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第2話 無能聖女、隣国に売られる
しおりを挟む「まあまあ、落ちつくのだスレイよ」
「父上……しかし!」
怒りをあらわにするスレイを冷静にいさめる国王ヘドロス。
「このアリシアも無能なりに本当に最低限だが、これまで聖女としての務めを果たしてくれていたのだ。エルナ嬢にはつらい思いをさせてしまったが、今回ばかりは見逃してやろうではないか」
「そうだよ、スレイ……ゆるしてあげよ~? アリシアさまもお務めがうまくいかなくてストレスがたまってたんだと思う。あたしとは違って、適性が最低のEランクなんだし……」
フォローするように言うヘドロスとエルナだが、皮肉にしか聞こえないのは気のせいだろうか。
だがアリシアが釈然としない一方でスレイは感銘を受けたようにうなずき、
「……父上もエルナもなんと心優しいのだ。このアリシアは顔は少しばかり美しいが、無能なうえに性悪の救いがたい悪女……本当なら処刑が妥当であろうに。だがほかならぬ二人がそう言うのなら、今回だけは矛をおさめよう」
息をつくスレイは、完全にアリシアが悪者だと決めつけている様子である。
アリシアはどうにか弁解したい気持ちはあったものの、聖女としての務めを果たしきれなかった罪悪感も手伝い、結局それ以上はなにも言わなかった。処刑されるわけでないのなら、このように多少不遇な扱いを受けようと自分が我慢すれば済む話だと思ってしまったのだ。
「それで、わたしは……これからどうなるのでしょうか? 例のように神殿に行くのでしょうか?」
アリシアはさぐるように訊ねる。
務めを終えて代替わりした聖女の多くは、神殿で司祭になるという慣習がこの国にはある。神殿には先代聖女ふくめてアリシアの知人も多く、そこでならば充実した日々をすごせるうえ、聖女としてやりのこした務めの一端を担い、民に贖罪できるのではと思ったのだ。
しかしヘドロスは鼻で笑い、
「はははっ、笑わせるな。おまえのような無能はもはや我が国の神殿にはいらん。おまえにはアンデルブルクに行ってもらうことがすでに決まっておる」
「アンデルブルク、でございますか?」
アリシアは眉をひそめる。
――アンデルブルク皇国。
それはこのユーステイン王国の北に位置する小国だ。異大陸から帆船でやってきた“吸血帝”と呼ばれる皇帝が建てた新興国で、情報は少ないが獣人たちによる野蛮な国だと言われている。
「ああ、かの野蛮な国には聖女すらまだおらぬらしいからな。喉から手が出るほどに欲しがっておるようなので、このわしが恵んでやることにしたのじゃ。まあEランクの無能だがな」
野蛮人どもにはお似合いじゃろう、と侮蔑の微笑を浮かべるヘドロス。
(なるほど……わたしは売られたわけですか)
一部の人間はへドロスのように見くだしているものの、一騎当千の強さを誇るという吸血帝をはじめとしたアンデルブルクの獣騎士団は、大陸ですでにその勇名を轟かせつつある。
だからこのユーステインは彼らとの戦を避けるため、最近アンデルブルクと停戦条約を結んだばかりだった。その友好の証として生贄に捧げるには、アリシアは打ってつけということだろう。
この大陸の大地は瘴気で穢れており、どの国にもそれを浄化する役割を担う聖女が大概ひとりはいる。だが聖女の適性を持つものは希少なので、聖女不在で頭を抱えている国も少なくはない。新興国であるアンデルブルクはまさにそんな国のひとつなのだ。
他国を大きく強化してしまうことにもなりかねないので国同士で実際に聖女が譲渡される例はあまりないのだが、Eランクのアリシアならば聖女のネームバリューだけで大した役にも立たないのでヘドロスには都合がいいのだろう。
「よいな?」
無言で思案するアリシアに対し、ヘドロスは念を押すように言った。
アンデルブルクの民は野蛮なうえ、吸血帝はその名のとおり人の生き血をすするという噂がある。アリシアがかの国に行けば、どんな目に合うかはわからない。無能だとバレたとたん、悲惨な末路を迎えることも十分に考えられる。そうでなくとも、異国の民が歓迎されることはまずあるまい。
「……かしこ、まりました」
しかしアリシアは迷ったすえ、甘んじてそれを受けいれることにした。
たとえ異国への生贄や供物という形であったとしても、無能な自分が少しでも国に役立てるなら本望だと思ったのだ。
こうして――
アリシアは隣国アンデルブルクへと売られることになったのだった。
しかし、アリシアは知らない。
ヘドロスたちのせいで自己評価がとんでもなく低くなっていたものの、聖女として何年も馬車馬のごとく働かされていたがために、実は自分がとてつもない規格外の力を身につけていたことを。
そして、ヘドロスたちは知らない
アリシアという聖女がいかにこの国の支えとなっていたのかを。彼女がこれまでしてきた奇跡の数々は、単なる適性Aランクの聖女ごときの奇跡では、まるで替えがきかないものだったことを。
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