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十三、父と妹の取引
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「ミ・・・父さん、珍しいね」
連休明けの月曜日、今日は仕事が終わり真っ直ぐに帰宅した。例によって、浅岡君からの誘いはあったものの、丁重にお断りした。浅岡君は、連休中もマーブルに入り浸っていたようだ。安息の地を見つけて喜ばしい事だけど、浅岡君の資金が尽きないか心配だ。
残業をこなし、帰宅すると、僕以外の三人が夕飯を取っている最中であった。父さんの隣の定位置に座ると、母さんが僕の分を用意してくれた。
「ああ、久し振りに休日をもらったんだよ」
父さんは、マーブルをオープンさせて半年ほどが経過し、今までほとんど休みなしに働いていた。父さんいわく、仕事自体が趣味と実益を兼ねている状態なので、休日が欲しいという概念がなかったそうだ。しかし残念な事に、父さんを始めとするママさん達は、六十歳前後のおじさんだ。気持ちは若いが、体は老いている。気持ちだけでは、乗り越えられない壁があるのだと言う。
そこで三人のママさんで話し合った結果、持ち回りで休日を取る事になったそうだ。そもそも、そんな事は当然の事なのだけど、起業した情熱と楽しい時間に失念していたらしい。羨ましい事この上ない。単純計算で、寝ている時間以外では、働いている時間が圧倒的に長いので、仕事が楽しいと言う事は、人生が楽しいという事なのだろう。
「翔太、唐揚げはどう? 美味しい?」
母さんに言われて、唐揚げに箸を伸ばした。そして、小さく首を傾けた。
「あれ? いつもより、べちゃべちゃするし、味もなんか薄いね」
母さんが作る唐揚げは大好物なのだが、今日はいつもよりレベルが低い。母さんを見ていると、視界の端に映る父さんが、分かり易く肩を落としていた。
「あ、この唐揚げ父さんが作ったの?」
「ああ、お母さんに教わって、練習してみたんだ。先ほどの休日持ち回りの件で、ジェシカちゃんの代役がいないと困るからな。必要最低限には、役に立ちたいんだよ」
「でも、まだお客さんに出せるレベルではないね」
「ああ、分かっている。まずは唐揚げを極めようと思う。皆には申し訳ないが、少し付き合って欲しい」
つまり、暫く唐揚げが続くと言う事だろう。唐揚げは好物なのだが、流石に毎日となると辛いかもしれない。
「私、毎日唐揚げはパス! お兄が担当ね! ごちそうさま!」
結衣は、食器を流しに運んで、階段を上っていった。
「いや、流石に毎日は・・・」
母さんを見ると、箸を持った手を左右に振った。
「お母さんは、料理担当だから、味見担当は翔太ね。ちなみに、結衣はメイク担当だから、これが家族の役割分担ね」
「は? 結衣が、メイク担当ってどういう事なの?」
あまりの衝撃に、声が裏返ってしまった。父さんの事をあまり快く思っていなかった結衣が、メイクを教えるなんて事をするとは思えない。つまりそれは・・・僕は父さんを睨みつける。
「賄賂を贈ったね? 何で釣ったの?」
「・・・サマンサタバサのバッグです」
父さんは、気まずそうに視線を逸らしながら、なぜか敬語を使った。後ろめたさやら、気恥ずかしさやらがあるのだろう。
「私は、これ!」
母さんは、嬉しそうにプラダの財布を掲げた。母さんにも賄賂を贈っていたようだ。母さんは、嬉しそうに食器を下げると、鼻歌交じりに洗い物を始めた。
「父さん、どういう事なの?」
僕が、ジットリとした目を向けると、父さんは目を泳がせて顔を背けた。それでも、執拗に父さんを見つめ続けた。
「だっ! だって、仕方ないじゃない!」
父さんは、潤んだ瞳で僕を見つめ返してきた。こんなところで、ミッチャンを出されても困る。ミッチャンは、身振り手振りを交えて、必死に説明をした。
「結衣。キョンチみたいな可愛いメイクを教えて!」
「・・・キモ」
事の発端は、父さんと結衣のこの会話から始まったそうだ。その後、互いに一歩も引かない攻防が繰り広げられたそうだ。そして、父さんは、秘密兵器もとい最終奥義を出した。
「何か欲しいものはないか?」
結衣は、分かり易く飛びつき、今に至るそうだ。その攻防の一部始終を見ていた母さんが、『結衣だけズルイ』と脇腹を突いたそうだ。
浅岡君の家庭の事情を聞いていた手前、あまりにもちょろい我が家の住人に、申し訳なさすら感じた。浅岡君に、女性は物で釣ると良いと教えて上げよう。
それにしても、いくらお店が軌道に乗ってきたとは言え、そんなに散財しても良いものなのか。母さんからは料理を、結衣からはメイクを教わるのだから、先行投資とでも呼ぶのだろうか。必要経費だろうが、経費として経常はできないだろう。
「そう言う事だから、翔太。宜しく頼むね」
父さんが僕の肩に手を置いて、ミッチャンの顔でウインクをした。
「宜しくって・・・はあ!?」
大声を上げて立ち上がると、父さんはそそくさと二階へと上がっていった。
「結衣! 宜しくお願いね!」
「ちょっと、ウチではそのしゃべり方止めてくんない!?」
二階から、父さんと結衣の声が聞こえてくる。母さんは、相変わらず楽しそうに食器を洗っている。物凄い疎外感だ。僕は、一応常連客で、マーブルの売り上げに貢献している。最近では、新規顧客を獲得した。それなのに、僕には何もない。挙句の果てには、『宜しく頼むね』って、もっとお金を落とせと来たものだ。
