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第三章 三つ目の願いを握った小さな娘
四
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無視するに限る。何も見えないし、何も聞こえない。折角ここまで、誰にも邪魔されることなく、楽しく過ごしてきたのだから、有終の美を飾らせて欲しいものだ。
「もし? もし? 聞こえておるのだろう?」
自然と歩く速度が上がる。僕が突然、速度を上げたから、雫さんは驚いた顔をしていた。
「あ、電車の時間もあるし、少し急ぎましょうか?」
今までのんびり歩いていたのだから、無理がある言い訳をし、笑って誤魔化す。体を屈めて、真君の耳に唇を寄せた。きっと、真君にも『あの声』が聞こえているだろう。
「真君。無視してね」
囁くと、真君は、正面を見ながら頷いた。やはり、真君にも聞こえているようだ。僕よりも先に異変に気が付いたのだから、当然だろう。小学生でも玄常寺の住人だ。多少なり、何かしらの能力は、備わっていると思っていた。
「もし!? 待っておくれ!? 拙者の話を聞いておくれ!」
早歩きで歩道を進むが、声の主は追いかけてきている。右側の腰の高さまである植木の中を通ってきているようだ。振り切れるだろうか? きっと、真君と声の主は、目が合ってしまったのだろう。そして、見えると分かると、これだ。普段なら、話くらいは聞いてあげたいけれど、今日はダメだ。今日だけは、ダメだ。頼むから、邪魔しないでくれ。
「もし!? 聞こえておるのだろう!? 見えておるのだろう!? 小さな娘や!?」
「僕は、男だあ!!」
真君は、急停車し、声を荒らげた。ああ、なんてこった。僕達から手を離した真君は、植木の方を睨みつけている。僕は、溜息をつき、薄暗い空を見上げた。
「え? どうしたの? 何かいるの?」
雫さんが、真君と僕に交互に視線を向けている。雫さんの様子を見る限り、あまり驚いているようには、見えない。雫さんも僕達の事情を知っているので、ある程度の免疫ができたのだろう。ガサガサという樹木をかき分ける音が聞こえると、ゴミ袋が転がってきた。そして、ゴミ袋が真君の足に纏わりついた。
「おお! やはり、拙者が見えておるようだ! すまぬが、頼みごとを聞いてもらえぬか!?」
真君の足に絡むゴミ袋の中から、声が聞こえる。真君が、鬱陶しそうに、足を蹴り上げるが、袋は離れない。
話を聞いて欲しいから、頼みごとを聞いて欲しいに変わっている。
面倒なことにならなければ、良いのだけど。諦めたように、真君が足の動きを止めると、ゴミ袋がモゾモゾと動いた。すると、袋の口から、ひょこっと顔が出てきた。
一目瞭然だった。その者のチャームポイント的なものが、真っ先に目に飛び込んできたからだ。頭頂部に大きな皿がついている。緑色の皮膚に、口ばしがあり、頭に皿が乗っているとなると・・・。
「拙者、旅河童属、晴天雨合羽の李九と申す」
でしょうね。河童自体は、あまり珍しくはない。僕も何度も目撃している。しかし、旅河童は知っているが、晴天雨合羽というのは、初耳だ。僕は、足元の河童から、視線を移すと、雫さんは花壇の淵に腰を下ろしていた。静観を決めたようだ。
「晴天雨合羽って何?」
僕よりも先に、真君が口を開いた。
「良くぞ聞いて下さった! 拙者は、そんじょそこらの、旅河童とは違うのでございます。日光とは、我々河童の大敵でございます。体やこの皿は、熱や乾燥に弱いのでございます。それゆえ、旅河童は、晴れの日は、移動ができませぬ。しかし、我々は、晴れていようとも、特注の雨合羽を身に纏い、旅を続けられるのでございますよ」
李九は、自慢げに頭の皿を指さし、腕組みをした。つぶらな瞳を輝かせ、自慢げに語っているが、その素晴らしさが理解できない。
