望郷のフェアリーテイル

ユーカン

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 城の正面大扉からクリフは城内に足を踏み入れた。
 磨かれた大理石の床。白を基調にした清潔感の漂う壁。そこにかけられた豪華なタペストリー。全てが非日常で目がチカチカする。ただ、当然王城近衛兵の働く場所と言えばここなわけで、クリフも一歩道を違えれば一日の大半をここで過ごしていたかと思うとなんだか感慨深い。
 キョロキョロと落ち着かないクリフの下に、重装の鎧を着た男が近づいてきた。見知った顔、バルザストだ。
「スタッド君。ようこそおいでいただいた。さ、こちらだ」
 彼の案内で謁見の間に向かう。とはいえ、正面大扉からは一直線。迷いようはない。
「ど、どうも」
「はっはっは。そう硬くなるな」
 肩をバシバシと叩かれる。結構痛い。
「陛下は君の報告書を大層気に入っていらっしゃる。お褒めにあずかれるのだぞ」
 だから緊張しているのだ。怒られる方がまだいい。何をしたら国王に怒られるのかは知らないが。
 そんなことを考えている間にもう謁見の間についてしまった。豪奢な大扉が眼前に立ちはだかる。
「作法については?」
「兵士学校でやったのを憶えています」
「結構。では、入りなさい」
 バルザストの合図で、大扉の左右についた衛兵の手によって、ゆっくりと開く。



 謁見の間の内装は、それまでの城内に輪をかけて煌びやかな物だった。軽く段のついた上に王の座る金色の玉座。そこまで繋がる装飾の施された絨毯。玉座の後ろには建国神話をモチーフにしたと思われるステンドグラス。
 思わずきょろきょろと目が泳ぐが、そんなことはしていられない。玉座の下まで歩を進めて、膝をついて頭を下げる。
「国王陛下の御成り~」
 奥の扉が開いて、人が歩いて来る音がする。
「君がクリフ・スタッド君だね。面を上げてくれ」
「はっ」
 顔を上げるとそこにはこの国の王、クロイスト・ラトワリアの姿があった。噂に違わぬ柔和な顔つきと口調。やや頼りなく見えるも、身のこなしには威厳を感じる。
「この度は大儀だったね。報告書も読ませてもらったよ。実に興味深かった。まるで小説か、売り上げの帳簿かを読んでいるかのような読みやすさだったよ」
「ありがたいお言葉……」
 別に悪いことはしていないはずなのだが、流石に後ろめたい。
「それでだ。せっかくだから君の口からも報告を聞いてみたい。話をするのは得意なんだろう?」
「は、はい」
「それでは早速……。誰か、椅子とアレを」
 国王の指示に、すぐに使用人が椅子を持ってクリフの後ろに現れた。
「ええと。いいんですか」
「構わない。短く済ませたいと言うのであれば……」
「いえ、そんなことは」
「では、遠慮なく座ってくれ」
 言葉に甘えて腰を下ろす。ふかふかして気持ちがいい。これはいい椅子だ。
「それから、一人お客さんを増やすよ。ほら、こっちにおいで」
 玉座脇の扉が開くと、十歳くらいの少女が顔を覗かせた。と、思ったら引っ込んでしまった。ちらちらと見え隠れを繰り返し、直接国王が迎えに行くことでようやくその姿を現した。
 長い黒髪を二つ結びにした、綺麗なドレスを身に纏った少女。くりくりとした大きな目は、幼さと共に気品も感じさせる。緊張しているのか、口は一文字に結んだままだ。
「私の娘だ。名はラナファスタという。君の話に興味があるという事でね。同席させてもらいたい」
 娘。という事は……。
「王女殿下?」
「ああ。あまり人前には出していないがね」
 とは言うが、クリフにはその顔に見覚えがある。そう、あれは確か……。
「もしかして、図書館にいらっしゃってたりは」
「ん。見覚えがあるのかな?」
「はい。読み聞かせの時に」
 後ろの方に立っていたような記憶がある。その顔と一致しているように思えた。失礼なことを言ってはいまいかと口を閉じるが、国王の顔を見ると感心したように目を少し開いただけだ。
「なるほど。評判通りだね。そう、何度か図書館には足を運ばせているのだが、そこで君の読み聞かせを聞いてファンになってしまってね。君が城に来ると言ったら、同席すると聞かなくてな」
 王女は小さくこちらに頭を下げると、小さな歩幅で父の下に駆けた。玉座の隣に置かれた小さな椅子にちょこんと腰を掛ける。
「構わないかな」
「はい。もちろんです」
「それでは、始めてもらおうか」
 クリフは小さく咳払いをしてからあの古代遺跡へ行った時の事を話し始めた。なるべく抑揚をつけて、英雄譚を語るように。恐らく求められているのはこの語り節だ。大きく脚色はせず、それでも聞き手が興味を引くように。
 同行者が罠に陥ったこと。クリフとシグの前に古代魔術の権化が立ちはだかったこと。それでも何とか弱点を見出したこと。臨場感たっぷりに感情を乗せて言葉を放つ。
 その視界の端に、王女が頬を紅潮させて身を乗り出しているのが見えた。これ自体は先ほどの国王の話から予想はついていた。しかし、その国王自身も興奮しているように見える。わざわざクリフを呼びつけるほどだから興味が無いという事はないと思ってはいたが、ずいぶん熱心に耳を傾けてくれている。

 半ばほどまで話が進んだところだろうか。外から鐘の音が響く。正午を知らせる鐘だ。
「おっと。もうそんな時間か」
 話す方も、聞く方も夢中になっていた。空腹感さえも忘れて話にのめりこんでしまっていた。
「どうかな。良ければ続きは昼食を取りながら、というのは」
「え。いや、そんな……」
「実は今日は一日開けていてね。君さえよければ、だが」

 城内の比較的小さな部屋に通された。一人掛けのテーブルが三つ入ってやっとという部屋。付きの衛兵数も最小限の人数に絞られている。
 出される料理はどれも豪勢で実に美味しそうな見た目をしているのだが、どうにも味が……、分からない。国王、王女と昼食を共にするなど、何人が経験したことがあるのだろうか。
 当然断ることもできたのだろうが、二人分の期待の眼差しを一身に受けて、やっぱり帰りますとは流石に言えない。
「無理を言ってすまないね」
 全身全霊をかけて何とか料理を飲み込むクリフを見かねて、国王が声をかけた。
「実は私は子供の頃は学者になりたいと思っていてね。高等学校にもいって、学者になる一歩手前までは行ったんだ」
「陛下が、ですか」
「ああ。だが、父が早くに亡くなって諦める形になった。まあ、元々次期国王の身だったから、ずっとやっていられるとも思っていなかったけどね」
「……」
「おっと、つまらない話をしてしまったね。さあ、君達の前に立ちふさがったソレルはどうなったんだい」
「あ、はい。ええと……」
 国王がクリフをここに呼んだ理由がなんとなく理解できた気がする。だからこそ、少なくとも彼をがっかりさせるような真似をしたくはない。そのためにも体調を保たなくてはいけない。そう思うと飯も喉を通りやすくなった。
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