ジャイ子とスパイダーマンの恋

ふじゆう

文字の大きさ
19 / 19

エピローグ

しおりを挟む
「奈美恵、なに泣いてんのよ?」
 リビングテーブルの向かい側に座っているルミちゃんが、笑いながら小声で話した。ソファで遊んでいる旦那と娘に気づかれないように、配慮してくれたのだろう。
「なんでもないよ。幸せを噛み締めていただけ」
「あーはいはい、惚気ですか? 既婚者は良いですなあ!」
 私が差し出したお茶をグイっと一気に飲み干し、おかわりと言わんばかりに、グラスを突き出した。私は笑いながら、グラスにお茶を注いだ。
 海外で成功を収めたルミちゃんは、今でも忙しそうに世界中を飛び回っている。今でも、たまにこうして、私に会いに来てくれる。こんな美人さんを男性が放っておく訳がないから、きっとルミちゃん自身があまり興味がないのだろう。
「ねえ! ちょっと、リュウ! あんたの嫁が、惚気て大変なのよ!」
 ルミちゃんが、ソファにいるリュウ君に声をかけた。すると、リュウ君は、娘を背中に背負いながら、私の背後に回る。そして、肩から両腕を回し、頬を寄せてきた。
「当たり前じゃん! 今でもラブラブなんだから! 結婚は良いぞ! お前もさっさと結婚するんだな!」
「ラブラブ―ラブラブー!」
 リュウ君が私の耳元で言い、娘も楽しそうにはしゃいでいる。私は恥ずかしくて、耳が熱くなった。目の前に座っているルミちゃんは、呆れ顔だ。
 ルミちゃんとリュウ君が、五年前の地獄から私を救い出してくれた。地獄に落ちた元凶などとは、口が裂けても言わないけれど、当時お腹にいた娘も元気に育っている。
 有頂天から、突如、地獄に叩き落されたあの日。私は、どうすれば良いのか、どうしたいのか、自分では何も判断できなかった。ただただ、泣くことしかできなかった、か弱い子供だった。比喩ではなく、本当に目の前が真っ暗になった。
 私は、ただ縋っただけだ。
 最近、不祥事で逮捕された彼ではないけれど、まさに芥川の蜘蛛の糸であった。地獄に落ちた私に、リュウ君が蜘蛛の糸を垂らしてくれた。縋りつくように、その糸を掴んだだけだ。そして、天国へと引っ張り上げてくれた。
 リュウ君は、私の愛すべき旦那様であり、正義のヒーローだ。颯爽と駆け付け、助けてくれた。まさに、スパイダーマンだ。そして、あの日から二日後、ルミちゃんが帰国してくれて、毎日のように私の傍にいてくれた。少しずつ心の傷が癒え、頭と生活の全てを占めていた彼の占領面積を縮小してくれた。例えは悪いかもしれないけれど、陣取りゲームでルミちゃんとリュウ君が、相手陣営を攻め落としてくれた。まさに、一騎当千の活躍だ。ルミちゃんとリュウ君が甲冑を身に纏い、武器を携えている姿を想像すると、なんだか笑えてきた。
 ふと、気が付くと、ルミちゃんとリュウ君が痴話喧嘩をしていた。
「何言ってんのよ! 奈美恵が一番好きなのは、私なの! 私と奈美恵は、鉄の絆で結ばれた親友なの!」
「はあ? 何言ってんだよ!? 俺に決まってんだろ! 俺は旦那だぞ! 俺と奈美恵は、海よりも深い愛情で繋がってるんだ!」
 何を訳の分からないことで、言い合っているのだか・・・。でも、嬉しくて、笑みが零れた。
「えー! ママは、わたしが好きなんだよ? ねえ、ママ?」
 娘まで参戦し、大混乱を繰り広げている。三人が私を見つめた。正解を待っている眼差しだ。私は、逃げるように視線を背ける。テレビの前では、相変わらず息子が、自分の世界に没頭している。こんなにも騒がしいのに・・・ある意味、あの子が一番逞しいのかもしれない。三人からの視線が痛い。
「四人とも、大好きだよ!」
 私は、満面の笑みを浮かべる。親友と旦那様と娘は、不服そうに唇を尖らせるのであった。
<完>
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

婚約者が番を見つけました

梨花
恋愛
 婚約者とのピクニックに出かけた主人公。でも、そこで婚約者が番を見つけて…………  2019年07月24日恋愛で38位になりました(*´▽`*)

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

処理中です...