ジャイ子とスパイダーマンの恋

ふじゆう

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<中学生編>ep1

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「ルミちゃん。私ね、恋をしたかもしれない」
 勇気を振り絞って、告白したのは、中学二年生の冬だ。顔に熱を帯びて、道端に積もった雪に飛び込んだら、顔の形で溶けてしまいそうだ。マフラーで鼻まで隠し、上目づかいで隣を歩くルミちゃんを見た。ルミちゃんは、大きな瞳を爛々と輝かせた。
「誰? 誰? 私の知ってる人?」
 中学生になって、美しさに更なる磨きがかかったルミちゃんは、興味津々といった様子で顔を寄せてきた。すれ違う人が振り返る程の美人さんだが、中身は『男前』という言葉がピッタリのルミちゃんだけど、やはりこの手の話は大好物のようだ。同性の私でも顔を寄せられると、ドキドキしてしまう。私は、手袋をはめた手を体の前で組んだ。
「杉本勇一郎(すぎもと ゆういちろう)君」
 私は大暴れする心臓を宥めながら、独り言のように呟いた。チラリとルミちゃんを見上げると、先ほどまでの輝きはどこへいったのか、わざとらしく溜息を吐いた。
「・・・つまんねえ」
 予想外の発言に、耳を疑った。落胆したルミちゃんの声に、私は動揺が止まらなかった。
「え? え? どういうこと?」
 ルミちゃんは、白い息を大袈裟に吹き出し、マフラーを鼻先まで引き上げた。そこから、独り言のように、ブツブツと呟く。マフラーが防波堤のような役割を果たし、言葉の内容が聞き取り辛かった。町の喧騒が邪魔をするけれど、私は必死に耳を凝らして、言葉を拾っていた。
「私はタイプじゃないけど、まあまあ顔面偏差値が高くて、背が高くて、全国大会に出場するテニス部の主将で、テストも学年トップで、全生徒や先生からの人望が厚くて、おまけにお金持ち。お爺さんが県知事で、お父さんが市議会議員。まさに、最優良物件。ファンクラブまで存在する我が校のアイドル。まさか、奈美恵がそんなガチガチのド本命に行くだなんて。お母さんはとても悲しい。そんな子に育てた覚えはありません」
 ルミちゃんの言葉の一つ一つが鉛のように、肩に圧し掛かってきて、歩くことすら億劫になってきた。重い体を引きずるようにして、ルミちゃんと並走し、首を傾げた。
「どうして、ルミちゃんが、私のお母さんなの?」
「突っ込みどころは、そこじゃありません! やっぱり、奈美恵もただの女の子なのね。白馬に乗った王子様に憧れるのね。そんな分かりやすい競争率がバカ高い物件に手を出すだなんて。それは勇気ではなく、無謀です。あなたは自殺志願者ですか? 討ち死にしても亡骸は供養してあげないんだから」
 酷い言われようだ。少し告白したことを後悔した。でも、なんだか、いつものルミちゃんとは、雰囲気が違うような・・・なんだか、やけに突っかかってきているような・・・。もしかしたら、ルミちゃんも・・・。
「あ、ちなみに、私は杉本には、これっぽっちも興味ないからね。変な誤解はしないように」
 私の中に生まれた微かな疑問は、先回りで解消された。私が俯いて足元を見て歩いていると、視界の切れ端で、ルミちゃんが私をチラチラ見ていることに気が付いた。
「で? 杉本と付き合いたいの?」
 私は咄嗟に顔を上げて、激しく首を左右に振った。そんなことまでは、考えてはいない。なにより、付き合うということが、いまいちよく分からない。だけど、もしかしたら、小さな小さな期待はあったのかもしれない。ルミちゃんは、誰に対しても分け隔てなく仲が良い。それは、杉本君も例外ではなく、二人が仲良く話している場面を何度か見たことがあった。だから、もしかしたら、協力してくれるかもという下心は、あったような気がする。
「ふーん、そうなんだ。ま、私は、協力しないけどね」
 またしても先回りをされてしまい、恥ずかしくて顔に熱が帯びてきた。別にルミちゃんを利用しようとは、微塵も考えていなかった。と、言えば、嘘になるけれど。でも、ルミちゃんなら、もっと前向きに考えてくれると思っていた。協力をしないまでも応援は、してくれるものだと思い込んでいた。だからこそ、ルミちゃんに否定されて落胆する。
「正直、私には、よく分からないんだよね。恋愛感情ってやつが。だから、あまり人の色恋沙汰には、興味が持てないんだよ。ごめんね」
 頭に優しい温もりを感じる。ルミちゃんが私の頭に手を置いてくれたからだ。ルミちゃんに頭を撫でられるのは、子供の頃から大好きだ。頭だけではなく、心の奥の方からじんわりと温かくなる。すると、ルミちゃんの手が私の後頭部へと下がっていく。不思議に思って視線を上げると、ルミちゃんが口角を上げて、不敵な笑みを浮かべていた。瞬間的に、嫌な予感がする。
「もし、杉本と付き合えたとしても・・・」
 言葉を切って、しっかり間を置いたルミちゃんに見つめられ、背中に冷たい汗が一筋流れた。
「奈美恵、みんなに刺されるね」
 脅されたようで、息を飲んだ私に、ルミちゃんはケラケラと笑う。ルミちゃんの爽やかな笑い声が、冷えて澄み切った冬空に吸い込まれていった。ルミちゃんは軽やかに地面を蹴って、私との距離をあけた。ルミちゃんの長い足では、ゆっくりの部類に入るのだろうけれど、私の足ではルミちゃんの隣に並ぶのも一苦労だ。息を切らせて、全力に近い速度で走っていると、ルミちゃんは立ち止まって振り返っている。差し出されたルミちゃんの手に、私は手を伸ばす。
「まあ、頑張りたまえよ。若者よ。アタックし玉砕した者は、数知れず。その屍を超えてゆけ!」
「もう、同級生じゃないのー」
 私が唇を尖らせると、ルミちゃんは楽しそうに私の頭を撫でた。
「まあ、何はともあれ、悲しいことがあったら、この胸を貸してあげるよ」
 ルミちゃんは、腰に手を当てて、胸を突き出した。ルミちゃんは、最近また胸が大きくなった。羨ましくて茫然と眺めていた。ルミちゃんが前を見たタイミングで、そっと自分の胸に手を当てて溜息をつく。同級生なんだけどな。でも、お言葉に甘えて、泣きたくなったら、ルミちゃんの胸を借りることにしよう。
「ああ、それはそれで、男子からのやっかみを買いそうだね。ほんと最近、男どもの視線がうぜえったらないわ」
 ルミちゃんは、突然振り返り、眉間に皺を寄せ、迷惑を全面に押し出した。
 それは、別にルミちゃんの胸だけを見ている訳ではないと思うけれど。同性の私からしても、見とれるほどの美貌の持ち主だ。私は、男子からの視線を受けたことがないので、ルミちゃんの気持ちは分からない。特段、羨ましいとは、思わないけれど。私が羨むのは、無数の視線の中からのたった一つだけだ。
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