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<社会人編>ep6
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胸に手を当てて、酸素供給を手助けしていると、またスマホが鳴った。約束通り、ルミちゃんの声が、私の中に入ってきた。ルミちゃんは、私を安心させるように、穏やかな声をかけ続けてくれる。できることなら、今すぐルミちゃんの胸に飛びつきた。暖かな手で頭を撫でて欲しい。海を越
えた遠く離れた場所からではなく、体温を吐息を感じられる距離でルミちゃんに甘えたい。
どれほど時間がたっただろう。私はいくつになっても甘ったれで、世間知らずの子供だ。今こうして、ルミちゃんに頼り切っていても、現実は何も変わらない。矢継ぎ早にルミちゃんは、言葉を投げかけてくる。そのお陰で現実を少し棚上げできている。ルミちゃんがそうさせているように感じた。
「ジャイ子!」
突然、叫ぶように呼ばれ、体を震わせて顔を向けた。声を上げた人物は、膝に手を当てて、息を切らしていた。姿形では分からないけれど、私のことをそう呼ぶ人は、一人しか知らない。
「上川君?」
「おう! 久しぶりだな!」
私がスマホを耳に当てたまま尋ねると、上川君はニカリと笑った。すると、スマホからルミちゃんが、安堵の吐息を漏らす。
「ああ、着いたみたいだね。ごめんね、奈美恵。私は今は傍にいてあげられないけど・・・これだけは、覚えていてね。私は、何があっても奈美恵の味方だよ。奈美恵が大好きだよ。絶対に忘れないでね」
涙が止まらなかった。きっと、私が今、一番欲しい言葉だ。声が出なかったから、ガムシャラに頷いた。
「じゃあ、後はリュウに任せる。仕事の段取りつけて、すぐに帰国するから。そうしたら、いっぱい甘えさせてあげるからね。いいね?」
「・・・うん」
今度は、辛うじて声が出てくれた。通話を切りスマホを胸に押し当てた。私はギュッと目を瞑り、ありがとうと何度も心の中で叫んだ。すると、ジャリという地面を擦る音が聞こえ、反射的に視線を向けた。上川君がゆっくりと歩み寄り、私の前で立ち止まると、静かに腰を下ろした。目線の高さが同じになり、私は咄嗟に顔を背けた。
「ジャイ子・・・大変だったみたいだな。ルミから話は聞いたよ。俺なんかに聞かれても嫌かもしれないけど、ルミは本当にお前のことが心配だったんだ。だから、あいつのことは、責めないでやってくれよな」
私は首を左右に振った。ルミちゃんを責める訳がない。上川君の口調は、私の知っている彼の記憶とは違う。私のことを慮って、努めて優しい口調で話してくれているのだろう。あんなにやんちゃだった上川君が、すっかり大人な対応を取っていて、とても違和感があった。それでも、まずはルミちゃんのフォローをする辺り、やはり上川君なのだと感じた。子供の頃、陰ながら私のことを守ってくれた上川君だ。
私が今までどうしていたのかを尋ねると、上川君は照れくさそうに話してくれた。中学卒業後、死に物狂いで勉強に励み、有名大学に入学した。そして、大学でも頭が悪くなりそうなほど、勉強したのだと上川君は頭を掻いた。弁護士資格を取り、今では弁護士事務所で働いている。休暇を取って、数年振りに地元に帰ってきたそうだ。ルミちゃんから電話があったのは、その件だったらしい。折角の休暇に地元に帰ってきたのに、私なんかの面倒ごとに巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちで一杯になった。私なんかに構わず、休暇を満喫して欲しいと伝えた。
「だから、『なんか』とか言うなよ。最後に会った時にも言ったぞ。覚えてねえだろ? まったく、ジャイ子は中学ん時から、なんも変わってねえな」
私もちゃんと覚えているよ。凄く嬉しかったから。上川君はなんだか嬉しそうに、歯を見せ笑った。近くで顔を見ると、やっぱり上川君で、昔の面影のままだ。さすがに、髪の毛は黒くなっているけれど。地面に胡坐を掻いて、私を見ていた上川君が、視線を逸らし頭を掻いた。
