髪切り男

ふじゆう

文字の大きさ
3 / 3

解放

しおりを挟む
「ちょっと! お兄さん! こんな所で寝てちゃ風邪ひくよ!」
 激しく肩を叩かれ目を覚ますと、初老の男性の顔が目前にあった。僕は声を出して、飛び起きた。
「まったく、平日に酔いつぶれるなんて、良いご身分だねーって、あれ? あんたこのあいだの」
 先日、会った警察官のおじさんだ。僕は後ろに振り向くと、ここは交番であった。
「どうも、すいませんでした」
 僕は立ち上がり、警察官に頭を下げた。警察官は大きく溜息を吐いた。
「全く、最近の若いもんは。恥じらいってものがないのかねえ?」
「すいません。ああ、それで、この前の女の人は、どうなったんですか? 髪がなんとかって騒いでたと思うんですが」
 僕が訪ねると、警察官は帽子を取って、薄くなった頭髪を掻いた。
「ああ、あの子ね。なんだか、要領が掴めなくてね。起きたら、髪が切られて色が変わっているって、そりゃあ大騒ぎだったんだよ。でも、しばらくしたら、ジッと鏡で自分の顔を見つめ出して、今までにないくらい理想的だってさ。被害届出すか聞いたんだけど、別に良いって言うんだよ。しかも、携帯を渡されてさ、写真を撮ってくれって言う始末でね」
「写真ですか?」
「ああ、今度美容院に行った時に、この写真を見せてリクエストするんだってよ。まったく、訳が分からない。こっちは、いい迷惑だ」
 警察官は、呆れたように溜息を吐いた。話を聞いて、思い出した。
「すいません! 鏡を貸してもらえませんか?」
 僕が言うと、警察官は面倒臭そうに、交番の中を指さした。頭を下げて、交番の扉を開き、壁に掛けられている鏡を覗き込んだ。プリン状態になっていた髪が短くカットされ、黒髪になっている。しかも、金メッシュが絶妙に入れられていた。僕は、しばらく、鏡から目が離せなかった。
「なんだい、なんだい。あんたもかい?」
 僕は深々とお辞儀をして、逃げるように交番を飛び出した。思わずにやけてしまう口元を手で押さえた。体がいつもより、軽やかに感じ、跳ねるように駅の改札へと向かった。しかし、ふと思い出して、ピタリと足を止める。これほどの技術があって、それぞれに似合う髪を作れるのに・・・彼が行っていることは、あきらかに犯罪だ。許されるものではない。彼は欲求を満たしたいだけであったが、しかるべき場所で行えば、大勢の人を幸せにできるのに。そう思うと胸が苦しくなってきた。『捕まって、死刑になれば』彼はそう言っていた。彼の為にも、捕まった方が良いのかもしれない。そして、罪を償って、多くの笑顔を生み出して欲しい。死刑には、なって欲しくない。罪を重ねて欲しくない。素晴らしい腕と、素敵な感性を、己の欲求解消だけに使って欲しくない。才能の無駄使いだ。これは、僕のエゴなのかもしれないけど。
 僕は、踵を返し、交番へと歩いて行った。
 どうか、彼を捕まえてあげて下さい。彼を助けてあげて下さい。
 余談ではあるが、数日後、彼女ができた。しかも、同時に三人から告白された。どうやら、聞くところによると、変わったのは髪形だけではなく、性格が明るくなったそうだ。不思議なものだ。
 もしも、悲しい犯罪者に、もう一度会うことができたなら、お礼が言いたい。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

麗しき未亡人

石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。 そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。 他サイトにも掲載しております。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...