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<中学生編>ep2
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「おはよう! 時枝さん! それと、ジャイ子ちゃん!」
私は、金縛りにあったように、体が硬直した。振り返らなくてもその声で誰だか分かった。
「おっす! 杉本。あれ? あんた朝練は?」
ルミちゃんが軽く手を上げる。その気軽さが羨ましかった。私は、声が喉の奥で引っかかって、挨拶すらできない。かろうじて、小さく顎を引いた。
「寝坊したんだよー! やっちゃったよー!」
杉本君が寝ぐせを手で押さえながら、小刻みに白い息を漏らしている。
「おいおい、キャプテンだろ? しっかりしろよ! 転ぶなよー!」
会話もそこそこに、走り去る杉本君に、ルミちゃんが声をかけた。後ろ手に手を振る杉本君が転ばないか心配になった。私達も足元を気を付けながら、学校へと向かう。ルミちゃんは、朝練がないのか疑問であった。
「いや、うちみたいな弱小陸上部は、この時期はオフだよ。朝練は、やらない。でも、テニス部みたいな強豪は、朝練もしっかりあるみたい。筋トレとかがメインだけどね。ご苦労なことだ」
とのことだ。うちの学校は、部活動は強制参加なのだが、私はイラスト部に参加している。部と言っても、ほぼほぼ自主活動で、帰宅部としての色が強い。だから、部活動をしたくない生徒が、多数席だけを置いている幽霊部活だ。私は、一応毎日参加している。ルミちゃんは、弱小陸上部と言っているが、ルミちゃんは個人で唯一全国大会に出場している。ただあまり、競争とか順番とかには興味がないらしく、ただ走るのが好きみたいだ。当初は、お兄ちゃんからの質問というより、尋問が凄かった。なぜ、バスケ部に入らないのかと。ルミちゃんを説得するように頼まれたこともあった。だけど、決めるのはルミちゃんだし、彼女がやりたいことをして欲しかった。
『ジャイ子? どうして、ジャイ子なの?』
杉本君に声をかけられたのは、二年生に進級した少し後だ。入学式で新入生代表の挨拶をしていた杉本君の、堂々として凛々しい姿に目を奪われた。その後すぐに、それは私だけではなかったのだと、気づかされたのだけれど。一年生の時は、ただただ杉本君を目で追いかけていただけであった。それだけで、満足していた。一年生の時から、存在感があり目立っていた杉本君であった。確かに、ルミちゃんが言っていることは、全てその通りで、杉本君の噂は毎日のように耳に入ってきていた。ただ、それらの杉本君を司るパーツは、彼を好きになった原因ではなく、要因に過ぎない。
私の感情に私が気が付いたのは、去年の文化祭の時だ。有志の出し物で、杉本君がスパイダーマンの格好をして、仲間達とダンスを披露していた。それまでは、ルミちゃんが言うように、完璧すぎて高嶺の花にもほどがあった。手を伸ばすのもおこがましいほど、神々しかった。しかし、そのパフォーマンスで、存在がとても身近に感じたのだ。そして、極めつけは、二年生に進級した頃だ。相変わらず『ジャイ子』と呼んでくる上川君の、ある意味お陰なのかもしれない。私があだ名で呼ばれた時に、偶然杉本君が居合わせたのだ。そして、声をかけられた。あれほどまでに、緊張した記憶がない。そもそも、鮮明な記憶がない。ただ、杉本君に話しかけられたという事実は確かであった。それまで、私の存在を全く知らなかった杉本君であったが、あの日を境に声をかけてくれるようになった。ほとんどが、挨拶であったが、私にとってはそれだけで十分過ぎた。杉本君の中に私の存在が入ったことだけでも奇跡だと思った。常に友人に囲まれていて、女子からの人気も凄い。私の本名を知っているのか疑問であったが、そこはあえて触れる気はない。
ルミちゃんに、『付き合いたいの?』と聞かれたけれど、そんな気は毛頭ない。今のままで幸せなのだから。これ以上は、分不相応だ。私は影に隠れているのが、性分にあっている。
小学生の時は、ルミちゃんの光に守られてきた。それは、今も変わらないのだけれど。なかなかに厄介なのは、上川君の存在だ。上川君のお陰で、杉本君に認知してもらえたのだから、贅沢なのかもしれない。中学生になって、隣の小学校と学区が同じの為、合流した。杉本君は隣の小学校出身だ。小学生の頃やんちゃであった上川君は、中学生になってそのパワーが増した。ヤンキーとまでは言わないけれど、髪を染めピアスを開け、理不尽に暴力で立ち向かうようになった。先生にも食ってかかったりと、なかなか上川君には馴染めない。何度か停学処分を受けていた。しかし、その理由は、友人を守る為だとルミちゃんが教えてくれた。だけれど、私は、暴力が受け入れられなかった。できるなら、上川君とは距離を取りたいのだが、残念ながら彼は相変わらず私を『ジャイ子』と呼び、絡んでくるのだ。絡まれるというと語弊があるかもしれないけれど、あまり悪目立ちしたくはない。
ルミちゃん、杉本君、上川君、と強烈な光を発する三人に関わりを持ち、嬉しい反面やはりあまり目立つのは好まない。そして、その光を自分の力だと誤解しないように、勘違いしないように、肝に銘じ小さくなって生活をしていくことを誓ったのだ。周囲の人達から、白い目で見られたり、それこそイジメにあったりしないように。ジャイ子のクセに、生意気だぞ。そう自分に言い聞かせるのだ。のび太君やジャイ子ちゃんがごちゃ混ぜになっているけれど、これが現実なのだから仕方がない。
