希望の為に、兄は今日も吠える!

ふじゆう

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プロローグ

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―――声が聞こえた気がした。

「ノンタン! お昼買いにいこ!」
 昼を告げるチャイムの残響音が残る中、クラスメイトの帆夏ほのかが声をかけてきた。机の上に広げた教科書とノートを机の中に戻し、席を立ち振り返った。ピンク色の財布を握りしめている帆夏が、急かすように腕を引っ張ってくる。
「急いでいくよ! 購買は戦場なんだよ!」
「そんな大袈裟な」
「甘い甘いよ、ノンタン! いつもお弁当のノンタンは、知らないだろうけど、食うか食われるかの戦いだよ!」
 帆夏は、体の前で拳を握り、鼻息を荒くした。確かに、私はいつもお母さんがお弁当を作ってくれるから、購買事情は知らない。でも、食うならまだしも、食われる事もあるのか疑問だ。
 ああ、五月病だな。やる気がでない。これで、許して。
 今朝、朝寝坊したお母さんが、そう言って千円札を渡された。学校に登校し、今朝の出来事を帆夏に言うと、一緒にお昼ご飯を買いに行く事になった。
「ノンタン! 走るよ!」
「はいはい、分かったよ」
 帆夏の後を追うように、廊下を走る。しかし、運動が苦手な私達は、次々と後ろから抜かされていく。学校内がまるで早送りでもされているように、皆の動きが速い。半信半疑であったが、満更戦場と化しているのは、本当なのかもしれない。足の裏の全部を床に叩きつけるように、バタバタと音を立て走る帆夏を見ていると、なんだか微笑ましい。私も決してスマートな走り方をしていないだろうから、恥ずかしくないようにせめて表情だけは澄ましておきたい。
 高校に入学して、最初に声をかけてくれたのは、帆夏だ。
―――素敵なペンダントをしているね。
 宝物を褒めてもらえたのが嬉しくて、それがきっかけで友達になった。『ノンタン』と呼ばれたのは、初めての経験であった。のぞみだから、ノンタン。最初の頃は、気恥ずかしさからの戸惑いがあったけれど、さすがに一か月も呼ばれ続けると慣れる。帆夏の動きと連動して、飛び跳ねる彼女の毛先を眺めながら、入学当時の頃を思い出した。階段をノロノロと下りながら、また他の生徒に抜かされた。我が校は、一年生の教室が三階に位置している為、お昼ご飯争奪戦は圧倒的に不利だ。購買は、校舎の一階にある。
「あ! おい! 希!」
 階段の踊り場で、手すりを掴んで遠心力を感じている時に、頭上から呼ばれた。咄嗟に急ブレーキをかけたけれど、私の腕力では抗う事ができず大きくよろめいた。立ち止まって階段の上を見上げると、帆夏も立ち止まっているのが、視界の端で分かった。
「あのさ、国語の教科書貸してくんない? 忘れちゃってさ」
のぞむぅあんたね。まあ、いいけど、私も使うんだから必ず返してよ」
「サンキュ。助かるよ。飯食い終わったら、借りにいくわ」
 望は、片手を上げて、階段を下る。
相羽あいば君!」
 突然、大声を上げた帆夏に、驚いた表情を見せ立ち止まる望の横顔が見えた。
「え? あ、なに?」
「あたし、ノンタンの友達の帆夏って言うの。相羽君とノンタンって、友達なの? 同じ中学出身とか?」
 帆夏は目を輝かせている。そして、きっと私の顔は、激しく引きつっているに違いない。すると、案の定、望は盛大に吹き出し、こちらを見上げてきた。私の顔を見て、またしても吹き出した。
「まあ、中学は同じだね。じゃあ、帆夏ちゃん、ノンタンを宜しくね」
「はい!」
 帆夏は、通常よりも一オクターブ上げた声を上げた。もう嫌な予感しかせず、私を見る望は、ニヤニヤという文字を顔面に張り付けている。
「じゃあね、ノンタン」
「うるさい! さっさといけ!」
 蠅を追い払うように腕を振ると、笑い声を残して望は階段を下りていった。
 ああ、もう最悪だ。絶対、いじられる。
 肩を落として階段を下ると、突然帆夏に両肩を掴まれた。
「ねえ、ノンタン! ノンタンと相羽君って、どういう関係なの? も、もしかして、付き合ってるの?」
「・・・は?」
 予期せぬ言葉が飛んできて、思考が間に合わない。私の両肩を掴む帆夏の手に、力がこもっていく。あまりにも真っ直ぐ見つめられて、穴が空くかと錯覚した。
