17 / 19
<社会人編>ep5
しおりを挟む
太陽が半分ほど顔を隠し、斜めに伸びた影が伸びていく。町が闇に侵食されているように見えた。私は顔を上げ、黒く染まり始めた空を眺める。すると、何故だか分からないが、無意識の内に笑い声が漏れてきた。なにも可笑しくなんかないのに。いや、今の私は酷く滑稽に見えるのだろう。
私は馬鹿だ。初恋の人に求められ、浮かれていた。奇跡が起きて、夢のようだと幸せを感じていた。しかし、本質がまるで見えていなかった。勝手に彼を支えている気になっていた。ただ、処理の道具として、利用されていただけだ。
今にして思えば、『好き』だとか、『愛している』だとか、そんなこと一度も言ってもらったことがなかった。なによりも告白さえされていなかった。
ジャイ子ちゃん・・・私の名前を知っているのだろうか? 合田奈美恵という名を。
身の丈に合わない、分不相応なことをしてしまった。背伸びをしていた。平凡でも平坦でも、真っ直ぐに順番通りに生きて行きたかった。
恋をして、交際して、結婚して、出産して・・・。私は何をやっているのだ。
私は気など触れていない。意識もはっきりしている。だが、笑いが止まらない。甲高い笑い声は、虚空へと吸い込まれていく。声が出なくなった後に、ゆっくりと公園から出ていく。何も考えずに、足元だけを見て、ただただ歩く。私が足を止めたのは、私の母校。今度は、中学校の方だ。すでに正門は閉ざされており、無機質な校舎が佇んでいる。私は視線を上へ上へと向ける。建造物と空とのつなぎ目で視線を止めた。あそこに行く方法は、あるのだろうか?
しばらく、眺めていると、突然スマホが激しい音を出した。若干、煩わしさを感じ、怠慢な動作でスマホを顔の前へ掲げる。画面を見た瞬間に、膝から崩れ落ちた。体の奥から次から次へと、喘ぎ声が溢れてくる。涙が溢れ返って、溺れそうになった。私は通話ボタンを押した。
「・・・ルミちゃん。ルミちゃん」
『はいはーい、あなたのアイドル。ルミちゃんでーす!』
ルミちゃんは、いつもの明るい口調だ。私は必死で口元を抑えた。声が漏れてしまう。
『おーい! 奈美恵! 聞いてる? 実は面白い話があって・・・奈美恵?』
ルミちゃんの声が急にトーンが落ちた。私の異変に勘づいて、心配し不安がっている声だ。
「ルミちゃん。ごめんね。ごめんね」
申し訳ない気持ちで一杯になった。杉本君との出来事を内緒にしていたこと、そして、先ほど校舎の屋上を眺め、頭に過ってしまったこと。
『奈美恵。まずは、落ち着こう。ほら、深呼吸して。一体何があったの?』
ゆっくりと優しく語りかけてくれるルミちゃん。私は胸に手を当て、深呼吸を繰り返す。そして、同窓会から今に至るまでの出来事を包み隠さず話した。咽頭に空気が詰まって言葉が出てこない。でもルミちゃんは急かすことなく黙って聞いてくれた。
『奈美恵、今どこにいるの?』
「・・・私達の中学校の正門の前」
『いい? 奈美恵。良く聞いて。今から一瞬だけ電話を切るから、それですぐかけ直すからね。必ず出るんだよ。それとそこから、一歩も動かないでね。いい? 約束できる?』
約束・・・胸にズキンと衝撃が走った。私は何度も頷いた。何度目かの時にようやく『うん』と、声が出てくれた。その直後、通話が切れた。まるで置いて行かれた犬のように、不安で不安で押し潰されそうになった。ツーツーという機械音が、背筋を冷やしていく。約束とは、誰の為にあるものなのか。約束という名の鎖が、私の思考や行動を雁字搦めにしていた。荒々しい呼吸音が、不愉快なくらいに鼓膜を刺激する。