「それは、君が凄いんじゃなくて、合羽が凄いんじゃないの?」
子供とは、残酷だ。真君が、鬱陶しそうにズバッと確信をつく。
「な、何をおっしゃいますか!? 我々が愛用する合羽は、特注品なのですぞ!? 日光を遮断し、紫外線をも防ぐ優れもの! 我々が試行錯誤の末完成させた最高傑作なのです! 我々の血と涙の結晶ですぞ! 研鑽の賜物なのですぞ!」
「でも、それって、君がやったんじゃないよね? それを自分の手柄みたいに言うのって、どうなの?」
「ムググ・・・そ、それは・・・」
真君を見上げる李九の瞳には、じんわりと涙が浮かんできていた。見ていて可哀そうになってきた。真君の腰程の高さにある顔が、不憫でならない。僕は、真君の肩に手を置いて、屈んだ。これ以上、真君が本領発揮すると、李九が泣き出してしまいそうだ。
「ところで、李九? 君のそのご自慢の雨合羽が、見当たらないんだけど?」
「そうなのでございます! 拙者の大切な大切な雨合羽が、無くなってしまったので、ございます!」
「無くなった? どこかに落としてしまったの? それは、いつ? どこで?」
小さな頭をフルフルと左右に振る李九は、涙をいっぱいに溜めた目で、僕を見つめてくる。こんな間近で、河童を見たのは初めてだけど、頭の皿に水がはってある訳ではないようだ。頭を振った時に、少し心配してしまった。
「向こうの橋の下で、今朝目覚めると、無くなっていたのでございます! 大切な合羽ゆえ、しっかり抱いて寝ておりましたが・・・」
それは、掛布団の代わりにして、眠っていたということだろう。風で飛ばされたか、もしくは何者かに盗まれたのか。しかし、同族以外に、李九の合羽を必要としている者が、いるとも思えない。僕は、横にある真君の顔を見ると、彼も見返してきた。お互いどうしようと、合図を送っている。お腹も空いてきたし、何よりも雫さんを放置しておくのが、申し訳ない。ならば、選択肢は、二つだ。
急いで探して、ご飯を食べに行く。
李九のことは、放っておいて、ご飯を食べに行く。
しかし、僕は見習いとは言え、『もののけもの』だ。僕が、決断を下せずに、あれやこれやと考えていると、真君が背を向けた。
「ねえ、雫? 退屈でしょ? お腹空いてるよね?」
「え? お腹は、空いてきてるけど、全然大丈夫だよ? なんだかよく分からないけど、私のことは気にしなくて良いよ?」
「急いでる時に、困っている人に頼み事をされたら、雫ならどうする?」
「え? そうだなあ?」
雫さんは、指を顎に当てて、空を見上げた。
「急いでいる理由と頼み事の内容にもよるけど、自分に出来ることなら、協力してあげるかな? やっぱり、困っている人を放っておけないものね? 困っている人を見捨ててしまったら、ずっと気になって後悔しそうだしね」
「自分に出来ることなら・・・か」
真君がポツリと呟いている頃、僕は心臓がえぐられるような、痛みを覚えていた。困っている人(人ではないけど)を見捨てようとした。そんな数秒前の僕をぶん殴ってやりたい。すると、真君が、両手で帽子の淵を握りしめ、更に深く被るように下げた。そのまま、真君は、しばらくの間動かなかった。李九が不安そうな表情で、真君の顔を覗き込む。そして、情けない顔で僕を見上げた。僕は、二・三度頷き、真君を見る。
「雫! お願いがあるんだけど!」
「何?」
「僕が良いって言うまで、目を閉じていて欲しいんだ」
「え? あ、うん。分かったよ」
雫さんは、少し俯いて目を閉じた。雫さんの姿を確認した真君が、僕の耳元に口を寄せる。
「時、雫には、内緒にしててね?」
「・・・うん、分かった。約束する」
真君の内緒話に合わせて、僕も声を押さえた。真君の真剣な眼差しを受け、力強く頷いた。すると、真君が深呼吸をして、ゆっくりと帽子を脱いだ。真君が脱帽した姿を始めて見た。屋敷内であろうが、いつでも帽子を被っている。真っ黒でサラサラした細い髪の毛が、風でなびいている。
