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ふじゆう

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二十七、これからの段取り

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「意識があるからって、油断はできないわね。翔ちゃんは、この子に水を飲ませてあげて。大量に飲ませて、吐かせてあげてね」
 僕は言われるがまま、ヒメカを抱き上げ、トイレへと連れて行く。冷蔵庫を開けると、二リットルのミネラルウォーターのペットボトルが入っていた。水を持ってトイレに戻り、ぐったり項垂れているヒメカに無理やり水を飲ませた。溺れているようにヒメカは、ゴボゴボと水を零している。
「気道に入らないように気をつけなさいね。死ぬわよ」
「怖いって!」
 本当に溺れないように気を配りながら、水を飲ませる。意識は朦朧としているヒメカであったが、水を飲む事を根気よく伝えていると、水浸しになりながらも飲み出した。トイレの外で様子を伺っているモモちゃんが、誰かに電話をかけていた。通話を切ったモモちゃんが、僕の肩越しにヒメカを覗いた。
「モモちゃん、救急車呼ばなくて良いかな?」
「呼ぶわよ、後で。まあ、意識があるし、大事にはならないでしょ? テーブルの上にあった錠剤も、非合法の物はなかったわ。睡眠薬とピルね。よっぽど大丈夫よ。たぶん」
 ぼそっと、たぶんと言うのは、止めてもらいたい。モモちゃんの冷静さに安堵したものの、別の考えが過ってしまい不安が芽生えた。『状況と症状を見て大丈夫』という事だと思っていたが、『別にヒメカが死んでも大丈夫』という考えではないだろうか? そんな疑いが生まれた今、不安に浸食されていく。不安が顔に出てしまっていたのか、モモちゃんは溜息を吐いて、僕の背中に触れた。そして、諭すように、これからの段取りを説明してくれた。
 星矢さんに電話をし、現状報告をした。その後、このマンションを見張っている吉川探偵事務所の従業員さんをこの部屋に呼ぶ。その従業員さんは、女性のようで、ヒメカの知人という設定だ。従業員さんが、救急車を呼んでくれている。従業員さんが、この部屋に来た時に、僕達と入れ替わって、僕達は姿を消す。と、いう流れだそうだ。
 救急車を呼ぶと通話記録が残り、僕達が救急車を呼ぶと何かと面倒になると、モモちゃんが言っていた。確かにその通りだ。僕達は不法侵入だし、なによりここは女子寮だ。ヒメカの友人が、この部屋を訪れ、偶然発見したという設定だ。
「星矢君がいる病院から、救急車を出してもらえないか聞いたんだけど、色々難しいみたいよ。一応、救急隊員に、星矢君のいる病院に連れて行ってもらえないか、尋ねるように言っておくけど、どこまで融通が利くのか分からないわ」
 モモちゃんは、背後にあるキッチンへと向きを変え、換気扇を回した。煙草に火をつけて、副流煙を換気扇に吸わせている。本来ならば、アルコールと薬を服用した人を発見したなら、すぐさま救急車を呼ぶべきなのだろう。しかし、モモちゃんは、冷静に僕達の保身と、ヒメカの安全を確保する為に、瞬時にソロバンを弾いたのだろう。
「その女の為に、身を切るなんて、ごめんよ」
 煙と共に、吐き出されたモモちゃんの声に、やはりヒメカの安否は安く見積もられていたのだろう。モモちゃんは、星矢さんを刺し、僕を殴った自己中心的なヒメカの事を嫌っているようだ。だからと言って、目の前で溺れている人を見捨てる事は、僕にはできない。と言いつつ、目の前にいる女性は、ペットボトルの水で溺れかかっているのだけど。モモちゃんは、冷静というよりも、冷酷という表現が正しいのかもしれない。いつも見ている、マーブルでの姿とはかけ離れている姿に、寒気を感じた。プライベートと仕事モードでは、別人であるのは、誰しもそうなのかもしれない。探偵という職業は、きな臭くもあり、アンダーグラウンドの匂いが漂っているように感じる。見た事のないモモちゃんの姿も、当然と言えば当然なのだろう。そもそも、女装しているのだから、当たり前だ。
 ヒメカに水を飲ませながら背中を摩っていると、便器に嘔吐した。カエルを捻り潰したような音を上げ、酸っぱい異臭が充満する。耳と鼻を塞ぎたかったが、残念な事に両手は塞がっている。なるべく、息を止める事にした。
「チワース! 社長、来たッスよー」
 玄関扉が開く音と共に、女性の声が聞こえた。吉川探偵事務所の従業員さんだろう。
「ミュウちゃんお疲れ様。後は、宜しくね」
「かしこまりッス」
 背後からは、二人の会話が聞こえてきて、胸を撫で下ろした。崩れ落ちそうなヒメカの体を支えている為、後ろが見えない。
「どもッス。社長のお友達さんッスか? 交代しますので、社長と一緒に逃げて下さいッス」
 物音一つ立てず、僕のすぐ後ろに女性がしゃがんでいた。驚きを隠しつつ、僕と彼女のポジションを入れ替えた。
「初めましてッス。ボクは、星柿ほしがき美遊みゆうと言うッス。ミュウって呼んで下さいッス」
「あ、はい、竹内翔太です」
 自己紹介を言い切る前に、ヒメカが激しく嘔吐をした。驚いていると、ミュウちゃんが、ヒメカの口の中に指を突っ込んでいた。
「ほーれほれほれ。吐いちゃった方が、楽になるッスよ! 遠慮せず、ドバッといっちゃいましょうッス!」
 呆気に取られて、トイレ内の光景を眺めていると、モモちゃんが肩に触れた。
「さ、ここはミュウちゃんに任せて、私達は行きましょ」
 僕は、モモちゃんに腕を引かれて、部屋を出ていった。個性が大渋滞を起こしているミュウちゃんとヒメカを残し、僕とモモちゃんは階段を駆け下りていく。遠くの方から救急車のサイレンが聞こえてきた頃には、僕達はモモちゃんの愛車のミニクーパーに乗り込んでいた。
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