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<中学生編>ep6
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「おう、ジャイ子! どうしたんだよ? あれ? 一人か?」
上川君は、辺りをキョロキョロと見回した。ルミちゃんも一緒だと思ったようであった。上川君はジャージ姿で、ポケットに手を突っ込み、私の前に来た。上川君の顔を見ていたら、無意識の内に眉間に皺が寄っていく。上川君の顔には、傷一つついていなかった。杉本君は、病院に行くほどの怪我をしたのに。上川君が杉本君を一方的に痛めつけたのか。頭に血が上っていく。
「ここじゃなんだから、別のところで」
ヘラヘラしていた上川君であったが、私の顔を見ると、気を引き締めるように笑みを消した。上川君は、私の背後を顎でしゃくって、ポケットに手を入れたまま歩いていく。私は、唇を真横に引き、彼の後をついていった。
数分歩いた先にあったのは、小さな公園であった。裸の木々が連立していて、遊具も少ない。誰もおらず、閑散としている。上川君は公園の中央辺りで立ち止まり、クルリと振り返った。
「で? 何の用だよ?」
上川君は、頭を掻きながら、地面に視線を向けている。私は鼻から冷たい空気を大量に吸って、口からゆっくり白い息を吐いた。
「どうして、杉本君を殴ったの?」
視線を私に向けた上川君は、数秒真顔で私の顔を見つめた。私は思わず、後退ってしまう。暴力を振るわれる恐怖心はなかったけれど、無言の圧力で気圧された。上川君は無言のままだ。
「どうしてなの? 何か理由があったの? 喧嘩じゃないよね? 杉本君は病院へ行ったけれど、上川君は無傷じゃない」
私の声に棘が生えたように感じた。上川君は私の顔から視線をそらし、地面に落とす。上川君は口を開かない。その沈黙が、とてつもなく長く感じた。周囲から全ての音が、消えてなくなったかのようだ。静寂を破ったのは、上川君の鼻で笑った音だ。
「殴った理由なんか、簡単だよ。杉本が女から大量にチョコをもらって、調子に乗ってたから、ムカついてぶん殴ってやっただけだ。俺が無傷で、奴が怪我したのは、単純に俺が強くて、奴が弱い。ただそれだけだよ」
上川君は、面倒臭そうに投げ捨てるように言った。胸から首筋を通って顔まで、熱が流れていくのを感じる。自然と手が震えた。これは、寒さや緊張とは違う。
「それだけで? それだけの理由で暴力を振るったの? そんなのただの逆恨みじゃない?」
お腹に力を入れて、力の限り大声で叫んだ。想像していたよりも大きな声が出て、私も上川君も驚いている。こんな声を出したのは、生まれて初めてかもしれない。上川君は驚いた表情から、苦虫を噛み潰したような顔をした。私から顔を背け、そっぽを向いている。
「ジャイ子、お前・・・杉本のことが好きなのか?」
「そ、そ、そ、そんなの、上川君には関係ないじゃない?」
上っていた血液が急降下し、虚を突かれた私は動揺を隠すことができない。
「あんな奴のどこが良いんだよ? 誰にでも良い顔する、ただのタラシじゃねえかよ?」
馬鹿にされた。瞬間的にそう思って、下落した熱が一気に上昇する。杉本君が馬鹿にされた。私の大切な想いを馬鹿にされた。悔しくて悔しくて、何故だか涙が流れてきた。
「暴力を振るうような最低な人に、そんなこと言われたくない! 上川君は、とっても優しいんだよ! それに、運動神経だって抜群だし、頭と顔とスタイルだっていいし! それから、それから、お家だって、お金持ちだし! 上川君が持ってないもの全部持ってるんだからね! 上川君なんか、杉本君の足元にも及ばないよ! 上川君の馬鹿! 大嫌い!」
頭が混乱して、何が何だか分からなくなった。取り合えず、思いつくだけの杉本君の良い所を必死で並べた。
「もう顔も見たくない!」
最後の力を振り絞って叫ぶと、私は逃げるようにその場から走り去った。湧き水のように流れてくる涙を腕で拭いながら、自宅までの道路を全速力で走る。何度か転びそうになりながらも、ようやく自宅に辿り着くと、制服のままベッドに飛び込んだ。全身を隠すように布団に包まった。
