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第10話 ダフネさんはリア充。

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 馬車を修理して1時間ほど、故障でタイムロスしたので、昼食は移動しながら、ダフネさん一家は、干し肉と水を摂っている。僕はカバンの中から、いつものクッキータイプの完全栄養食を出して食う。もちろん、パッケージからは事前に出してある。

 そして水袋には水ではなく、オレンジジュースを入れてあり、これを木のカップに注いで飲む。これに子供たちが目をキラキラとさせて食いついたので、バッグの中に手を突っ込み、魔法でカップを複製して、それぞれにひとつずつ分け与える。

 すると奥さんも振り返って、目をキラキラさせ始めたので、奥さんとダフネさんにも分け与える。オレンジジュースを大盤振る舞いの僕だ。子供の頃から期待されたという記憶がない僕はキラキラ目には勝てない。

「なにからなにまで、凄いな。ほんとすごいとしか言いようがない。魔法に、甘いお菓子、それに、この季節にオレンジのジュースとか、ありえないでしょ。」

 などとダフネさんから言われるが、言い訳を考えようとして思いつかないので、無言で食う。

「ところで、アタールさん、空間魔法のインベントリは使えますか?」

 ふむ、インベントリは、現代でもメジャーな魔法らしい。一応使えると答え、聞いた理由を聞き返すと、だいたい普通の魔法使いだと、インベントリで収納できるのは、ひと抱えの木箱とつくらい。かなりの魔法使いだとその20~30倍くらいで、この荷馬車の荷室くらいの量が収納できるそうだ。荷馬車の荷室というと、見たところ、だいたい小コンテナ一つ分くらいだろうか。

 大商人になると、自身がインベントリを使えるか、使える魔法使いをたくさん雇っているらしい。まあ、輸送に小型トラック1台必要なのが、原付で済むようなものだから、商人にしてみれば、メリットは大きいだろう。

「旅の道具もそこに仕舞っています」

 量について今は隠ぺい。なんせ1ナンバーのでっかい数トンの自動車を収納しても、何ら問題ないわけで、おそらくまだまだ入るであろうことは、想像できているけれど、普通のイメージを保つために、ここは勝手に相手に想像してもらうことにする。

「商人の夢ですよ。大きな収納ができる魔法は。一応、マーシャが木箱ひとつくらいの収納はできるんですけど、うちの男は、全くダメです。マリアは、一応魔法使いの才能があるらしくて、今勉強中なんですよ。先ほどの魔法を見せていただいた限りでは、アタールさんはもっと収納できそうですよね。」

 お、一応女性陣は魔法使える感じなんだ。と、僕の収納魔法から話をそらすため、もう少し話を聞いてみると、マーシャさんは、さらに先ほど僕がやっていた、水も出せるそうだ。でも火はだめらしい。

 魔法使いなら、すべての魔法を使えるわけではないらしく、マリアちゃんは水滴を出せる程度で、おそらく大人になれば、マーシャさんと同じくらいの魔法が使えるようになるだろうと、頬を緩ませながら語ってくれる。

 なんだ、マリアちゃん、さっき水を出す魔法にワクテカしてたのに、自分でもできるじゃん。と、僕は少々拗ねてみるのだった。

 途中で、馬の休憩などを挟んだりして、あれこれ話を聞きながらも、馬車は東に向かっている。

 陽が完全に落ちる前に、今日も野宿をするという。往路は、各村に寄りながら、街から持って来た品物を販売し、ついでに村の作物や特産品などを買い付けるそうで、復路は、どこにも寄らずに、街道沿いの宿がない限り、野営して、ほぼどこにも寄らないそうだ。

 なぜなら、作物や特産品が、街で高く売れるし、途中の村で売ることはまずないとのこと。

 野盗というか、盗賊の心配についても聞いてみると、この規模の荷馬車は、まず襲われないとのこと。理由は、荷物が農作物か村の生活必需品であるとわかっていること、それとダフネさんだけではなく、マーシャさんも剣の腕前は、そこいらの剣士には負けない程の腕前らしく、この辺りの盗賊は、それを知っているというのもあるらしい。

 若い頃は、かなりヤンチャしていたそうで、冒険者として、パーティを組んで、魔物の討伐や、盗賊退治もしていたそうだ。なにそれ怖い。商人になったのは、子供が生まれてからとのこと。

