ジャイ子とスパイダーマンの恋

ふじゆう

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<中学生編>ep7

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 午前の授業が終わり、昼休みに入ると、ルミちゃんが廊下から私に向かって手招きをしていた。尋ねる隙を与えず、ルミちゃんは私の手を引いて、ズンズン廊下を歩いていく。辿り着いた先は、人目につかない、階段の踊り場だ。ルミちゃんが手を離すと、上に向かって手を上げた。階段の上を見ると、杉本君が下ってきていた。心臓が遠慮なく飛び跳ねた。しかし、すぐに冷静になる。杉本君の顔には、シップや絆創膏が張り付けられていた。私は思わず息を飲んだ。
「ジャイ子ちゃん。突然、ごめんね」
 杉本君は目を細めて笑みを浮かべた。私は頭を振って、杉本君に一歩近づいた。
「怪我は大丈夫なの? 病院に行ったって聞いたけど」
「ああ、大丈夫だよ。骨には異常なかったしね。痛みは少し残っているけど、問題ないよ。ありがとね」
 恥ずかしくて凝視できないけれど、杉本君の顔は若干腫れている。
「はは! 男前が上がったんじゃないの? 杉本! じゃあ、私は退散!」
 ルミちゃんは、杉本君の背中を乱暴に叩き、笑いながら階段を下って行った。私は二人取り残され、縋るような目でルミちゃんを見つめたけれど、スルーされてしまった。沈黙が下りてきて、私はいたたまれず、俯いて髪の毛を触ることしかできなかった。すると、杉本君が深々と頭を下げた。私は狼狽えることしかできない。
「ジャイ子ちゃん。本当にごめんね。悪気はなかったんだ」
 なんのことかさっぱり理解できず、あたふたするしかない。杉本君は、頭を上げ真っ直ぐに視線を向けてきた。
「昨日の昼休みに、ジャイ子ちゃんからチョコを貰ったでしょ? それでね、そのチョコを自分のカバンにしまったんだ。あの・・・自分で言うのもおこがましいんだけど、俺って毎年結構な数のチョコをもらうんだけど・・・」
 杉本君は、恥ずかしそうに頭を掻きながら視線を逸らした。
「それでね、カバンの中でもらったチョコがごちゃ混ぜになってさ、もう誰にもらったチョコか区別がつかなくなるんだ。それでね、あれだけのチョコを全部食べるのは、ちょっと厳しくてね。友達を集めて、皆で食べるんだよ」
 杉本君は、申し訳なさそうに、言葉を紡いでいく。私は、胸の辺りが重くなっていくのを感じている。杉本君が言っていることは、もっともだ。沢山チョコをもらえることも知っているし、一人で全てを処理することは不可能だ。分かるけれど、悲しい気持ちになる。あんなにも一生懸命に作ったのに。私は顔を伏せ、涙を堪える。
「それで、その場面を上川に見られたんだよ」
「え?」
 私は、思わず声が漏れ、顔を上げた。
「それで、殴られた。『ジャイ子の気持ちを踏みにじりやがって!』って。本当にごめんね」
 杉本君は、もう一度、深々と頭を下げる。私は茫然と杉本君の頭頂部を眺めていた。艶のある真っ黒な髪をしている。
「もしかして、上川はジャイ子ちゃんのことが、好きなんじゃないかな?」
 突然、杉本君がそんなことを口走り、懸命に顔を振った。
「そんな訳ないよ。小学生の時から、変なあだ名でからかわれているだけだよ」
 突拍子もない予想に、全力で否定する。なによりも、杉本君にそんなことを言われたくなかった。杉本君は笑みを浮かべ、階段を下って行った。予想外の出来事を聞いて、まだ頭が処理しきれていない。上川君が杉本君に暴力を振るった。その上川君を事情も知らずに、ただ一方的に攻め立てた。その事実が、重くのしかかってきた。罪悪感が血液のように、体中を巡っている。
 上川君は、私の為に怒ってくれたのだ。
 そう思うと、次から次へと涙が溢れ返ってきた。私は、そんな上川君を傷つけた。私は立っていられなくなって、その場に座り込んだ。お尻がひんやりとする。喉の奥から、自然と声が漏れて、息が苦しい。すると、背中がふっと温かくなった。腫らした目を背後に向けると、ルミちゃんが背中をさすってくれていた。
