2 / 22
希望、誕生。そのいち
しおりを挟む
「やっぱり、子供には希望を持って生きて欲しいんだよね」
それがカズユキの口癖であった。だからこそ、僕には『ホープ』という名前をつけようとした。希望と言う意味らしい。でも、ママが可愛くないという理由で、『ホップ』と名付けた。カズユキは、納得いっていないようであったが、相羽家ではママの方が序列が上のようであった。ママのサエコとカズユキは、夫婦であるのだが、僕はママの方が好きだ。
「ホップって、最初の一歩目って感じがして、長男にぴったりじゃない? 決まりね」
「ああ、ホップ、ステップ、ジャンプのホップか。ビール好きの君の事だから、麦芽ホップから取ったのかと思ったよ」
そんな事を言いながら、カズユキはごにょごにょと口の中で言葉を転がしていた。やはり、不本意なのだろう。それでも、僕はママがつけてくれた、ホップという名前を気に入っている。
朝起きて、ご飯を食べて、ママと遊んで、カズユキが仕事にいき、その後ママが仕事に向かう。一人でこの広い家にいる時間が長い。寝たり探検したり、僕専用の玩具で遊んだりして時間を潰す。一度だけ、あまりにも退屈で寂しかったから、クッションを振り回して遊んでいた。すると、クッションがボロボロになってしまい、中から白い綿がはみ出した。そのクッションを見たママに、物凄く怒られたから、もうやらない。
そんな暮らしを二年程過ごした、ある日の事であった。前々から、少し違和感を覚えていた。細い体のママのお腹が、日に日に大きくなっていったのだ。すると、ママがソファに腰かけ、僕を抱きかかえた。僕を大きくなったお腹の上に乗せる。
「ねえ、ホップ分かる? お腹がドンドンしてるでしょ?」
ママのお腹の上に乗っていると、下から突き上げられるような感触があった。
「お腹にね、ホップの弟と妹がいるのよ。ホップは、お兄ちゃんになるの」
今までに見た事もない程の穏やかな表情で、ママが微笑んだ。僕はママの頬に顔を寄せる。
「弟と妹を守ってあげてね」
なんだかよく分からなかったけれど、ママの嬉しそうな顔をずっと見ていたくて、僕はママの言う事を聞くことにしようと思った。
歩く事すら大変そうなママは、はち切れんばかりのお腹を抱えている。心配になってママを見上げる事が多くなった。
「ホップ。紗栄子は足元が見えづらいから、あんまり足元でウロウロしたらダメだよ。危ないからね」
どうして、カズユキに指図されなきゃいけないんだ。そう思ったけど、ママが危ないなら、気を付けることにした。すると、ママが突然いなくなった。何日もママがいない日を過ごし、不安と寂しさが募っていった。ご飯は、カズユキが用意してくれたけど、なんだか味気ない。
心にぽっかりと穴が空いたような日々を一週間程過ごしたある日、僕がソファの上でふて寝をしていると、突然耳が跳ね上がった。反射的にソファから飛び降りて、玄関へと駆ける。間違いなくママの声が聞こえた。居ても立ってもいられなくなって、三和土から土間へと着地して、グルグル回った。玄関ドアに手をかけて、叫び声を上げた。すると、玄関が解錠する音が聞こえて、ゆっくりと扉が開いた。縦長の隙間から漏れる光の中から、ママの満面の笑みが見えて興奮した。
「ホップ! ただいま! いい子にしてた?」
ママはしゃがみ込んで、僕の頭をこねくり回す。
「ママ! ママ! ママ!」
嬉しくて嬉しくて堪らない僕は、ママを呼び続けた。すると、ママが指を立て、口元にあてた。
「びっくりしちゃうから、静かにね」
僕が首を捻ってママを見ていると、ママが何かを抱えている事に気が付いた。ママの胸元を覗き込んでみると、クリクリした目で僕を見ている小さな子供がいた。ママとカズユキが、リビングに向かいソファに座る。二人は、それぞれ子供を抱いていた。
ああ、なるほど。この二人が、僕の弟と妹か。
