かごの鳥と魔女の落とし子

ふじゆう

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第一章 魔女の落とし子

1-10

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 外の世界―――新世界が存在する。
 そんな事を言われても、ホルンにはピンとこなかった。考えた事すらないし、誰にも教えてもらっていない。まるで、現実味がなく、やはり遭難者が幻覚を見たのだと考えた方が、しっくりくる。外の世界も冬の魔女もお伽話の創作物だろう。頂上を見る事すらできないほど高い山を越えるなんて、不可能に決まっている。沢山の書物を読み、文献を漁り、教師となったシーフが言っているのだから、間違いはないはずだ。
 そんな事実は、どこにも記載されていない。
 空が飛べるだとか、手から炎が出るとか、念じただけで遠くの人と会話ができるだとか、それらとたいして変わらない絵空事だと、ホルンは考えていた。きっと、全ての人が、そう思っているだろう。絵空事に過剰に反応している法律に、違和感を覚えていた。しかしそれは、人の命がかかっているからだ。現に失踪者が後を絶たない。
 富とは、なんなのだろうか?
 命をかけてでも、手に入れたいものなのだろうか?
 ホルンは腕を組んで首を捻った。寒い地域に生まれ育ち、確かに不便なところもあるけれど、帰宅後にフルートが作ってくれた温かいスープを飲むと、幸福感に包まれる。
 それでは、ダメなのだろうか?
 自宅に向かって歩いているホルンだが、注意力が散漫になり、小石に足を引っ掛けてしまった。咄嗟に地面に手をつき、転倒はま逃れた。しかし、気恥ずかしさからは逃げられず、誰かに見られなかったか、辺りをキョロキョロ見渡した。すると、小さな路地で視線が止まった。背の高い人と小さな人が、何やら話をしていた。ホルンは目を凝らして、薄暗い路地先を見つめた。
 反射的に『あっ!』と声を上げると、二人が同時にこちらを振り返った。背の高い人は、路地の奥へと姿を消したが、小さな方はビッシュであった。ビッシュはホルンに向かって歩いてきた。
「何やってんだよ? そんな格好で」
 ビッシュは、笑いながらホルンに向かって手を伸ばした。
「べ、別に転んだ訳じゃないからね!」
「転んだんだな」
 ホルンは、ビッシュの手を掴んで立ち上がった。ホルンは、恥ずかしさに襲われ、赤面した。ビッシュの笑い声に、ホルンは頬を膨らませる。
「ビッシュの方こそ、こんな所で何をやっていたのさ? 誰かと話してたみたいだけど、さっきの人、誰?」
「お? なんだ? ヤキモチか? 恋人みたいだな?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
 腹を抱えて笑うビッシュに、ホルンはムスッとそっぽを向いた。
「ごめんごめん。そんなに怒るなよ。さっきの人は、ただ道を聞かれただけだよ」
 いつものように、優しく微笑むビッシュであるが、ホルンは胸を締め付けられる想いだ。ただ道を聞かれていただけの雰囲気には、到底見えなかった。勿論、薄暗い路地で、二人の表情までははっきりとは分からなかった。しかし、ホルンは、ビッシュに対する懐疑心が膨れ上がっていた。
「・・・また嘘をつくの?」
「え? なんか言ったか?」
「また嘘をつくのって言ったんだよ!」
 ホルンの怒りを孕んだ叫び声に、ビッシュは目を丸くしている。
「どうしたんだよ? ホルン。嘘なんかついてねえよ」
「前にも嘘をついたじゃないか!? アカデミー後に、見習いの修行だって! さっきの人も道を聞かれた訳じゃないんだろ!? ビッシュ最近おかしいよ! 帰ってきてから、ずっとおかしい! ボーと山を眺めてさ! いったい何を考えてるんだよ!? それに、僕を、僕を」
 避けてるみたいじゃないか?
 ホルンは、言いかけて顎に力を入れた。気を抜くと、涙が溢れてしまいそうになった。ホルンは、顔を逸らし、悟られないように鼻をすすった。今までの不安や不満が堰を切ったように、溢れ出てきた。すると、ビッシュが深い溜息を吐き出し、ホルンは肩を震わせた。ホルンは、恐る恐るビッシュの様子を伺うと、彼は額を掴むようにして、俯いていた。
「クハッ! クハハ!」
 ビッシュは、突然笑い出した。首を伸ばし天を仰ぎ、盛大に笑い声を撒き散らしている。
「・・・え?」
 呆然としているホルンに、ビッシュは薄く笑みを浮かべ冷たい視線を向けた。
「お前、気持ち悪いな。本気で恋人気分か?」
 一瞬、ビッシュが何を言っているのか理解できなかったホルンは、呆然としていた。しかし、次第に言葉が脳内を駆け巡り、鈍器で殴られたような痛みが走った。頭に血が上り、体温が上昇していく。
「ふざけるな! 僕は、ビッシュの事を親友だと思ってるだけだ!」
「それが気持ち悪いんだよ! もうガキじゃねえんだ!」
「気持ち悪くなんかない! そんな事を言うなんて、ビッシュらしくないじゃないか!」
「俺らしいってなんだ!? 俺の事を全て理解してるつもりか!? 全てをお前に報告しなくちゃいけないのか!? 自分の手の届く場所に置いてたら、満足か!? 俺はお前の所有物じゃねえぞ! お前の幻想に合わせる筋合いはねえぞ!」
 ホルンとビッシュは、互いに引く事なく、息を切らして罵声を浴びせ合う。
「気持ち悪いんだよ。そんな関係なら、俺はいらねえ。二度と俺に関わるな!」
 ビッシュは吐き捨てると、踵を返し離れていく。ホルンは、奥歯を噛み締め、握り拳に力を込めた。
「あああああああああああっっ!!!」
 叫んだホルンは、ビッシュの腰に向かってぶつかった。一瞬よろめいたビッシュであったが、ホルンの服を乱暴に掴み、投げ捨てた。地面に顔面を打ち付けたホルンは、すぐさま立ち上がり、ビッシュに向かって突進する。ぶつかっては投げ飛ばされ、ぶつかっては投げ飛ばされを、何回も何回も繰り返す。
「取り消せ! 全部取り消せ!」
「うるせえよ! しつこいんだよ!」
 ホルンはビッシュの体にしがみつき、必死になって堪えている。
「気持ち悪いとかなんとか言ってるくせに、一発も殴らないじゃないか!?」
「・・・チッ! 後悔しろよ」
 ビッシュは力任せに、ホルンの胸ぐらを掴んだ。あまりの力に、ホルンは息が止まりそうになる。ビッシュは、拳を堅く握り、腕を引いた。ビッシュの動きが止まる。
「・・・くそ」
 ビッシュは、一瞬の躊躇いの後、右腕を振り切った。真っ赤な鮮血を鼻から飛ばしたホルンは、宙を飛び背中から地面に叩きつけられた。ホルンとビッシュの、荒々しい呼吸音だけが響いている。
「もう、俺に関わるんじゃねえよ」
 ぽつりと溢したビッシュは、ホルンに背を向け去っていく。
 ホルンは、地面に横たわり、空を見ていた。じわりじわりと、瞳の奥から涙が溢れてくる。ホルンは、声を出して、泣き出した。唾を飲み込み、大きく息を吸った。
「痛いのは、こっちの方だ!」
 次から次へと溢れ出てくる涙を、止める事ができない。
「そんな痛そうな顔で、殴ってくるな!」
 ホルンの叫び声が、虚しく響き渡った。
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