「合羽って、普通の合羽? 人間が来ているみたいな奴?」
「そ、そうでございます! 拙者の体と同じ色でございます!」
「・・・分かった」
真君は、目を閉じた。黙って真君の様子を眺めていると、声を漏らしそうになり、慌てて口を押えた。
真君の額には、横に引いた線のような跡があった。そして、その線が―――徐々に開いていき、目が現れた。瞳の白い部分を黒く塗りつぶしたような、大きな目玉だ。
第三の目が、出現したのだ。
真君は、第三の目で、周囲を見渡している。その場で、グルリと一周して、ピタリと動きを止めた。
「見つけた! 皆、ついてきて!」
大声を上げた真君が、走り出した。李九が後を追って行く。僕は、雫さんに手を伸ばして、彼女を立たせてから、二人の後を追った。
「何が起こったの?」
走りながら、雫さんが、僕を見上げた。僕は、真君の能力は伏せたまま、状況を説明した。雫さんは、特に驚くこともなく、『へえ、河童って本当にいたんだね?』と、にこやかに笑った。雫さんも玄常寺での出来事によって、ある程度の免疫があるのだから、多少のことでは驚かない。そして、真君は僕と一緒に、玄常寺で暮らしているのだから、当然特殊な能力があることも承知していた。
第三の目。詳しい能力は、分からないけど、僕の能力の上位互換だと推測する。『見える』僕に対して、『物凄く見える』ということなのだろう。遠くを見通せる『千里眼』というものだろう。千里先まで、見ることができる。僕とは違い、立派な能力だと、素直に思った。そして、落ち込んだ。玄常寺で、一番能力が低いのは、僕だと言う事実を突きつけられた気分だ。
どうして、あんなにも素晴らしい能力を、隠しているのだろう?
僕と雫さんが、二人に追いつくと、李九は緑色の雨合羽を着ていて、飛び跳ねながら、大喜びをしていた。
「本当に、何とお礼を申せば、良いものか・・・」
額を地面につけ、李九は土下座をする。
「もう、そんなの良いから、顔上げなよ」
真君は、照れくさそうに、そっぽを向いた。
「そういう訳には、いきませぬ! この御恩は、命に代えてもお返しさせて頂きます!」
ハハー! と、お殿様にでもするような所作を繰り返す、李九であった。すっかり日も暮れてしまったので、僕達は早くご飯を食べに行きたい。真君が僕を見上げて、『なんとかして』と訴えてくる。
「僕達、急いでるから、そろそろ良いかな? どうしても、気が晴れないって言うなら、僕達は玄常寺っている寺に住んでいるから、いつでも遊びに来てね」
「な! なんと! 玄常寺の方々で、ございましたか!? あの歪屋殿がおられる!? そんな方々にお助け頂けたとは、この李九、この上ない幸福でございます!」
地面にめり込んでいきそうな李九は、額を擦りつける。正直、僕は何もしていないし、『あの歪屋殿』と言われても、ピンとこない。どの歪屋だ? 傍にいると、凄い人であることを忘れてしまう。
このままでは、埒が明かないので、僕達は早々にこの場を去ることにした。背後からは、大声で感謝の言葉が飛んできている。
「困っていた人を助けたんでしょ? 真君は、偉いね」
雫さんが、真君の帽子を撫でる。
「べ、別にそんなんじゃ」
耳まで真っ赤にしている真君を眺め、顔が綻んでいく。
「ねえ、雫? 雫は、気味悪くないの?」
「え? 何が?」
「ぼ、僕達のこと・・・」
「どうして? 気味悪くなんかないよ。今日、一緒に遊んでいて、とても楽しかったでしょ? 私は、とても楽しかった! それが、答えじゃない?」
雫さんと真君が、手をつないでいる。僕は、二人の様子を後ろから眺めながらついて行く。真君には、色々と葛藤があるようだ。真君は、祈子さんと同じ、『もののけ』なのだろう。僕には、理解するのが難しい、『見えない壁』というものが、あるのだろう。
