望郷のフェアリーテイル

ユーカン

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 窓から差し込む光が橙色を帯びる頃、時々国王の質問を挟みながら続けられたクリフの報告という名の朗読会は終わりを迎えた。
「いや、素晴らしい。語り口調もさることながら、まずは遺跡調査の成功を称えたい」
「ありがとうございます。とは言っても、殊勲はシグトゥーナですけど」
「そうだな。彼女にも褒美を……。王城近衛兵に、というのは望んでいないのだろうね」
「おそらく。申し訳ありません」
「いや、いいんだ。彼女の噂は聞いているよ。自分の人生は自分で決めるべきだ」
「……」
 その言葉は本心なのだろう。自分が思い通りの人生を歩めなかったことも含めての。そして、その言葉は王城近衛兵の推薦を蹴って司書になったクリフにも刺さる。もちろんそれも意に含めたうえで口に出しているのだろう。その強かさは伊達に国を任されていないことの証左か。
「娘もね。最近は勉学に興味を持ってくれるようになったんだ。君のおかげかは……、言ってはくれないけど」
「え」
 王女の方に視線をずらすと、彼女は顔を赤くして俯いてしまった。それを見て国王はクスリと笑った。
「でも、この子が学問に励みたいというなら私も頑張らなくてはいけないね」
「な、なにか体にご不安でもあるのですか」
「いやいや。私は大丈夫だけど、この国が今、順風満帆とはいかないことは知っているだろう?」
「……。はい、と言って良いのかわかりませんが」
「いいんだ、正直に言ってくれて。最近は国境沿いで小競り合いとまではいかないまでも睨み合いが多発している。私が不甲斐ないばかりにね。父よりも……、御しやすいと思われているのだろうか」
「……」
「国内ではメマニス教が幅を利かせるようになった。兵士学校の上位卒業者を教皇親衛隊に取られるようになって久しい。このまま行けば、いずれは政治に口を出すようになるだろうね」
「よく……」
「そうだね。つまらない話をしてしまった。でも、全く無関係という事でもないんだ。この国には古代魔術というものが伝わっている。君も知っていると思うが、それらは強大な力を持っていたというんだ。今はそのほとんどが失伝していて名前のみが残る所だがね。だから、君達が調べた遺跡から古代魔術の片鱗が見つかったという話を聞いた時は身が震えたよ。実在したんだとね」
「父上」
「しかも、それが建国神話の壁画とともに見つかったというのだから。というのもだね、建国神話の成立時代と古代魔術の全盛期が一致しているとの研究があってね。建国神話の成り立ちを追えば古代魔術の復活にもつながると思うんだよ。あの遺跡に古代魔術の成果であるソレルがいたこともそれの裏付けになる。だから遺跡を追って行けば……」
「父上!」
 王女が声を張り上げた。その声に国王は体を揺らして我に返る。
「クリフさんが困っておられます」
 一息置いて優しい声で諫める。国王は血走った眼をきょろきょろと動かし、呆気に取られて口をだらしなく開いたクリフを見つけてようやく落ち着いた。
「いや……、すまない。少し興奮しすぎた」
「いえ」
「追い詰められた君主がオカルトに傾倒したように映ったかもしれない。だが、私にはこの国と国民を守る義務があるんだ。可能性は全て追及する。それにこれはオカルトでは……」
「父上」
 再び過熱しかねない父を王女が先ほどより厳しい声で諫める。これには国王も気まずそうに咳払い。
 そこに衛兵が近づいてきた。
「陛下、そろそろお時間かと」
 窓の外を見れば、すっかり日が沈み夜の帳が落ちている。午前中に来たというのに、すっかり喋りこんでしまった。肩も凝るわけだ。
「む。そうか。今日は貴重な話を聞けたよ。参考になった。もしかしたらまた、君の手を借りるかもしれない」
「期待に添えられるように頑張ります」
「うん。では、褒美を用意してある。受け取って帰ってくれ。ほら、ラナも」
「あ、ありがとうございました」
 王女は立ち上がって恭しく頭を下げた。こちらもそれに応えて深々と頭を下げた。



 城を出たクリフはまず大きく伸びをした。体のあちこちがバキボキと鳴る。それから大きく深呼吸。やっと息苦しさから解放された。見上げた空には月が高く昇り、星々が光を湛えている。
 シグはもう食事を済ませただろうか。微妙な時間だ。間に合ったとしても自分の分はいらないと言ってあるから夕飯にありつけるとは限らない。静かに抗議の音を上げる腹と相談しているうちに、朝に出会ったあの二人との雑談を思い出した。確か、街の方へ降りて行ったところに美味い小料理を出す店があるというような事を言っていた。
 思い出したら腹はすっかりその気分になり、抗議の声が大きくなる。これ以上なだめ続けるのは難しい。クリフは記憶と鼻を頼りにその店へと針路を取った。
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