望郷のフェアリーテイル

ユーカン

文字の大きさ
21 / 26
1.

2-6.

しおりを挟む
「え!?」
 思わず出た大声を抑えるように口を塞ぐ。
「できるんですか」
「鍵をお借りしてきました。無断で」
 懐から出した金属片がきらりと月光を反射して輝く。それを牢の扉の鍵穴に差し込みカチャカチャと捻ると擦れるような音と共に扉が開いた。
 しかし、まだまだクリフは自由の身とはとても言えない。ここは王都でもっとも警備が厳重な場所、王城だ。それも国王が暗殺されてから日が浅い。とてもではないがその容疑者であるクリフをやすやすと通してはくれないだろう。
「問題ありません。奥の方の牢に抜け穴があります。父が幼少の頃に探検をして見つけたと話してました」
「そんなものが」
 王女の示す牢には半ば物置のように木箱や樽が積まれている。その内のいくつかをどかしてみると、その裏には板が打ち付けられており、微かに光が漏れている。板を強引に引っぺがすと、屈めば辛うじて通れそうな穴が出来上がった。
「どこに通じているんですか?」
「裏手の城壁の外側です。協力者の方が待っていますから、そこから街の外へ逃げてください」
 街の外。そうか、暗殺の罪をかぶせられた以上もうこの街にいることはできないのか。それでも、処刑されることに比べれば地獄に仏というもの。今は急いでここから離れ……。
「殿下はどうするのですか」
「私は……。私はここに残ります。離れるわけにはいきません」
「そう、ですか。そうなりますよね」
「私には王女として国民を守る義務があります。私には何かを成す力はありませんが、それでも私がいることで出来ることがあるはずです」
 分かりきってはいたことだった。それでも、王女がここに一人で残るのは余りに危険すぎる。王城にまで教皇府の手が入りこんでいるとなれば、最早安全な場所などありはしない。丁重に扱われるとはとてもではないが思えない。
 もしかしたらここで無理にでも手を引いて一緒に行った方がいいのではないか。しかし、その考えは王女の鋭く、力強い声によって頭からはじき出された。
「クリフさん。私は何も善意やうしろめたさからあなたをここから解放するわけではありません」
「へ?」
「解放する代わりに、あなたにやっていただきたいことがあるのです」
 王女の眼光が突き刺さる。思わず背筋が伸び、相槌すら挿めない。
「現在この国は危機の最中にあります。最早私一人の力でどうこうできる状態にありません。ですから、クリフさん」
 返事の代わりの生唾が喉を流れる音だけが響く。
「あなたには是非、私の代わりに父の志を継いで、古代魔法と建国神話の謎を解き明かしてはもらいたいのです。今となってはそれこそがこの国を救うために細くも、唯一の道で、奴らの企みを挫く策でもあります」
 とてもではないが、すぐには承諾のできない内容だ。あまりにも話が壮大すぎる。一介の図書館司書、いや、それすらも失ったクリフにとって、責任が大きすぎる。
「もちろん、無茶なお願いであることは理解しています。ですが……」
 その時、王女の言葉を遮るように上階へとつながる階段からドタドタと足音が近づいてくる。すわ見回りかと身構えるが、現れたのは意外な人物だった。
「殿下、そろそろ限界です」
「もう戻られないと殿下がいない事にも気づかれます」
「先輩! それにタリド!」
 クリフの知り合い二人だ。しかも内容を聞く限り王女に協力しているらしい。
「お二人のように、少なくはありますが王城内にも協力者はいます。ですから、私達の事は気にしすぎずに調査を進めてください。ですが……」
 はきはきと喋っていた王女の声が、尻すぼみに震えていく。
「出来るだけ、出来るだけ早く、私を助けに来てください……」
 王女の眼から涙が零れた。
 忘れていた。努めて気丈には振舞ってはいたが、彼女はまだ十歳そこそこの、おとぎ話や英雄譚の読み聞かせを楽しみにする少女に過ぎないのだ。父が殺害されるという異常な状況においてなお、王女として国を守る責務を果たそうと気を張る中、やっとラナファスタ本人の本音が漏れたのだ。
 どうやって返事をするのが正解だろうか。「仰せのままに、殿下」なんて跪くか。「期待してくれ」と後ろ手に手を振ってクールに去るか。
 だが、クリフの体は考えるより先に動いていた。
「大丈夫。必ず事を成して戻ってくるよ」
 王女の頭に手を優しく乗せ、軽く撫でる。平時であればそれだけで牢に逆戻り、いや、絞首台まで一直線であろう行為だが、今、この瞬間だけはこれが正解に思えた。
「はい……。ありがとうございます……!」
 王女の張りつめていた精神が解れ、その表情が安堵に綻ぶ。涙をぬぐってやると、それ以上目から雫が零れ落ちることはなかった。
「ひゅ~。色男はやることが違うねえ」
「お、おまえ! こんな状況じゃなかったら死刑だぞ!」
「僕はもう死刑の身だ」
 間抜けな顔で笑うタリドをキスカが引っ張り、手早く済ませろ、と言い残し上階に戻って行った。
 咳払いをしてから姿勢を正し、今度は王女の前に跪く。
「では、使命を果たしてまいります。息災を祈ります、殿下」
「ありがとうございます。御武運を……」
 立ち上がってもう一度頭を下げ、壁に開いた穴を抜ける。最後に一度振り返ると、王女がこちらを不安な眼差しで見つめていた。だからこそ、今は行かなければならない。決意はもう揺るがない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...