かごの鳥と魔女の落とし子

ふじゆう

文字の大きさ
29 / 44
第三章 世界創造ー三五〇年前ー

3-1

しおりを挟む
 地獄絵図。これほどまでに、その言葉を具現化した状況があるのだろうか。家屋は朽ち果て、田畑は荒れ果てている。なによりも、悪臭が眩暈を起こすほど、鼻孔を刺激する。人が焼かれた匂いだ。もはや、誰が正義で誰が悪なのかも分からない。やらなければ、やられるだけだ。我が身を守る為、大切な者を守る為、人を殺す。そこに正義があるのだろうか。自分が正義で、相手は悪である。そう言い聞かせなければ、精神が崩壊してしまう。
 人の子を守る為に、人の子の命を奪う。
 足し算や引き算では整理できない現実が、目の前に広がっている。
 嗚咽を繰り返し、涙を流している氷雪の女神アルプ=ウィントは膝から崩れ落ちた。呆然と目の前の惨状を眺めている。血の匂い、肉が焼ける匂い。大切な者を失った人の子の泣き叫ぶ声。耳を塞いで、目を閉じた。
「それは、現実逃避だ。アルプよ。己を正当化する事などできぬ。己の犯した罪は背負うべきだ」
 大柄の女性、灼熱の女神グルー=マーサは、厳しい表情でアルプを見下ろしている。
「グルー様、私達に正義はあったのでしょうか? 人の子を守る為に、人の子の尊い命を奪う行為に・・・」
「これは戦争だ。どちらも正義であり、どちらも悪だ。我々は、この地の民を守らなければならぬ」
「しかし、私達の過ぎた力が、争いを生んでいるのでは、ありませんか?」
 泣きながら見上げるアルプに、グルーは腕組みをして遠方を眺めた。
「争いは争いを生む。どれだけ、己を正当化しようとも、身内を殺された者は、殺意を抱く。しかし、殺意を払わなければ、この地の民は根絶やしにされた。全ての業は、我々が呑み込まねばならぬ」
「共存共栄は、できないのですか?」
「不可能だ。人の欲望は際限がない。富で溢れた地は、格好の的だ。この海に囲まれ独立した土地は、世界中の国が喉から手が出るほど、手に入れたいのだろう」
「富や幸福を求める為に、命を落とす。本末転倒ではございませんか?」
「人の子とは、愚かな者だ。欲に上限はなく、欲こそが原動力なのだ。酷く脆く、酷く醜い。しかし、そんな矮小な人の子だからこそ、我々は愛おしく想うのだ」
 最も強くリーダー格であるグルーは、眉一つ動かさず、惨状を目に焼き付けるように、方々を見つめている。
「我の熱で人を焼き殺し、アルプの氷で人の心臓を止め、ゾマの風で人を切り刻み、イスブクの霧で人の精神を崩壊させた。それが逃れる事のできぬ現実だ。受け入れ立ち上がるしか道はない。泣き叫び、うずくまっておれば争いが止まるのであれば、我もそうしよう」
 灼熱の女神、グルー=マーサ。
 氷雪の女神、アルプ=ウィント。
 風雲の女神、ゾマ=スリング。
 霧雨の女神、イスブク=フォル。
 四人の女神が、人の子を守る為に、人の子を殺害した。
 海に囲まれた島国には、四人の生ける伝説である女神が君臨している。豊富な資源は勿論、魔力を用いて圧倒的な戦闘能力を誇る四人は、驚異のなにものでもない。しかし、圧倒的な戦力は、どこの国も欲して止まない存在だ。手に入らないのであれば、排除してしまえ。この名もない島国は、世界中から狙われていた。
『我々は、何も求めない。だから、干渉するな』
 幾度となく警告をしているにも関わらず、欲をかいた他国の戦力は、この地を攻めてくる。四人の女神は勿論、この地に住む民も疲弊し、辟易していた。
「グルー姉様」
「状況はどうだった? ゾマよ」
「・・・はい。人の子の戦士は、一人を除いて全滅です。多くの非戦闘員も被害は甚大でございます。今回の戦いは、これまでに類を見ない惨状でございます・・・もはや、悲劇としか言いようのない有様で・・・」
「・・・そうか・・・無念だ」
 腕組みをしたグルーは、固く目を閉じた。ゾマは、疲れ切った顔で、その場で座り込んだ。皆の様子を伺っていたイスブクが、戸惑いながら歩み寄った。
「グルー姉様。今回の敵は、他国の連合軍でした。魔力と化学兵器を融合させた戦力は、わたくし達に引けを劣らないものでしたわ。今回は、退ける事ができましたが、次はどうなる事か・・・何か手を打たなければ、こうしている内にも、次の敵が攻撃をしかけてくるかもしれませんわ」
「そうだな。今回の連合軍を退けた我々を打ち倒せば、一気に名が上がる。富だけではなく、名声を求める者どもが押し寄せてくる可能性は高い」
「おっしゃる通りですわ。今回の件は、すぐに世界中に知れ渡るでしょう。魔力だけならば、わたくし達の足元にも及びませんが、科学技術の向上には目を見張るものがございました。そして、魔力と科学技術の融合が、これほどまでの威力を持つとは、想定外の事ですわ」
「この地の人の子に、科学技術の向上を求める事はできぬ。独立した島国、ましてや標的となっているこの国に、技術や知識の流入など不可能だ。さて、どうしたものか・・・」
 グルーは、腕組みをし、目を閉じた。他の三人の女神は、息を飲んで、グルーの様子を伺っている。しばしの沈黙が下りた後、グルーはゆっくりと瞳を開いた。
「残党を生け捕りにし、捕虜とする。科学技術を取り入れるのだ。奴らを自国には、帰さぬ。さすれば、復讐の連鎖も断ち切れるであろう。我々が甘かったのだ。やるなら、徹底的にだ。二度と歯向かうなどと想像すらできぬほど、圧倒するべきであったのだ」
「お待ち下さい! グルー様! 無益な殺生は、望むところでは、ございません! 生まれは違えど、同じ人の子でございます!」
「有益だ。我々が加護する人の子を守るのだ。これまでは、お前の顔を立てていたが、この惨状が結果だ。アルプよ、二兎追う者は一兎をも得ずだ」
「二兎を追う事を放棄した者は、決して二兎は得られません!我々が理想を捨ててはなりません! 殺すのは、簡単な事です。しかし、最適解を見誤ってはなりません!」
「その最適解を見つけるまでに、どれほどの人の子が死んだ? 理想論を吐くだけでは、誰も救われない事を目の当たりにして、よくもぬけぬけと吐けたものだな!?」
 怒鳴り声を上げたグルーの背後に、爆炎が立ち上った。グルーを睨みつけるアルプの周囲が、凍っていく。
 二人の女神が、今にも殺し合いを始めてしまいそうなほど、殺伐とした空気が流れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

