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第11話 野営にて。

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「#\\@***@*@*@…なあ、そろそろ交代の時間なんで、起きてくれるか。」

 声を掛けられているようで、目を覚ましたが、前半部分は寝ぼけていて、何を言っているのかわからなかった。でも、交代の時間なのはわかったので、すぐに起き出す。

 引き継ぎというか、状況確認するが、特に変わったことも無いようだ。空は満天の星空で、月は半月だけど、周りが暗いので、とても明るい。

 そういえば、月は日本というか地球と同じで、ひとつだ。まあ、実はふたつあって、一度にひとつしか見えないかもしれないけれど、そこは確認していない。

 確認といえば、寝て起きても〈トランスレート〉は、かけ直さなくてもいいようだ。前の当番に『おやすみ』と声をかけ、落ち切った砂時計をひっくり返して、交代する。

 しかし、この野営地に着いてから、結構多くの人と顔を合わせているのに、挨拶と事務的事項以外、全然会話していない。

 まあ、ダフネさん一家以外は、僕が別の大陸から来たという設定話は知らないだろうし、野営地に着いたのも、一番遅かったから、そういうコミュニケーションタイムを逃したのかもしれない。陽が落ちると、すぐに真っ暗になるから、食事を摂ることと眠ることが、最優先なのだろう。

 ネットで読むファンタジー小説のように、すぐに知り合いなんかできないみたいだ。

 いろいろ思考しながらも、見張り番なので、たまに周りを見回す。夜は少し気温が下がり、結構肌寒い。しかも灯のための焚き火は暑い。まあ、日本での野宿というか、キャンプでも同じか。と、小学生のころの体験を思い起こす。

 現時点で、この異世界での2日目、実際には日付が変わっているから今3日目だけど、今のところ魔物も盗賊もいないし、結界守の村以外のハプニングは、ダフネさんとの出会いだけ。ほんと子供の頃のキャンプと同じだ。驚きは多いけど。

 知っている異世界モノの小説だと、いきなり神様からスキルを授かったり、王宮に召喚されたり、美少女との出会いハプニングがあったり、出会った方々といろいろ会話があったりするものなんだが、今のとこは日本と同じくらい平和で、コミュニケーションもない。

 そして、剣技も全くダメだし、運動能力のアップも無い。いくら念じても、自分のレベルは表示されないし、メニューも出てこない。物語としても最悪の部類だ。それでもチートレベルの魔法が使えるみたいだから、良しとする。

 本当に何も起こらないまま、見張りの番の交代の時間になったので、次の番の担当を起こして交代する。交代後は、見張り位置で寝ている必要はないので、ダフネさんの馬車の近くに移動して、再びマントにくるまり眠りにつくのだった。

 背中の痛みで、自然に目を覚ます。次の野宿の時はウレタンマットが欲しいものだ。陽はまだ上がっていないが、既に空は白んできている。スマホの時計を見ると、4時45分。他の人たちも殆ど起き出し、朝の支度をしているようだ。

 僕もコップに水を出して、口をすすぎ、次にお湯を出し、タオルを濡らして顔と手を拭く。歯磨きセットも持っているが、今は自重。使ったタオルはクリーンで綺麗にしてから仕舞う。

「お湯、出せるもんなんだ…。」

 若い女性が、こちらを見て、呟いた。魔法でお湯を出すのは珍しいのだろうか。というか若い女性キター!朝からいきなり、運命の出会いパターンか!と、目があったので、軽く会釈するが、驚いたように、逃げ去ってしまったので、ここは深追いせずに、テントの撤収作業をしている、ダフネさん家族にのもとに行き作業を手伝う。そうこうしていると、何やらたくさん人が集まってきた。

「何やら人がこちらに集まってますけど、朝の会合かなんかですかね?」

 テントを畳んでいるダフネさんに聞いてみるが、彼も心当たりがないらしい。というか、『むしろアタールさんの方を見てるんじゃないか?』と言われる。確かに何やらこちらを見ているようなので

「何かご用でしょうか?」

 と、人が集まっている方を向いて、 声をかけてみる。

「ナターシャさんが、お湯の出せる魔法使いがいるって言ってまして。…。」

 なんだか遠慮がちな答えが返ってくる。ナターシャさんというのは、先ほどの女性だろう。やはり、お湯を出す魔法は珍しいんだ。と考えながらも、できる旨を伝えると、一同にどよめきが起こる。というか、ダフネさんも驚いている。なんなのだろうか。水や冷水が出せるのなら、お湯も出せるだろうに。おそらく氷も出せるだろう。

「すみませんが、お湯出してみてもらえないでしょうか」

 後ろの方から男性が鍋を持って、前に進み出てきた。しょうがないので、どれくらいの熱さがいいか聞いて、ご希望通りに沸騰したお湯を鍋に出す。便宜上一応〈ホットウオーター〉と呪文らしきものを唱えるのも忘れない。それにより、再びどよめきが起こる。

 というか、ダフネさん、顎外れるよ、顎。『呪文は<ホットウオーター>かぁ、正式な詠唱わかんないから聞いてみようかなぁ』などという声が後ろの方から聞こえたりする。

 鍋や桶を手に手にみんなが列に並び始めたので、順番に行き渡るまでご希望の熱さに調節しながら、お湯を入れていく。みんなお礼に、小銅貨を置いていくのだが、意味がよくわからないので、お湯の配給が終わった後に、ダフネさんに聞いてみた。

「アタールさん、それはな…。」

 と、教えてくれたのは、今まで生きてきて、お湯を出す魔法は初めて聞いたというか、見た。要するに、知っている限りでは、そんな魔法聞いたことはないと。

 そもそも魔法でお湯にする場合は、まず水を出し、そのあと火魔法で、温めるのが、魔法使いの常識だろう。と、少し非難めいた口調で言われたのだけれど、そんなん知らんがな。まあ、他の大陸ならそういう魔法が伝えられてるのだろうと、無理やり納得はしたようだ。


 再びマーシャさんや子供達のキラキラ目で見つめられながらも、ダフネさん家族用のお湯も出し、無事朝飯の時間だ。普段は火をおこし、水を沸かすらしく、火おこし直、沸騰という離れ業のため、15分ほど時短になったようで、日の出時には既に朝食を終えていた。

 というか、僕の朝飯はオレンジジュースと例の完全栄養食品と各種サプリメントなので、用意から完食まで普段でも10分かからない。食後には、コーヒーさえも飲んだし。さすがにレギュラーコーヒーではなく、粉末のインスタントだけど。

 食後、何人かの魔法使いが、ホットウオーターを教わりにくるが、教えても、誰も使えない。そもそも呪文自体は、適当に言葉を当てているだけだし、詠唱だってわからんので、教える意味はないのかもしれない。みんな、あきらめ顔で帰って行ったが、

「こりゃ、サルハの街は、帰ったら大騒ぎになるな。」

 と、ダフネさんは僕の横でつぶやいていた。
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