「じゃあ、人間と化け物とどっちと、友達になりたい?」
「どっち? 化け物というのが、良く分からないんだけど」
「どっちか、選んで!?」
「ええ!? それなら、人間かなあ? 化け物って、怖いイメージがあるからね」
「・・・そうだよね」
真君は、肩を落として、小さな歩を進めていく。僕は、慌てて真君の隣に並んだ。
「ちょっと、真君? それは、極端過ぎじゃないの? 後、言葉のチョイス! 化け物って言ったら、誰だって警戒するよ? 人間にだって、嫌な奴はいるし、『もののけ』にだって、良い奴は沢山いるよ? そんな、究極の選択なんか、何も参考にもならないよ」
僕が、必死になって話していると、真君が肩を震わせて俯いてしまった。すると、クスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。
「何、必死になってんだよ? 暑苦しい奴だなあ? ねえ、雫? こんな暑苦しい奴は、放っておいてご飯食べに行こ!」
真君は笑いながら、雫さんの手を引いて、突然駆け出した。呆気に取られていた僕は、慌てて二人を追いかける。
その後、三人でファミレスに入って、夕食を取った。僕は、ここぞとばかりに、三人分の会計をクレジットカードで精算した。大きく背伸びをしている気恥ずかしさはありつつ、大人びた行為にドヤ顔を見せてしまった。
「何、ドヤってんだよ? 響介さんのお金だろ? 李九と同じだな?」
真君の突っ込みに、背中を丸めて帰路についた。
雫さんとは、更に近づけた気がする。真君との間にあった隔たりも、少しは解消できたのではないだろうか? 本当に、楽しい一日を過ごすことができて、大満足だ。雫さんには、本当に感謝している。このまま真君とも、本当の兄弟のようになれたら、楽しい毎日が送れそうだと、胸が高鳴った。どちらが兄だかは、判然としないけれど。
そんなことを考えていた数日後の夜、僕が布団に入った時のことだ。突然、自室の扉をノックする音が聞こえ、返事をすると暗闇から真君が現れた。神妙な面持ちで、立ち尽くしている。何事かと思い、慌てて布団を跳ねのけると、真君が僕を見上げた。
「・・・時。ちょっと、お願いがあるんだけど」
「もし? もし? 聞こえておるのだろう?」
自然と歩く速度が上がる。僕が突然、速度を上げたから、雫さんは驚いた顔をしていた。
「あ、電車の時間もあるし、少し急ぎましょうか?」
今までのんびり歩いていたのだから、無理がある言い訳をし、笑って誤魔化す。体を屈めて、真君の耳に唇を寄せた。きっと、真君にも『あの声』が聞こえているだろう。
「真君。無視してね」
囁くと、真君は、正面を見ながら頷いた。やはり、真君にも聞こえているようだ。僕よりも先に異変に気が付いたのだから、当然だろう。小学生でも玄常寺の住人だ。多少なり、何かしらの能力は、備わっていると思っていた。
「もし!? 待っておくれ!? 拙者の話を聞いておくれ!」
早歩きで歩道を進むが、声の主は追いかけてきている。右側の腰の高さまである植木の中を通ってきているようだ。振り切れるだろうか? きっと、真君と声の主は、目が合ってしまったのだろう。そして、見えると分かると、これだ。普段なら、話くらいは聞いてあげたいけれど、今日はダメだ。今日だけは、ダメだ。頼むから、邪魔しないでくれ。
「もし!? 聞こえておるのだろう!? 見えておるのだろう!? 小さな娘や!?」
「僕は、男だあ!!」
真君は、急停車し、声を荒らげた。ああ、なんてこった。僕達から手を離した真君は、植木の方を睨みつけている。僕は、溜息をつき、薄暗い空を見上げた。
「え? どうしたの? 何かいるの?」