 失礼ながら年齢を聞いてみると、ご夫婦とも35才だそうだ。幼馴染で、おふたりとも14歳から冒険者を始めて約10年間、結構稼いで、子供の妊娠とともに、稼ぎを元に商人に転職したそうだ。

 どちらかというと、冒険者自体も商売のための資金稼ぎで、おかげで結婚や出産は普通より遅かったと、頭を掻きながら、ダフネさんは、照れて少し恥ずかしそうにするマーシャさんを横目に、細かく説明してくれた。日本で言えば、ヤンキー系リア充だな。

 しかし、夫婦して盗賊も逃げ出す剣の腕前ってすごいな。あとで野営のときに見せてもらおうと、お願いすると、どうせ毎朝夕、子供達に稽古をつけているということなので、快く見せてくれることになった。でもマーシャさんは食事の用意があるので、ダフネさんと子供たちの稽古だそうだ。

 しばらく馬車を走らせたところで、野営となる。野営地には、既に数組の馬車の商隊や徒歩の旅人らしき人たちがいた。おそらくこうやって集まるのも、盗賊対策なのだろう。

 ダフネさんは、早速野営地に馬車を止めて、まず他の商人達に挨拶に向かう。その間にマーシャさんは夕食の準備をし、子どたちは、マーシャさんの手伝いをするようで、ここはちょっとしたキャンプ場のようなイメージ。

 馬車はそれぞれ馬を外し、野営地を囲むように、御者台を外側にして止めてある。馬は、一箇所にまとまって、何本かの太い杭に繋ぎとめられ、それぞれ飼い葉と水を与えられている。

 僕はその間に他の旅人の様子を観察する。特にテントとか用意せず、マントにくるまって寝るようだ。だいたいネットで調べた中世ヨーロッパの文化と同じ感じなので、安心した。

 程なくダフネさんが戻ってきて、子供たちに剣の練習をつけ始めたので、それを見学する。荷馬車から木剣を取り出して、素振り。そして打ち合い始めるが、思ったより素早い動き。子供たちは必死、ダフネさんは、軽々という感じ。なんか、映画を見ているようだ。

 おそらく僕の場合は、屁っ放り腰で振り回す程度しかできないだろう。冗談ではなく、子供たちにもコテンパンにやられる自信がある。なので、練習へのお誘いは、サクッとお断りし、そのまま練習を終えて、食事となったダフネさん一家の夕食のご相伴に預かり、舌鼓を打つのだった。晩飯は、野菜と戻した干し肉を煮込んだシチューだった。ご馳走様でした。

 食後は、ダフネさんたちのテントから馬車を挟んで反対側で、焚き火を起こした。今晩は自宅に転移せずに、普通に野宿を楽しむことにする。野営地の人々は、明日も早いのだろう、早々と寝る準備に取り掛かっている。僕はなんとなく手持ち無沙汰に、焚き火の前で座っているだけだ。と、

「アタールさん」

 ダフネさんからお呼びがかかる。野営地の男達で、見張り番を決めるらしい。促されるままに、ダムリさんとともに、野営地の真ん中あたりの大きな焚き火のところに向かうと、既に20人以上の男性が集まっている。

 話し合いの結果、今日は人は多いので、5~6人、2時間ごとに、4交代で見張りをすることになった。季節ごとに日の出日の入りの時間は違うらしく、今の時期だと、こんな感じだそうだ。

 御者は、最初。そうでないものは適当に振り分けられる。ダフネさんは、最初、僕は3交代目の担当になった。最初の番がだいたい午後8時半からなので、僕は深夜0時半からの担当になる。まあ、まだ眠くないのだけれど、最近は早起きだから、寝ようと思えば眠れるだろう。

 見張り場所は、野営地の四隅、最初の番以外は、見張り場所の近くで寝ることになる。順番に担当者を起こす必要があるからだ。しかし1時間が計れるデカイ砂時計って、初めて見たかも。今度ネットで探すとしよう。

 一度焚き火を消しに戻り、僕の担当の場所に行き、挨拶を交わしたあと、最初の番以外の人は、それぞれマントや寝袋のようなものにくるまって、早速寝始める。特に自己紹介はないらしいが、一応起こさなければいけない関係で、それぞれ名前だけは名乗っている。

 僕も早速マントにくるまるり、そのまま眠るのだった。
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