女装スナック『マーブル』へようこそ!

ふじゆう

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九、後輩は夢の国を見つけた

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「そんなの大した事ないわよ! 私なんかね、可愛い靴を履いてた女の子を見ていたら、警察呼ばれたんだからね! ブスなんか見るか! お前の靴を見てたんだよ! こっちわ!」
「なに言ってるんですか!? 親友に裏切られる事の方が辛いですよ!」
「バッカじゃないの! そんなのとっくに経験済みよ! 通過儀礼みたいなものよ! そんな事で、いちいち凹んでられないわよ! そんなの屁みたいなものよ! もっと、ぶっ飛んだネタ持ってきなさい!」
 いつの間にか、浅岡君の隣には、泥酔したモモちゃんがいる。そして、いつの間にか、二人の不幸自慢が繰り広げられていた。僕と小百合ママは、腹を抱えて笑っている。最初の内は、神妙な面持ちで話を聞いていたのだが、『辛気臭いツラしてんじゃないわよ! 酒が不味くなる!』とモモちゃんに怒られた。
「あの、そろそろ止めた方が良くないですか?」
 僕は、カウンターに身を乗り出して、小百合ママに顔を寄せた。
「デトックスよデトックス。なんでも、溜め込んでちゃいけないわ。全部吐き出せば良いのよ。吐き出す姿は、汚いものなの。でも、後でスッキリするものよ」
 小百合ママは、二人のバトルを手を叩いて笑っている。デトックス・・・そんなものなのか。確かに二人の様子を見ていると、喧嘩をしているというより、じゃれ合っているような感じだ。まるで、長年の友人のように意気投合しているように見える。浅岡君を裏切ったという二人の親友は、彼のこんな姿を見た事があったのだろうか?
「そうよね、そうよね? 辛かったわよね。ミクちゃんは、何も悪くないわよ」
「モモちゃーん!」
 は? なんだこの状況は? 少しだけ考え事をしていたら、浅岡君とモモちゃんが泣きながら抱き合っている。場面転換が早すぎて、現状についていけない。モモちゃんは一目瞭然なのだが、実は浅岡君も泥酔しているようだ。
 騒いで泣いて、大忙しだ。それにしても、この店は本当に変わっている。初めて会った者同士が、肩を組んで騒いでいたかと思うと、抱き合って泣いていたりする。悲しんでいる人を見つけると、そっと寄り添って共に涙を流す。現代社会は、漠然とだけど、荒んでいるように見える。だけど、ここには、この空間には、こんなにも素敵な光景が広がっている。同じ国内のはずなのだけど、不思議な感じだ。まるでこの空間だけ、異世界のようだ。
「ミクちゃん。事情はどうあれ、人様の物を盗むのは、良くないわ。だから、今度、私と一緒に下着を買いにいきましょ? 私となら、怖くないでしょ?」
 モモちゃんが優しく浅岡君の頭を撫でた。浅岡君は、目元を擦りながら、小さく頷いた。その浅岡君の姿が、妙に幼く見えた。浅岡君は、ビールを飲み干した。そして、ミラーボールの光が回る天井を眺める。浅岡君の整った顔が、いつもより凛々しく見えた。デトックス効果により、スッキリしたのかもしれない。憑き物が落ちたようだ。
「・・・僕、やっぱり、家族に打ち明けようと思います」
 浅岡君は、ゆっくりと深呼吸をした。天井を見上げているが、もっと遠くの方を眺めているように見えた。家族の顔を思い浮かべているのかもしれない。浮かべている家族の顔は、どんな顔をしているのだろう?
「うーん・・・それは、別に焦る必要はないんじゃないの?」
 浅岡君は、モモちゃんの顔を見つめて、ゆっくりと顔を左右に振った。
「僕、家にいる時が、一番息苦しいんです。ばれていないかと、毎日ヒヤヒヤしています。それに、家族を騙している気持ちになって、心苦しいです。家ではいつも張りつめています。そうでなければ、職場の女性の下着に手を付けません。姉が二人もいるんですから」
 言われて見ればそうだ。浅岡君の家の中には、彼が憧れる物が沢山あるはずだ。万が一を恐れて、ひたすら隠し続けているのだ。自分の願望を欲望を・・・心が休まるはずがない。何十年も、生殺し状態でいたという訳だ。
 考えただけで、ゾッとした。
「それなら、翔ちゃんに聞けば良いじゃないの?」
小百合ママが僕を指さし、皆の視線が集中した。なんの事か分からず、焦ってしまった。僕が解決してあげられる事なんか、何一つないはずだ。
「突然、家族からカミングアウトされた人」
「あっ! そうだった!」
 物凄い勢いで僕を見た浅岡君にドキッとして固まった。そして、気が付いた時には、熱い抱擁をされていた。
「竹内さん! 本当に本当にありがとうございます! こんな最高なお店を紹介してもらって! ここは、まるで夢の国です!」
 千葉県にある夢の国よりも、浅岡君にとっては『マーブル』の方が、居心地が良く理想的な場所なのかもしれない。この小さなスナックが。価値観とは、不思議なものだ。
 ただ残念な事に、僕では浅岡君の問題解決の手助けは、してあげられないだろう。まるで、『謎は全て解けた!』と言わんばかりの浅岡君のはしゃぎように、申し訳なさが膨らんでいく。
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