「どうしてそうなるのよ?」
「だって、相羽君とノンタン、お互い名前で呼び合ってるし、同じペンダントしているじゃない!?」
 ああ、そういう事か。それにしても、すぐにそこに着地するのも驚きだ。やはり、同級生の女子だと色恋沙汰が、好物なのだろう。私は首筋に触れ、チェーンの冷たさを感じた。そして、首を横に傾けた。
「あの、帆夏? まさかとは思うけど、私の苗字知らないの?」
「え? ノンタンの苗字? ・・・なんだっけ?」
「相羽よ、相羽! どうして、知らないのよ?」
 瞬間的に帆夏は、両手で口を隠し、大きな目をさらに大きく見開いた。
「・・・け、結婚しているの?」
「どうして、そうなるのよ!? 姉弟よ、姉弟! 望は、双子の弟なの!」
 開いた口が塞がらず、項垂れるように肩を落とした。すると、急に両肩を前後に揺さぶられた。咄嗟の事で身構える事ができず、頭がガクンガクンと玩具のように動く。首を痛めてしまいそうであった。
「どうして、教えてくれなかったの? 紹介してよ! あんなイケメンの弟とか、羨まし過ぎるよー!」
 イケメン? 急に話題が変更されたかと思った。イケメンというワードと、望がどうしても結びつかない。そう言えばと、過去の出来事を振り返ってみた。望が私達の教室の前を通り過ぎた時に、クラス内の女子が色めきだっていたような気がした。当たり前の話だけど、生まれた瞬間からずっと一緒にいるのだ。顔面の偏差値を図る対象外なのは、言うまでもない。なんなら、異性である認識すらない。紹介して欲しいのなら、今度家に招待してあげよう。とは言っても、きっと望は、帆夏の相手はしないだろうけれど、後は好きにしてくれたらいい。
「それにしても、お揃いのペンダントをつけるなんて、仲良しなんだね?」
 肩から手を離した帆夏は、嬉しそうに笑みを浮かべた。仲良しという言葉も、いまいちピンとこない。お揃いの物をつけているというよりも、私も望も同じ宝物を持っているという感覚だ。喧嘩をした記憶はないけど、世間ではそれを仲良しというのだろうか。
 あ、一度だけ、全力でぶん殴った事はある。
私は首を伸ばして、シャツの中に入れているチェーンを引っ張り出した。ステンレス製の円柱型のカプセルがチェーンについているタイプだ。メディカルカプセルとか、メモリアルペンダントなどと呼ばれている。
「あたし、そんな形のペンダント初めて見るんだけど、変わってるね」
「そうかな? 結構普通だよ。ここの筒が開くようになっていて、中に色々入れられるんだよ。薬とか想い出の物とかね」
「え? なになに? 二人の想い出とか入れてるの?」
「うん、まあ、そうだね」
 目を輝かせる帆夏に、私は苦笑いを浮かべる。
「二人の想い出ってなに? 教えてよー」
「骨だよ、骨。私達のお兄ちゃんの骨」
「・・・なんか、ごめん」
 帆夏の顔が鏡になったように、先ほどまでの私の表情を映した。帆夏は、引きつった顔のまま、階段を二段下がった。まあ、それが素直なリアクションだと思った。私は笑いながら、右手を左右に振った。もう十分悲しんだから、今更触れられたくないとは思わない。気を使わせてしまい、逆に申し訳ない。なんとも言えない、微妙な空気が流れ、お互いに顔色を伺う感じになってしまった。
「あ! ヤバ! 急がなくていいの?」
 話を逸らすように、私が声を上げると、帆夏はすっかり忘れていた重要任務を思い出した。
「急がなきゃ!」
 慌てて私に背を向けた帆夏が、階段を下っていく。私は、ペンダントを眺め、制服の中にしまった。帆夏の背中を追いかけて行く。 
 私達のお兄ちゃんは、三年くらい前に亡くなった。中学校に入学して、ゴールデンウィークを過ぎた辺りだったはずだ。丁度、今くらいの時期だ。
 お兄ちゃんは死に際に、私を睨みつけ、怒鳴り声を上げた。
 でも、嫌われていたとか、憎まれていたとは、微塵も感じなかった。
 それはきっと、気のせいなのかもしれないけど、声が聞こえたからだ。
 いいや、違う。意味を理解できた気がしたからだ。
 私だけ、だったのだろうか。お父さんや、お母さん、そして望には伝わらなかったのだろうか。
 そのことを、私は未だに聞くことができないでいる。
―――お兄ちゃん。
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