雫さんが、真君と僕に交互に視線を向けている。雫さんの様子を見る限り、あまり驚いているようには、見えない。雫さんも僕達の事情を知っているので、ある程度の免疫ができたのだろう。ガサガサという樹木をかき分ける音が聞こえると、ゴミ袋が転がってきた。そして、ゴミ袋が真君の足に纏わりついた。
「おお! やはり、拙者が見えておるようだ! すまぬが、頼みごとを聞いてもらえぬか!?」
真君の足に絡むゴミ袋の中から、声が聞こえる。真君が、鬱陶しそうに、足を蹴り上げるが、袋は離れない。
話を聞いて欲しいから、頼みごとを聞いて欲しいに変わっている。
面倒なことにならなければ、良いのだけど。諦めたように、真君が足の動きを止めると、ゴミ袋がモゾモゾと動いた。すると、袋の口から、ひょこっと顔が出てきた。
一目瞭然だった。その者のチャームポイント的なものが、真っ先に目に飛び込んできたからだ。頭頂部に大きな皿がついている。緑色の皮膚に、口ばしがあり、頭に皿が乗っているとなると・・・。
「拙者、旅河童属、晴天雨合羽の李九と申す」
でしょうね。河童自体は、あまり珍しくはない。僕も何度も目撃している。しかし、旅河童は知っているが、晴天雨合羽というのは、初耳だ。僕は、足元の河童から、視線を移すと、雫さんは花壇の淵に腰を下ろしていた。静観を決めたようだ。
「晴天雨合羽って何?」
僕よりも先に、真君が口を開いた。
「良くぞ聞いて下さった! 拙者は、そんじょそこらの、旅河童とは違うのでございます。日光とは、我々河童の大敵でございます。体やこの皿は、熱や乾燥に弱いのでございます。それゆえ、旅河童は、晴れの日は、移動ができませぬ。しかし、我々は、晴れていようとも、特注の雨合羽を身に纏い、旅を続けられるのでございますよ」
李九は、自慢げに頭の皿を指さし、腕組みをした。つぶらな瞳を輝かせ、自慢げに語っているが、その素晴らしさが理解できない。
「それは、君が凄いんじゃなくて、合羽が凄いんじゃないの?」
子供とは、残酷だ。真君が、鬱陶しそうにズバッと確信をつく。
「な、何をおっしゃいますか!? 我々が愛用する合羽は、特注品なのですぞ!? 日光を遮断し、紫外線をも防ぐ優れもの! 我々が試行錯誤の末完成させた最高傑作なのです! 我々の血と涙の結晶ですぞ! 研鑽の賜物なのですぞ!」
「でも、それって、君がやったんじゃないよね? それを自分の手柄みたいに言うのって、どうなの?」
「ムググ・・・そ、それは・・・」
真君を見上げる李九の瞳には、じんわりと涙が浮かんできていた。見ていて可哀そうになってきた。真君の腰程の高さにある顔が、不憫でならない。僕は、真君の肩に手を置いて、屈んだ。これ以上、真君が本領発揮すると、李九が泣き出してしまいそうだ。
「ところで、李九? 君のそのご自慢の雨合羽が、見当たらないんだけど?」
「そうなのでございます! 拙者の大切な大切な雨合羽が、無くなってしまったので、ございます!」
「無くなった? どこかに落としてしまったの? それは、いつ? どこで?」
小さな頭をフルフルと左右に振る李九は、涙をいっぱいに溜めた目で、僕を見つめてくる。こんな間近で、河童を見たのは初めてだけど、頭の皿に水がはってある訳ではないようだ。頭を振った時に、少し心配してしまった。
「向こうの橋の下で、今朝目覚めると、無くなっていたのでございます! 大切な合羽ゆえ、しっかり抱いて寝ておりましたが・・・」
それは、掛布団の代わりにして、眠っていたということだろう。風で飛ばされたか、もしくは何者かに盗まれたのか。しかし、同族以外に、李九の合羽を必要としている者が、いるとも思えない。僕は、横にある真君の顔を見ると、彼も見返してきた。お互いどうしようと、合図を送っている。お腹も空いてきたし、何よりも雫さんを放置しておくのが、申し訳ない。ならば、選択肢は、二つだ。
急いで探して、ご飯を食べに行く。