「ホップ。この子が妹の希で、こっちが弟の望よ。仲良くしてあげてね」
ママが、二人の子供を愛おしそうに撫でながら、両目をスッと細めた。ママが抱いている方が妹のノゾミで、カズユキが抱いている方が弟のノゾムだそうだ。僕は二人の間に飛び乗って、顔を近づける。見た目の違いはよく分からなかったけど、匂いは全然違った。でも、二人とも温かな陽だまりのような、とてもいい匂いがした。
「希と望。二人合わせて、希望だ。希望を持って生きて欲しいんだ。二人の名前だけは、どうしても譲れなかったんだ」
なぜだか、分からないけれど、カズユキが自慢げに胸を逸らせた。
「はいはい、分かったわよ。でも、双子で一文字違いって、分かりにくくない?」
「憎くない! 憎い訳があるもんか!」
「いや、そうじゃなくて。はあ、まあいいわ。希望を持って生きて欲しいのは、私も一緒。でも、間違っても、『君達二人は、僕達の希望だ!』なんて、言わないでよね。過度な期待を背負わせたくないからね。分かった?」
優しくも迫力のあるママの声に、カズユキはゴニョゴニョと何かを言っていた。僕は、ママとカズユキの間で寝そべって、お腹を見せた。
「お? なんだ、ホップのやつ。甘えてるのか? 心配しなくても、お前も可愛がってやるよ」
そう言うと、カズユキは僕のお腹を撫で始めた。
「触るな! この野郎!」
僕が怒ってみせると、カズユキは慌てて手を引っ込める。その後、今度はママが僕のお腹を優しく撫でてくれた。
「違うよね? ホップ。僕は君達に危害を加えないよって、教えてくれてるんだよね? でもね、突然大きな声を出しちゃダメよ。この子達がビックリしちゃうからね」
ごめんなさい。でも、さすがママだ。良く分かってる。
僕は、尻尾を振って、ママの温もりを感じながら、穏やかな気持ちで眠りについた。
しかし、僕に待ち受けていたのは、穏やかとは正反対の怒涛の日々であった。
それがカズユキの口癖であった。だからこそ、僕には『ホープ』という名前をつけようとした。希望と言う意味らしい。でも、ママが可愛くないという理由で、『ホップ』と名付けた。カズユキは、納得いっていないようであったが、相羽家ではママの方が序列が上のようであった。ママのサエコとカズユキは、夫婦であるのだが、僕はママの方が好きだ。
「ホップって、最初の一歩目って感じがして、長男にぴったりじゃない? 決まりね」
「ああ、ホップ、ステップ、ジャンプのホップか。ビール好きの君の事だから、麦芽ホップから取ったのかと思ったよ」
そんな事を言いながら、カズユキはごにょごにょと口の中で言葉を転がしていた。やはり、不本意なのだろう。それでも、僕はママがつけてくれた、ホップという名前を気に入っている。
朝起きて、ご飯を食べて、ママと遊んで、カズユキが仕事にいき、その後ママが仕事に向かう。一人でこの広い家にいる時間が長い。寝たり探検したり、僕専用の玩具で遊んだりして時間を潰す。一度だけ、あまりにも退屈で寂しかったから、クッションを振り回して遊んでいた。すると、クッションがボロボロになってしまい、中から白い綿がはみ出した。そのクッションを見たママに、物凄く怒られたから、もうやらない。
そんな暮らしを二年程過ごした、ある日の事であった。前々から、少し違和感を覚えていた。細い体のママのお腹が、日に日に大きくなっていったのだ。すると、ママがソファに腰かけ、僕を抱きかかえた。僕を大きくなったお腹の上に乗せる。
「ねえ、ホップ分かる? お腹がドンドンしてるでしょ?」
ママのお腹の上に乗っていると、下から突き上げられるような感触があった。
「お腹にね、ホップの弟と妹がいるのよ。ホップは、お兄ちゃんになるの」
今までに見た事もない程の穏やかな表情で、ママが微笑んだ。僕はママの頬に顔を寄せる。
「弟と妹を守ってあげてね」
