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二章「異世界に召喚された俺も当然少しは役に立ちたい」
7-1.この世界には魔王がいれば当然勇者もいる
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魔王城前庭。
朝早く、顔を完全におおう兜をかぶったツルギは箒を使って道を掃いていた。
四天王といってもこの世界に唐突に召喚されたわけなので、大した仕事は任せられていない。かといって一日中剣を振ったり、本を読んでいたりというわけにもいかないので、城の清掃を手伝うことにしている。
もちろん四天王がそんなことをしているのを、事情を知らない者達に見せるわけにはいかないのでフルフェイスの兜で顔を隠しているわけだが。
「ギルツー。そこ終わったら城門の前も頼むわー」
「はーい」
先輩からの指示が飛ぶ。『ギルツ』というのはこの仕事をしている時の偽名だ。顔を隠して同じ名前を使っていてはしょうがない。
指示に従って城門前に作業場所を移す。
この世界に来てからはやれ四天王だのやれ魔界の切り札だのと人の上に立たされ責任を背負わされるようなことばかり言われてきた。一介の学生であったツルギとしては、こうして人の下で働く方が性に合っている。
しばし責任を忘れて無心で道を掃いていると、物陰で何か動く影が目に入った。
不審に思って近づくと、その影はものすごいスピードで離れるように違う物陰に潜む場所を移した。更に近づけば、影はさらに遠くへ。
そんなことを何度か繰り返す。明らかに意思をもってやっている感じだ。
「あの、お城に何かご用ですか」
ビクリと影が跳ねる。そして、少々の間の後、物陰からその正体が姿を現した。
おずおずと歩いてツルギの前に姿を見せたのは、果たして人間の少女であった。ツルギより年下に見える。十三、十四といったところであろうか。
「あ、あの……」
軽装の鎧に短めのマント、サークレットをかぶったその少女は、恐る恐るという風に口を開いた。
「私、勇者なんだけど、魔王に会わせてくれない?」
「え?」
魔王城魔王室。
「ということがあったんですけど」
兜を外したツルギは、清掃中に出会った勇者を名乗る少女を城門の門番詰所に預け、事の顛末を魔王に報告しに来ていた。
「ふむ。その子は本当に人間、天界の者で間違いないのだな」
机に座った魔王は、頬杖をつきながらツルギの話を聞く。ただその態度は半信半疑といったところ。
「はい。門番の人達も間違いないって言ってました」
「そうか。とは言ってもこのご時世に天界の人間というのは少々信じがたい。よし、我が直接見てみよう。謁見の間に連れてきてくれ」
謁見の間。
玉座に座る魔王の下に、勇者を名乗る少女は引き出された。今この間にいるのは魔王、少女、ツルギ、そしてフレアのみである。
「よくぞ魔王城においでなさったな。勇者を名乗る者よ」
魔王は威厳たっぷりに、配下と関わる時以上に尊大な声色で喋りだした。
「用件を言ってみろ。何も観光に来たわけでもあるまい」
素晴らしい迫力と共に立ち上がった。殺気の満ちた魔力がこの場全体に充満する。
「ひえっ、怖い!」
少女は短く悲鳴をあげると、横にいるツルギの後ろに隠れて縮こまってしまった。
「ちょっと、子供を怖がらせちゃダメじゃないですか」
「え、そう?」
魔王は玉座に座りなおして足を組むと、表情を和らげる。辺りの空気も大分当たり障りのないものになった。
「まあそうか。すまなかった。とりあえず名と用件を聞かせてもらおうか」
「は、はい」
少女はビクビクしながらツルギの背を離れ、一歩前へ出る
「私はアスタ。勇者としての使命を果たそうと思ってこの魔王城に来たんだけど……」
「ほう。勇者とな」
魔王が関心を持ったような顔で身を乗り出すと、アスタと名乗った少女はまたツルギの後ろに隠れてしまった。
このままでは話が進ませにくいので、ツルギはいったん話題を少しそらそうとする。
「あの、勇者っていったら『アイツ』のことじゃないんですか?」
「そうだな。しかし、その子も天界の人間であることは間違いなさそうだし、天界からここまで一人で来ている以上タダモノではなさそうなんだが……」
「そのことですが」
今まで傍観していたフレアがしゃべりだした。手には厚い本を持っている。
「歴史書を調べたところによりますと、この世界にも元々『勇者』と呼ばれる存在がいたようなのです」
「なんだと」
フレアの調べた歴史書によると、天界には『勇者の一族』と呼ばれる家系が存在し、代々魔王の討伐を任としてきた、という伝説があるらしい。
とはいってもそれも最後に行われたのは数百年前。その頃は天界と魔界の勢力には大きな差があり、力を持った勇者が直接魔王を叩くことにより、魔界による天界侵攻を食い止めていたのだ。
しかし、現在は両勢力の間の差はそれほど大きくない。勇者の一族の必要性も薄れ、その名も歴史書に残るのみだったのだとか。
「ではこのアスタ君がその勇者の一族の末裔だということか」
「はい。その紫の髪の毛がその証なのだとか」
確かに彼女のセミロングの少しハネた髪の毛は綺麗な紫色だ。紫色の髪の毛は、魔界でも天界でも他には見られない。特別なものであるということは間違いない。
「であれば、その勇者の末裔とやらがここに来たということは我と一戦交えるためか」
「だから怖がらせちゃダメですって!」
魔王がまたも威圧感を放ち始める。すると、またも後ろでアスタがビクリと体を跳ねさせたので、ツルギは魔王をとがめた。
「ああ、すまん。少し黙ってるから二人で聞いてくれ」
