望郷のフェアリーテイル

ユーカン

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 その日の夜。小さな窓から入ってくる月明りの中、クリフは寝付けないでいた。
 もうすぐ死ぬと言われて平静を保てるほど図太くはない。別に悲嘆にくれているわけではないが、流石に寝ていられるかという話だ。
 不当な理由による正当な手続きで拘束され刑に処されると分かった今、弁明や温情での解放はもはや望めない。もちろんその結果は受け入れらるものではないので、クリフの頭の中で回る単語は一つ。
 脱獄だ。
 本で読んだことがある。刑務所に収監された囚人が食事の道具や家具の釘なんかを使って壁に穴をあける話だ。その話では囚人は冤罪で捕まっていて華麗に脱獄した後、真犯人に成敗を下すのだ。なんとも今の状況と合致している。
 それを実行に移そうと周りを見渡す。が、使えそうなものは何もない。牢の中にあるのは薄い布団だけ。持ち物は全て没収されており、服も金属部品の使われていない物。食器もすぐに下げられるし、そもそもフォークもスプーンも、果ては皿までもが木製だ。流石に厳重。壁は素手で壊せるようなものではない。既に計画は頓挫しているように思えた。
 いや、諦めるに早い。手始めにあの窓だ。鉄格子がもしかしたら弱っているかもしれない。手を伸ばしながらジャンプしてようやく届くその鉄格子にぶら下がり、思いきり揺さぶってみる。
 ……。何だかこうやっていると幼少の時分にやった木登り遊びを思い出す……。
「何をなさっているのですか。クリフさん」
「え? うわ!」
 いきなり声を掛けられて思わず手を放してしまい、背中から床に叩きつけられた。
 痛む背中をさすりながら通路の方に顔を向けると、そこにはまた見覚えのある顔。気品と幼さを併せ持つその顔は……。
「殿下!? 何故ここに」
「し。あまり大きな声を出さないでください」
 昼間に国王と共に謁見した王女その人だった。ただ、昼間とはずいぶん印象が違う。特に首から下。何かよく分からない異国の旅人が来ているような黒装束を身に纏っている。
「その恰好は……?」
「秘かに事を進めるときにはこのような格好をするものだと聞きました」
「誰にです」
「そんなことはどうでもいいのです。話は既に聞いていますね」
 驚くことが二重三重にやって来たので気が逸れていた。そうだ。目の前にいるこの方こそ事態の当事者ではないか。
「あの、お父上が、その……」
「……」
 王女は俯き唇を強く噛みしめた。
「事実、です。父は何者かに殺されました」
 改めて彼女の口からその事実を聞くと、事の重大さに打ちのめされる。視界が一瞬暗くなった気がした。
「ですが、いえ、だからこそ、今あなたにお話ししておきたいことがあるのです」
 しかし、その考えも気丈に振舞う彼女の前ではおくびに出すことすらも失礼に思える。痛む背中をびしりと伸ばして、彼女の前に移動する。
「まず、私はあなたが父を殺したとは思っていません」
「……、ありがたいですが、その根拠は」
「あの日、あなたが城を出た後の足取りは把握できています。おかしな動きはありませんでした」
「なるほど。しかし……」
「父は刃物で殺されていました。例えば毒を盛ったというのならアリバイに意味はありませんが、その場にいないで刃物で殺すのは難しい」
 なるほど、筋は通っている。
「ただ、それだと僕が単に城の内部に入る役で、何らかの加担をしたという疑いは晴れません」
「それはそうですが……。一番の根拠はあなたが図書館に勤めていることでしょう」
「……。つまり、それは」
 王女は深く頷くと、息を吸ってから言葉を繋げた。
「今回の暗殺は教皇近衛兵、つまり、メマニス教の仕業であると考えています」
 国王の話の中でも出た名前だ。最近不穏な動きがあるという事だったが、それの正にと言った所だ。想像の範疇ではあるが、些か自体が急すぎる。
「事実、以降の事はあちらの利益になるように進んでいます。元首の後継には順当に私が選ばれましたが、私がまだ若年であることを理由に教皇が摂政として政治の補佐をすることに決まりました。まあ、あくまで建前で実質的には彼が、教皇府が実権を握ることになるでしょう」
「まさか……!」
 国王も国としての力が弱っているようなことは言っていたが、そこまでだったのか。いくらトップが死んだからと言って、外部組織に半ば乗っ取られるようなことになるほどとは。
 王女がそんなことをクリフに伝えに来て、しかも解放できないという事は、それを告発する力すらないことの証左だ。
「あ、そういえば。セイジスさんが教皇親衛隊の鎧を着ていたのですが」
「……。はい。恥ずかしい事ですが、王城近衛兵の中に、既に教皇宮の勢力が入り込んでいたようなのです。バルザストもその一人でした。あなたを城に呼ぶように父に進言したのも彼です。恐らくですが、あなたに遺跡調査を頼んだ時点で目をつけていたのでしょう。巻き込んでしまったのは我々の責任です」
「いや、そんな……。ですが、どうして僕なのでしょう。そもそも犯人は必要なのでしょうか」
「これも推理にすぎませんが、あなた方が遺跡調査に成功し、古代魔法の存在や建国神話の片鱗に触れてしまったことが要因だと思われます。父が古代魔法や建国神話について研究していたことは知っていると思います」
「はい。あの時に話していましたね」
「ええ。ですが、教皇府もどうやらそれらを求めているようなのです」
「力を、ですか」
「どうなのでしょう。父は少し含みを持たせた言い方をしていました。申し訳ありません、私は父から聞いただけなので。それで、国王と共にあなたを消すために城に呼び寄せたのでしょう。あの小さな部屋で父とあなたと、他にいたのは私と少数の衛兵だけ。証拠とするには十分です」
 明確ではないにしろ、クリフの下に遺跡調査の依頼が来た時点で既に計画は組まれていたというわけだ。調査の成否はどちらでもよかったのだろう。失敗しても、その分強行に教皇側の調査隊を派遣する理由にもなる。
「なるほど……」
「で、ここからが重要な話、本題です」
 王女は咳払いを挟んで、言葉を繋げる。
「あなたにはこの牢から出ていただきます」
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