なんだかよく分からなかったけれど、ママの嬉しそうな顔をずっと見ていたくて、僕はママの言う事を聞くことにしようと思った。
歩く事すら大変そうなママは、はち切れんばかりのお腹を抱えている。心配になってママを見上げる事が多くなった。
「ホップ。紗栄子は足元が見えづらいから、あんまり足元でウロウロしたらダメだよ。危ないからね」
どうして、カズユキに指図されなきゃいけないんだ。そう思ったけど、ママが危ないなら、気を付けることにした。すると、ママが突然いなくなった。何日もママがいない日を過ごし、不安と寂しさが募っていった。ご飯は、カズユキが用意してくれたけど、なんだか味気ない。
心にぽっかりと穴が空いたような日々を一週間程過ごしたある日、僕がソファの上でふて寝をしていると、突然耳が跳ね上がった。反射的にソファから飛び降りて、玄関へと駆ける。間違いなくママの声が聞こえた。居ても立ってもいられなくなって、三和土から土間へと着地して、グルグル回った。玄関ドアに手をかけて、叫び声を上げた。すると、玄関が解錠する音が聞こえて、ゆっくりと扉が開いた。縦長の隙間から漏れる光の中から、ママの満面の笑みが見えて興奮した。
「ホップ! ただいま! いい子にしてた?」
ママはしゃがみ込んで、僕の頭をこねくり回す。
「ママ! ママ! ママ!」
嬉しくて嬉しくて堪らない僕は、ママを呼び続けた。すると、ママが指を立て、口元にあてた。
「びっくりしちゃうから、静かにね」
僕が首を捻ってママを見ていると、ママが何かを抱えている事に気が付いた。ママの胸元を覗き込んでみると、クリクリした目で僕を見ている小さな子供がいた。ママとカズユキが、リビングに向かいソファに座る。二人は、それぞれ子供を抱いていた。
ああ、なるほど。この二人が、僕の弟と妹か。
「ホップ。この子が妹の希で、こっちが弟の望よ。仲良くしてあげてね」
ママが、二人の子供を愛おしそうに撫でながら、両目をスッと細めた。ママが抱いている方が妹のノゾミで、カズユキが抱いている方が弟のノゾムだそうだ。僕は二人の間に飛び乗って、顔を近づける。見た目の違いはよく分からなかったけど、匂いは全然違った。でも、二人とも温かな陽だまりのような、とてもいい匂いがした。
「希と望。二人合わせて、希望だ。希望を持って生きて欲しいんだ。二人の名前だけは、どうしても譲れなかったんだ」
なぜだか、分からないけれど、カズユキが自慢げに胸を逸らせた。
「はいはい、分かったわよ。でも、双子で一文字違いって、分かりにくくない?」
「憎くない! 憎い訳があるもんか!」
「いや、そうじゃなくて。はあ、まあいいわ。希望を持って生きて欲しいのは、私も一緒。でも、間違っても、『君達二人は、僕達の希望だ!』なんて、言わないでよね。過度な期待を背負わせたくないからね。分かった?」
優しくも迫力のあるママの声に、カズユキはゴニョゴニョと何かを言っていた。僕は、ママとカズユキの間で寝そべって、お腹を見せた。
「お? なんだ、ホップのやつ。甘えてるのか? 心配しなくても、お前も可愛がってやるよ」
そう言うと、カズユキは僕のお腹を撫で始めた。
「触るな! この野郎!」
僕が怒ってみせると、カズユキは慌てて手を引っ込める。その後、今度はママが僕のお腹を優しく撫でてくれた。
「違うよね? ホップ。僕は君達に危害を加えないよって、教えてくれてるんだよね? でもね、突然大きな声を出しちゃダメよ。この子達がビックリしちゃうからね」
ごめんなさい。でも、さすがママだ。良く分かってる。
僕は、尻尾を振って、ママの温もりを感じながら、穏やかな気持ちで眠りについた。
しかし、僕に待ち受けていたのは、穏やかとは正反対の怒涛の日々であった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる