女装スナック『マーブル』へようこそ!

ふじゆう

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三十、皆は困難な道を選んだ

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「・・・お客様? どうかされましたか?」
 小百合ママが、首を傾けながらやってきた。浅岡君と辻本さんの背後で立ち尽くしているヒメカに、声をかけている。
「あ! ええと、小百合ママ! 大丈夫です! 僕の知り合いなんで」
 慌てて立ち上がった僕に、ヒメカが目を丸くしていた。正直に言うと、別にヒメカを庇った訳ではない。ただ、なんとなく、様子を見たいと思っただけだ。皆に不愉快な想いをさせるのも嫌だし、大乱闘が繰り広げられるのはもっと嫌だ。
 ソファに腰を下ろして、空いている僕の隣を手で叩いた。狼狽えるヒメカを、ジッと睨み上げる。ヒメカは、短いスカートの裾をギュッと掴み、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「・・・はい?」
 体を捻って後ろを向いている浅岡君と辻本さんが、頭を右側に倒しシンクロしている。顔を上げたヒメカは、マスクを外し、もう一度頭を下げた。瞬間的に腰を上げた辻本さんは、後ろ姿からでも怒気を孕んでいるのが見て取れた。急いで辻本さんの隣に移動し、彼の両肩に手を当てる。
「落ち着いて下さい。一先ず、話を聞いてあげましょ? ね? そうしましょ?」
「え? ああ、まあ、翔太君がそう言うなら・・・」
 言いたい事は・・・罵りたい言葉は、それこそ山ほどある。辻本さんの表情から伝わってきた。それは、当事者として、僕も同じだ。だが、それ以上に、星矢さんの痛々しい顔が、脳裏にこびりついて離れない。
 辻本さんに席に座ってもらい、ヒメカを僕の隣に座るよう催促した。戸惑いながら、ヒメカはおずおずとソファに腰かけた。僕達は、俯いているヒメカを見つめている。前の二人に関しては、睨んでいると言った方が正しい。重苦しい沈黙が流れている。気のせいかもしれないが、店内の皆さんがこちらに注視している気がした。ヒメカの頭が、重みに耐えかねて下がっていく。額がテーブルに接触していた。
「・・・本当にごめんなさい」
「何を企んでいるんだ?」
 辻本さんの声の輪郭に、棘が生えているように聞こえた。さらさら許す気も和解する気もなさそうだ。大人げないと言ってしまえばそれまでだが、辻本さんの想いを汲み取れば頷ける。それは勿論、この店を愛する者達の総意だろう。
だからと言って、どうするのだ?
 ヒメカの声に耳を傾けず、有無も言わせず、この店から叩き出すのか? 大の大人が寄ってたかって、一人の若い女性を殴りつけボコボコにするのか? 社会的にもしくは実質的に、抹殺すれば溜飲が下がるのか?
 そんな所には、答えは落ちていないだろう。
「辻本さん、落ち着いて下さい。まずは、話を聞きましょ?」
 僕に免じて、と言った雰囲気で、辻本さんは鼻から息を吐く。辻本さんに小さく頭を下げ、右隣に顔を向ける。ヒメカは、目を真っ赤にして、僕を見上げていた。手を差し出して、話をするように背を押した。
「・・・朝まで星矢が一緒にいてくれて、全部聞かせてくれたの。星矢自身の事、このお店の事、このお店の人達の事。私は馬鹿だけど、私が悪い事は分かっているの。でも、星矢は私を怒らなかった。それどころか、ずっと謝ってくれた」
 涙声でボソボソと呟くヒメカから、前方の二人に視線を向けた。その瞬間に、あまりの驚きに、ソファからずり落ちそうになった。辻本さんの隣に、いつの間にか、小百合ママが座っていた。隣のテーブルに肘をついて、頬杖をしている。僕と目が合った小百合ママが、笑みを浮かべウインクをした。
 小百合ママは別にして、辻本さんと浅岡君は、汚い物でも見るような視線を送っていた。ヒメカは、完全に腰が引けているように見えた。それでも、ヒメカは、胸に秘めた思いを吐露する。それは、僕が病院で聞いた事と同じであった。やはり、僕と同じように、彼等も納得できていない様子だ。
「他人の為に、己の感情を押し殺すのは、難しい事よね? 例え、大切な人の為でも、大変な事よ。だからこそ、その行為はとても尊く価値のある事だと思うの。相手の為にも、自分の為にもね」
 ずっと、黙って話を聞いていた小百合ママが、唐突に口を開いた。皆の視線が、小百合ママに集まる。小百合ママは、体を伸ばし、ヒメカの前にハンカチを置いた。
「それにね、一度の失敗で切り捨てられる社会なんか御免よ。人は失敗して成長するものなのだからね。立ち上がるチャンスを奪う事は罪深いわ」
 小百合ママは、ゆっくりと立ち上がり、ヒメカを見下ろす。
「切り捨てるのは、簡単だわ。個人的には、ここで沢山お金を使ってくれた方が、ありがたいわね。まあ、それだけの根性があればの話だけど。星矢君や翔ちゃんの想いを無下にしたら、許さないわ」
 小百合ママは、席を離れ、カウンター内へと戻っていった。小百合ママを見送った後、辻本さんと浅岡君は、互いに見合っていた。二人とも、諦めたように頭を掻いている。
「まあ、小百合ママがそう言うなら・・・翔太君と星矢君の顔を立てるよ」
 辻本さんは、手を上げて、ミッチャンママにお酒を頼んだ。
「君も何か飲むかい?」
 辻本さんは、ヒメカに顔を向けた。ヒメカは遠慮がちに、シャンディーガフを注文する。その後、僕達のテーブルは、和気あいあいと会話が弾む・・・事はなく、ぎこちなく時間が経過していった。それでも、殺伐とした雰囲気は、いくらか和んだように感じる。
 大切な人の為に、自分の感情をコントロールする。そんな難しい事に挑戦する辻本さんと浅岡君だ。ヒメカも反省し、失った信用を取り戻す努力をする事に決めたようだ。楽な方へ逃げる方が、簡単だろう。ヒメカは、根っこの部分は、悪い人間ではないのかもしれない。少しずつ笑顔を見せるようになってきた。
 僕も彼等を見習って、いつまでも根に持たないように努めたい。
 明日も仕事なので、僕は一足先にマーブルを出た。店を出たところで、ヒメカが後を追いかけてきた。そして、改めて僕に謝罪をした。そして、僕の手を取って、名刺を渡してきた。
「お詫びも込めて、超サービスするから、遊びに来てね」
 ヒメカは照れくさそうに笑みを見せ、走り去った。
 いったいどんなお詫びが、待っているのだろう。
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