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「え!?」
思わず出た大声を抑えるように口を塞ぐ。
「できるんですか」
「鍵をお借りしてきました。無断で」
懐から出した金属片がきらりと月光を反射して輝く。それを牢の扉の鍵穴に差し込みカチャカチャと捻ると擦れるような音と共に扉が開いた。
しかし、まだまだクリフは自由の身とはとても言えない。ここは王都でもっとも警備が厳重な場所、王城だ。それも国王が暗殺されてから日が浅い。とてもではないがその容疑者であるクリフをやすやすと通してはくれないだろう。
「問題ありません。奥の方の牢に抜け穴があります。父が幼少の頃に探検をして見つけたと話してました」
「そんなものが」
王女の示す牢には半ば物置のように木箱や樽が積まれている。その内のいくつかをどかしてみると、その裏には板が打ち付けられており、微かに光が漏れている。板を強引に引っぺがすと、屈めば辛うじて通れそうな穴が出来上がった。
「どこに通じているんですか?」
「裏手の城壁の外側です。協力者の方が待っていますから、そこから街の外へ逃げてください」
街の外。そうか、暗殺の罪をかぶせられた以上もうこの街にいることはできないのか。それでも、処刑されることに比べれば地獄に仏というもの。今は急いでここから離れ……。
「殿下はどうするのですか」
「私は……。私はここに残ります。離れるわけにはいきません」
「そう、ですか。そうなりますよね」
「私には王女として国民を守る義務があります。私には何かを成す力はありませんが、それでも私がいることで出来ることがあるはずです」
分かりきってはいたことだった。それでも、王女がここに一人で残るのは余りに危険すぎる。王城にまで教皇府の手が入りこんでいるとなれば、最早安全な場所などありはしない。丁重に扱われるとはとてもではないが思えない。
もしかしたらここで無理にでも手を引いて一緒に行った方がいいのではないか。しかし、その考えは王女の鋭く、力強い声によって頭からはじき出された。
「クリフさん。私は何も善意やうしろめたさからあなたをここから解放するわけではありません」
「へ?」
「解放する代わりに、あなたにやっていただきたいことがあるのです」
王女の眼光が突き刺さる。思わず背筋が伸び、相槌すら挿めない。
「現在この国は危機の最中にあります。最早私一人の力でどうこうできる状態にありません。ですから、クリフさん」
返事の代わりの生唾が喉を流れる音だけが響く。
「あなたには是非、私の代わりに父の志を継いで、古代魔法と建国神話の謎を解き明かしてはもらいたいのです。今となってはそれこそがこの国を救うために細くも、唯一の道で、奴らの企みを挫く策でもあります」
とてもではないが、すぐには承諾のできない内容だ。あまりにも話が壮大すぎる。一介の図書館司書、いや、それすらも失ったクリフにとって、責任が大きすぎる。
「もちろん、無茶なお願いであることは理解しています。ですが……」
その時、王女の言葉を遮るように上階へとつながる階段からドタドタと足音が近づいてくる。すわ見回りかと身構えるが、現れたのは意外な人物だった。
「殿下、そろそろ限界です」
「もう戻られないと殿下がいない事にも気づかれます」
「先輩! それにタリド!」
クリフの知り合い二人だ。しかも内容を聞く限り王女に協力しているらしい。
「お二人のように、少なくはありますが王城内にも協力者はいます。ですから、私達の事は気にしすぎずに調査を進めてください。ですが……」
はきはきと喋っていた王女の声が、尻すぼみに震えていく。
「出来るだけ、出来るだけ早く、私を助けに来てください……」
王女の眼から涙が零れた。
忘れていた。努めて気丈には振舞ってはいたが、彼女はまだ十歳そこそこの、おとぎ話や英雄譚の読み聞かせを楽しみにする少女に過ぎないのだ。父が殺害されるという異常な状況においてなお、王女として国を守る責務を果たそうと気を張る中、やっとラナファスタ本人の本音が漏れたのだ。
どうやって返事をするのが正解だろうか。「仰せのままに、殿下」なんて跪くか。「期待してくれ」と後ろ手に手を振ってクールに去るか。
だが、クリフの体は考えるより先に動いていた。
「大丈夫。必ず事を成して戻ってくるよ」
王女の頭に手を優しく乗せ、軽く撫でる。平時であればそれだけで牢に逆戻り、いや、絞首台まで一直線であろう行為だが、今、この瞬間だけはこれが正解に思えた。
「はい……。ありがとうございます……!」
王女の張りつめていた精神が解れ、その表情が安堵に綻ぶ。涙をぬぐってやると、それ以上目から雫が零れ落ちることはなかった。
「ひゅ~。色男はやることが違うねえ」
「お、おまえ! こんな状況じゃなかったら死刑だぞ!」
「僕はもう死刑の身だ」
間抜けな顔で笑うタリドをキスカが引っ張り、手早く済ませろ、と言い残し上階に戻って行った。
咳払いをしてから姿勢を正し、今度は王女の前に跪く。
「では、使命を果たしてまいります。息災を祈ります、殿下」
「ありがとうございます。御武運を……」
立ち上がってもう一度頭を下げ、壁に開いた穴を抜ける。最後に一度振り返ると、王女がこちらを不安な眼差しで見つめていた。だからこそ、今は行かなければならない。決意はもう揺るがない。
