女装スナック『マーブル』へようこそ!

ふじゆう

文字の大きさ
12 / 46

十二、後輩の悩みは尽きない

しおりを挟む
「小百合ママにアドバイスを頂いて、僕なりに考えてみたんです」
 マーブルへやってきて、三時間ほどが経過していた。案の定と言うべきか、浅岡君は生ビールばかりをひたすら飲み続けている。だが、酔っぱらっている様子がまるでない。僕はと言うと、昨日の事で学習している為、浅岡君に付き合う事はせず、マイペースに飲んでいる。早々にビールを切り上げ、時折冷水を挟む。そのお陰で、冷静に会話ができている。
 週末という事もあり、スナックは繁盛している。まさに稼ぎ時といった感じだ。接客やら、注文に追われている為、ママさん達は忙しそうだ。先ほどアルバイトのバンプちゃんと浅岡君が、始めましての挨拶を交わしていた。バンプちゃんは、縦にも横にも大きい巨漢で、賑やかし担当と言ったところだ。スタッフの中では一番若く、元気がいい。一番若いと言っても、僕よりも年上だ。
「家族にどう告白するかって事?」
「はい。それでやはり一番のネックが、父親だと思いました。昨日、小百合ママは、父親は蚊帳の外で良いと言ってましたが、なかなか厳しいと思いました」
「厳しいっていうのは、お父さんが厳しい人だという事なのかな?」
「それもありますけど、僕の気持ち的にっていうのが、一番の問題です」
 ジョッキグラスをテーブルに置いた浅岡君が、溜息のように息を吐いた。
「どう言う事?」
「僕には、もう既に父親に対して、後ろめたさがあるんですよ」
 僕は続きを促すように、眉を上げて首を傾けた。浅岡君は空になったジョッキを持ち上げて、左手の人差し指でジョッキを指した。カウンター内にいる小百合ママに、お代わりのジェスチャーをした。賑わっている店内では、声は届かない。
「玉川木工所です」
 玉川木工所とは、僕と浅岡君が勤めている会社だ。社員数百五十名の中小企業だ。玉川社長は、三代目の老舗である。会社がどういう事なのだろう。
「僕は、大卒なんです。それで、作業員をやっているから、父親はあまり良い顔をしていないんですよ。折角大学を出たのだから、もっと良い会社に勤めて欲しかったみたいです」
 ああ、なるほど、そう言う事か。僕のような営業マンや設計士、品質管理などの内勤者は、大卒が多い。しかし、木材を加工する職人さんに大卒者はいない。現状では、大卒者は浅岡君だけだ。何年か前にはいたけれど、退職してしまった。しかし、旋盤の操作やプログラムを組んだりと、なかなかの頭脳労働だと認識している。その事を理解されていないのかもしれない。浅岡君のお父さんが言う『良い会社』とは、どんな会社の事なのだろう。
「肉体労働を下に見ている感じがありますね。学歴が関係ない、誰にでもできる仕事だと・・・そういった差別的な考えがある人です」
 確かに、男は年を重ねるほどに、頭が固くなっていく印象がある。プライドだけが高くなって、己が正しいと思い込んでいる節もある。ミスや無知を受け入れられず、こじらせているオジサンが、俗に老害と呼ばれるのだろう。
父さんのような柔軟性を持ったオジサンは、イレギュラーなのかもしれない。ネットを上手く利用しているし、今若者に絶大な人気を誇っているカリスマモデルの『キョンチ』に憧れていると言っていた。十代の女性モデルが好きな六十代の男性というのも珍しいだろう。
 浅岡君のお父さんを説得し理解を求めるのは、困難なのかもしれない。差別的な思考を持った人からしてみたら、もっとも理解から遠い人種なのかもしれない。
「まあ、時間をかけて、外堀を埋めながら、説得するしかないですかね。当たって砕けろでいきますよ」
「家族なんだから、砕ける訳にはいかないと思うけどね。そもそもの話なんだけど、理解してもらう必要ってあるのかな?」
「え? どういう事ですか?」
「いや、家族だからって、全てを把握して理解してないと思うんだけど。例えば、家族の性癖なんか知らないでしょ? 知る必要もないし、知られたくない。むしろ知りたくもない。僕の父さんは女装癖をカミングアウトしたけど、これが幼女趣味だったら、きっと受け入れられなかったと思う」
 当然、犯罪行為は許されないけど、思考内なら問題がない。行動に責任が生まれるのであって、頭で考えている分には犯罪ではない。理解できるかは、犯罪の有無であり、個人の価値観だろう。それならば、わざわざ表に出す必要はないような気がする。
 自分を分かって欲しい、隠しているのが心苦しいというものは、どちらも自分優位な考え方だ。自分が楽になりたいからだ。この考えに、言われた方の感情は、含まれていない。月並みな考えだが、世の中には知らない方が良い事もあるだろう。
「・・・どうすれば良いのか、分からなくなってきました」
「あ! ごめんね! 結局は、浅岡君がどうしたいかって事だから、僕の事は気にしないで」
 余計に混乱させてしまった。他所様の家庭の事に首を突っ込んでも、ろくな事はないだろうから、引き際はしっかり見極めたい。無責任な考え方なのかもしれないけど、そもそも他人の家庭の事情で責任があってたまるか。
 僕は一歩身を引いて、聞き役に徹するべきだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

続『聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...