魔王軍の修繕師(リペアラー)

AI異世界小説家

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第1章:英雄の凱旋と元人間の管理者

英雄の凱旋と元人間の管理者

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 魔王城の廊下には、いつだって「ひび割れ」がある。
 物理的な亀裂のことだ。無能なオーガが振り回した棍棒の跡、実験失敗で爆発した壁の煤、あるいは建材の経年劣化。俺、黒井カイトの仕事は、それらを《修復(リペア)》することにある。
「……よし。構造強度、正常値に復帰」
 俺は手のひらを壁から離した。淡い青色の魔力光が収まると、崩れかけていた石壁は新品同様の輝きを取り戻している。
 俺の役職は『魔王軍・ダンジョン管理係』。
 響きはいいが、要は用務員だ。勇者が攻めてくれば罠を直し、部下が暴れれば壁を直す。戦闘能力皆無、裏方中の裏方。
 この世界に転生して数年。俺はこの「直す」という行為に、前世にはなかった奇妙な安らぎを覚えていた。壊れたものが元通りになる。それはとても、正しいことのように思えるからだ。
 ――だが、世の中には「直そうとしない」連中の方が多い。
「おい、道を開けろ! ザガン将軍のお帰りだ!」
 城の大広間へと続く回廊が、にわかに騒がしくなった。
 ファンファーレが鳴り響く。凱旋パレードだ。
 現れたのは、黄金の鎧に身を包んだ優男。魔王軍の幹部であり、数々の武功を立てたと持て囃される英雄、ザガン将軍である。
 整った顔立ちに、自信満々の笑み。彼は沿道に並ぶ下級兵士たちに手を振り、黄色い歓声を浴びている。
「素晴らしい……! 今回の遠征も大勝利だそうですぞ!」
「さすがはザガン様! 我らの誇りだ!」
 俺は壁際の影に同化し、冷めた目でそれを見ていた。
 俺のスキル【解析眼】には、彼等の熱狂とは違う情報(ログ)が流れている。
 ――ザガンの鎧。耐久度98%。ほぼ新品。
 つまり、彼は最前線で戦ってなどいない。
 ――ザガンの剣。付着した血液反応なし。ただの装飾品。
 彼は、自らの手では何も斬っていない。
 異世界転生物の小説なら、ここで「実は弱い」とか「実は臆病」という展開が定石かもしれない。だが、この男は違う。
 彼は戦わないのではない。「戦う必要がない」のだ。
 ザガンの背後から、ズタボロになった荷車がいくつも運ばれてくる。
 積まれているのは戦利品ではない。
 彼の部下――いや、「消耗品」たちだ。
「止まれ」
 大広間の中央で、ザガンが手を挙げた。行進が止まる。
 彼は優雅な仕草で、荷車の一つを指差した。そこには、原型を留めないほど傷ついた魔物たちが折り重なっている。
「今回の遠征は実りあるものだった。だが、残念ながら『不良品』も出たようでね」
 ザガンは積み荷の中から、ドロドロに溶けかかったスライムをつまみ上げた。
 ピンク色の核(コア)が弱々しく明滅している。
 続いて、脚を半分以上失ったアラクネ(蜘蛛女)と、翼を折られて血まみれになったハーピー(鳥人)を、ゴミ袋でも捨てるかのように石畳へ放り投げた。
「ひっ……うぅ……」
「あ……あ……」
 彼女たちは呻き声を上げるが、起き上がる力もない。
 周囲の兵士たちがざわつく。
 ザガンは、その美しい顔を悲痛そうに歪めてみせた。あくまで、演技として。
「見ろ、この無様な姿を。勇敢なる魔王軍の兵士として、これ以上恥を晒させるのは忍びない。そうだろう?」
 彼は腰の剣を抜き……ではなく、近くにいたオークから棍棒を受け取った。