思わず出た大声を抑えるように口を塞ぐ。
「できるんですか」
「鍵をお借りしてきました。無断で」
懐から出した金属片がきらりと月光を反射して輝く。それを牢の扉の鍵穴に差し込みカチャカチャと捻ると擦れるような音と共に扉が開いた。
しかし、まだまだクリフは自由の身とはとても言えない。ここは王都でもっとも警備が厳重な場所、王城だ。それも国王が暗殺されてから日が浅い。とてもではないがその容疑者であるクリフをやすやすと通してはくれないだろう。
「問題ありません。奥の方の牢に抜け穴があります。父が幼少の頃に探検をして見つけたと話してました」
「そんなものが」
王女の示す牢には半ば物置のように木箱や樽が積まれている。その内のいくつかをどかしてみると、その裏には板が打ち付けられており、微かに光が漏れている。板を強引に引っぺがすと、屈めば辛うじて通れそうな穴が出来上がった。
「どこに通じているんですか?」
「裏手の城壁の外側です。協力者の方が待っていますから、そこから街の外へ逃げてください」
街の外。そうか、暗殺の罪をかぶせられた以上もうこの街にいることはできないのか。それでも、処刑されることに比べれば地獄に仏というもの。今は急いでここから離れ……。
「殿下はどうするのですか」
「私は……。私はここに残ります。離れるわけにはいきません」
「そう、ですか。そうなりますよね」
「私には王女として国民を守る義務があります。私には何かを成す力はありませんが、それでも私がいることで出来ることがあるはずです」
分かりきってはいたことだった。それでも、王女がここに一人で残るのは余りに危険すぎる。王城にまで教皇府の手が入りこんでいるとなれば、最早安全な場所などありはしない。丁重に扱われるとはとてもではないが思えない。
もしかしたらここで無理にでも手を引いて一緒に行った方がいいのではないか。しかし、その考えは王女の鋭く、力強い声によって頭からはじき出された。
「クリフさん。私は何も善意やうしろめたさからあなたをここから解放するわけではありません」
「へ?」
「解放する代わりに、あなたにやっていただきたいことがあるのです」
王女の眼光が突き刺さる。思わず背筋が伸び、相槌すら挿めない。
「現在この国は危機の最中にあります。最早私一人の力でどうこうできる状態にありません。ですから、クリフさん」
返事の代わりの生唾が喉を流れる音だけが響く。
「あなたには是非、私の代わりに父の志を継いで、古代魔法と建国神話の謎を解き明かしてはもらいたいのです。今となってはそれこそがこの国を救うために細くも、唯一の道で、奴らの企みを挫く策でもあります」
とてもではないが、すぐには承諾のできない内容だ。あまりにも話が壮大すぎる。一介の図書館司書、いや、それすらも失ったクリフにとって、責任が大きすぎる。
「もちろん、無茶なお願いであることは理解しています。ですが……」
その時、王女の言葉を遮るように上階へとつながる階段からドタドタと足音が近づいてくる。すわ見回りかと身構えるが、現れたのは意外な人物だった。
「殿下、そろそろ限界です」
「もう戻られないと殿下がいない事にも気づかれます」
「先輩! それにタリド!」
クリフの知り合い二人だ。しかも内容を聞く限り王女に協力しているらしい。
「お二人のように、少なくはありますが王城内にも協力者はいます。ですから、私達の事は気にしすぎずに調査を進めてください。ですが……」
はきはきと喋っていた王女の声が、尻すぼみに震えていく。
「出来るだけ、出来るだけ早く、私を助けに来てください……」
王女の眼から涙が零れた。
忘れていた。努めて気丈には振舞ってはいたが、彼女はまだ十歳そこそこの、おとぎ話や英雄譚の読み聞かせを楽しみにする少女に過ぎないのだ。父が殺害されるという異常な状況においてなお、王女として国を守る責務を果たそうと気を張る中、やっとラナファスタ本人の本音が漏れたのだ。
どうやって返事をするのが正解だろうか。「仰せのままに、殿下」なんて跪くか。「期待してくれ」と後ろ手に手を振ってクールに去るか。
だが、クリフの体は考えるより先に動いていた。
「大丈夫。必ず事を成して戻ってくるよ」
王女の頭に手を優しく乗せ、軽く撫でる。平時であればそれだけで牢に逆戻り、いや、絞首台まで一直線であろう行為だが、今、この瞬間だけはこれが正解に思えた。
「はい……。ありがとうございます……!」
王女の張りつめていた精神が解れ、その表情が安堵に綻ぶ。涙をぬぐってやると、それ以上目から雫が零れ落ちることはなかった。
「ひゅ~。色男はやることが違うねえ」
「お、おまえ! こんな状況じゃなかったら死刑だぞ!」
「僕はもう死刑の身だ」
間抜けな顔で笑うタリドをキスカが引っ張り、手早く済ませろ、と言い残し上階に戻って行った。
咳払いをしてから姿勢を正し、今度は王女の前に跪く。
「では、使命を果たしてまいります。息災を祈ります、殿下」
「ありがとうございます。御武運を……」
立ち上がってもう一度頭を下げ、壁に開いた穴を抜ける。最後に一度振り返ると、王女がこちらを不安な眼差しで見つめていた。だからこそ、今は行かなければならない。決意はもう揺るがない。
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