「休みを取って帰ってきた理由はな、ジャイ子・・・お前に会いに来たんだよ。まあ、まさかこんな状況になってるとは、思いもしなかったけど。でも・・・今、この瞬間にお前に会えて、本当に良かった」
上川君は、両手で顔をゴシゴシ擦り、深呼吸をする。しばらく、地面の一点を見つめた後、私の目を見て、真剣な眼差しを向けてくる。
「ジャイ子は、頭が良くて、金持ちが好きなんだろ?」
え? いったいなんのことを言っているのだろう? 私は首を傾けた。私の姿を見て、上川君は不愉快そうに唇を尖らせた。
「まあ、覚えてなかったら、それでもいい! でも、お前は確かにそう言ったんだよ。だから、俺は必死に勉強して、弁護士になって、金は・・・その、まだそんなにないけど・・・でも、これから、ガンガン稼いでみせる」
上川君は、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「俺はお前を守る為に生きてきた。だから、俺にお前を守らせてくれないか?」
上川君が頭を上げると、私の瞳からは、自然と涙が零れ落ちてきた。両手で口を押え、痙攣を起こしたように、体が震えた。
「ジャイ子の現状は、全て知ってる。やっぱり俺は馬鹿で、デリカシーがないのかもしれない。でも、言わせて欲しい。俺はお前を初めて見た小学生の時から・・・」
上川君は私を見つめる。唾を飲み込み、喉仏が小さく上下した。
「ずっと、お前のことが、好きだ。十年振りに会った今の気持ちにも一ミリもブレはねえ」
上川君の顔を見ていられなかった。罪悪感で押し潰されそうだ。お腹が痛くて、吐きそうだ。
やっぱり、私は、まだ杉本君のことが・・・そして、お腹の中には・・・。
あんなことがあって・・・あんなことをされて・・・あんな扱いを受けて・・・。
それでも、杉本君のことが嫌いになれないだなんて・・・私は、頭か心の病気なのかもしれない。
嗚咽が止まらない。痛くて、苦しくて、息ができなくて・・・どうしたら、良いのか分からない。
「か・・・上川君?」
「どうした?」
上川君は、私の背中を撫でながら、信じられないくらいの優しい声を出した。
「私の・・・名前知ってる?」
「当たり前じゃないか。合田奈美恵だ。忘れたことなんか一度もない」
私は無意識の内に、上川君の手を握っていた。
えた遠く離れた場所からではなく、体温を吐息を感じられる距離でルミちゃんに甘えたい。
どれほど時間がたっただろう。私はいくつになっても甘ったれで、世間知らずの子供だ。今こうして、ルミちゃんに頼り切っていても、現実は何も変わらない。矢継ぎ早にルミちゃんは、言葉を投げかけてくる。そのお陰で現実を少し棚上げできている。ルミちゃんがそうさせているように感じた。
「ジャイ子!」
突然、叫ぶように呼ばれ、体を震わせて顔を向けた。声を上げた人物は、膝に手を当てて、息を切らしていた。姿形では分からないけれど、私のことをそう呼ぶ人は、一人しか知らない。
「上川君?」
「おう! 久しぶりだな!」
私がスマホを耳に当てたまま尋ねると、上川君はニカリと笑った。すると、スマホからルミちゃんが、安堵の吐息を漏らす。
「ああ、着いたみたいだね。ごめんね、奈美恵。私は今は傍にいてあげられないけど・・・これだけは、覚えていてね。私は、何があっても奈美恵の味方だよ。奈美恵が大好きだよ。絶対に忘れないでね」
涙が止まらなかった。きっと、私が今、一番欲しい言葉だ。声が出なかったから、ガムシャラに頷いた。
「じゃあ、後はリュウに任せる。仕事の段取りつけて、すぐに帰国するから。そうしたら、いっぱい甘えさせてあげるからね。いいね?」
「・・・うん」
今度は、辛うじて声が出てくれた。通話を切りスマホを胸に押し当てた。私はギュッと目を瞑り、ありがとうと何度も心の中で叫んだ。すると、ジャリという地面を擦る音が聞こえ、反射的に視線を向けた。上川君がゆっくりと歩み寄り、私の前で立ち止まると、静かに腰を下ろした。目線の高さが同じになり、私は咄嗟に顔を背けた。
「ジャイ子・・・大変だったみたいだな。ルミから話は聞いたよ。俺なんかに聞かれても嫌かもしれないけど、ルミは本当にお前のことが心配だったんだ。だから、あいつのことは、責めないでやってくれよな」