「リサイクルだ。役に立たないゴミは、処分して肥料にするのが慈悲というもの」
 ドガッ。
 乾いた音が響いた。
 ザガンが、アラクネの娘の残った脚を、笑いながら叩き砕いた音だった。
「ギャアアアアッ!?」
「ハハハ! いい声だ。耐久テストにはまだ使えそうだな。……いや、やはり邪魔だ。ここ(広間)が汚れる」
 ザガンは興味を失ったように棍棒を放り投げ、部下に命じた。
「そのゴミどもを裏の廃棄場へ捨てておけ。あとで焼却処分にする。……ああ、スライムは乾いて死ぬまで放置でいい。いい見せしめになる」
 兵士たちは一瞬戸惑ったが、英雄の命令には逆らえない。
 瀕死の三匹は、ゴミのように回廊の隅、清掃用具入れの横へと蹴り出された。
 パレードが再開される。
 歓声が再び沸き起こる。
 誰一人として、隅で震える「ゴミ」には目を向けない。
 それが、この軍の正常な姿だからだ。英雄が絶対であり、弱者は悪。壊れた道具は捨てる。単純明快な論理だ。
 やがて行列が去り、広間に静寂が戻った。
 俺は、モップとバケツを持ってゆっくりと「ゴミ捨て場」へ近づいた。
「……酷いな」
 口から出た言葉は、同情ではない。
 職業病のようなものだ。
 アラクネの脚の切断面。ハーピーの翼の骨折箇所。スライムの体液の流出量。
 そのすべてに、違和感がある。
 ――これ、戦闘でついた傷じゃない。
 ――精密な高精度で作られていない『素人作品の様相をしているのだ』どういうことだ?
 俺はしゃがみ込み、震えるスライム――後にロゼと名乗る少女――に触れた。
 彼女はビクリと反応し、怯えるように核を収縮させる。
 俺は【解析眼】を発動する。
『損傷率88%。修復可能。ただし、内部構造に人為的な欠損あり』
 俺の目は誤魔化せない。
 ザガンは「ゴミ」と言ったが、これはゴミではない。
 誰かが意図的に分解し、再構築を失敗し、実験したかのような「作品」の成れの果てだ。
「……管理係(オレ)の管轄だな」
 俺は誰に聞かせるでもなく呟いた。
 この城のルールでは、壊れた備品の管理は俺の仕事だ。
 備品を直すか、捨てるか。その権限は俺にある。
 俺はポケットからチョークを取り出し、彼女たちの周りに簡易的な魔法陣を描いた。
 俺の固有スキル『迷宮建築(ダンジョン・ビルド)』の応用。空間接続によるショートカット。
 行き先は、魔王城の地下深く。
 誰にも知られていない、俺だけの作業場(シークレット・エリア)。
「安心しろ。廃棄処分なんてさせない」
 俺は意識を失いかけているアラクネの少女――ベル――を抱きかかえ、ハーピーのルルを背負い、スライムのロゼをバケツに入れた。
「俺は修繕師(リペアラー)だ。壊されたなら、直せばいい」
 ――ただ元通りにするだけじゃない。
 ――二度と、誰にも壊されないように。「隠して」生かし続けてやる。
 ザガンは知らないだろう。
 彼が「ゴミ」と呼んで捨てたものを、俺が治そうとしていることを、
 そして、それをできる唯一の職人は自分ならゴミを作らないと確信していた。
 俺は床の魔法陣を起動させた。
 一瞬の光と共に、俺たちの姿はその場から消失する。
 あとには、綺麗に掃除された床だけが残った。
 今はただこの3匹の魔物たちを誰にも知られないように治そう。この魔物たちがただ可哀想だから俺は治そうと思ったのかも知れない、ただかすかな素人臭いこの魔物たちの出来に興味が出たのかも知れない。
 俺が転生した世界は残酷な縦社会で成り立っている。無駄なことをしている暇はないのだが、俺は3匹の魔物たちを連れて帰った。
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