大きな舌で僕の唇をノックし、僕が唇を少し開くとするりと中に入ってきた。
そして僕の口の中のチョコレートを舐め取るようにキスをする。
僕もその舌を追いかけるように舌を絡める。
レネが僕を抱き寄せ、頭の後ろに手を回して痛くないように守りながら、ソファに押し倒した。
その拍子に舌が僕の口から出て行ってしまったが、レネは幅の広い舌で僕の顔をべろりと舐め始めた。
ざらりとした感触を頬に感じる。
べろり
べろり
べろり
ライオンのせいか、舐めるのは上手い。
顔中を舐められる。
長いたてがみが僕の顔に落ちてきて、それもくすぐったい。
「レネ、セックスしよ」
途端、レネがぴたりと動きを止めた。
なんで?
「真人、それはわかって言っているのか?」
「わかる、ってなにを?」
「いろいろ」
「多分」
レネは笑いながら、また顔中を舐め始めた。
「真人はわかっていないな。
今はその時ではないのに」
「試験のこと?」
レネはうなずく。
そう、僕は学年末試験を目前に控えていた。
今日、ここに来て泊まることだって事前に僕は必死に勉強してパパとママを説得して、レネも試験には影響させない、と直接二人に話をして許可をもらったんだ。
ちぇっ、つまらないな。
「じゃあ、その時がきたらセックスしようよ」
僕は引き下がらずに言った。
「いいよ。
愛し合う二人が身体を重ねるのはとても自然なことだ」
「ねぇ、最初の桜が咲いた時にしない?」
僕もレネの顎を舐めた。
うーん、毛が口の中に入る。
舐めるのは別のところがいいなぁ。
顔周りはキス止まりにしておくか。
「桜?」
「そう、レークスの三軒先に桜の木がある家があるでしょ?
あそこの桜の一番最初の花が咲いたとき」
そう答えながら、僕の頬をなでていたレネの手を取り、中指にちゅっとキスをして、そしてレネを見ながらゆっくりとそれを口に含んだ。
レネは面白そうに僕を見ている。
くちゅりと僕は指を口の中で舐めた。
彼の太くて長い指はいつもセクシーだ。
いつも短く切りそろえられた爪。
ちょっと節くれだった関節。
この手が、あの素敵なケーキを作って、今日は僕のためのチョコレートを作る。
滑らかな爪を丹念に舐めてみる。
「どうして桜なんだい?」
レネはうっとりとしながら聞いた。
僕は一旦レネの指から口を外し、答えた。
「僕、レネと出会ったのが桜の季節だから、まためぐってきた桜の季節にレネとセックスすると素敵かな、と思って」
「4月じゃなくて?」
「そんなに待てない」
今度は舌を出し中指と人差し指つけ根から舐め上げて、また二本を口に含んだ。
「いいね。
素敵なアイディアだ、真人」
よかった。
春になるの、楽しみ。
「けれど、そろそろキスをさせてくれないか?
私の指が甘いわけではないだろう?」
レネは僕の口から二本の指を引き抜いた。
「うん、キスしよ」
僕は笑いながら答え、そして落ちてくるレネのキスに応えた。
レネのキスがこんなに気持ちいいんだもん。
きっと彼とのセックスも気持ちいいに違いない。
早く春にならないかな。
楽しみ。
お互いの舌使いが激しくなる。
思わずレネのシャツにしがみついたら、チョコレートの匂いがした。
ああ、まだ2月か。
甘いキスの2月。
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