私は、金縛りにあったように、体が硬直した。振り返らなくてもその声で誰だか分かった。
「おっす! 杉本。あれ? あんた朝練は?」
ルミちゃんが軽く手を上げる。その気軽さが羨ましかった。私は、声が喉の奥で引っかかって、挨拶すらできない。かろうじて、小さく顎を引いた。
「寝坊したんだよー! やっちゃったよー!」
杉本君が寝ぐせを手で押さえながら、小刻みに白い息を漏らしている。
「おいおい、キャプテンだろ? しっかりしろよ! 転ぶなよー!」
会話もそこそこに、走り去る杉本君に、ルミちゃんが声をかけた。後ろ手に手を振る杉本君が転ばないか心配になった。私達も足元を気を付けながら、学校へと向かう。ルミちゃんは、朝練がないのか疑問であった。
「いや、うちみたいな弱小陸上部は、この時期はオフだよ。朝練は、やらない。でも、テニス部みたいな強豪は、朝練もしっかりあるみたい。筋トレとかがメインだけどね。ご苦労なことだ」
とのことだ。うちの学校は、部活動は強制参加なのだが、私はイラスト部に参加している。部と言っても、ほぼほぼ自主活動で、帰宅部としての色が強い。だから、部活動をしたくない生徒が、多数席だけを置いている幽霊部活だ。私は、一応毎日参加している。ルミちゃんは、弱小陸上部と言っているが、ルミちゃんは個人で唯一全国大会に出場している。ただあまり、競争とか順番とかには興味がないらしく、ただ走るのが好きみたいだ。当初は、お兄ちゃんからの質問というより、尋問が凄かった。なぜ、バスケ部に入らないのかと。ルミちゃんを説得するように頼まれたこともあった。だけど、決めるのはルミちゃんだし、彼女がやりたいことをして欲しかった。
『ジャイ子? どうして、ジャイ子なの?』
杉本君に声をかけられたのは、二年生に進級した少し後だ。入学式で新入生代表の挨拶をしていた杉本君の、堂々として凛々しい姿に目を奪われた。その後すぐに、それは私だけではなかったのだと、気づかされたのだけれど。一年生の時は、ただただ杉本君を目で追いかけていただけであった。それだけで、満足していた。一年生の時から、存在感があり目立っていた杉本君であった。確かに、ルミちゃんが言っていることは、全てその通りで、杉本君の噂は毎日のように耳に入ってきていた。ただ、それらの杉本君を司るパーツは、彼を好きになった原因ではなく、要因に過ぎない。
私の感情に私が気が付いたのは、去年の文化祭の時だ。有志の出し物で、杉本君がスパイダーマンの格好をして、仲間達とダンスを披露していた。それまでは、ルミちゃんが言うように、完璧すぎて高嶺の花にもほどがあった。手を伸ばすのもおこがましいほど、神々しかった。しかし、そのパフォーマンスで、存在がとても身近に感じたのだ。そして、極めつけは、二年生に進級した頃だ。相変わらず『ジャイ子』と呼んでくる上川君の、ある意味お陰なのかもしれない。私があだ名で呼ばれた時に、偶然杉本君が居合わせたのだ。そして、声をかけられた。あれほどまでに、緊張した記憶がない。そもそも、鮮明な記憶がない。ただ、杉本君に話しかけられたという事実は確かであった。それまで、私の存在を全く知らなかった杉本君であったが、あの日を境に声をかけてくれるようになった。ほとんどが、挨拶であったが、私にとってはそれだけで十分過ぎた。杉本君の中に私の存在が入ったことだけでも奇跡だと思った。常に友人に囲まれていて、女子からの人気も凄い。私の本名を知っているのか疑問であったが、そこはあえて触れる気はない。
ルミちゃんに、『付き合いたいの?』と聞かれたけれど、そんな気は毛頭ない。今のままで幸せなのだから。これ以上は、分不相応だ。私は影に隠れているのが、性分にあっている。
小学生の時は、ルミちゃんの光に守られてきた。それは、今も変わらないのだけれど。なかなかに厄介なのは、上川君の存在だ。上川君のお陰で、杉本君に認知してもらえたのだから、贅沢なのかもしれない。中学生になって、隣の小学校と学区が同じの為、合流した。杉本君は隣の小学校出身だ。小学生の頃やんちゃであった上川君は、中学生になってそのパワーが増した。ヤンキーとまでは言わないけれど、髪を染めピアスを開け、理不尽に暴力で立ち向かうようになった。先生にも食ってかかったりと、なかなか上川君には馴染めない。何度か停学処分を受けていた。しかし、その理由は、友人を守る為だとルミちゃんが教えてくれた。だけれど、私は、暴力が受け入れられなかった。できるなら、上川君とは距離を取りたいのだが、残念ながら彼は相変わらず私を『ジャイ子』と呼び、絡んでくるのだ。絡まれるというと語弊があるかもしれないけれど、あまり悪目立ちしたくはない。
ルミちゃん、杉本君、上川君、と強烈な光を発する三人に関わりを持ち、嬉しい反面やはりあまり目立つのは好まない。そして、その光を自分の力だと誤解しないように、勘違いしないように、肝に銘じ小さくなって生活をしていくことを誓ったのだ。周囲の人達から、白い目で見られたり、それこそイジメにあったりしないように。ジャイ子のクセに、生意気だぞ。そう自分に言い聞かせるのだ。のび太君やジャイ子ちゃんがごちゃ混ぜになっているけれど、これが現実なのだから仕方がない。
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