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王子のものがたり
しおりを挟む「テオドリクス殿下、神聖諸国連合より物資が届きました!」
侍従長の報告に、私は顔を上げた。
神聖諸国連合というのはレガリア王国と国境を接する五つの国との平和共存のための同盟のことを言う。
魔王を封じ、魔王復活に備える我がレガリア王国は、かつて、神聖諸国連合の要だったのだ。現在は魔物に蹂躙され、支援を受ける一方となってしまっているが。
正直なところ、援助物資がなければレガリア王国はもう持たない。
雨も降らず、川は干上がり、土地は瘴気に汚染されて魔物が闊歩しているのだ。耕作地も放牧地も荒れ果ててしまっている。
私は使節を迎え入れるため、謁見の間に向かった。
「遠路遥々、ようこそいらっしゃった」
応接の間へ向かい、私は使節団を労った。団長はモーテリア王国シュレマー伯爵、副団長はハルトラ王国マンサール伯爵と神聖光輪騎士団の聖騎士ファース卿だ。昨年と同じ顔ぶれなのは、希望者も候補者も募れないからだろう。
三人とも何れ劣らぬ屈強な騎士たちだ。
「テオドリクス王太子殿下のご無事な姿に我ら一同、安堵しております」
シュレマー伯爵の堂々とした声に、私は頷いた。
「西の国境からここまで、魔物の襲撃もあったと聞いています。大変な旅路だったことでしょう」
できる限り謙り、三人にソファを勧めた。私は主座に着く。
会談に用いる応接の間のうち、まともに使えるのはこの部屋のみだ。王宮に部屋は余っている。だが、調度品の再調達が難しく、この一室を生かすことにしたからだ。
かつて、王宮御用を務めていた職人たちのほとんどがいなくなってしまったし、体面重視の部屋に割く予算もない。
魔王を倒すことが全てに先んじるのだ。
「聖女召喚に失敗したと伺いました。それは本当のことなのですか」
ファース卿はレガリア王国出身の宗教者だ。光たる女神を信じ奉るのが本分の騎士が『聖女』を気に掛けるのは当たり前のことではある。
ただ、探られたくない腹なだけだ。
「……正しくは若い女を召喚することはできた。だが、聖剣をもたらす者ではなかったのだ」
「なんという……! ですが、召喚に応じられたということは、我らが光たる女神の信をお受けになられた方。その方に目通りを希望します」
ファース卿は身を乗り出した。近づいたせいで瞳孔が開き切っているのがわかり、私は思わず腰を引いた。
「い、いや。その女はすでにここにはいない。余剰な口を養える余力はもうないのだ」
「余剰だとは。光たる女神の御使いではありませんか」
「それは絶対に違う。あの女の胸からは、白い粘るものしか出なかった」
「……女の胸から、白い、粘る……? 乳ではないのですか?」
ファース卿との口論に、マンサール伯爵が割り込んできた。
苛ついたが、無碍にはできない。同盟の名の下、物資を運んでくる使節団の成り手がいないのは私も理解している。誰が好き好んで、魔界に飲まれようとしている瘴気塗れの地に入りたいものか。
「乳ではなかった。やや黄味を帯びた泥のようなものです。あのような汚らしいものが光たる女神の御使いがもたらされるものとは到底考えられない」
私は断言した。
魔物に脅かされ続けているこの国では、僅かの迷いが命取りになる。先導者たる私は一筋の惑いも許されないのだ。
言い切れば、なんとかなる。
三人の特使が顔を見合わせ、目配せをした。応接の間の空気が分厚くなったように重さを増す。
入り口に立つ侍従と護衛騎士は信頼できる者たちだ。三人の特使も私に危害を加えるものではないと思う。
だが。
この場の気配は張り詰めている。まるで戦場のようだと感じられる。
「テオドリクス殿下。神聖諸国連合より内々の通知をお持ちしました。本来なら国王陛下にお渡しするべきでしょうが……」
口籠るシュレーマン伯爵に、私は頷いた。父王の病状については隠し立てする時期はとっくに過ぎている。
「半年後、神聖諸国連合は軍を編成し、レガリア王国へ侵攻、全土を封じます」
「……もう、聖剣の勇者は待てぬということか」
「残念ながら。此度の使節団の見聞も報告します。最早、この国には街どころか村も存在しえない。暮らせるのは王都周辺のわずかな部分だけ。……残念ながら、もう限界です」