李九のことは、放っておいて、ご飯を食べに行く。
しかし、僕は見習いとは言え、『もののけもの』だ。僕が、決断を下せずに、あれやこれやと考えていると、真君が背を向けた。
「ねえ、雫? 退屈でしょ? お腹空いてるよね?」
「え? お腹は、空いてきてるけど、全然大丈夫だよ? なんだかよく分からないけど、私のことは気にしなくて良いよ?」
「急いでる時に、困っている人に頼み事をされたら、雫ならどうする?」
「え? そうだなあ?」
雫さんは、指を顎に当てて、空を見上げた。
「急いでいる理由と頼み事の内容にもよるけど、自分に出来ることなら、協力してあげるかな? やっぱり、困っている人を放っておけないものね? 困っている人を見捨ててしまったら、ずっと気になって後悔しそうだしね」
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真君がポツリと呟いている頃、僕は心臓がえぐられるような、痛みを覚えていた。困っている人(人ではないけど)を見捨てようとした。そんな数秒前の僕をぶん殴ってやりたい。すると、真君が、両手で帽子の淵を握りしめ、更に深く被るように下げた。そのまま、真君は、しばらくの間動かなかった。李九が不安そうな表情で、真君の顔を覗き込む。そして、情けない顔で僕を見上げた。僕は、二・三度頷き、真君を見る。
「雫! お願いがあるんだけど!」
「何?」
「僕が良いって言うまで、目を閉じていて欲しいんだ」
「え? あ、うん。分かったよ」
雫さんは、少し俯いて目を閉じた。雫さんの姿を確認した真君が、僕の耳元に口を寄せる。
「時、雫には、内緒にしててね?」
「・・・うん、分かった。約束する」
真君の内緒話に合わせて、僕も声を押さえた。真君の真剣な眼差しを受け、力強く頷いた。すると、真君が深呼吸をして、ゆっくりと帽子を脱いだ。真君が脱帽した姿を始めて見た。屋敷内であろうが、いつでも帽子を被っている。真っ黒でサラサラした細い髪の毛が、風でなびいている。
「合羽って、普通の合羽? 人間が来ているみたいな奴?」
「そ、そうでございます! 拙者の体と同じ色でございます!」
「・・・分かった」
真君は、目を閉じた。黙って真君の様子を眺めていると、声を漏らしそうになり、慌てて口を押えた。
真君の額には、横に引いた線のような跡があった。そして、その線が―――徐々に開いていき、目が現れた。瞳の白い部分を黒く塗りつぶしたような、大きな目玉だ。
第三の目が、出現したのだ。
真君は、第三の目で、周囲を見渡している。その場で、グルリと一周して、ピタリと動きを止めた。
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大声を上げた真君が、走り出した。李九が後を追って行く。僕は、雫さんに手を伸ばして、彼女を立たせてから、二人の後を追った。
「何が起こったの?」
走りながら、雫さんが、僕を見上げた。僕は、真君の能力は伏せたまま、状況を説明した。雫さんは、特に驚くこともなく、『へえ、河童って本当にいたんだね?』と、にこやかに笑った。雫さんも玄常寺での出来事によって、ある程度の免疫があるのだから、多少のことでは驚かない。そして、真君は僕と一緒に、玄常寺で暮らしているのだから、当然特殊な能力があることも承知していた。
第三の目。詳しい能力は、分からないけど、僕の能力の上位互換だと推測する。『見える』僕に対して、『物凄く見える』ということなのだろう。遠くを見通せる『千里眼』というものだろう。千里先まで、見ることができる。僕とは違い、立派な能力だと、素直に思った。そして、落ち込んだ。玄常寺で、一番能力が低いのは、僕だと言う事実を突きつけられた気分だ。
どうして、あんなにも素晴らしい能力を、隠しているのだろう?
