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22 うん……まあ、防具の一種かな……
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「王都ってこんなに近かったの?!」
食事の後、同じテーブルに広げられた地図を見て、わたしはものすごく驚いた。地図っていっても某国地理院製作みたいな緻密なやつじゃなくて、どっちかっていうとイメージ『海賊のお宝地図』みたいな、ちょっと抽象的なかんじのやつ。なかなか年代物らしく、端っこがボロボロになってる。
世紀末三人組の私物だ。
ちなみに、面子は変わらず、現在の生存者全員だ。
「嬢ちゃんが呼び出されたっていう神殿はたぶんここだ」
残ってる神殿はそうねえからさ、と、デニスが教えてくれたところもそう遠くない。
たしかに袋に入れられてたのはそんなに長い時間じゃなかったかもしれない。自信ないけど。
「魔界の境界はこのあたりまできている」
いつの間にかわたしのすぐ隣にいたアクタが手を伸ばして、王都の周辺を指でぐるっとなぞった。
「うえっ、もうそんなにか!」
ヤニとホセが揃って悲鳴を上げた。
縮尺表示もない地図だ。どのくらいの精度なのかわからない。でも、アクタが囲った範囲だけしか残っていないというのなら……この国のほぼ八割が魔界になってしまっている。
この村はぎりぎり境界線上ってところだろうか。
「アクタさんが言ってた古い街はどこ?」
「ここだ、ママ」
テーブルとわたしの間にいたケーちゃんが白くて細い指で示したのは王都からそこそこ距離があるし、魔界のど真ん中にあたりだ。
「かつては王都だった」
「今は魔物の巣です。魔王もいました」
ケーちゃんに続いて、アクタが言う。
ケーちゃんが王子様と知ってから、アクタはケーちゃんには丁寧に話すようになった。反抗期でも王家への忠誠心は強いらしい。
話し合いに参加したいからか、ケーちゃんは三歳児ではなく、十代前半の少年だ。マイケルはいつも通り、わたしの足元でじっとしている。
「確認なんだけど、いま、一番の問題は魔界が広がっていることでいい?」
みんなを見渡して聞いてみた。
そうしたら一同は互いの顔を見合わせて、それぞれ考え込んでしまった。
「食いものがない」
「黒の病」
「人がどんどん減って、魔物ばっかだな」
「国王陛下がご病気だ」
「雨が降らない」
ぽつぽつ。自分の感じていることを言ってくれた。
「つまりまとめると、瘴気がなくなったらいいってこと?」
「そうとも言えるが……」
ケーちゃんが重たそうに口を開いた。
「瘴気を無くすには魔王を滅ぼさねばならない。そのために聖剣が必要なんだ、ママ」
「そういえば、魔王は今どうしてるの?」
「……わからない」
アクタが首を横に振った。
「聖剣を使えなかったから、魔王は死んではいないと思う。だけど、どこにいるかはわからない。……ヴィクタス様」
言葉を切ったアクタは真剣な顔をしていた。
視線はまっすぐ、ケーちゃんに向いている。
「あなたが本当にヴィクタス様なら、知ってるんじゃないですか。前の勇者のあなたは魔王を封印したことがあるんだから」
あ、そうか。
前の勇者っていうことは前の魔王を倒していて、一旦世界は平和になったわけか。それで魔王はしばらく眠りについて、蘇ったのが現在。
……あれ? なんかおかしくない?
「ケーちゃん、魔王を倒したのって、いつ?」
「今から、二百年ほど前、か」
「つまり……二百年前の勇者ってコト?」
わたしはびっくりして、ケーちゃんをつくづく観察した。二百歳にはとてもみえない。あの黒い毛玉の姿で二百年生きてきたのかな。
いや、最初に見た時は身動きもしない毛の塊だった。
どういうこと?
疑問が顔に出ていたのかもしれない。ケーちゃんがくすくす笑った。
「疑問に持つべきところはそこじゃない、ママ。過去に、『魔王は倒されている』というところだ。魔王は封印されるわけではないんだ」
ケーちゃんはそう言って、テーブルに置いてあったマヨネーズの壺の蓋を取った。木匙を握って、いつも通りにぱくんと食べた。
そして。
「魔王はここにいる」
言葉とともに、ケーちゃんが姿を変えた。
黒い髪と赤い瞳はそのまま、すごい美形なのも同じ。
ただ、年齢が二十代くらいに上がったし、着ているものが真っ黒なローブになった。頭には枝分かれした太くて長い角が二本ある。ドラゴンというより、東洋の龍みたいな形の角だ。
「やっぱり貴様が魔王だったのかっ!」
皆が呆気に取られたなかで、アクタが最初に動いた。剣に手をかけ、身構えたのだ。
「ま……待って! 待て、アクタ! ステイ!」
わたしは大声を出して魔王ケーちゃんの腕を掴んでひっぱった。アクタから見えないようにしたかったけど、大きいからムリだった。
なので、二人の間に割って入った格好で踏ん張った。
「浄化はかなり進んでいる。戦うつもりはない。落ち着くがいい、愚かな羊飼いよ」
魔王ケーちゃんの声は大人の男性のものだ。凄みがあって、確かに魔王っていうかんじ。
ケウケゲンが魔王。なのはまあいい。そういうこともあるでしょう。
でも、魔王なケウケゲンが前の勇者っていうのは大問題なんじゃないのかな?