私は馬鹿だ。初恋の人に求められ、浮かれていた。奇跡が起きて、夢のようだと幸せを感じていた。しかし、本質がまるで見えていなかった。勝手に彼を支えている気になっていた。ただ、処理の道具として、利用されていただけだ。
今にして思えば、『好き』だとか、『愛している』だとか、そんなこと一度も言ってもらったことがなかった。なによりも告白さえされていなかった。
ジャイ子ちゃん・・・私の名前を知っているのだろうか? 合田奈美恵という名を。
身の丈に合わない、分不相応なことをしてしまった。背伸びをしていた。平凡でも平坦でも、真っ直ぐに順番通りに生きて行きたかった。
恋をして、交際して、結婚して、出産して・・・。私は何をやっているのだ。
私は気など触れていない。意識もはっきりしている。だが、笑いが止まらない。甲高い笑い声は、虚空へと吸い込まれていく。声が出なくなった後に、ゆっくりと公園から出ていく。何も考えずに、足元だけを見て、ただただ歩く。私が足を止めたのは、私の母校。今度は、中学校の方だ。すでに正門は閉ざされており、無機質な校舎が佇んでいる。私は視線を上へ上へと向ける。建造物と空とのつなぎ目で視線を止めた。あそこに行く方法は、あるのだろうか?
しばらく、眺めていると、突然スマホが激しい音を出した。若干、煩わしさを感じ、怠慢な動作でスマホを顔の前へ掲げる。画面を見た瞬間に、膝から崩れ落ちた。体の奥から次から次へと、喘ぎ声が溢れてくる。涙が溢れ返って、溺れそうになった。私は通話ボタンを押した。
「・・・ルミちゃん。ルミちゃん」
『はいはーい、あなたのアイドル。ルミちゃんでーす!』
ルミちゃんは、いつもの明るい口調だ。私は必死で口元を抑えた。声が漏れてしまう。
『おーい! 奈美恵! 聞いてる? 実は面白い話があって・・・奈美恵?』
ルミちゃんの声が急にトーンが落ちた。私の異変に勘づいて、心配し不安がっている声だ。
「ルミちゃん。ごめんね。ごめんね」
申し訳ない気持ちで一杯になった。杉本君との出来事を内緒にしていたこと、そして、先ほど校舎の屋上を眺め、頭に過ってしまったこと。
『奈美恵。まずは、落ち着こう。ほら、深呼吸して。一体何があったの?』
ゆっくりと優しく語りかけてくれるルミちゃん。私は胸に手を当て、深呼吸を繰り返す。そして、同窓会から今に至るまでの出来事を包み隠さず話した。咽頭に空気が詰まって言葉が出てこない。でもルミちゃんは急かすことなく黙って聞いてくれた。
『奈美恵、今どこにいるの?』
「・・・私達の中学校の正門の前」
『いい? 奈美恵。良く聞いて。今から一瞬だけ電話を切るから、それですぐかけ直すからね。必ず出るんだよ。それとそこから、一歩も動かないでね。いい? 約束できる?』
約束・・・胸にズキンと衝撃が走った。私は何度も頷いた。何度目かの時にようやく『うん』と、声が出てくれた。その直後、通話が切れた。まるで置いて行かれた犬のように、不安で不安で押し潰されそうになった。ツーツーという機械音が、背筋を冷やしていく。約束とは、誰の為にあるものなのか。約束という名の鎖が、私の思考や行動を雁字搦めにしていた。荒々しい呼吸音が、不愉快なくらいに鼓膜を刺激する。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
カモフラージュの恋
湖月もか
恋愛
容姿端麗、文武両道、しかも性格までよし。まるで少女漫画の王子様のような幼馴染な彼。
当たり前だが、彼は今年も囲まれている。
そんな集団を早く終わらないかなと、影から見ている私の話。
※あさぎかな様に素敵な表紙を作成していただきました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる