望郷のフェアリーテイル

ユーカン

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1-6.

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「ちょっと待ってくれないかな」
 それを制したのはエスカだった。
「君達を待っている間、ここの部屋を調べていてね。ただ二人で乳繰り合っていただけじゃないんだよ」
「乳繰り合ってもいないわ!」
「ふふふ。で、どうやらこの部屋にはさらに奥への道があるようなんだ」
「奥?」
「うん。そっちの壁だよ。溝が入っているようでね」
 エスカの指す壁の方に近づいて見れば、なるほど確かにここに入るときの入り口のような四角の溝がある。
「僕達は先遣隊だから全てを調べて回る必要はないんだろうけど。ふふふ。見てみたいんだよ、僕が」
 溝を指でなぞるエスカが妖しく笑う。
 分からなくはない。このまま帰っても問題はない。奥がありそうだと報告すればいいだけだ。しかし、そうすれば恐らく二度とここにはいることはできないだろう。この仕事を引き受けた理由の一つにはもちろん好奇心がある。
「確かに、気になりますね」
「だろう? そうなると、開け方だね。ちょっといじった感じ取っ掛かりはない」
 既視感……、というよりさっきの繰り返しだ。指示を出すより先に、シグがずずいと扉の前に躍り出た。
「もしもーし。どなたかいませんかあ」
 先ほどと同じようにこんこんと軽くノック。すると、こちらも同じく重々しい音と共にとがせりあがっていく。一度見ているクリフとシグはともかく、エスカとメリカはぽかんと口を開けてその光景を眺めた。
「いや、まったく。どういう技術で勝手に動くんだろうね。ここの扉は」
「今はそういうものだと受け入れるしかないですよ。さあ、先に進みましょう」
 扉の先の通路は、こことは打って変わって真っ暗だ。



 通路の先はまた開けた場所だった。しかし、照明はなく、先ほどの部屋から漏れる光もここまでは届かない。
「これはまた随分とくらいね。さっきの所が居室ならここは、ふふふ、ベッドルームかな」
「自分の家じゃないんですから……。ともかく暗いな。ランタンをつけましょう」
 今まで消していたランタンに再び火を入れると、この部屋の全貌が見えた。
 部屋の中央には階段……、いや、祭壇? なにやら意味ありげな装飾が施されている。それよりも四人の目を引いたのは、壁一面に描かれた壁画だ。先ほどの部屋とほぼ同じ大きさのこの部屋の四方に所狭しと色鮮やかな画が描かれている。
「すごいね、これは。全部で一つの絵なのかな。にしては同じモチーフの物が多いように見えるけど」
 勇ましい鎧を着た男、一際大きく描かれた竜、豪華な飾りを身にまとった少女。それらが直線を多く用いられた画風でいくつかのカットから描かれている。
「いや、これは一つの物語だ。それに、この登場人物には見覚えがある。これは、この国、ラトワリア王国の建国神話だ」
「建国神話?」
「この国では学校でも習いますし、読み聞かせでも週一でやりますから皆が知っている話です。エスカさんは……」
「この国の出身じゃないから疎くてね。もしよかったら聞かせてもらえないかい? その話」
「え」
 確かにこの画について理解を深めるなら建国神話については知っておくべきだとは思う。しかし、今ここでやるかとなると……。
「いいじゃない。久しぶりにクリフ君の読み聞かせ聞いてみたいかも」
「メリカさんまで……」
「わあい。私もあの話大好きだよ」
「シグは何度も聞いてるだろ」
「ほら。皆待ち望んでいるよ」
「はあ……。しょうがないですね。では……」
 こほんと咳払いを一つ挟んで、クリフは目を閉じて諳んじ始めた。
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