「・・・納得いかない」
マーブルで、散々愚痴ってやろう。
連休明けの月曜日、今日は仕事が終わり真っ直ぐに帰宅した。例によって、浅岡君からの誘いはあったものの、丁重にお断りした。浅岡君は、連休中もマーブルに入り浸っていたようだ。安息の地を見つけて喜ばしい事だけど、浅岡君の資金が尽きないか心配だ。
残業をこなし、帰宅すると、僕以外の三人が夕飯を取っている最中であった。父さんの隣の定位置に座ると、母さんが僕の分を用意してくれた。
「ああ、久し振りに休日をもらったんだよ」
父さんは、マーブルをオープンさせて半年ほどが経過し、今までほとんど休みなしに働いていた。父さんいわく、仕事自体が趣味と実益を兼ねている状態なので、休日が欲しいという概念がなかったそうだ。しかし残念な事に、父さんを始めとするママさん達は、六十歳前後のおじさんだ。気持ちは若いが、体は老いている。気持ちだけでは、乗り越えられない壁があるのだと言う。
そこで三人のママさんで話し合った結果、持ち回りで休日を取る事になったそうだ。そもそも、そんな事は当然の事なのだけど、起業した情熱と楽しい時間に失念していたらしい。羨ましい事この上ない。単純計算で、寝ている時間以外では、働いている時間が圧倒的に長いので、仕事が楽しいと言う事は、人生が楽しいという事なのだろう。
「翔太、唐揚げはどう? 美味しい?」
母さんに言われて、唐揚げに箸を伸ばした。そして、小さく首を傾けた。
「あれ? いつもより、べちゃべちゃするし、味もなんか薄いね」
母さんが作る唐揚げは大好物なのだが、今日はいつもよりレベルが低い。母さんを見ていると、視界の端に映る父さんが、分かり易く肩を落としていた。
「あ、この唐揚げ父さんが作ったの?」
「ああ、お母さんに教わって、練習してみたんだ。先ほどの休日持ち回りの件で、ジェシカちゃんの代役がいないと困るからな。必要最低限には、役に立ちたいんだよ」
「でも、まだお客さんに出せるレベルではないね」
「ああ、分かっている。まずは唐揚げを極めようと思う。皆には申し訳ないが、少し付き合って欲しい」
つまり、暫く唐揚げが続くと言う事だろう。唐揚げは好物なのだが、流石に毎日となると辛いかもしれない。
「私、毎日唐揚げはパス! お兄が担当ね! ごちそうさま!」
結衣は、食器を流しに運んで、階段を上っていった。
「いや、流石に毎日は・・・」
母さんを見ると、箸を持った手を左右に振った。
「お母さんは、料理担当だから、味見担当は翔太ね。ちなみに、結衣はメイク担当だから、これが家族の役割分担ね」
「は? 結衣が、メイク担当ってどういう事なの?」
あまりの衝撃に、声が裏返ってしまった。父さんの事をあまり快く思っていなかった結衣が、メイクを教えるなんて事をするとは思えない。つまりそれは・・・僕は父さんを睨みつける。
「賄賂を贈ったね? 何で釣ったの?」
「・・・サマンサタバサのバッグです」
父さんは、気まずそうに視線を逸らしながら、なぜか敬語を使った。後ろめたさやら、気恥ずかしさやらがあるのだろう。
「私は、これ!」
母さんは、嬉しそうにプラダの財布を掲げた。母さんにも賄賂を贈っていたようだ。母さんは、嬉しそうに食器を下げると、鼻歌交じりに洗い物を始めた。
「父さん、どういう事なの?」
僕が、ジットリとした目を向けると、父さんは目を泳がせて顔を背けた。それでも、執拗に父さんを見つめ続けた。
「だっ! だって、仕方ないじゃない!」
父さんは、潤んだ瞳で僕を見つめ返してきた。こんなところで、ミッチャンを出されても困る。ミッチャンは、身振り手振りを交えて、必死に説明をした。
「結衣。キョンチみたいな可愛いメイクを教えて!」
「・・・キモ」
事の発端は、父さんと結衣のこの会話から始まったそうだ。その後、互いに一歩も引かない攻防が繰り広げられたそうだ。そして、父さんは、秘密兵器もとい最終奥義を出した。
「何か欲しいものはないか?」
結衣は、分かり易く飛びつき、今に至るそうだ。その攻防の一部始終を見ていた母さんが、『結衣だけズルイ』と脇腹を突いたそうだ。
浅岡君の家庭の事情を聞いていた手前、あまりにもちょろい我が家の住人に、申し訳なさすら感じた。浅岡君に、女性は物で釣ると良いと教えて上げよう。
それにしても、いくらお店が軌道に乗ってきたとは言え、そんなに散財しても良いものなのか。母さんからは料理を、結衣からはメイクを教わるのだから、先行投資とでも呼ぶのだろうか。必要経費だろうが、経費として経常はできないだろう。
「そう言う事だから、翔太。宜しく頼むね」
父さんが僕の肩に手を置いて、ミッチャンの顔でウインクをした。
「宜しくって・・・はあ!?」
大声を上げて立ち上がると、父さんはそそくさと二階へと上がっていった。
「結衣! 宜しくお願いね!」
「ちょっと、ウチではそのしゃべり方止めてくんない!?」
二階から、父さんと結衣の声が聞こえてくる。母さんは、相変わらず楽しそうに食器を洗っている。物凄い疎外感だ。僕は、一応常連客で、マーブルの売り上げに貢献している。最近では、新規顧客を獲得した。それなのに、僕には何もない。挙句の果てには、『宜しく頼むね』って、もっとお金を落とせと来たものだ。
「・・・納得いかない」
マーブルで、散々愚痴ってやろう。
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