「私ね、昨日・・・上川君に酷いこと・・・言っちゃった」
「そうか」
 ルミちゃんの優しい声が、耳から入って体に染み渡る。杉本君にチョコを食べてもらえなかったことよりも、上川君に罵声を浴びせてしまったことへの後悔の念が溢れてくる。
「どうして、上川君は、教えてくれなかったんだろう?」
「本当、馬鹿だよね。でも、それが、リュウなんだよ。あいつは、一番に奈美恵の気持ちを考える。自分が嫌われることよりも、奈美恵が傷つかない方を迷わず選ぶ。小学生の時もそうだったよ」
 ルミちゃんは、私の背中をゆっくりと上下に、手を這わせている。
「奈美恵の靴が無くなった時があったでしょ? リュウは、学校中を駆けずり回って、奈美恵の靴を探してきたんだ。隠した奴は、リュウじゃなくて、別の奴」
「え? でも・・・」
「そう、あの時も自分がやったみたいなことを言ってたね。私、どうも納得できなくて、リュウに問い詰めたんだよ。そしたらね、『誰に嫌がらせされたのか、分からないって怖いだろ? 一人に嫌がらせされるより、大勢に嫌がらせされた方が嫌だろ? だから、ジャイ子に嫌がらせするのは、俺一人で良いんだ』だって」
 ルミちゃんは、突然吹き出し、声を出し笑う。
「まあ、その後、犯人突き止めて、きっちりツメたらしいから、その後は平和だったけどね。いやー徹底してるよね?」
 何をしたのだろう? 私は、あまり深く考えなかった。すると、笑い声をぴたりと止めて、ルミちゃんは背後から私を抱きしめてきた。
「ごめんね、奈美恵。奈美恵を傷つけているのは、私だよ。今回の件も杉本から話を聞いて、奈美恵に謝罪と説明をするように頼んだし、小学生の時のことも暴露したし、リュウは奈美恵に知られたくなかったと思うんだけどさ・・・なんだか、あいつばっかりワリを食ってるのが、納得いかなかったんだよ。まあ、あいつが勝手に食ってるだけなんだけど。それでもね」
 弱弱しく語るルミちゃんに、私は鼻を啜り顔を左右に振る。ルミちゃんは、上川君と幼馴染だから、互いに大切に思っていることは、理解できる。でも、私は、上川君とあまり会話したことがないし、特別大切にしてもらえる理由が分からない。ルミちゃんの友達だから、大切にしてくれているのだろうか? 友達の友達は、友達っていう少年漫画の主人公のような思考の持ち主なのだろうか? 私には、分からないことだらけだ。幼馴染の絆も良く分からない。付き合いが長い分、深いところで繋がっているのだろうか?
「ルミちゃんは、どうして、上川君のことをそんなにも信じられるの? 実は、前から不思議に思ってたんだけど・・・やっぱり、幼馴染同士、見えない絆みたいなので、繋がっているの?」
「はあ? 見えない絆ってキモイんだけど。ただの幼馴染だよ。私は、別にリュウを信じている訳じゃないよ。私は、リュウの奈美恵への想いを信じてるだけ」
 いまいち、言葉の意味は理解できなかった。けれど、上川君は、とても友達想いなのだろう。私には、変なあだ名をつけてからかってくるけれど、乱暴をしたり悪口を言われたことがない。
「うん、上川君って、本当に友達想いなんだね? それは、私にも分かったよ。私、上川君にちゃんと謝らなくちゃ。酷いこと言っちゃったから。ルミちゃん、ありがとう」
 私は頬を伝う涙を拭い、緩やかに口角を上げた。ルミちゃんは、目と口をポカンとあけて、顔を背けた。
「ここまで、鈍感だと流石にムゴイな・・・可哀そうなリュウ」
 ルミちゃんがポツリと呟き、私は首を傾げた。すると、チャイムが鳴り響き、私達は急いで教室へと向かった。椅子に着席したところで、お昼ご飯を食べ忘れていたことに気が付いた。
 今日の帰りに上川君の自宅を訪ね、ちゃんとお礼をして、謝ろうと思った。

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