フルフールエイプリール

ふじゆう

文字の大きさ
2 / 4

第二話

しおりを挟む
「時間を戻す事が出来るのですよ? 名前と住所くらい分かりますとも」
 確かにそれが本当なら、それくらいは・・・いやいやありえないだろ。妙に説得力があったが、このまま丸め込まれるのは、釈然としない。
「まさか、ハッキングか?」
「そんなチープなものでは、ございません」
「じゃあ、なんだよ!? アンケートに答えただけで、個人情報が抜き取られたんだぞ! そんなもの聞いたこともない!」
「並川様が知っている事だけが、この世の全てではございません」
 少年は、駄々をこねる子供を諭すように優しく微笑んだ。少年は『さて』と、体の前で手を合わせた。
「無用な問答はこれくらいにして、本題に入りましょう。並川様は、『一億円で十年間時間を戻す事ができる権利』を獲得されました。勿論、権利を行使するも破棄するも、並川様の自由です。いかがなさいますか?」
「そ、そんな胡散臭いものに、手を出す訳ねえだろ!」
「そうですか。承知しました。それでは、失礼します」
 少年は、背筋を伸ばし、右手を胸に当て、お辞儀をした。顔を上げた少年は、微笑みながら俺の横を通り過ぎた。
「お、おい。ちょっと、待てよ」
「なんでございましょう?」
 少年は立ち止まり、振り返った。微笑みながら、顔を傾けている。なぜ呼び止めたのか分からず、茫然と少年の顔を眺めていた。こんな胡散臭い奴を、このまま帰しても良いのか。この十万円は、もらっても良いのか。その後、なにかトラブルに巻き込まれはしないのか。頭の中でグルグルと、疑問が浮かんだ。
「・・・本当に、時間が戻せるのか?」
「ええ、勿論でございます」
 あまりにも真顔で少年が見つめるから、俺は続く言葉が出てこなかった。
「並川様は、今幸せですか? 充実した日々を送っておいでですか?」
 宗教の勧誘じみた言葉に、心臓が高鳴った。俺は思わず、少年から目を逸らす。
「並川様の思考を察するに、『今よりも不幸になりたくない』という事でしょうか。すなわち、まだ下があるという事です。まだ地の底にはいないとお思いのようですね。では、今のままでもよろしいのではないでしょうか? では、私はこれで」
 軽く会釈をする少年は、背を向けた。奴の言った通り、俺が考えていた事は、『現状よりも状況を悪化させたくない』という事だ。詐欺に合ったり、トラブルに巻き込まれたり。
 今のままで良い? そんな訳あるか!
「・・・一億円なんていう大金ある訳ねえだろ」
「あ! これは、これは、大変失礼いたしました。私とした事が、肝心な事をお伝えする事を忘れ
ておりました」
 少年は、深々と頭を下げる。その態度が、わざとらしく見えた。
「今回は、キャンペーン中でして、二つの特典が与えられる事になっております」
「二つの特典?」
なぜ、それを先に言わなかった。俺の反応を見ていたのだろうか。少年は、人差し指を立てた。
「一つ、あなたの命を担保に、一億円をお貸しいたします」
「俺の命?」
「ええ、そうです。一億円は、十年後に返済して頂ければ結構です。つまり、十年前に戻り、一億円を稼いで、今日と同じ日に返して頂きます。その際、返金が不可能でしたら、担保を回収致します」
 もしも、返済できなかったら、俺を殺すという事なのか。少年は、思惑とは裏腹に、穏やかな笑みを見せる。
「十年で、一億円なんか、稼げる訳ねえだろうが」
「そこで、二つ目の特典です」
 少年は、中指を立てて、ピースサインを送った。
「現在の記憶をそのままで、十年前に戻します。これならば、一億円など容易いものです。この十年で流行したサービスや作品を思い浮かべれば、お金などいくらでも手に入るでしょう」
 確かに、こいつの言う通りだ。でも、本当に、そんな事が可能なのか。やはり、騙されているに決まっている。そもそも、時間を戻すなんて、あり得ないだろう。そんな事を考えていると、少年が深く溜息を吐いた。呆れたように、顔を左右に振っている。
「私は、どちらでも構いません。申し訳ありませんが、私も忙しい身です。並川様にご納得して頂けるまで、説得する気もございません。そんな時間、ありません。時は金なりとは、良く言ったものです。この権利を欲している方は、星の数ほどいらっしゃいます。そして、この権利に当選した以上の奇跡は、今後の人生では訪れません。死ぬまで、現状の姿をお送り下さい。もう一度、言います。私は、どちらでも構いません。今、この瞬間にお決めになって下さい」
 少年は、突き放すように、先ほどまでとは打って変わって、冷たい視線を送ってきた。こんな子供に・・・ちくしょう!
「ふざけんな! やれるもんなら、やってみやがれ! 本当に時間が戻せるなら、やってみろよ!」
 頭に血が上った俺は、見境なく怒鳴り散らした。すると少年は、満面の笑みを浮かべた。
「承知しました! それでは、並川様! ご案内ぃ!!」
 パチンと少年は指を鳴らし、俺は意識を失った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

予言姫は最後に微笑む

あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。 二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。

処理中です...