私は首を左右に振った。ルミちゃんを責める訳がない。上川君の口調は、私の知っている彼の記憶とは違う。私のことを慮って、努めて優しい口調で話してくれているのだろう。あんなにやんちゃだった上川君が、すっかり大人な対応を取っていて、とても違和感があった。それでも、まずはルミちゃんのフォローをする辺り、やはり上川君なのだと感じた。子供の頃、陰ながら私のことを守ってくれた上川君だ。
私が今までどうしていたのかを尋ねると、上川君は照れくさそうに話してくれた。中学卒業後、死に物狂いで勉強に励み、有名大学に入学した。そして、大学でも頭が悪くなりそうなほど、勉強したのだと上川君は頭を掻いた。弁護士資格を取り、今では弁護士事務所で働いている。休暇を取って、数年振りに地元に帰ってきたそうだ。ルミちゃんから電話があったのは、その件だったらしい。折角の休暇に地元に帰ってきたのに、私なんかの面倒ごとに巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちで一杯になった。私なんかに構わず、休暇を満喫して欲しいと伝えた。
「だから、『なんか』とか言うなよ。最後に会った時にも言ったぞ。覚えてねえだろ? まったく、ジャイ子は中学ん時から、なんも変わってねえな」
私もちゃんと覚えているよ。凄く嬉しかったから。上川君はなんだか嬉しそうに、歯を見せ笑った。近くで顔を見ると、やっぱり上川君で、昔の面影のままだ。さすがに、髪の毛は黒くなっているけれど。地面に胡坐を掻いて、私を見ていた上川君が、視線を逸らし頭を掻いた。
「休みを取って帰ってきた理由はな、ジャイ子・・・お前に会いに来たんだよ。まあ、まさかこんな状況になってるとは、思いもしなかったけど。でも・・・今、この瞬間にお前に会えて、本当に良かった」
上川君は、両手で顔をゴシゴシ擦り、深呼吸をする。しばらく、地面の一点を見つめた後、私の目を見て、真剣な眼差しを向けてくる。
「ジャイ子は、頭が良くて、金持ちが好きなんだろ?」
え? いったいなんのことを言っているのだろう? 私は首を傾けた。私の姿を見て、上川君は不愉快そうに唇を尖らせた。
「まあ、覚えてなかったら、それでもいい! でも、お前は確かにそう言ったんだよ。だから、俺は必死に勉強して、弁護士になって、金は・・・その、まだそんなにないけど・・・でも、これから、ガンガン稼いでみせる」
上川君は、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「俺はお前を守る為に生きてきた。だから、俺にお前を守らせてくれないか?」
上川君が頭を上げると、私の瞳からは、自然と涙が零れ落ちてきた。両手で口を押え、痙攣を起こしたように、体が震えた。
「ジャイ子の現状は、全て知ってる。やっぱり俺は馬鹿で、デリカシーがないのかもしれない。でも、言わせて欲しい。俺はお前を初めて見た小学生の時から・・・」
上川君は私を見つめる。唾を飲み込み、喉仏が小さく上下した。
「ずっと、お前のことが、好きだ。十年振りに会った今の気持ちにも一ミリもブレはねえ」
上川君の顔を見ていられなかった。罪悪感で押し潰されそうだ。お腹が痛くて、吐きそうだ。
やっぱり、私は、まだ杉本君のことが・・・そして、お腹の中には・・・。
あんなことがあって・・・あんなことをされて・・・あんな扱いを受けて・・・。
それでも、杉本君のことが嫌いになれないだなんて・・・私は、頭か心の病気なのかもしれない。
嗚咽が止まらない。痛くて、苦しくて、息ができなくて・・・どうしたら、良いのか分からない。
「か・・・上川君?」
「どうした?」
上川君は、私の背中を撫でながら、信じられないくらいの優しい声を出した。
「私の・・・名前知ってる?」
「当たり前じゃないか。合田奈美恵だ。忘れたことなんか一度もない」
私は無意識の内に、上川君の手を握っていた。
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