ジャイ子とスパイダーマンの恋

ふじゆう

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<中学生編>ep8

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 杉本君が、卒業生代表で挨拶をしている。中学校生活も今日で最後だ。嬉しいことも悲しいことも色々あった。その色々の全てが、ルミちゃんや杉本君、そして上川君との思い出だ。それらを思い返していると、涙が零れ落ちた。そして、なによりも、大きな心残りがある。
 あの日から、まだ上川君に一度も会えていないことだ。
 杉本君に暴力を振るった上川君に、酷いことを言ってしまったあの日。私はまだ、上川君に感謝も謝罪もできていない。暴力を振るったことで、自宅謹慎の処分を受けた上川君は、今日の卒業式という晴れの舞台も出席を許されていない。不幸中の幸いか、高校への進学はできるようだ。
 体育館内は、厳かな雰囲気で、包まれている。周囲の至る所から、鼻を啜る音が聞こえてくる。私もハンカチを顔に当てて、卒業式を彩る一部と化していた。すると、突然、スマホが振動する。私は慌ててスマホを取り出し、叱りつけるように黙らせた。電源を切っておくのを忘れていた。音が鳴らなくて良かった。こんなタイミングで間抜けな音を鳴らして、卒業式を台無しにする訳にはいかない。私はパイプ椅子に腰かけながら、身を屈めるようにしてスマホを覗いた。ルミちゃんからのメッセージであった。
『リュウが、学校に来てるよ。校長室で卒業証書をもらうみたい。式が終わってダッシュすれば、会えるかも? 頑張れ!』
 体を起こして、ルミちゃんを探すと、彼女は私の方見て笑みを浮かべていた。私も笑顔を返した。それからのことは、あまり覚えていない。上川君に何を言って、どう謝ろう。そのことばかりを考えていた。卒業式は滞りなく進み、卒業生が退場する。クラスごとに列をなして退場していく。このゆっくりな行列がもどかしい。私は体育館を出た瞬間に、前の子を追い越して、走り出した。下駄箱へ行き靴を履き替え、正門へと向かう。
 あの日から、昨日まで、何度か上川君の家に行った。しかし、上川君は会ってはくれなかった。ルミちゃんも説得をしてくれたらしいけれど、上川君は応じなかった。この機を逃せばもう二度と会えなくなる気がして、懸命に走った。前方に正門が見えてきた。正門を抜けた辺りに、生徒が一人歩いているのを発見する。あれは、間違いなく上川君だ。
「上川君!」
 正門を抜けた所で、私は大声で叫んだ。すると、上川君は、素早く振り返って、驚いた表情をしていた。卒業証書を入れた丸い筒を脇に挟み、ポケットに手を入れている。
「おお! ジャイ子! どうしたんだよ? 式は終わったのか?」
 上川君は、丸い筒を振りながら、笑顔を見せた。私は、大きく二度頷いた。二人の間には、まだ少し距離がある。私が息を整えながら、歩み始めると、上川君は手の平をこちらに向けた。私はつま先に力入れて、歩みを止める。
「ジャイ子! 色々ごめんな!」
 上川君は、大きな声で叫び、照れくさそうに丸い筒で額を掻いている。上川君が言う色々には、本当に色々な物が詰まっている気がして、大きく頭を左右に振った。遠心力の仕業だろうけれど、目尻から雫が飛び散った。
「悪いのは、私の方だよ! 酷いことを言ってごめんね! 私なんかのせいで、嫌な思いさせてごめんね!」
「『なんか』とか言うな! 別に、謝ってなんか欲しくねえよ!」
 言葉が喉に詰まって、上手く息が吸えない。胸に手を当てて、深呼吸をする。
「私の為に怒ってくれて、ありがとう! 守ってくれてありがとう!」
 あの日の自分に負けないように、大きな声を出した。上川君は、まるで小学生のような屈託のない笑顔を見せてくれた。
「俺な! ジャイ子のことを・・・」
 上川君は少し俯いて、頭を掻いた。
「やっぱり、ジャイ子だと思う!」
 上川君は訳の分からないことを叫び、私は思わず笑ってしまった。後悔とか、罪悪感とか、そんな負の感情が、笑い声と一緒にどこかへ飛んで行ったように感じた。
「しばらく会えなくなるけど、次会う時は、ジャイ子をビックリさせてやる! 楽しみにしとけ!」
 上川君は、手を振りながら踵を返し、歩いて行った。私は、上川君の背中を眺めながら、胸の前で小さく手を振った。
しばらく、眺めていると、下駄箱の辺りが騒がしくなってきた。卒業生やら在校生、保護者などが談笑し、写真を撮り合っている。ルミちゃんと写真が撮りたい。杉本君と写真が撮りたい。キョロキョロと探していると、人だかりの中にルミちゃんと、また別の輪の中に杉本君を発見した。人気者二人の取り合いになっている。すると、私を見つけたルミちゃんが、輪の中から抜け出し、こちらに駆け寄ってきた。
「奈美恵! 写真撮ろ!」
 ルミちゃんは、私の頭を掴んで、自身の頭に引き寄せた。二人の頭が寄り添い、ルミちゃんがスマホを持った手を伸ばした。
「リュウとは話できた?」
「うん、できたよ。嬉しかった」
「そうか、それは良かった」
「うん、ありがとう」
 ルミちゃんと上川君、そして杉本君。三人とは、別の高校へと進学する。なかなか会うことは、できないかもしれないけれど、充実した毎日を過ごせたらと思う。ルミちゃんと離れるのは、不安の方が大きいけれど、またいつでも会えるよね?
 上川君ではないけれど、次会った時にビックリしてもらえるように、頑張ろうと思う。
「杉本と二人で撮ってあげようか?」
「え? あ、あの・・・宜しくお願いします」
 私は体の前で両手を重ねて、深々とお辞儀をした。
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