女装スナック『マーブル』へようこそ!

ふじゆう

文字の大きさ
19 / 46

十九、初めてのお見舞い

しおりを挟む
 外回りの最中に悲報を受け取った僕は、社用車のハンドルを握る手が震えていた。コンビニに社用車を停車させ、これからのスケジュールを確認する。昼食後、一件の打ち合わせを終えたところであった。後二件、お客様を訪問しなければならない。お客様の位置と、星矢さんが運ばれた病院の位置を確認した。距離と時間を考えて、お客様訪問後に病院へ行った方が良さそうだ。帰社時刻が遅くなる事を上司に報告し、浅岡君にラインを送った。
 二件のお客様訪問を終え、スマートフォンを確認すると、浅岡君からラインが入っていた。命に別状はない事と、運ばれた病院と、これから病院に行く事を送り返した。すると、浅岡君も業務終了後に、お見舞いに行くとの事であった。今の時刻だと、作業員は仕事中だけど、きっと気が気じゃないのだろう。心配で注意力散漫にならない事を伝えた。
 さて、と一先ず深呼吸をした。僕が事故を起こしてしまっては、元も子もない。ナビに病院を指定し、アクセルを踏み込んだ。
 総合病院の地下駐車場に到着し、エレベーターに乗って、一階の受付へ向かう。
「すいません。八剣星矢さんのお見舞いに来たんですけど」
「はい、少々お待ち下さい・・・あのそのような方は、お見えになっておりませんが」
「え?」
 受付のお姉さんが、申し訳なさそうに眉を下げている。病院を間違えたのだろうか? スマートフォンを取り出し、父さんからのラインを確認する。場所は、合っている。そう思った瞬間、盛大なミスに気が付いた。八剣星矢さんは、ホスト時代の源氏名だ。しまった。星矢さんの本名を知らない。
「ええっと・・・今朝、ここに運ばれてきた人なんですけど・・・あの、男性なんですけど、見た目は女性で・・・その」
 見るからに不審者の如く狼狽えてしまった。確実に混乱しているのだろう。ハッとした時には、胸の前で左右の手にボールを持っているような仕草をしていた。胸が大きい事をアピールする必要なんかどこにもない。
「ああ! あの方ですね! 失礼ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「あ、はい。竹内翔太です」
「少々、お待ちください」
 丁寧に頭を下げた女性スタッフは、手元に置いてある受話器を持ち上げて、どこかに電話をかけた。そして、相手に僕の名前を告げ、受話器を置いた。
「お待たせいたしました。ご案内いたしますので、こちらをご覧下さい」
 女性スタッフが、カウンターの上に、病院内の経路が描かれている地図を広げた。僕は、覆い被さるようにして、地図を目視する。女性スタッフは、細い指で地図を撫でるように、目的地の場所を説明してくれた。
「ありがとうございました」
 首を突き出すようにして会釈し、受付を後にした。まるで巨大な迷路のようになっている通路を歩き、別館へと移った。エレベーターに乗って、最上階である六のボタンを押す。エレベーターの扉が閉まったところで、大きく息を吐いた。これまでの人生で、病院のお世話になった事がなかったので、妙な緊張感があった。小さな歯医者なら行った事があるが、これほどまでに大きな病院にきたのは、初めての経験だ。物珍しそうに観察するのも失礼だと感じたので、悟られないように眼球だけをキョロキョロ動かしていた。当然、誰かのお見舞いに来たのも初めての経験だ。幸いな事に、家族は勿論、友人知人も丈夫な人が多い。病院と縁遠いのは、喜ばしい事だろう。だからこそ、知人が何者かに刺され、病院に運ばれたと知らされた時は、心臓をキュッと掴まれたように感じた。
 エレベーターから降りて、女性スタッフに教えてもらった部屋の前に立った。部屋番号しか表示されていない扉を、緊張しながら叩いた。室内から返事があり、恐る恐る扉を押した。
「おう、翔太。よく来てくれたな。ここに座ってくれ」
 開いた扉の隙間に顔を押し込めると、星矢さんが嬉しそうに手を上げた。
「星矢さん! 大丈夫ですか?」
「大丈夫だったら、こんなところにいねえよ」
 慌てて駆け寄った僕に、星矢さんは笑いながら、ベッドの横の椅子を指さした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...