グレート・プロデュース  〜密かに国をコントロールする最強のエージェントは、恋に落ちた王女を大帝王に即位させることができるのか?〜

青波良夜
ファンタジー
魔法と、魔導科学が進んだ強大な国、グランダメリス大帝国。 俺は、この国を陰からコントロールする秘密組織でエージェントとして働いている。 今回の任務は、豪華客船で行われる密売の現場を探ることだった。 その任務の途中、俺は第三継王家の王女『メリーナ・サンダーブロンド』と出会うことになる。 メリーナ王女は婚約しようとしていたのだが、俺の軽はずみな行動が彼女の運命を変えてしまった。 その後、なんやかんやあり、俺はメリーナ王女に惚れられることに……。 こんなことは、エージェントとしては絶対にあってはならないことだ。 というわけで、俺はメリーナ王女と別れ、二度と会わないよう工作をした。 それなのに、まさか再び出会うハメになるなんて……。 しかも次の任務は、メリーナを大帝王に即位させることだって!? ――これは最強のエージェントが、乙女の恋心に翻弄されながら、過去最難関のミッションに挑む物語である。 ※『ノベルアップ+』、『ネオページ』にも投稿してます。 ※『小説家になろう』『カクヨム』に投稿し、一度完結済みとなった作品です。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

処理中です...