かごの鳥と魔女の落とし子

ふじゆう

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第一章 魔女の落とし子

1-2

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「ラートルもサナもこんな奴とつるんでると、匂いが移るぜ? おい、聞こえてるだろ? シカトしてんじゃねえぞ? 耳に糞でも詰まってんじゃねえのか? 何とか言ってみろよ、このウンコ野郎!」
 無視して通り過ぎたホルンに、ベンは怒声を吐き捨てる。頭にきたベンは、ホルンの背中に蹴りを入れた。ホルンは、前のめりに倒れこんだ。地面に顔をぶつけ、頬に痛みが走る。体を起こして、ホルンはベンを睨みつけた。
「お? 何だ、やるのかよ? 弱いくせにイキがってんじゃねえぞ?」
 シュッシュッと息を吐きながら、ベンは空中を殴りつける。いつでもかかってこい、というアピールだ。
「お前の親父の仕事なんか、底辺中の底辺の仕事なんだよ! どうせ、お前も親父と同じ仕事に就くんだろ? 絶望的だぜ! 俺なら、死んでも嫌だね! 下水処理場なんか、それこそ糞みたいな仕事だぜ! それとも、お前もシールドに入れるように、俺の親父に言ってやろうか? まあ、お前みたいな軟弱野郎に務まる仕事じゃねえけどよ!」
 ベンが高らかに笑うと、ホルンは素早く立ち上がり走り出す。ホルンは、ベンに向かって突進した。ベンに体当たりし、両手で腰を掴んだ。しかし、ベンはホルンを持ち上げ、軽々と放り投げた。吹き飛ばされたホルンは、地面に体を打ち付ける。
 シールドとは、治安維持の為の監視を行っている組織だ。王の名がつけられた名誉ある仕事だ。
 シュガーホープ警ら隊。王の盾、通称シールド。
 総司令を王が勤め、それぞれの地区を管轄する四大貴族の当主が、司令を行っている。ベンの父親は、ウィント部隊の数人いる分隊長の一人だ。名誉ある職に就いている父を持つベンは、自分の事のように誇らしく、同じ血を引く自分にもその力があると信じて疑わない。親の力は、自分のもの。だからこそ、他人が出した汚水汚物を処理している下水処理の仕事を完全に見下し、差別している。底辺の仕事をしている人間の血を引いた息子。ベンは、力を誇示するように、何かとホルンに突っかかっている。倒れこみベンを睨み上げるホルンに、ラートルが駆け寄った。
「ホルン、大丈夫かい? 無視するんじゃなかったのか? 毎度毎度痛めつけられて、よく立ち向かっていけるね? そりゃ、馬鹿にされて悔しい気持ちは分かるけど、あのでかいベンには勝てっこないよ」
「勝てないって事が、立ち向かわない理由にはなりはしないよ。僕はベンのような人間にはなりたくないからね」
「そりゃ弱いものいじめをするような奴には、なりたくないけど・・・」
「それだけじゃない。弱い者を見下すと言うことは、強い者にはへりくだるって事だ。そんなのカッコ悪いじゃないか」
「そりゃそうだけど・・・体が幾つあっても足りないよ」
 ラートルは眉を下げ、ホルンの背中に手を添えている。ニヤリと口角を持ち上げ、ベンが二人に歩み寄る。
「おい、ラートル。そんな奴をかばって平気なのか? お前の兄貴の事を親父に言ってやろうか?」
「センシブ君は、関係ないだろ!」