シュレーマン伯爵は険しい表情のまま言った。
今更、他国人に指摘されるまでもない。王子である私自身が一番よく理解していることだ。
「それまでに神聖光輪騎士団領へお移りください」
ファース卿が引き継ぎ、言う。
「お連れいただけるのは殿下の品位を保てるだけの人員のみとお心得を」
マンサール伯爵は鎮痛な面持ちで、だが毅然と断言した。
『品位を保てるだけの人員』とは、今、この国に生き残る者すべてを連れて出ることはできないという意味だ。私と父上の他の王族はもういない。貴族も数えるほど。騎士たち、王都の民。探せば、まだいくらか生きているかもしれないが、彼らを篩にかけろというのだ。
生かすものと、魔界に取り残すものとを、王子である私に仕分けろと。
国を失う。
栄光ある神聖レガリア王国が滅ぶ。
魔物に破れ、魔界に成り果てる。
「承知……した」
私は頷くことしかできなかった。
使節団が去った後、いよいよ父王の容態が悪化した。もう二度と、目は開かないだろうと医師たちが言う。
私は寝台のそばに立ち、病み衰えた男を見下ろした。
髪は半分ほど抜け落ちて、残った髪と髭は白い。まるで老人だ。実際には四十を少し越えた程度だというのに。
ぴくりとも動かなくなった父の手を置き、医師が首を横に振った。
王の寝室に侍っていた者すべてがその場に膝をつき、首を垂れる。一糸乱れぬ動きはきっと、予行していたのだろう。
私は一同を見渡した。
「国王陛下は御崩御なされた。……光たる女神の御加護のあることを祈る」
決まり文句を口にする。
誰も、まだ動かない。
「王冠と玉璽は王太子テオドリクスが引き継ぐ。新王テオドリクス四世の名に置いて触れを出すように」
「承知いたしました」
侍従長が重苦しい声で応えた。
本来なら宰相職がするべき役割だが、そんなものはとっくの昔にいなくなった。
「テオドリクス四世陛下の御治世に女神の光あれ!」
その場にいた者たちが唱和した。
私は頷きもせず、ただその場に立ち尽くした。
国が魔物に喰われようというこの時代に、王の葬儀もままならない。父王の亡骸は、王宮地下にある王家の墓所に葬ることにした。
あと半年もすれば、捨てていかねばならぬ場所だが他にやりようもない。
冷たい玉座に座り、私はただ茫然とした。
父王の治世は魔界との戦いの日々だったが、勇者という希望はあったのだ。
魔王が蘇る時、勇者が選ばれる。
遠い異界から招かれる聖女から聖剣を授かった勇者が魔王を打ち砕き、レガリア王国全土に清らかな安寧をもたらす。
光たる女神の教えはそうなっている。
実際、王国年代史に残る勇者たちはそうだった。
聖女が異界から姿を見せる時期は、都度違っていたらしい。たとえば、先の勇者であるヴィクタス王子に聖剣をもたらした聖女は彼の母、オルド五世王の妃だったという。
つまり、勇者に選ばれた王子は聖王になり得る第一王子であり、聖女の子だった。
これほどまでに世界を救うのに相応しい勇者がいるだろうか。
そして確かに、ヴィクタス王子は勇者として魔王を討ち果たして、二度と戻らなかった。王位は第二王子が継承し、神聖レガリア王国は繁栄した。
いつの時代も勇者は贄だ。
魔王を封じると同時に命を落とす。たったひとりの例外もない。聖女と聖王の間に生まれ、勇者として選ばれたヴィクタス王子でさえ抗えなかった運命だ。
アクタに聖剣を託すこと。
そしてアクタが魔王を倒した後、この国を建て直すこと。それが自分の使命だと心に定めた。
親友の命と引き換えにする国の安寧だ。
必ず成し遂げると誓った。
なのに。なのに、なのに。
アクタは突然出奔し、消息不明になってしまった。側近の中には怖気付いて逃げたのだと言う者もいるが、私にはわかっている。
アクタはたったひとりで魔王の元に向かったのだ。聖剣もないまま挑んだところで、勝てるはずもないというのに。
刻々と広がる魔物どもの版図。
黒の病に犯され、魔物と化して死んでいく民。目端の効いた貴族や商人たちはとうの昔にレガリア王国を捨てた。
生きようと思うなら当然の選択だ。
見捨てられる者はいい。逃げられる者は逃げ出せばいい。
逃げられない者はどうすればいい?
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