僕と雫さんが、二人に追いつくと、李九は緑色の雨合羽を着ていて、飛び跳ねながら、大喜びをしていた。
「本当に、何とお礼を申せば、良いものか・・・」
額を地面につけ、李九は土下座をする。
「もう、そんなの良いから、顔上げなよ」
真君は、照れくさそうに、そっぽを向いた。
「そういう訳には、いきませぬ! この御恩は、命に代えてもお返しさせて頂きます!」
ハハー! と、お殿様にでもするような所作を繰り返す、李九であった。すっかり日も暮れてしまったので、僕達は早くご飯を食べに行きたい。真君が僕を見上げて、『なんとかして』と訴えてくる。
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「な! なんと! 玄常寺の方々で、ございましたか!? あの歪屋殿がおられる!? そんな方々にお助け頂けたとは、この李九、この上ない幸福でございます!」
地面にめり込んでいきそうな李九は、額を擦りつける。正直、僕は何もしていないし、『あの歪屋殿』と言われても、ピンとこない。どの歪屋だ? 傍にいると、凄い人であることを忘れてしまう。
このままでは、埒が明かないので、僕達は早々にこの場を去ることにした。背後からは、大声で感謝の言葉が飛んできている。
「困っていた人を助けたんでしょ? 真君は、偉いね」
雫さんが、真君の帽子を撫でる。
「べ、別にそんなんじゃ」
耳まで真っ赤にしている真君を眺め、顔が綻んでいく。
「ねえ、雫? 雫は、気味悪くないの?」
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「ぼ、僕達のこと・・・」
「どうして? 気味悪くなんかないよ。今日、一緒に遊んでいて、とても楽しかったでしょ? 私は、とても楽しかった! それが、答えじゃない?」
雫さんと真君が、手をつないでいる。僕は、二人の様子を後ろから眺めながらついて行く。真君には、色々と葛藤があるようだ。真君は、祈子さんと同じ、『もののけ』なのだろう。僕には、理解するのが難しい、『見えない壁』というものが、あるのだろう。
「じゃあ、人間と化け物とどっちと、友達になりたい?」
「どっち? 化け物というのが、良く分からないんだけど」
「どっちか、選んで!?」
「ええ!? それなら、人間かなあ? 化け物って、怖いイメージがあるからね」
「・・・そうだよね」
真君は、肩を落として、小さな歩を進めていく。僕は、慌てて真君の隣に並んだ。
「ちょっと、真君? それは、極端過ぎじゃないの? 後、言葉のチョイス! 化け物って言ったら、誰だって警戒するよ? 人間にだって、嫌な奴はいるし、『もののけ』にだって、良い奴は沢山いるよ? そんな、究極の選択なんか、何も参考にもならないよ」
僕が、必死になって話していると、真君が肩を震わせて俯いてしまった。すると、クスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。
「何、必死になってんだよ? 暑苦しい奴だなあ? ねえ、雫? こんな暑苦しい奴は、放っておいてご飯食べに行こ!」
真君は笑いながら、雫さんの手を引いて、突然駆け出した。呆気に取られていた僕は、慌てて二人を追いかける。
その後、三人でファミレスに入って、夕食を取った。僕は、ここぞとばかりに、三人分の会計をクレジットカードで精算した。大きく背伸びをしている気恥ずかしさはありつつ、大人びた行為にドヤ顔を見せてしまった。
「何、ドヤってんだよ? 響介さんのお金だろ? 李九と同じだな?」
真君の突っ込みに、背中を丸めて帰路についた。
雫さんとは、更に近づけた気がする。真君との間にあった隔たりも、少しは解消できたのではないだろうか? 本当に、楽しい一日を過ごすことができて、大満足だ。雫さんには、本当に感謝している。このまま真君とも、本当の兄弟のようになれたら、楽しい毎日が送れそうだと、胸が高鳴った。どちらが兄だかは、判然としないけれど。
そんなことを考えていた数日後の夜、僕が布団に入った時のことだ。突然、自室の扉をノックする音が聞こえ、返事をすると暗闇から真君が現れた。神妙な面持ちで、立ち尽くしている。何事かと思い、慌てて布団を跳ねのけると、真君が僕を見上げた。
「・・・時。ちょっと、お願いがあるんだけど」
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『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
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