ははん?
これってそーいうカンジの話?
「この世界には魔王がいて、瘴気が魔界を作っていく」
わたしが言うと、皆の視線が向いた。
「そうだ」
魔王が頷いた。
「魔王は勇者によって『倒される』。聖女から託された聖剣でしか魔王は倒せない」
「ああ。だから、僕は魔王を倒せなかった」
アクタが言った。
「聖剣は王族が聖女から引っ張り出すってことでいい?」
「……ああ。聖女だった私の母から聖剣を取り出したのは父王だ。私が生まれるよりも前のことだ」
魔王兼元勇者が肯定する。
「わたしは多分、聖女。でも聖剣は持ってない。召喚したクマ王子、えーっと何だっけな。なんとか王子ができなかったのはそれだよね」
「テオドリクス様だ」
忠臣系勇者が顔を顰めつつも頷いた。
「魔王ケーちゃん。瘴気が溢れてきてるのはどうして?」
「私がいなくなったから管理するものがいないのだ。……魔王だった私にできたことは瘴気の広まる速度を緩めるくらいなものだったがな」
「別の人が魔王になったわけじゃないんだよね?」
ああ、と、魔王が頷く。
ふんふん、なるほど。
すべて理解した。いや、すべてじゃないか。大体、おおよそ。
「……つまり、魔王を倒した勇者が魔王になる」
わたしの言葉に魔王ケーちゃんが微笑んだ。
「正解だ、ママ」
「その顔でママはやめて」
子供、ぎりぎり少年まではいいけど、大人の男から『ママ』呼ばわりされるのはものすごい違和感がある。
魔王ケーちゃんは微笑(としかいいようのない笑みだったんだよ)して、「承知した」と言ってくれた。よかった。
「わたしは聖剣を持ってない。出せるのは、これ」
わたしはマヨネーズの瓶を手に取った。
「この美味しいマヨネーズは黒の病を浄化できる。土地の瘴気もね。うん、わたしは浄化スキルを確かに持ってるから間違いない」
「私はマヨネーズによって正気を取り戻した」
「僕は元の姿になった。あれは魔王の呪いだろ」
「呪ってなどいない。己の未熟を押し付けるな」
元勇者と現勇者が口喧嘩を始めた。
もしも魔王ケーちゃんに挑んだ勇者アクタが聖剣を持っていたら、ケーちゃんは倒されて、新しく魔王アクタが誕生していたんだろう。
そうしたら魔界の汚染は一旦は消えて、また何百年か後に同じことが起きる。
聖女の召喚、聖剣の取り出し、勇者の誕生、魔王の死。
これは一連のサイクルってことだ。
けど、今、この流れが止まっている。
わたしは思い切りよく手をパーンと鳴らした。
「ケンカは後! アクタが元に戻ったのはマヨネーズ風呂のおかげだった。ってことは、おじいさんになってたのも瘴気のせいってこと。浄化が効いたんだから汚染だったのは間違いない」
つまり、わたしはこの世界を浄化できる力を持ってるってことなのでは?
わたしっていうか、このマヨネーズが。
そして、わたしをここに送り込んできた女神様とやらの狙いは。
「……マヨネーズでこの世界を浄化し、魔王と勇者の連鎖を断ち切ること」
タッタラタッタターン
『聖女の使命を理解した! アイテムを入手しました』
思わず呟いたとき、いつものファンファーレが鳴り響き、目の前にアイテム入手のウィンドウがぴこぴこ点滅した。
音もウィンドウも他の人にはわからないだろうけど、気にせず宙に手を伸ばし、タップした。
と。
頭上から、ロゼゴールド色の何かが降って、落ちてきた。
わたしは両手でキャッチした。
『セットアップ(ロゼ) ×2セット』
念願のセットアップだ! しかも替えもいっしょに!
白いワンピースドレスでも透けにくい色のチョイスも大変すばらしい!
使命理解のご褒美のつもりか知らないけど、いいよ! うれしい!
「き、奇跡だ、女神様の奇跡だ!」
「聖女さま! どうぞお助けください!」
ガタガタと大きな音をさせ、村人たちが椅子から落ちて床に跪いた。みんな祈りの姿勢でわたしを見つめている。泣いているひともいる。ダナとか。三人組とか。
「……あ、いや、これは奇跡っていうかね」
ロッドのときもそうだったけど、説明しにくい状況だ。
まして、これ、下着だし。
喉から手が出るほど欲しかったものだけど、なんで今なの?
わたしに嫌がらせしてるんじゃないよね?
「それは防具か?」
興味津々で魔王ケーちゃんが言った。
「うん……まあ、防具の一種かな……」
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