食欲が湧かないから、夕飯を断ると、お父さんとお母さんが何度も様子を見に来た。いつも優しい両親であるが、今日ばかりは、そっとしておいて欲しかった。今夜は眠れそうにない。ルミちゃんも心配して、何度か電話やメールをくれたけれど、今は誰とも関わりたくなかった。ルミちゃんに謝罪のメールを送ると、棘を心臓に押し当てられているような鈍痛が走った。
カーテンの隙間から光が差し込み、やはり眠れなかった。体調不良と嘘をついて、今日は学校を休もうと思った。体が妙にだるくて、頭が重い。スマホを見ると、いつもの起きる時間になっていた。スマホを操作し、ルミちゃんに学校を休むことを伝えなければ。毎朝、私がルミちゃんを迎えに行って、一緒に登校するのが日課だ。
『おはよう。昨日は、ごめんね。今日はちょっと体調が優れないので、学校をお休みします』
『大丈夫なの? 私の笑顔を見たら、元気になるんじゃない? 奈美恵の家の前にいるよ』
私は蹴り飛ばされたようにベッドから降り、カーテンを開けた。ルミちゃんは、向かいの電柱にもたれ、スマホを眺めていた。急いで窓を開けると、音に気が付いたルミちゃんが、笑顔で手を振ってくれた。私はパジャマ姿のまま急いで家を飛び出し、ルミちゃんに抱き着いた。
「ほら、元気になったじゃん!」
ルミちゃんは、いつものように、優しく頭を撫でてくれる。そして、私の体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめてくれた。頭にルミちゃんの頬が当たる。
「奈美恵。昨日、お風呂入ってないの? ちょっと、汗臭い」
ルミちゃんは、笑いながら言い、わざとらしく頭の匂いを嗅いできた。恥ずかしくて、離れようとしたけれど、ルミちゃんはちっとも放してくれない。
「ルミちゃん! 急いでお風呂入って支度するから、家の中で待ってて!」
どうにかこうにか、ルミちゃんの腕から逃れると、彼女の細い手を引いて家の中へと入る。リビングに招き入れると、ルミちゃんはお母さんに礼儀正しく挨拶をしていた。シャワーを浴びている時に、いつの間にか、気怠さがなくなり元気になっていることに気が付いた。筋肉痛になっていることも。二人一緒に家から出た時には、時間が押し迫っていて、学校まで走る羽目になってしまった。体が悲鳴を上げていることは、ルミちゃんには内緒にしておいた。
上川君は、辺りをキョロキョロと見回した。ルミちゃんも一緒だと思ったようであった。上川君はジャージ姿で、ポケットに手を突っ込み、私の前に来た。上川君の顔を見ていたら、無意識の内に眉間に皺が寄っていく。上川君の顔には、傷一つついていなかった。杉本君は、病院に行くほどの怪我をしたのに。上川君が杉本君を一方的に痛めつけたのか。頭に血が上っていく。
「ここじゃなんだから、別のところで」
ヘラヘラしていた上川君であったが、私の顔を見ると、気を引き締めるように笑みを消した。上川君は、私の背後を顎でしゃくって、ポケットに手を入れたまま歩いていく。私は、唇を真横に引き、彼の後をついていった。
数分歩いた先にあったのは、小さな公園であった。裸の木々が連立していて、遊具も少ない。誰もおらず、閑散としている。上川君は公園の中央辺りで立ち止まり、クルリと振り返った。
「で? 何の用だよ?」
上川君は、頭を掻きながら、地面に視線を向けている。私は鼻から冷たい空気を大量に吸って、口からゆっくり白い息を吐いた。
「どうして、杉本君を殴ったの?」
視線を私に向けた上川君は、数秒真顔で私の顔を見つめた。私は思わず、後退ってしまう。暴力を振るわれる恐怖心はなかったけれど、無言の圧力で気圧された。上川君は無言のままだ。
「どうしてなの? 何か理由があったの? 喧嘩じゃないよね? 杉本君は病院へ行ったけれど、上川君は無傷じゃない」
私の声に棘が生えたように感じた。上川君は私の顔から視線をそらし、地面に落とす。上川君は口を開かない。その沈黙が、とてつもなく長く感じた。周囲から全ての音が、消えてなくなったかのようだ。静寂を破ったのは、上川君の鼻で笑った音だ。
「殴った理由なんか、簡単だよ。杉本が女から大量にチョコをもらって、調子に乗ってたから、ムカついてぶん殴ってやっただけだ。俺が無傷で、奴が怪我したのは、単純に俺が強くて、奴が弱い。ただそれだけだよ」
上川君は、面倒臭そうに投げ捨てるように言った。胸から首筋を通って顔まで、熱が流れていくのを感じる。自然と手が震えた。これは、寒さや緊張とは違う。
