305号室のぼくとおれ

夕ヶ丘 碧

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305号室

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 駅近、日当たり良好、家具付きで家賃が安く良物件。こんな恵まれた物件があっただろうか。部屋の間取りも良かった。1DKという一人暮らしに最適の広さ。ベランダもあり洗濯物を外に干せる。前みたいに一日中室内干しをしなくていいんだ。ベランダの窓を開けると心地よい風が入り込んでくる。ベランダに出ると少し遠くには公園があり、子供たちの声がかすかに聞こえる。あぁ、いいところだ。柵にもたれかかり、ふぅ、と一息ついていると後ろから不動屋の市橋いちはしさんが声をかけてきた。
「どうですか?ここ、いいところでしょう。近隣住民の方々も問題もないですし、近くにスーパーもお寺もあります。静かですしウチのです。」
イチオシの物件。どこの物件でも言っている売り文句だろうが今は魅力的な言葉に聞こえる。この言葉で決心した。
「じゃあここにします。」
こうして住む家が決まった。





 「これで最後のお荷物になります。この度はご利用いただきありがとうございました!」
引越し業者は最後の荷物を渡しペコリと頭をさげ帰っていった。朝陽あさひ玄関の扉を閉め部屋に入り受け取った荷物を置き、部屋中にある大量につまれた段ボール箱を見渡しスーッと息を吸った。今日からここがおれの家だ。前のマンションも良かったがここのほうが家賃も安いし色々便利だ。それに何より隣の住民が好みの女性だった。半分ぐらいそこが決め手だったりする。
 意気揚々と荷解きを始めたはいいがなかなか終わらない。かれこれ2時間は経っているのに荷物はまだ半分以上残っている。この後に日用品も買いに行こうと思っていたがもしかしたら今日は行けないかもしれない。こんなことなら知り合いに手伝いに来てもら会えば良かったと後悔した。大体の荷解きが終わった頃にはもう半分ほど日が沈んでおり、道端の街灯が灯りを灯していた。夏の昼間の暑さもマシになったので朝陽はスーパーに歩いて晩御飯を買いに行った。とは言っても料理をするの面倒なので買うのは弁当だ。スーパーに入り弁当がある場所を探す。初めてくるスーパーはどこに何があるかわからないことはあるあるだ。しばらく探し回った結果、店員さんに聞くことにした。肉のパックに割引シールを貼っているところに声をかけた。
「すんません。弁当ってどこに置いてますか?」
「弁当?あー…こっちにあります。」
おばさん店員は無愛想な態度で朝陽をお弁当コーナーまで案内した後、シールを貼る作業に戻っていった。朝陽は好物のチキン南蛮が入ったものを選ぶとレジまで持っていった。スーパーを出る途中さっきのおばさん店員が店長らしき人に怒られているのが見えた。ムスッとした顔で「はい、はい、」と頷いていた。
 家にかえった朝陽は弁当をレンジで温め、食べながら部屋の片付けを再開した。元々置いてあった棚にバンドスコアを片付けていく。高校の時入った軽音部。ただモテそうだったからという理由で入ったが案外楽器に触るのが楽しく一番ハマったのがベース。地味で目立たなそうだがバンドを支えるとても重要な楽器で奥が深い。重低音が良くスラップという演奏方法がイカつい。最初の頃は部室の物を借りていたが、いつしか自分のベースが欲しくなりバイトを頑張ってベースを買った。ちゃんと実家からこっちにも持ってきている。どこに置こうか。棚の横に鏡が置いてありその間にいい感じのスペースがあったのでそこに置くことにした。この鏡も元々置いていた物だ。他にも机や洗濯機もある。前の住民はとても綺麗に使っていたんだろうと思う。汚れや傷がほとんど無い、強いて言えば棚にちょっとした傷があるぐらい。その傷も上に物を置いてしまえば隠れてわからない。弁当に入っていた卵焼きを頬張りながらどんどん片付ける。クローゼットに服をかけ、自分の持ってきた小さい棚に小物を飾る。部活仲間との写真や本。本なんか全然読まないが叔母からもらった物なので捨てるに捨てれなかった。なのでこの本たちはインテリアとして置いている。あらかた片付け終わった頃にはもう夜の10時を回っていた。あとは明日にしよう、引越しの疲れもあってか眠気もすごくすぐに布団に入りりたかった。だが片付けでかいた汗をお風呂で流したい。せめてシャワーだけでも。そう思いながら朝陽は床に寝転んだ。
 頑張った。俺は頑張った。結局シャワーを浴びたのは深夜1時過ぎ。床に寝転んだまま寝てしまい気づけば12時、そのままスマホをいじっていると1時だった。スマホを充電器にさし、布団に入った。
 朝起きてスマホを確認する。時刻は7時15分。今日はバイトは入っていない、ゆっくり二度寝できる。また寝ようとした時、違和感を覚えた。部屋を見渡すとどこか変だった。何がおかしいとは詳しく説明できなかったがとにかく違和感がある。布団から身体を起こし、部屋をウロウロする。しばらく見て周りやっと気付いた。本が、少ない。たった一冊だが無くなっている。叔母からもらった夏目漱石の『坊っちゃん』がなかった。昨日確かにここの棚に置いたのに。もしかして棚の後ろに落ちたか?けどそんなスペースなんてない。じゃあ鏡の後ろか?…ない。じゃあどこだ?昨日どこか違うとこに移したか?そんな記憶ない、本なんてそもそも触らない。
「…どこいったんだよ。」
こんな朝早くから興味のない本を探したくはなかったが、なんとなく気になる。それに昨日あったのに朝起きて無くなっているなんて気持ち悪い。しかしいくら探そうが本は出てこない。…もういいかな。探すのも疲れたしどうせ読まない本だし。叔母さんには黙っておけばバレないはず。…多分。叔母さんは勘が鋭いのでバレる可能性の方が高い。「女の勘はね、絶対当たるのよ。特に隠し事についてはね。」いつも叔母さんが言っている。だがもう本は諦めよう。バレたら謝ればいい。そう思い朝陽は二度寝をするために布団に入ろうとそのばを立った。その時ふと鏡を見ると鏡に映った自分のすぐそばに本が落ちている。良く見るとそれは『坊っちゃん』とタイトルが背表紙に書いていた。なんだ、足元に落ちてんじゃん。とかいうやつだ。ハハっと笑い足元に目を落とす。
「─  …は?」
足元に、本は、落ちていなかった。朝陽はもう一度鏡を見る。鏡に映る朝陽のすぐそばには本は落ちている。だが現実の朝陽の足元には落ちていない。
「な…なんだよ…。どうなってんだよ…。」
何回交互に見てもあっちにはある、こっちにはない。あるであろう場所を手で探ってみても空気を触るだけ。何もない。鏡の中の本を何回も見ているとあることに気がついた。
 ─映ってるの、俺の部屋じゃない─
間取りや大体の家具の位置は同じだがところどころ違う。大量の漫画を積んでいる場所には観賞用植物があり、ハンガーラックに掛けてある派手な柄シャツが地味な色の薄手のカーディガンになっていた。朝陽が呆然としていると落ちている本にスッと手が伸び自分ではない知らない人が現れた。朝陽は「ヒッ─」と声をあげ後退りをした。声を上げたと同時に向こうに映った人物もこちらを見て「ウワァッ⁉︎」と驚いた顔をしていた。
「お前誰だよ⁉︎」
「きみ誰なんだ⁉︎」
  
                                                              (続く)
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