 頭に血が上ったホルンが、素早く立ち上がりベンに突進する。しかし、頭部に突っ張りを受け、ホルンは後方へ転がった。どこまでも、卑怯な奴だ。ホルンは、ベンを睨む。ラートルの年の離れた兄であるセンシブ=ロロンドは、シールドの一員だ。ベンの父親とセンシブは、隊が違い直属の上司ではない。どう考えたって、ベンの方が間違っているのだが、階級が低いセンシブにどのような迷惑をかけてしまうのか分からない。ベンの事だから、父親にある事ない事吹き込む可能性だってある。ベンの行為が、シールドという組織の名誉や品位を著しく損ねている。その事をベンは理解していない。ホルンが腹立たしく感じる要因の一つだ。何よりも、ホルンが大好きな父親と、家族を守る為に、懸命に勤めている仕事を馬鹿にされている事が許せない。すぐにベンを殴り飛ばしてやりたいホルンであるが、彼にその腕力や武力はない。気持ちとは裏腹に、貧弱な体が恨めしい。最も、腹立たしい事は、己の無力加減だ。ホルンは、唇を噛みしめる。
 ベンは薄ら笑いを浮かべながら、ポキポキと指の骨を鳴らし、ホルンの前で仁王立ちをした。 
「悔しかったら、かかってこいよ。返り討ちにしてやるぜ」
 ベンが拳を振り上げた時だ。ホルンの脇を、疾風が駆け抜ける。次の瞬間、巨漢なベンが後方へと吹き飛んだ。そして、倒れこんだベンに馬乗りになって、集中豪雨のように拳を叩きつける少年がいた。
「ビッシュ!」
 ホルンの叫び声にピタリと動きを止めたビッシュ=イングウェイが、ベンから離れ近づいてくる。
「やあ、おはよう、ホルン。それに、ラートル。ケガはないか?」
 ホルンとラートルは、唖然としながら小刻みに頷いた。巨漢なベンに飛び蹴りを食らわし、吹き飛ばした。毎度の事ながら、ビッシュの強さには舌を巻く。ホルンがベンにやられていると、ビッシュはいつも助けてくれる。背丈は勿論、体格もホルンとビッシュはあまり変わらない。それなのに、ビッシュの強さには、毎度驚かされる。
 ホルンとビッシュは、クラスメイトであり、幼馴染であり、大の親友だ。ホルンにとってビッシュは、ヒーローであり、憧れの存在だ。
 ビッシュは、ニコニコ微笑みながら、ホルンの腕を掴み立ち上がらせる。そして、ホルンの体についた砂を払った。
「相変わらず、見事なやられっぷりだな。そろそろ、逃げるって事を覚えた方がいいんじゃないか?」
「あんな卑怯者から逃げるなんて御免だね」
「アハハ! ホルンらしいよ」
 ビッシュは嬉しそうに、ホルンの体を叩いた。先ほどまでの殺伐とした空気が払拭された。ビッシュには、ただ喧嘩が強いだけではなく、空気を変える力がある。ホルンとビッシュは、アカデミー入学前からの付き合いであり、ビッシュがまとう空気感は非常に心地よい。
「いつもいつも邪魔しやがって! お前には関係ないだろ!?」
 体を起こして涙目で叫ぶベンは、逃げ腰で後ずさりする。
「いつもいつも、言ってるだろ? ホルンに手を出したら、ただじゃおかないって。ちゃんと聞いてるのか? 耳と頭のどっちが悪いんだ? お前も、本当に懲りないね。やられ足りないのか?」
「来るんじゃねえよ! 親父に言いつけるぞ!」
「それは困るな。シールドの分隊長様に出張ってこられると、流石に分が悪い。よし! お前の口をきけなくしてやろう」
 ビッシュが、ベンににじり寄ると、『ひぇー』と情けない声を出した巨漢が、アカデミーに逃げていった。
 ビッシュは、笑いながら、手を振っている。その光景を呆然と眺めていたホルンは、深く溜息を吐いた。ホルンは、ビッシュの隣に立ち、真似るように大きく手を振った。
「ビッシュありがとう。いつもごめんね」
「まあ、ホルン助けは趣味みたいなものだから、気にする事ないさ」
 ビッシュは、ホルンに体を向けて、体の前で手を組んで目を伏せた。
「女神様のご加護がありますように」
 顔を上げて見つめ合ったホルンとビッシュは、声を出して笑った。すると、何かを思い出したかのように、ビッシュは左右の手を打ち合わせた。
「そうだ! 今度の休み、久しぶりに登山にいこう!」
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