「それでは、アスタさん。あなたがここに来るに至った経緯を教えていただきたいのですが」
「う、うん。分かった」
朝早く、顔を完全におおう兜をかぶったツルギは箒を使って道を掃いていた。
四天王といってもこの世界に唐突に召喚されたわけなので、大した仕事は任せられていない。かといって一日中剣を振ったり、本を読んでいたりというわけにもいかないので、城の清掃を手伝うことにしている。
もちろん四天王がそんなことをしているのを、事情を知らない者達に見せるわけにはいかないのでフルフェイスの兜で顔を隠しているわけだが。
「ギルツー。そこ終わったら城門の前も頼むわー」
「はーい」
先輩からの指示が飛ぶ。『ギルツ』というのはこの仕事をしている時の偽名だ。顔を隠して同じ名前を使っていてはしょうがない。
指示に従って城門前に作業場所を移す。
この世界に来てからはやれ四天王だのやれ魔界の切り札だのと人の上に立たされ責任を背負わされるようなことばかり言われてきた。一介の学生であったツルギとしては、こうして人の下で働く方が性に合っている。
しばし責任を忘れて無心で道を掃いていると、物陰で何か動く影が目に入った。
不審に思って近づくと、その影はものすごいスピードで離れるように違う物陰に潜む場所を移した。更に近づけば、影はさらに遠くへ。
そんなことを何度か繰り返す。明らかに意思をもってやっている感じだ。
「あの、お城に何かご用ですか」
ビクリと影が跳ねる。そして、少々の間の後、物陰からその正体が姿を現した。
おずおずと歩いてツルギの前に姿を見せたのは、果たして人間の少女であった。ツルギより年下に見える。十三、十四といったところであろうか。
「あ、あの……」
軽装の鎧に短めのマント、サークレットをかぶったその少女は、恐る恐るという風に口を開いた。
「私、勇者なんだけど、魔王に会わせてくれない?」
「え?」
魔王城魔王室。
「ということがあったんですけど」
兜を外したツルギは、清掃中に出会った勇者を名乗る少女を城門の門番詰所に預け、事の顛末を魔王に報告しに来ていた。
「ふむ。その子は本当に人間、天界の者で間違いないのだな」
机に座った魔王は、頬杖をつきながらツルギの話を聞く。ただその態度は半信半疑といったところ。
「はい。門番の人達も間違いないって言ってました」
「そうか。とは言ってもこのご時世に天界の人間というのは少々信じがたい。よし、我が直接見てみよう。謁見の間に連れてきてくれ」
謁見の間。
玉座に座る魔王の下に、勇者を名乗る少女は引き出された。今この間にいるのは魔王、少女、ツルギ、そしてフレアのみである。
「よくぞ魔王城においでなさったな。勇者を名乗る者よ」
魔王は威厳たっぷりに、配下と関わる時以上に尊大な声色で喋りだした。
「用件を言ってみろ。何も観光に来たわけでもあるまい」
素晴らしい迫力と共に立ち上がった。殺気の満ちた魔力がこの場全体に充満する。
「ひえっ、怖い!」
少女は短く悲鳴をあげると、横にいるツルギの後ろに隠れて縮こまってしまった。
「ちょっと、子供を怖がらせちゃダメじゃないですか」
「え、そう?」
魔王は玉座に座りなおして足を組むと、表情を和らげる。辺りの空気も大分当たり障りのないものになった。
「まあそうか。すまなかった。とりあえず名と用件を聞かせてもらおうか」
「は、はい」
少女はビクビクしながらツルギの背を離れ、一歩前へ出る
「私はアスタ。勇者としての使命を果たそうと思ってこの魔王城に来たんだけど……」
「ほう。勇者とな」
魔王が関心を持ったような顔で身を乗り出すと、アスタと名乗った少女はまたツルギの後ろに隠れてしまった。
このままでは話が進ませにくいので、ツルギはいったん話題を少しそらそうとする。
「あの、勇者っていったら『アイツ』のことじゃないんですか?」
「そうだな。しかし、その子も天界の人間であることは間違いなさそうだし、天界からここまで一人で来ている以上タダモノではなさそうなんだが……」
「そのことですが」
今まで傍観していたフレアがしゃべりだした。手には厚い本を持っている。
「歴史書を調べたところによりますと、この世界にも元々『勇者』と呼ばれる存在がいたようなのです」
「なんだと」
フレアの調べた歴史書によると、天界には『勇者の一族』と呼ばれる家系が存在し、代々魔王の討伐を任としてきた、という伝説があるらしい。
とはいってもそれも最後に行われたのは数百年前。その頃は天界と魔界の勢力には大きな差があり、力を持った勇者が直接魔王を叩くことにより、魔界による天界侵攻を食い止めていたのだ。
しかし、現在は両勢力の間の差はそれほど大きくない。勇者の一族の必要性も薄れ、その名も歴史書に残るのみだったのだとか。
「ではこのアスタ君がその勇者の一族の末裔だということか」
「はい。その紫の髪の毛がその証なのだとか」
確かに彼女のセミロングの少しハネた髪の毛は綺麗な紫色だ。紫色の髪の毛は、魔界でも天界でも他には見られない。特別なものであるということは間違いない。
「であれば、その勇者の末裔とやらがここに来たということは我と一戦交えるためか」
「だから怖がらせちゃダメですって!」
魔王がまたも威圧感を放ち始める。すると、またも後ろでアスタがビクリと体を跳ねさせたので、ツルギは魔王をとがめた。
「ああ、すまん。少し黙ってるから二人で聞いてくれ」
「それでは、アスタさん。あなたがここに来るに至った経緯を教えていただきたいのですが」
「う、うん。分かった」
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