「それだけで? それだけの理由で暴力を振るったの? そんなのただの逆恨みじゃない?」
お腹に力を入れて、力の限り大声で叫んだ。想像していたよりも大きな声が出て、私も上川君も驚いている。こんな声を出したのは、生まれて初めてかもしれない。上川君は驚いた表情から、苦虫を噛み潰したような顔をした。私から顔を背け、そっぽを向いている。
「ジャイ子、お前・・・杉本のことが好きなのか?」
「そ、そ、そ、そんなの、上川君には関係ないじゃない?」
上っていた血液が急降下し、虚を突かれた私は動揺を隠すことができない。
「あんな奴のどこが良いんだよ? 誰にでも良い顔する、ただのタラシじゃねえかよ?」
馬鹿にされた。瞬間的にそう思って、下落した熱が一気に上昇する。杉本君が馬鹿にされた。私の大切な想いを馬鹿にされた。悔しくて悔しくて、何故だか涙が流れてきた。
「暴力を振るうような最低な人に、そんなこと言われたくない! 上川君は、とっても優しいんだよ! それに、運動神経だって抜群だし、頭と顔とスタイルだっていいし! それから、それから、お家だって、お金持ちだし! 上川君が持ってないもの全部持ってるんだからね! 上川君なんか、杉本君の足元にも及ばないよ! 上川君の馬鹿! 大嫌い!」
頭が混乱して、何が何だか分からなくなった。取り合えず、思いつくだけの杉本君の良い所を必死で並べた。
「もう顔も見たくない!」
最後の力を振り絞って叫ぶと、私は逃げるようにその場から走り去った。湧き水のように流れてくる涙を腕で拭いながら、自宅までの道路を全速力で走る。何度か転びそうになりながらも、ようやく自宅に辿り着くと、制服のままベッドに飛び込んだ。全身を隠すように布団に包まった。
食欲が湧かないから、夕飯を断ると、お父さんとお母さんが何度も様子を見に来た。いつも優しい両親であるが、今日ばかりは、そっとしておいて欲しかった。今夜は眠れそうにない。ルミちゃんも心配して、何度か電話やメールをくれたけれど、今は誰とも関わりたくなかった。ルミちゃんに謝罪のメールを送ると、棘を心臓に押し当てられているような鈍痛が走った。
カーテンの隙間から光が差し込み、やはり眠れなかった。体調不良と嘘をついて、今日は学校を休もうと思った。体が妙にだるくて、頭が重い。スマホを見ると、いつもの起きる時間になっていた。スマホを操作し、ルミちゃんに学校を休むことを伝えなければ。毎朝、私がルミちゃんを迎えに行って、一緒に登校するのが日課だ。
『おはよう。昨日は、ごめんね。今日はちょっと体調が優れないので、学校をお休みします』
『大丈夫なの? 私の笑顔を見たら、元気になるんじゃない? 奈美恵の家の前にいるよ』
私は蹴り飛ばされたようにベッドから降り、カーテンを開けた。ルミちゃんは、向かいの電柱にもたれ、スマホを眺めていた。急いで窓を開けると、音に気が付いたルミちゃんが、笑顔で手を振ってくれた。私はパジャマ姿のまま急いで家を飛び出し、ルミちゃんに抱き着いた。
「ほら、元気になったじゃん!」
ルミちゃんは、いつものように、優しく頭を撫でてくれる。そして、私の体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめてくれた。頭にルミちゃんの頬が当たる。
「奈美恵。昨日、お風呂入ってないの? ちょっと、汗臭い」
ルミちゃんは、笑いながら言い、わざとらしく頭の匂いを嗅いできた。恥ずかしくて、離れようとしたけれど、ルミちゃんはちっとも放してくれない。
「ルミちゃん! 急いでお風呂入って支度するから、家の中で待ってて!」
どうにかこうにか、ルミちゃんの腕から逃れると、彼女の細い手を引いて家の中へと入る。リビングに招き入れると、ルミちゃんはお母さんに礼儀正しく挨拶をしていた。シャワーを浴びている時に、いつの間にか、気怠さがなくなり元気になっていることに気が付いた。筋肉痛になっていることも。二人一緒に家から出た時には、時間が押し迫っていて、学校まで走る羽目になってしまった。体が悲鳴を上げていることは、ルミちゃんには内緒にしておいた。
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