髪切り男

ふじゆう

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監禁

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 僕が意識を戻すと、そこは真っ暗闇であった。気怠さに襲われ、思考が働かない。どうやら、僕は座っているようだ。思い出せる限り、現状を整理するけれど、上手くいかない。
「んー! んー!」
 必死に声を出したが、言葉にならなかった。どうやら、猿轡をはめられているようだ。手足をばたつかせるが、ガタガタという鈍い音が響くだけで、身動きが取れない。尻に伝わる固さと、ミシミシという軋む音から、木製の椅子に座っているようだ。両手は後ろ手に縛られ、両足はそれぞれ椅子の足に固定されている。
「お? 目が覚めたのか? 珍しいな」
 地面を踏む足音と共に、低い男の声が聞こえた。僕の体は、無意識に跳ね上がった。
「よし、褒美に口を自由にしてやろう。ああ、ちなみに、叫んでも誰も来やしない。試してみるといい」
 男が僕の背後に回る気配がする。口を束縛する圧迫感がなくなり、僕は急かされるように呼吸を繰り返した。そして、大声で叫んだ。どう考えたって、緊急事態だ。助けを求めて、叫び声を上げ続けた。しかし、状況は何も変わらない。
「な? 言った通りだろ? だからおとなしくしていろ。そうすれば、苦痛を味わうことはない」
 平坦な口調で、男の声は耳を通過する。
「あ、あなたは、誰ですか? 僕をどうするつもりですか? 目的は何ですか?」
 声もそうだが、全身が震えてくる。泣きそうになるのを必死で耐えている。
「俺は俗にいう、犯罪者だな。まあ、変質者ともいうけど。お前は、ただじっとして、座っていればいいんだ。目的は直に分かる」
「は、犯罪者?」
 唾を飲み込み、息苦しくなった。ネットやテレビ、もしくは映画などでは、よく耳にするが、その名称を自称する人に初めて遭遇した。恐怖心が駆り立てられた。
「そうだ。悲しい悲しい犯罪者だ」
 男は僕の背後に立って、カチャカチャと金属がこすれ合う音を響かせた。男は、おもむろに僕の髪の毛を振れる。逃れるように、反射的に体が勝手に反応して、椅子が軋む。
「だから、動くなって! 痛い思いはしたくないだろう? 俺は別にどっちでもいいけどよ。痛いのは、俺じゃなくて、お前なんだから」
 声を荒らげて脅された訳ではないのだが、低音の声が押し付けらえたように感じ、金縛りのように体が動かない。すると、頬に冷たい感触が伝わり、反射神経を強引に抑え込んだ。動かない方が賢明だ。耳元に不快は音が響き、背筋が冷たくなった。良く聞く音なのだが、こんな状況だとこんなにも恐ろしい音なのだと知った。
「あ、あの・・・いったい、何を?」
「髪切ってるんだよ。分かるだろ」
 男は面倒臭そうに吐き捨てた。確かに、僕も髪を切られているのは、理解していたが、質問の仕方を間違えた。何を? ではなく、何故? であった。聞き返すのも躊躇してしまう。僕は悟られないように、ゆっくりと深呼吸をして、心臓を落ち着かせる。
「どうして、髪を切っているんですか?」
 どうしても、声が震えてしまう。まさか、髪の毛を親に送り付けて、身代金を請求するということなのか?
「髪を切りたいからだ。まあ、正確には、俺の切りたいように、切りたいからだ」
 髪を切断する音を響かせながら、男はぶっきらぼうに言う。
「あ、あの、それなら、美容師になるとか、友達に頼めばよいと思うのですが・・・なにも、こんな危ないことをしなくても・・・」
 男を刺激しないように、ゆっくりと話していく。激情してハサミを突き立てられれば、一貫の終わりだ。男の舌打ちの音が響き、目を強く閉じた。
「言ったろ? 俺が切りたいように、切りたいと。どいつもこいつも、似合いもしないリクエストする馬鹿に付き合っていられない。髪質や顔の輪郭、パーツの形や配置、人それぞれ向き不向きがあるんだ。それを馬鹿みたいに、俳優がどうのアイドルがどうのと・・・それに、友達なんかいない」
 感情が読み取れない、平坦な口調が続いている。自分を卑下している訳でなく、ただ事実を伝えているといった感じであった。
「じゃ、じゃあ、元美容師さんなんですね? ハハハ、ちょうど美容院に行きたかったから、嬉しいなあ」
「声が震えてるぞ。そんなご機嫌取りなんかしなくても、おとなしくしてたら、無傷で返してやる。カッコよくしてやるから、楽しみにしておけ。それに、これは、お前の為じゃなくて、俺の欲求解消の為だ」
 男は小さく鼻で笑った、ほんの少しだけど、場が和んだ気がした。あまり調子に乗って話すのも危険が増すだけだ。犯罪者を捕えようだなんて、そんな正義感は微塵もない。ただ、無事に帰りたいだけなのだから。でも、やっぱり、気になる。
「あの、欲求解消とは、どういうことですか?」
「そのままの意味だ。俺は、俺好みに髪を切ることでしか、興奮できないし、快感を得ないんだ。お前らがいうところの変態だ。女や美味い食事や高級品では、俺の欲求は解消できない。ただ、髪を俺好みで切るしか、満たされないんだよ。異常な性癖って奴だ」
 悲しい悲しい犯罪者。男が言った事は、そういう意味だったのだ。実際に会ったことはないが、快楽殺人者や暴行犯など、歪んだ癖を持っている人がいるとは、聞いたことがあった。しかし、どれも現実味がなく、フィクションなのだと勝手に思い込んでいた。犯罪行為でしか、満たされないとするはらば、とてつもなく不幸なことなのだろう。だからと言って、そんな人達を擁護はできないけど。少なくとも、この僕の髪を切っている男は、自分の行為が犯罪であることは、理解しているようだ。
断続的に響いていた髪切り音が途切れると、今度は鼻を刺す刺激臭が漂った。何かの薬品を取り出したようだ。少し驚いたけれど、嗅ぎなれた匂いであり、落ち着きを取り戻した。視覚を閉ざされていると、他の感覚が鋭敏になるというのは、本当のようだ。僕は、無駄な抵抗をすることなく、男の言うように、ただ黙ってされるがままだ。次第に恐怖心が消えていることに気が付き、驚いている。まるで、目を閉じ、いつもの美容院にいるような錯覚さえしてしまう。それは、愛想のない男の口調とは裏腹に、男の所作が物凄く丁寧で優しかったからだ。
 髪を洗われて、乾かしてもらう。もうすぐ、終わるのだろう。
「すいません・・・これからも、続けるんですか?」
「ああ、そうだな。捕まって死刑になるまではな」
「・・・そうですか」
 なんだか、無性に悲しくなってきた。寂しくなってきた。
「さあ、お終いだ。怖い思いをさせて、悪かったな。目覚める奴は、少ないんだが。お陰で、満足できた」
 男は、僕の両肩に背後から手を置いて、耳元で呟いた。そして、咳払いをする。
「ありがとう」
 男の声が耳元で響き、意識を失った。
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